天泣の音【途中完結】

二色燕𠀋

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一、

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 口は凄く悪いが、ハルちゃんは基本的に穏やかな人。

「と、なるとこの歌詞…」
「あー…。うーんここがそう、厄介。gottaはhave to…have got toの意味がある」
「えぇえっ!」
「てか、ネイティブだなハル」
「いちいちうるさいんだよバカメガネ。
 have toとhave got toは意味が全く一緒。で、うーん多分高校の授業ってこれ「must」ってやるんじゃねぇかな。意味は一緒。だけどmustの方がもっと強制感があるというか」
「マスト!授業でやった!
 あ、じゃぁつまりこれはアイブ、マストフィーリングエブリシングなんだねわかったような!」
「めっちゃ被ってんな」

 ついには修介が覗き込んでくる。

「そう言えばそのバンドはファンの中で「とにかく繰り返しすぎ」と言われてるわ」
「日本人チックよなぁ。大切なことは二回言うもんな」
「じゃぁフィーリングエブリシングは?」
「フィーリングは養うっつー意味がある」
「まるで俺じゃん、養われてるわ」
「私はみんなを養うのが大切、的な?」

 なるほど。

「うーん日本人だし歌詞だしなんかなんだそれ、こいつらはどんな意味を込めてんの?これ教材に適してんのか?」
「俺に聞く?」

 分かればそういった余韻も楽しいかもしれない。ペラペラ捲った由紀子は発見する。次は“I gonna hold you”と。

「これは?」
「あーめんどくさい似たようなやつ。ゴナはゴーイングトゥーの省略形。まぁ、ガッタと並べると丁度覚えやすいかな。
 going toは何々する予定です、と。
 あと似てんのはワナ。want toの省略形でwant toは何々したい、欲しいっつー意味」
「賢くなったかも~…」

 春夏のバリバリな筆記体は読めないので、横にイコールで由紀子は自分の英語を書き足した。

「つまりI gonna holdは?」
「抱き締めて」
「歌詞を翻訳するのってやっぱ野暮だと思うわ」
「お前が言うなよ。はい、スピードなんちゃらやれば?」

 渡された由紀子は素直にそうしてみようかと思えた。

 ついでに修介も、赤い方のウォークマン、なんとなくセンス的に春夏のやつなんだろう、そちらを耳にしては「俺にもわかるかな」と楽しそう、ゲームは一時的に辞めたらしい。

 黒い方のウォークマン、意外だった。なんとなく明るい…例えば、そうだ、ディスコのようなピコピコ綺麗な音楽が流れる。

 隙間に聞こえた「言葉は邪魔だから」という春夏の単調な声、Did you said「それって純文学?」。
 「違うだろ」“What's what can do?”。
 由紀子はよくわからなかった。

 知っているつもりで、案外何も知らない。
 例えばI find my way。自分達の関係が不思議に思える。

 春夏はこうみえて、多分そういう人。修介はそうみえて多分、こういう人。

 自分は一体どういう人なのだろうかと由紀子はミニアルバムに聞き入った。

 あの日どうして一人でブランコに乗っていたのか、由紀子はよく思い出せないでいる。きっと、確かクラスにガキ大将くらいはいただろうし、何か悲しいことがあったんだと思う。

 一人ぼっちの寂しさを感じたのは思い出せるのに、そう、いまとなってはどうでも良いことなんだ。

 刹那に、春夏の赤いウォークマンを聞きながらどうやら、再びゲーム機を操作する修介、イヤホンを取った由紀子に「どうだ」と、うんざりした素麺と格闘する春夏。

「うん、歌詞見て何度か聞けばわかるような…?」
「リスニングの方がわかりやすいだろ」
「でもさ、日本語もだけど「わかるけど書けない」状態になりそう」
「確かに」
「聞きながら書くのって日本語も難しい」

 はい、have to(have got to)→must(緩)=have been(現在完了形)などと書き込んでゆく春夏のくにゃくにゃした英文、だけど忘れないだろうとぼんやり由紀子はペンを追った。

 かちゃかちゃ、後ろのソファーで静かに忙しかった修介の音が止んだ。

 由紀子がちらっと振り向けば、修介は何をする予定でもなさそうに「人間ってさ」と聞き取れる発音で言った。
 眼鏡からRPGの光がなくなり、修介は少し乗り出すようにゲーム機を見せてくる。

「このボタン、手垢で少し茶ばんだんだけど」
「ウェットティッシュ取ろうか?」
「いや、何回かやった。けど、取れないんだよ」
「うん?」
「よく言うじゃん?例えば孤独死なりなんなりと、死んでから暫くそのまま放置すると水分が出ていくって」

 急な話題。

「…え、何しゅうちゃんどうしたの?」
「ふと思って。あれも最終的には、そのシミって完全には取れないらしいけどさ。人間って何で出来てんだろうな」
「…うーん…」

 考え始めた由紀子に春夏が「真面目に考えんなよ」と、いま向き合っていたノートをとんとんとした。

「半分強が酸素だけど、死んだ瞬間から分解が始まるんだよ。話が少し違う」
「なるほどなあ」

 そういえば。

「セミって羽化して空気に当たると茶色くなるんだよね」

 「由紀子、」と春夏に窘められる。
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