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アレルギー
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決まって、雨の日よりも晴れの日の方が頭痛に悩まされる。
それはいつかの、お母さんが泣いた顔を思い出すからかもしれない。瑠璃、瑠璃、と狂ったようにとめどなく嘆いたお母さんは、今はもういない。
私はその鈍痛に耐えるのにいつも必死だった。
起きて暫くはぼんやりとそんなことを考えていたけど、枕元のデジタルは11/20(水)06:28。
起きる2分前の冷めていく頭のなかで「学校」という単語がまるでデジタルに浮かんでくるのだから仕方ないなと覚醒すれば、少し寒いと感じた。
肌に纏う毛布が気持ちいい。もうちょっとこうしていたいとダルさに逃げていたけど、2分はあっという間で私を起こす音がした。
半身を起こせばするっと、肌から逃げるような毛布の感触。冷たさに、あぁ低血圧だなと、布団から這い出る。
学校だ。
まだ少しさらさらする感情に溜め息が零れ、自然と、歩く足に伝うようで正直気は重いけれどもまだましだと、シャワーを浴びることにした。
昨日、何をしたかというのすら覚えてもいない。それくらいにありふれたものだったのだろうけど。
しかし最近は一つだけ面白いことがあった。白ではなく赤く鮮やかな物、日常に色を付けた人物に会えた。
しかし碌でもない。彼は私の援助交際を咎めもしなかった。むしろ「君は大分安値だ」と、まるで世間知らずとバカにするような一言が優しかったのだから、それが衝撃だった。
…たくろうさんと私の行為を始終盗聴していた彼は、そんなものは排他的で、所謂私の「学校」と同じく、業務的だったのだからおかしい。
いや、何より。
私の廃れきった、業務やら普遍やらといったものに気付いた人間がいて、それに対する答えも業務やら普遍なのが痛快だった。
今日こそは、少しだけでも良い日になるような気がする。まるで世界を嘲笑えるくらいの。見てみろ神様、貴様などこの程度なんだと、気付けるくらいの。
今日は何の本を持っていこう。谷崎潤一郎のマゾヒズム短編集はからかわれてしまったし。
本のことを考えるのは、いつだって楽しい、学校で読もう、そう思えればいいのだから。
短編集は読んだし、長編を読もう。昨日の帰りに買ったやつがいいかな。なんだっけな、「春」とかそんな字が入っていたかも。
「瑠璃」
がさごそと、お風呂場のドアが開いてまた現実に戻る。
兄がネクタイを締めながら「7限って水曜だったよな」と聞いてきた。
シャワーを止める。
「うん、そう」
「あぁ、わかった……あれ?
気のせいか?なんか機嫌良い?」
「…どしたの?」
「…別に。まぁいいや」
兄がドアを閉めたのでシャワーを再開すると、洗面台の明かりが付き、兄が朝の準備を始めた音がした。
そうだ、今日は早いと言っていた。そんな時は大体帰りも遅い。
父の変わりは大変なんだと兄は言う。
髪も身体も洗って私がお風呂場から出るのと入れ替えで兄が家を出る音がする。
私も髪の毛を乾かし、そう言えば昨日は夕飯を食べてないと思い出したので、リビングでパンを食べた。
いつもよりやることが増えてしまったせいか、少しだけ、家を出る時間が遅くなってしまった。7時35分。
電車、一本逃しちゃったかもしれない。
鞄の中で家を出る前に確認した長編は「春琴抄」というタイトルだった。なんて読むんだろう。
電車の中で調べようと思ったけれど、一本後の電車はとても混んでいてケータイも本も取り出すのに苦労をした。あれ、春となんだっけ。結局、窮屈で調べられない。
暇だなぁと電車の中を眺めてみれば少しだけ、同じ学校の制服の子も乗っていた。
みんな窮屈そうだけど、そのなかにも1組はカップルがいて、控えめにイチャイチャ気味なのだからそれは凄いなぁと、思ってみたりする。
窮屈だった電車も過ぎれば、結局登校のルーティンでしかなかった。
今日はいつもより遅め。教室には朝練終わりの子もいるだろうし、多分いつもより、最初からうるさいんだろうな。その方が、却って誰とも話す機会がないのだけれど。
最近は由香ちゃんとそうやって喋っていた。きっと今日は喋る機会がない。
いつも彼女はバレないように、人が来れば私と話すのをやめてしまうのだ。
けど、あんな話のあとだし、きっともうそれも関係ない。一体誰に見られてしまったんだろう、仕方もないけれど。
思い出したら憂鬱にもなってきた。面倒だな。皆死んじゃえば良いのに。
クラスに入る前、階段の正面にある手洗い場にはまるで占拠するように飯島が座っていた。
取り巻きの二人も飯島の側に立っているのだから、皆の迷惑なのにと思うが、ばっちり飯島と目が合ってしまった。
飯島は半笑いで「よぉ藤川」と声を掛けてくる。
私はイヤホンを付けて聞こえていないことにする。
クラスの前のロッカーには本城さんが座っていた。よりパンツが見えそうなので、見えないことにして教室に入る。
それはいつかの、お母さんが泣いた顔を思い出すからかもしれない。瑠璃、瑠璃、と狂ったようにとめどなく嘆いたお母さんは、今はもういない。
私はその鈍痛に耐えるのにいつも必死だった。
起きて暫くはぼんやりとそんなことを考えていたけど、枕元のデジタルは11/20(水)06:28。
起きる2分前の冷めていく頭のなかで「学校」という単語がまるでデジタルに浮かんでくるのだから仕方ないなと覚醒すれば、少し寒いと感じた。
肌に纏う毛布が気持ちいい。もうちょっとこうしていたいとダルさに逃げていたけど、2分はあっという間で私を起こす音がした。
半身を起こせばするっと、肌から逃げるような毛布の感触。冷たさに、あぁ低血圧だなと、布団から這い出る。
学校だ。
まだ少しさらさらする感情に溜め息が零れ、自然と、歩く足に伝うようで正直気は重いけれどもまだましだと、シャワーを浴びることにした。
昨日、何をしたかというのすら覚えてもいない。それくらいにありふれたものだったのだろうけど。
しかし最近は一つだけ面白いことがあった。白ではなく赤く鮮やかな物、日常に色を付けた人物に会えた。
しかし碌でもない。彼は私の援助交際を咎めもしなかった。むしろ「君は大分安値だ」と、まるで世間知らずとバカにするような一言が優しかったのだから、それが衝撃だった。
…たくろうさんと私の行為を始終盗聴していた彼は、そんなものは排他的で、所謂私の「学校」と同じく、業務的だったのだからおかしい。
いや、何より。
私の廃れきった、業務やら普遍やらといったものに気付いた人間がいて、それに対する答えも業務やら普遍なのが痛快だった。
今日こそは、少しだけでも良い日になるような気がする。まるで世界を嘲笑えるくらいの。見てみろ神様、貴様などこの程度なんだと、気付けるくらいの。
今日は何の本を持っていこう。谷崎潤一郎のマゾヒズム短編集はからかわれてしまったし。
本のことを考えるのは、いつだって楽しい、学校で読もう、そう思えればいいのだから。
短編集は読んだし、長編を読もう。昨日の帰りに買ったやつがいいかな。なんだっけな、「春」とかそんな字が入っていたかも。
「瑠璃」
がさごそと、お風呂場のドアが開いてまた現実に戻る。
兄がネクタイを締めながら「7限って水曜だったよな」と聞いてきた。
シャワーを止める。
「うん、そう」
「あぁ、わかった……あれ?
気のせいか?なんか機嫌良い?」
「…どしたの?」
「…別に。まぁいいや」
兄がドアを閉めたのでシャワーを再開すると、洗面台の明かりが付き、兄が朝の準備を始めた音がした。
そうだ、今日は早いと言っていた。そんな時は大体帰りも遅い。
父の変わりは大変なんだと兄は言う。
髪も身体も洗って私がお風呂場から出るのと入れ替えで兄が家を出る音がする。
私も髪の毛を乾かし、そう言えば昨日は夕飯を食べてないと思い出したので、リビングでパンを食べた。
いつもよりやることが増えてしまったせいか、少しだけ、家を出る時間が遅くなってしまった。7時35分。
電車、一本逃しちゃったかもしれない。
鞄の中で家を出る前に確認した長編は「春琴抄」というタイトルだった。なんて読むんだろう。
電車の中で調べようと思ったけれど、一本後の電車はとても混んでいてケータイも本も取り出すのに苦労をした。あれ、春となんだっけ。結局、窮屈で調べられない。
暇だなぁと電車の中を眺めてみれば少しだけ、同じ学校の制服の子も乗っていた。
みんな窮屈そうだけど、そのなかにも1組はカップルがいて、控えめにイチャイチャ気味なのだからそれは凄いなぁと、思ってみたりする。
窮屈だった電車も過ぎれば、結局登校のルーティンでしかなかった。
今日はいつもより遅め。教室には朝練終わりの子もいるだろうし、多分いつもより、最初からうるさいんだろうな。その方が、却って誰とも話す機会がないのだけれど。
最近は由香ちゃんとそうやって喋っていた。きっと今日は喋る機会がない。
いつも彼女はバレないように、人が来れば私と話すのをやめてしまうのだ。
けど、あんな話のあとだし、きっともうそれも関係ない。一体誰に見られてしまったんだろう、仕方もないけれど。
思い出したら憂鬱にもなってきた。面倒だな。皆死んじゃえば良いのに。
クラスに入る前、階段の正面にある手洗い場にはまるで占拠するように飯島が座っていた。
取り巻きの二人も飯島の側に立っているのだから、皆の迷惑なのにと思うが、ばっちり飯島と目が合ってしまった。
飯島は半笑いで「よぉ藤川」と声を掛けてくる。
私はイヤホンを付けて聞こえていないことにする。
クラスの前のロッカーには本城さんが座っていた。よりパンツが見えそうなので、見えないことにして教室に入る。
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