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闇夜の刻を待つ
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和尚の碁には勝てなかった、と貴之は考える。
父が憎いのか、なにが悲しいのか。自分は少々長くも考えていたつもりだった。
それが自意識過剰で自己満足、いや、満足などは一切出来ないのだから苦しくて仕方がなかったのだけれども。
坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い。
和尚は神域に踏み込んだ、介錯をするというのにどれ程あの和尚は気を病んだのだろう。病まないわけはないが至って、さも何事もないように「苦しくて仕方がなかったのだ」と言ったのだ。
自分は父を憎んだのではない、ただただ、その現象が無償に、許せないほど悲しかったのだ。
素直になれば案外拗らせていたものは、少し緩むのかもしれない。
が、まぁ出来ない。
だがそう、一生をかけ悩むほど自意識過剰。誰も憎むことはないのかもしれない。
憎いなど、そう。
そんなものなど一つもない。誰が誰を殺せるのか、だが神など“無一物”。
それにすがる執着も、誰にだってあるのだ。
闇に染む。
その背に歩いた道は見えにくい。
…そう言えば、和尚と花札をしたことを思い出したのを最後に眠り、また夜が明ければ外は、曇天で明るくなどはなく。
だが、妙にすっきりした、そんな気持ちになり、貴之はあの勝負は如何にと考えることが出来た。
悩むも捨てるも殺すもそう、何も特別でなどなかったのではないかと、そう思えた。
朝一番に「おや、」と廊下ですれ違う坊主もいた。
戸を叩いては「なんだ」と声がする。
明ければ幹斎は驚くような…いや、悟りきった親の面で「貴之」と呼ぶのだから本当はこそばゆい。
「…おはようございます幹斎和尚」
「…おはようさん、早」
「花札の件ですが、私が勝ったのだとモヤモヤしておりました」
「…は?」
「2年と5ヶ月、25勝だったと昨夜思い出しまして、」
その捨利子は、まだ純粋な目で、箒を逆さに立てる。
あぁそうか。
幹斎はそれが非常に楽しいことだと笑いそうになった。
誇らしげ、よりも頼りなく、まだまだ怯えた目の弟子に「アホかお前は」とけしかける。
吹っ切れた、いや、そんなものはどうでもいい。
「…歳月などどうとでもなるだろう、貴之」
「まぁ、」
「…儂は考えた」
ふと、幹斎は貴之の目を捉える。
「掛けようか」と、それに吹っ掛ける。
「お前の左目の黒子には意味がある。
頬骨に近いなぁ、お前は社会的に強い風当たりを受けるだろうよ」
それを伝承しようなど…。
だがそれも泥濘だ。足は、取られて動きにくい、はずで。
「しかし気が強い。お前の根性なら強く生きられる。そんな、死んだ目をするでない」
生臭く生きた臭いがする、血のような、だがそれは羽音と同じ心地だ。
まだ地に堕ちていはしない。どうやら、地に足はついたよう、そんな負けじとした生きる呼吸。
「花も良いが月も良い酒。ほれ早く来い。儂が月見で上がったらお前に名をやろう。酒などお前にはまだ早いのだよ、小僧」
なるほどそれで負け続けたか。確かに自分はその手ばかりを狙っていた。
「じゃぁ、五光を狙うとする。月も花も柳も鶴も桐も、貰い受けるとしようか、幹斎和尚」
なるほど。
ツキなど小賢しい。
箒は戸の前に掛けて部屋に入る。
「取れたらな」と言う和尚は些か、貴之には晴れやかなように見えたのだった。
拝命は朱鷺の字。
鶴には負けじ。
少年はまだ、先には行かず。闇夜の道筋なのかすら、まだ誰も知らない。
父が憎いのか、なにが悲しいのか。自分は少々長くも考えていたつもりだった。
それが自意識過剰で自己満足、いや、満足などは一切出来ないのだから苦しくて仕方がなかったのだけれども。
坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い。
和尚は神域に踏み込んだ、介錯をするというのにどれ程あの和尚は気を病んだのだろう。病まないわけはないが至って、さも何事もないように「苦しくて仕方がなかったのだ」と言ったのだ。
自分は父を憎んだのではない、ただただ、その現象が無償に、許せないほど悲しかったのだ。
素直になれば案外拗らせていたものは、少し緩むのかもしれない。
が、まぁ出来ない。
だがそう、一生をかけ悩むほど自意識過剰。誰も憎むことはないのかもしれない。
憎いなど、そう。
そんなものなど一つもない。誰が誰を殺せるのか、だが神など“無一物”。
それにすがる執着も、誰にだってあるのだ。
闇に染む。
その背に歩いた道は見えにくい。
…そう言えば、和尚と花札をしたことを思い出したのを最後に眠り、また夜が明ければ外は、曇天で明るくなどはなく。
だが、妙にすっきりした、そんな気持ちになり、貴之はあの勝負は如何にと考えることが出来た。
悩むも捨てるも殺すもそう、何も特別でなどなかったのではないかと、そう思えた。
朝一番に「おや、」と廊下ですれ違う坊主もいた。
戸を叩いては「なんだ」と声がする。
明ければ幹斎は驚くような…いや、悟りきった親の面で「貴之」と呼ぶのだから本当はこそばゆい。
「…おはようございます幹斎和尚」
「…おはようさん、早」
「花札の件ですが、私が勝ったのだとモヤモヤしておりました」
「…は?」
「2年と5ヶ月、25勝だったと昨夜思い出しまして、」
その捨利子は、まだ純粋な目で、箒を逆さに立てる。
あぁそうか。
幹斎はそれが非常に楽しいことだと笑いそうになった。
誇らしげ、よりも頼りなく、まだまだ怯えた目の弟子に「アホかお前は」とけしかける。
吹っ切れた、いや、そんなものはどうでもいい。
「…歳月などどうとでもなるだろう、貴之」
「まぁ、」
「…儂は考えた」
ふと、幹斎は貴之の目を捉える。
「掛けようか」と、それに吹っ掛ける。
「お前の左目の黒子には意味がある。
頬骨に近いなぁ、お前は社会的に強い風当たりを受けるだろうよ」
それを伝承しようなど…。
だがそれも泥濘だ。足は、取られて動きにくい、はずで。
「しかし気が強い。お前の根性なら強く生きられる。そんな、死んだ目をするでない」
生臭く生きた臭いがする、血のような、だがそれは羽音と同じ心地だ。
まだ地に堕ちていはしない。どうやら、地に足はついたよう、そんな負けじとした生きる呼吸。
「花も良いが月も良い酒。ほれ早く来い。儂が月見で上がったらお前に名をやろう。酒などお前にはまだ早いのだよ、小僧」
なるほどそれで負け続けたか。確かに自分はその手ばかりを狙っていた。
「じゃぁ、五光を狙うとする。月も花も柳も鶴も桐も、貰い受けるとしようか、幹斎和尚」
なるほど。
ツキなど小賢しい。
箒は戸の前に掛けて部屋に入る。
「取れたらな」と言う和尚は些か、貴之には晴れやかなように見えたのだった。
拝命は朱鷺の字。
鶴には負けじ。
少年はまだ、先には行かず。闇夜の道筋なのかすら、まだ誰も知らない。
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