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シリウスに黄昏【企画外伝】
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後部座席に望遠鏡を積み、カメラを眺めながら助手席に座った雨川に「酔わないでよね」と南沢は注意突起を出したが、「はいはい」と言う雨川は上の空だし嬉しそうだった。
「よく撮れたの?」
「まぁまぁでしたね」
「そうなんだ」
「ちょっと…ブレてたでしょ。古いタイプなんですよね、あれ」
「そうなの?」
「ええ」
天体望遠鏡って果たしていくらなんだろうな。でもきっと追い始めたら果てはないのかもしれないな、多分。
「いつから使ってんの?」
「うーん、高校くらいじゃないですかね?」
「え、家にあったってこと?」
「ありましたよ」
「そうかぁ…」
その頃そうか、俺はすでに大学生だし、なんならもう研究生かもしれないが、雨川が家を出ていたのかどうなのか、曖昧な頃合いだ。
雨川の父のものだろうか…兄のものだろうか。望遠鏡の良し悪しは知らないが、兄のものなら確かに、専門的なものじゃないのかもしれないな。
「…愛着はあるんで、ずっと使ってるんですが、まぁ、そろそろ限界かもしれないですね」
「そうなんだ」
「とは言っても先延ばしですかねぇ。高いし」
「どんなもんするの?君そこそこ貰ってるんじゃない?」
然り気無さを装ってみたつもりだが、却って下品な気もする。
「んー、ピンきりですね。まぁ満足しないのは赤道儀のボケくらいなんで…15くらいかな」
「15か。セキドウギって何?」
「あぁ、星を追ってくれるやつです。写真にはないとならないですがねぇ。観測だけなら経緯台でいいんだけれど」
「取り敢えず台なんだ」
「あ、そうです」
「15万もするの、台で」
「そうですね」
安定してきた俺でもきっと月換算で3分の1かな。確かに痛いがまぁまぁ貯金、あるよな。
「大変なんだね天体って」
「そうですね」
「雨川くんさぁ」
「はい?」
「ソラちゃんは何が欲しいかなぁ」
「ん?」
「クリスマスだからねぇ」
然り気無さを取り下げてしまった気がするが、サプライズも出来そうにないしなと、路線変更をしようと考えた。
「クリスマス?」
「ほら、ソラは…どんな文化かは知らないけどさ、まぁやってみようかなとかね」
「え」
似合わない。
だが南沢は確かに嬉しそうではあった。
「…なんだろう」
「じゃぁ、24…は眠いか、雨川くん。25にでも…大きめの家電屋ならなんでも揃うかな。買い物に行こうよ」
「…どうしちゃったんですか南沢さん」
「いいじゃん、たまには。君の台も買おう。俺貯金あるし」
「え、マジで言ってますか」
「で、年末は蕎麦を食べよう」
「海老天?」
「上手いなぁ、冗談が」
いや、あのエビは多分食える大きさじゃないぞ南沢さん、かき揚げでしか、と雨川は思う。
「…いや、自分で」
「いーからいーから。たまには」
「…田舎のじじいみたいですね」
「それ次言ったら殴るからね雨川くん」
まぁ。
「…南沢さんは?」
「ん?」
「なんか、まぁ馴染みないんで違和感しかないですけど」
「だろうねぇ」
君は気が狂った俺ん家の子だからねぇ。
「なんか…ありますか」
「うーん君かな」
「は?」
「うんごめん忘れて俺の童貞精神」
「取り敢えず血とか抜いてあげたらいいんですか」
「君もそうだ拗らせてるんだね、採血とかいいですいらないです」
「はぁ…」
わかってないなぁ、雨川くん。
「皆で一緒にいたらまぁいいよ」
「うーんそうですか」
「ついでに君が生理終わりで爆発性欲だったら」
「殺されたいですか南沢さん」
「ごめん血祭りもいらないや忘れて俺の童貞精神」
「はぁ」
やっぱり童貞なのかこいつ。しょーもない。35だろ、しょーもない。俺くらい特殊なんじゃないかと雨川は変態に対してそう思う。
だけど確かに、新鮮だ。
「初めてですね」
「んは?」
「なんですかそれ。クリスマス。遠すぎてビビりました」
「はは、うん…」
俺もだよ、知ってるだろうけど。
いや、恋人とならしたことあるよ、過去にね。
「まぁ、まぁ…俺のエビ釣りみたいな…気まぐれだと思って」
「意外とそゆとこあるんですね」
「そうだよ」
初めてって、なんでもいいことじゃない。昔のことでも、なんでもなく。
俺はそういうのを君たちと見たいなと、勝手ながら思っているんだ。小さなプランクトンくらい必要なことで。
俺も全部越えてみたいんだよとは、まだまだ言えなかった。捻れて拗らせて、新しいものを見ていきたいのは、性でしょう。でも、人として。
恥ずかしくなったなと、南沢は、銭ゴマが裸足で逃げるよう、それそれそれと「どこ行きたい?」「年末は?」「初詣は?」と、気付いてしまえばどんどん、空白を埋めるように出ていく。
「はは、ぶっちゃけウザいですね」
そう言いながら笑ってくれるのが本当は、凄く。
大気圏の先を忘れてしまおう思えた。
夜空で最も明るいそれが見下ろしていたとしても、沈まないものがそこにあったとしても、何光年。まだまだピントはズレているらしい。いつか合うのかは微妙な位置だ。
多分、幸せな利己主義だけど、俺は負い目もしがらみも同情も関係なく愛情なんだと、南沢は感慨深くそう、思った。
「よく撮れたの?」
「まぁまぁでしたね」
「そうなんだ」
「ちょっと…ブレてたでしょ。古いタイプなんですよね、あれ」
「そうなの?」
「ええ」
天体望遠鏡って果たしていくらなんだろうな。でもきっと追い始めたら果てはないのかもしれないな、多分。
「いつから使ってんの?」
「うーん、高校くらいじゃないですかね?」
「え、家にあったってこと?」
「ありましたよ」
「そうかぁ…」
その頃そうか、俺はすでに大学生だし、なんならもう研究生かもしれないが、雨川が家を出ていたのかどうなのか、曖昧な頃合いだ。
雨川の父のものだろうか…兄のものだろうか。望遠鏡の良し悪しは知らないが、兄のものなら確かに、専門的なものじゃないのかもしれないな。
「…愛着はあるんで、ずっと使ってるんですが、まぁ、そろそろ限界かもしれないですね」
「そうなんだ」
「とは言っても先延ばしですかねぇ。高いし」
「どんなもんするの?君そこそこ貰ってるんじゃない?」
然り気無さを装ってみたつもりだが、却って下品な気もする。
「んー、ピンきりですね。まぁ満足しないのは赤道儀のボケくらいなんで…15くらいかな」
「15か。セキドウギって何?」
「あぁ、星を追ってくれるやつです。写真にはないとならないですがねぇ。観測だけなら経緯台でいいんだけれど」
「取り敢えず台なんだ」
「あ、そうです」
「15万もするの、台で」
「そうですね」
安定してきた俺でもきっと月換算で3分の1かな。確かに痛いがまぁまぁ貯金、あるよな。
「大変なんだね天体って」
「そうですね」
「雨川くんさぁ」
「はい?」
「ソラちゃんは何が欲しいかなぁ」
「ん?」
「クリスマスだからねぇ」
然り気無さを取り下げてしまった気がするが、サプライズも出来そうにないしなと、路線変更をしようと考えた。
「クリスマス?」
「ほら、ソラは…どんな文化かは知らないけどさ、まぁやってみようかなとかね」
「え」
似合わない。
だが南沢は確かに嬉しそうではあった。
「…なんだろう」
「じゃぁ、24…は眠いか、雨川くん。25にでも…大きめの家電屋ならなんでも揃うかな。買い物に行こうよ」
「…どうしちゃったんですか南沢さん」
「いいじゃん、たまには。君の台も買おう。俺貯金あるし」
「え、マジで言ってますか」
「で、年末は蕎麦を食べよう」
「海老天?」
「上手いなぁ、冗談が」
いや、あのエビは多分食える大きさじゃないぞ南沢さん、かき揚げでしか、と雨川は思う。
「…いや、自分で」
「いーからいーから。たまには」
「…田舎のじじいみたいですね」
「それ次言ったら殴るからね雨川くん」
まぁ。
「…南沢さんは?」
「ん?」
「なんか、まぁ馴染みないんで違和感しかないですけど」
「だろうねぇ」
君は気が狂った俺ん家の子だからねぇ。
「なんか…ありますか」
「うーん君かな」
「は?」
「うんごめん忘れて俺の童貞精神」
「取り敢えず血とか抜いてあげたらいいんですか」
「君もそうだ拗らせてるんだね、採血とかいいですいらないです」
「はぁ…」
わかってないなぁ、雨川くん。
「皆で一緒にいたらまぁいいよ」
「うーんそうですか」
「ついでに君が生理終わりで爆発性欲だったら」
「殺されたいですか南沢さん」
「ごめん血祭りもいらないや忘れて俺の童貞精神」
「はぁ」
やっぱり童貞なのかこいつ。しょーもない。35だろ、しょーもない。俺くらい特殊なんじゃないかと雨川は変態に対してそう思う。
だけど確かに、新鮮だ。
「初めてですね」
「んは?」
「なんですかそれ。クリスマス。遠すぎてビビりました」
「はは、うん…」
俺もだよ、知ってるだろうけど。
いや、恋人とならしたことあるよ、過去にね。
「まぁ、まぁ…俺のエビ釣りみたいな…気まぐれだと思って」
「意外とそゆとこあるんですね」
「そうだよ」
初めてって、なんでもいいことじゃない。昔のことでも、なんでもなく。
俺はそういうのを君たちと見たいなと、勝手ながら思っているんだ。小さなプランクトンくらい必要なことで。
俺も全部越えてみたいんだよとは、まだまだ言えなかった。捻れて拗らせて、新しいものを見ていきたいのは、性でしょう。でも、人として。
恥ずかしくなったなと、南沢は、銭ゴマが裸足で逃げるよう、それそれそれと「どこ行きたい?」「年末は?」「初詣は?」と、気付いてしまえばどんどん、空白を埋めるように出ていく。
「はは、ぶっちゃけウザいですね」
そう言いながら笑ってくれるのが本当は、凄く。
大気圏の先を忘れてしまおう思えた。
夜空で最も明るいそれが見下ろしていたとしても、沈まないものがそこにあったとしても、何光年。まだまだピントはズレているらしい。いつか合うのかは微妙な位置だ。
多分、幸せな利己主義だけど、俺は負い目もしがらみも同情も関係なく愛情なんだと、南沢は感慨深くそう、思った。
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