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哀願に揺らぐ斜陽
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シャワーを止めたとき、洗面台でがさごそと音がしたので、少しだけ待った。
千秋さんが去ったのを感じてお風呂場から出る。
ふと洗面台の鏡に映った裸の自分を眺めて、どうしてなんだろうとまだ考える。
どれだけこれは他人に触れたのか。どちらかと言えば具合が良いらしい身体。何とも私には思えないけれどふと背中がヒリヒリする。
鏡に背を向け捩って見れば、ほんの少しだけ肩…肩甲骨あたりに痣が出来ていた。
身体を拭いて、下着を着けて、変えたパンツの所在だけ困った。…一応、洗濯篭に入れておこうか…。いま、何も持ってないのだし。
興奮か憂鬱か最早全くわからないけれど低血圧は回避したという事だけを頭で理解するのだ。一応、さっぱりもした。
鞄を側に置いた千秋さんはぼんやりとコーヒーを飲みながらテレビを眺めていて、ふと振り向いて私の顔を見ればなんだか、力が抜けたような、複雑だけれども何処か哀愁もある気がする微妙な表情で「さっぱりしたか?」と聞いてきた。
「…あぁ、はい」
「髪乾かしてないのな」
言われて気が付く。
しかしそれ以上は干渉もせずにふらっと、千秋さんはお風呂場に消えていった。
…私もぼんやりと、髪をなんとなく弄りながらテレビを眺めた。コーヒーも貰った。
不思議だ、凄く。
間違いなくゆったりしているからこそ…痞、蟠りのようなものが喉に染みる。
何もないしなと、珍しく意識をした…ようにケータイを眺めれば流石にあれからは14件の不在着信と…。
飯島将
というメールの通知があった。
「迎えに行ってやるよ」
閉じた。
想像も出来ないが、私がいま身に余らせている感情で考えるなら、軽率には送ってこれないメールだっただろう、とは思うけど。
ぼんやりと頭で浮かぶのは、千秋さんの「待ってる」とだけ書いてあったショートメール。自分でもこの感覚に引く、そんなことを比較して何を誤魔化そうとしているのか。
ただ、確かにそうだ。こういうときは声なんて掛けて欲しくないものなんだなと俯瞰する。
だけど、千秋さんほどになるともう少しと思うのだから、私という生き物は我が儘なようだった。
何を勘違いするのか。
ロミオとジュリエットが流行った一端というものはこういうものなのだろうか、儚く消えそうなものは追いたくなって、そうじゃないものは求める必要がないなど。
こう気が付けばあの劇作家が急に、嫌いになる気がした。頭が良い。弄ぶフィクションを知っている。
思考は逃げがちだからこそ、ぼんやりと「大丈夫、ありがとう」だなんて返すのだろうか。
すると即「大丈夫か」と返ってきた。
待った、考えてみたらいつ私はこいつと連絡先なんて交換したんだろうか。
…最低だ、そんなことすら意識もせず覚えていない。
いっそ拒否の意を見せた方が多分彼にもいいのだろう。思わせ振りというのは多分、辛いだろうから。
でも…いや、多分、もっと単純なんだ。
それ以上返すのはやめた。
ロミオとジュリエットって原文から読んだら実のところ印象って変わるのかなと、私はネットでふと文を引き当てた。
Prodigious birth of love it is to me,That I must love a loathed enemy.
試しにネット翻訳を掛けてみれば「驚異的な愛の誕生それは私にとって、 嫌われた敵を愛さなければならないこと。」だそうだ。
…確かに読んだ翻訳とも、印象やニュアンスが違う。
けど、概ね合っている。なんだか、倒錯しそうだ。この人、歪んでいる。
…愛さなければならないとは、はて。
…ストックホルム?そういうこと?
わからないな。喜劇なのか、悲劇なのか。なんでもない、まやかしだ。
私はもっと身近でよくて、遠くで良い。
というか、なんでもない。なんだろう、こんなものにピントを合わせるだなんて、私は思ったよりもこの状況を楽しみ…いや、はっきり言って弱っているのだろうか。
私は恐らく、自分が如何に醜い生き物かというところしか見えていないのだ。こうやって…自分のことばかり考えている自分勝手さも、壊したくなる衝動になる。
またメールが来て意識が削がれそうなのに、「お前のことばかり考えてる」という文面に────。
止まった。自分が止まったのを後頭部辺りから眺める。
そこから堰を切ったように「今何してる」「月曜日は来るの?」「俺は本気だから」「自分のこと、大切にしろよ」だなんて。
このケータイは溢れ帰っていた。
私は脱け殻のようにただ、ケータイを持つだけなのに。
千秋さんが去ったのを感じてお風呂場から出る。
ふと洗面台の鏡に映った裸の自分を眺めて、どうしてなんだろうとまだ考える。
どれだけこれは他人に触れたのか。どちらかと言えば具合が良いらしい身体。何とも私には思えないけれどふと背中がヒリヒリする。
鏡に背を向け捩って見れば、ほんの少しだけ肩…肩甲骨あたりに痣が出来ていた。
身体を拭いて、下着を着けて、変えたパンツの所在だけ困った。…一応、洗濯篭に入れておこうか…。いま、何も持ってないのだし。
興奮か憂鬱か最早全くわからないけれど低血圧は回避したという事だけを頭で理解するのだ。一応、さっぱりもした。
鞄を側に置いた千秋さんはぼんやりとコーヒーを飲みながらテレビを眺めていて、ふと振り向いて私の顔を見ればなんだか、力が抜けたような、複雑だけれども何処か哀愁もある気がする微妙な表情で「さっぱりしたか?」と聞いてきた。
「…あぁ、はい」
「髪乾かしてないのな」
言われて気が付く。
しかしそれ以上は干渉もせずにふらっと、千秋さんはお風呂場に消えていった。
…私もぼんやりと、髪をなんとなく弄りながらテレビを眺めた。コーヒーも貰った。
不思議だ、凄く。
間違いなくゆったりしているからこそ…痞、蟠りのようなものが喉に染みる。
何もないしなと、珍しく意識をした…ようにケータイを眺めれば流石にあれからは14件の不在着信と…。
飯島将
というメールの通知があった。
「迎えに行ってやるよ」
閉じた。
想像も出来ないが、私がいま身に余らせている感情で考えるなら、軽率には送ってこれないメールだっただろう、とは思うけど。
ぼんやりと頭で浮かぶのは、千秋さんの「待ってる」とだけ書いてあったショートメール。自分でもこの感覚に引く、そんなことを比較して何を誤魔化そうとしているのか。
ただ、確かにそうだ。こういうときは声なんて掛けて欲しくないものなんだなと俯瞰する。
だけど、千秋さんほどになるともう少しと思うのだから、私という生き物は我が儘なようだった。
何を勘違いするのか。
ロミオとジュリエットが流行った一端というものはこういうものなのだろうか、儚く消えそうなものは追いたくなって、そうじゃないものは求める必要がないなど。
こう気が付けばあの劇作家が急に、嫌いになる気がした。頭が良い。弄ぶフィクションを知っている。
思考は逃げがちだからこそ、ぼんやりと「大丈夫、ありがとう」だなんて返すのだろうか。
すると即「大丈夫か」と返ってきた。
待った、考えてみたらいつ私はこいつと連絡先なんて交換したんだろうか。
…最低だ、そんなことすら意識もせず覚えていない。
いっそ拒否の意を見せた方が多分彼にもいいのだろう。思わせ振りというのは多分、辛いだろうから。
でも…いや、多分、もっと単純なんだ。
それ以上返すのはやめた。
ロミオとジュリエットって原文から読んだら実のところ印象って変わるのかなと、私はネットでふと文を引き当てた。
Prodigious birth of love it is to me,That I must love a loathed enemy.
試しにネット翻訳を掛けてみれば「驚異的な愛の誕生それは私にとって、 嫌われた敵を愛さなければならないこと。」だそうだ。
…確かに読んだ翻訳とも、印象やニュアンスが違う。
けど、概ね合っている。なんだか、倒錯しそうだ。この人、歪んでいる。
…愛さなければならないとは、はて。
…ストックホルム?そういうこと?
わからないな。喜劇なのか、悲劇なのか。なんでもない、まやかしだ。
私はもっと身近でよくて、遠くで良い。
というか、なんでもない。なんだろう、こんなものにピントを合わせるだなんて、私は思ったよりもこの状況を楽しみ…いや、はっきり言って弱っているのだろうか。
私は恐らく、自分が如何に醜い生き物かというところしか見えていないのだ。こうやって…自分のことばかり考えている自分勝手さも、壊したくなる衝動になる。
またメールが来て意識が削がれそうなのに、「お前のことばかり考えてる」という文面に────。
止まった。自分が止まったのを後頭部辺りから眺める。
そこから堰を切ったように「今何してる」「月曜日は来るの?」「俺は本気だから」「自分のこと、大切にしろよ」だなんて。
このケータイは溢れ帰っていた。
私は脱け殻のようにただ、ケータイを持つだけなのに。
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