紫陽花

二色燕𠀋

文字の大きさ
74 / 90
アダージョ

6

しおりを挟む
 お互いに一口飲む。

「つか朝からビール?」
「あ、うん。そっか。思い付いたのこれだったけど、てかさ、思ったより時間掛かったよ、ごめんごめん」
「まぁいいや。昔に戻ったみたいで」

 交際当時、菜月はいわゆる夜の仕事というやつをやっていた。

 出会いは、たまたま久しぶりに連絡が来た大学時代の友人からの誘いが“合コン”で、俺はその穴埋めで仕方なく行ったのだ。

 最初はアパレルやってますなんて言ってたから、胡散臭い女だなと思っていたら、話しは面白いし上手いし、すぐに嘘だってわかった。嘘だってわかったけど、それを隠す気もあまり無さそうに見えた。ようするに“乗り気じゃない”というやつで。

 盛り上がって二次会という流れの時に二次会には行ったが途中で抜けて二人で飲みに行った。それが交際のきっかけだった。

 ちなみにアパレルはガチでやっていた。それだけじゃ食っていけなかったらしい。

「そっか、時間的に電車とかじゃないよね。そのわりに時間かかったね。
まさかと思うけど…」
「うん、歩き」
「マジで!?」
「うん」
日野ひのだよね?」
「うん」
「うわぁ…流石、根性あるね」
「おかげで綺麗な朝焼けが見れましたわ」
「いや笑えないなそこは」

 時計をみれば6時くらい。確かに2時間以上は歩いていたんだなこれ。

「言ってくれれば迎えに行ったのに」
「え?うーん」
「家だとマズイなら近くの公園とかさぁ」
「うーん。俺もさ、勢い余って飛び出してきちゃったんだよね」
「なに高校生の家出少年みたいなことしてんの…だってさ、どうすんの?」
「大丈夫。頭冷えたら帰るよ」
「あっそう…」

 なんとなく寂しそうだ。

「つかいきなり来といて今更なこと言うけどさ」
「うん」
「俺ここ来て大丈夫だった?」
「なにそれ、スゴい今更!まぁ大丈夫よ。真里は毎回急だし」
「はぁ…すまん」
「てか凄いね。そんな歳になっても急に家飛び出しちゃったりするんだね」

 最早なんも言い返せねぇ。

 頬杖をついて優しい目で見つめてくる菜月はホント、

「姉ちゃんみたいだよな」
「え?そう?あんま嬉しくないな」
「まぁそうだよな」
「てか私の方が一応若いんだけどな」
「女は男より3歳年食ってるって言うじゃん」
「それは間違いだよ。男は実年齢より3歳下だっていうんだよ精神年齢。女は実年齢より3歳上なんだよ…ん?」
「したら俺ら」
「うるさいな、今のはなし!」

 たまにこうやって子供っぽかったりするけど。

「お前、やっぱりいいな」
「なにがよ」

 安心するんだよ。お前を見てるとさ。けど…。

「お前さ、彼氏出来ただろ」
「…うん」
「結婚すんの?」
「そうだよ」

 少し切なそうに言う奈月が、ちょっと胸に痛い。

「よかったじゃねぇか」

 だからこそ、本気でそう思うんだよ。

「お前が見つけるってことはさ、良い人なんだろうな」
「あげないからね!」
「わかってるよ」
「真里…」

 幸せそうなんだ、本当に。だけどなんだかそこに映る影がある気がして。多分その影の正体、なんとなくわかっちまった気がする。

「俺さぁ」
「うん」
「今日、喧嘩しちゃってさ」
「光也さんと?」

 だからこそちょっと愚痴になってもいいやって。

「そう。でもごめんな、これ、お前に話していいのかさ…」
「まぁ聞こうじゃないの。そこまで言ったなら」
「はー、やっぱりお前のが俺より器あるね」

 俺はここ最近のモヤモヤやらなにやらを菜月に話してみた。話してる途中で訳がわからなくなった。

 けれども菜月は真剣に話を聞いてくれて。ついつい毎回ながらすらすらと思ったことを吐き出してしまった。

「なるほどねぇ」
「でも今話してて思った…言っていい?」
「…うん」
「お前って多分俺と別れたとき、こんな気持ちだったんだよな」
「うん、まぁそうだよ」
「はぁ…まぁ謝れねぇけどさ」
「うん。却って謝んないで欲しいかな」
「だと思うんだ。うん。それをね、こうして愚痴ってる俺は情けないよな」
「…情けなくはないけどさ」
「あの時凄く思ったのにな、考えたのにな、お前のことさ」
「まぁ…でもさ」

 それでも菜月は屈託のない笑顔で笑ってくれて。

「だからこうして友人でいられてんでしょ?普通あり得ないからね」
「まぁ、そうか…」

 多分今、光也さんも俺と同じことを考えてるのかもしれないな。

「どうすんの?真里は」
「え?」
「いままでしてたのは過去の話じゃん。これからのこと」
「うーん…。
 菜月はきっとさ、俺たちやっぱり一緒にいない方が…良いって思うよね」
「うん。けど…どうかな。
 今潰れてんのはお互いもうわかってんでしょ?少なくてもあんたはわかってんでしょ?それってあの時の私らとあんまり変わらないよね」
「…うん」
「終わりではないと思うんだよね、どーゆー形にしても。ただね、うちらみたいに、お互いのこと話し合ってる訳じゃないからね。誤解は生じてるだろうなって気はしなくないな」
「うん…?」
「考えて?相手は強敵なんだよ?あんたもそれに弱気になってるじゃん。だから、変なところで食い違ってるような気は、聞いてて思うな。
 ウチらは解り合ってたからまだいい。けどあんたらはどうなの?多分、解り合えてないと、後は心の殺し合いだよ」

 菜月はタバコに火をつけた。まだやめてなかったんだな。キャスター・マイルド。バニラの匂いが鼻につく。

「真里、私ね」
「うん」
「実は少し待ってたんだよ。真里のこと。
でも吹っ切れた。今漸く吹っ切れた。これでちゃんとお嫁に行ける。
 不思議だね。
 私さ、顔も知らない頃、光也さんを恨んだこともあったよ勿論。けど会ってみたら良い人でさ。その時点でわりとずたぼろになったわけ。何もかも敵わないって。まず異性だし、性格も、愛され方も人生も。
 会った後に真里が話してんの聞いたらもうね、頭にも逆に残らないくらいの人になったの。あまりに違いすぎて。でも私にとって真里は忘れられないから、別に二人がくっつかなくたってなんだっていい、二人が本当に心から一番幸せになれたらいいなって、思った。ここまでの諦めが今漸くついた。それまでは私もあんたを捨てきれないでモヤモヤしたまま婚約して、ホントいまのいままで、今のあんたと同じ状態だった。
 スッキリした。二人ともちゃんと責任持って幸せになってください。私もなります」
「は、はい…なんか…」
「ん?」

 やっぱお前良い女だよ。

「お前、真面目に幸せになってくれ。俺はお前を、お前が望む形では…幸せに出来なかったけど…」
「うん、ありがとう。あんたもな!」

 一度惚れておいて本当によかった。

 それから長々と二人で駄弁って気が付いたら昼くらいになっていて。
 昼飯だけ作ってやって帰ることにした。

「そだ、菜月」
「ん?」
「まぁ…無理なお願いかもしれないけど…もし大丈夫だったら…。
 結婚式呼んでくれ」
「は?呼ぶに決まってんじゃん4人まとめて。まぁ旦那には上手く言っとくさ」
「あぁ、そっか…」

 一応俺は元交際相手だからな。

「今日はありがとう。じゃぁな」
「んー。またねー」

 そう言って俺は菜月の家を後にした。帰りは電車で帰った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...