ポラリスの箱舟

二色燕𠀋

文字の大きさ
38 / 48
Film 5

2

しおりを挟む
「…ふふん……」

 観測写真を眺め思わず声まで出るほどだった。これは自慢したい。
 小惑星ベスタ、クレーターまでくっきり写っているのが一枚。あとはわりとブレているが、「カラーコピーして持って帰りなよ」だなんて教授が言ってくれた。

「子供にも見せておやり。まぁ、ただの石ころと言われても怒らないでしょ雨川くん」

 うーん、どうかな。いや、きっとソラは「わぁ!星なの!?」と気を使ってくれるだろうと思っている。

 しかし帰宅の、マンションの前で雨川は思い出した。そうだ、ソラは南沢に預けていたんだった…と。

「………」

 さて、電話すべきか…。なんせ最近色々と気まずいことが起こったばかりだ。

 ケータイを手にして考える。南沢になんと言おうか、素直に「ソラを引き取りにいきます」で良いはずなのだが、引き取って良いのか疑問になってきてしまった。

 いや、元は南沢が押し付けてきたのだけどうーん、ならば南沢が権限を握るのだろうか、いや、そもそもソラはこんな自分と、共にいたいのだろうか…。
 自分だったら、やはり複雑で暫く会いたくない、それでお流れになれば「そうか」くらいなものかもしれないのに。

 何故、引き取ることを頭に置いているのだろう。元を言えば自分は一人で暮らしていた…ソラの無邪気な笑顔と、次に南沢の、少し寂しそうだった顔が浮かんでしまう。

 正直、気が重いなとケータイをぶら下げている。まぁ、まずは自宅へ帰ろうと先伸ばしにすれば、エレベーターの中でバイブが鳴った。

 南沢だった。

 凄くタイミングが悪い男だなと、勝手な考えが過り、いや、まずは自宅に帰って掛け直そうと考えた、律儀に3コールで切れる。

 エレベーターから降りて自宅、角部屋の305。鍵を開ければなんだか、何もなく真っ暗な空間へ辿り着いたと、南沢に電話を掛け直す。

 律儀に3コールで『もしもし、雨川くん?』と言う南沢の声がした。

「すみません、先程掛けましたよね」
『あ、うん。今家?』
「着いたところです。ソラですかね」
『そう、雨川くん家に送り届けようか迷っちゃって』
「……ソラは、」

  それでいいのでしょうか。

「…元気になりましたか?」

 質問を変えた。言いたくないような言いたいような、そんな気持ちが作用した。

『…うん、元気。マフユちゃんがお腹すいてるかなぁって、飯作ってくれてた。雨川くん、夕飯は済ませた?』
「…いえ」
『迎えに行っても良いかなって、なんか、変な話だけど…』
「…わかりました。お待ちしてます。15分くらいでしたっけ。荷物を片して…それで…」
『うん、わかった。今日は、肉じゃがだよ』
「わかりました」

 通話を終了し靴を脱いだ。
 自然と、ソラをどうするかなんていう話にはならなかった。
 南沢の言ったことだって、気を使わせたのかもしれない。

 しかしそこで疑問になる、どうして南沢は気を使うのか。
 単純に飼い主、の感覚なのかもしれない。水槽だって掃除をするのだし、水質を調整する薬品だって入れるだろう。でも、そんなことよりもソラが、子供が気になる。

 子供の頃の傷の方が、不意に浮上してくることがある。あの、学ラン姿の南沢はその類いのものだと思う。

 なんでそれがこうも、何か痞てしまうのかがわからない。南沢は覚えているのか、いや、自分の記憶違いの可能性だってある。

 …考えたらどんどん止まらなくなってきて、その場でしゃがみこんでしまった。

 でも自分は知っている、昔、自分には大切な物くらいはあった。いまそれがないことくらいはわかっている。

 それがどうしてこんなに。
 どうしてこんなに痛いのだろうか、わからなくて、気持ち悪い。

 思い出そうにも生理的な物か、頭が強烈に痛くなる、耳鳴りのように。けど、こんなものは自己防衛のひとつだと、何故だかわかっているのだ。

 暫くそのまま玄関にしゃがみこんでいたら、チャイムが鳴った。それは耳鳴りと相まって頭を痛くするのだけど、「…はい、」と返事をして、振り切りドアを開けた。

 南沢はそれを見て驚いた顔をして「どしたの」と言った。

「…高山病的なやつで…」
「大丈夫?」
「はい、治ります」
「…ちょっとゆっくりしてもいいよ」
「…あぁ、荷物。はい、ちょっと置いてきますね」

 …自然と、ひとつこうしてやること、思考を遮断すればその頭痛は取れる。
 旅荷物だけを部屋に置き、しかし思い出した写真は鞄に入れ、「お待たせしました」と告げれば、南沢は複雑そうに「うん…」と一瞬立ち尽くす。

 けれど南沢はすぐに、あっさりと今入ってきたドアを開け、「行こうか、鍵ね」と、普通になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

処理中です...