裸足の人魚

やわら碧水

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第二部

第二章・嵐の予兆(その3)

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 潮音たちの桜組が次に対戦したのは、優菜の所属する楓組だった。潮音が楓組の少女たちに目を向けると、特に一人の気の強そうな少女が声援を浴びていた。その中には、黙ったまま他の楓組の少女たちの姿に目配せをしている優菜の姿もあった。

 そしてゲームが始まると、その少女もなかなか巧みなプレイを見せ、光瑠や美鈴のいる桜組に対して奮闘した。

 バスケの試合が終るころには、日も西に傾きかけて、高原の空気も冷え冷えとしてきた。潮音たちが体育館の後片付けに取り掛かろうとすると、楓組の気の強そうな少女が潮音と美鈴に声をかけてきた。

「あなたたちは桜組に高等部から入った子なの? なかなかやるじゃない」

 潮音が戸惑いながらも握手で応えようとすると、紫がむっとした表情でその様子を遠巻きに眺めていた。少女もそのような紫の様子に気がつくと、紫を向き直して言った。

「峰山さんは今度桜組なの? 私も楓組の委員長になったんだけど、さっそく桜組にはいい子が入ってきたじゃない。体育祭が楽しみだわ。うちのクラスも頑張らなくちゃね」

「まさか榎並えなみさんって、去年の体育祭で負けたことまだ根に持ってるの? いいかげんつまらない意地張るのはよしてよね」

「あら。誰もそんなこと言ってないでしょ。意地張ってるのは峰山さんの方じゃない」

 潮音は紫とその「榎並さん」と呼ばれた少女との間に、どこか一触即発の気まずい雰囲気が流れているのをひしひしと感じて、思わず息をのんだ。そこに光瑠がやってきて、その場の空気をおさめた。

「早く体育館を片付けて戻らないと、先生に叱られるよ」

 そこでその場にいた少女たちも、気を取り直して後片付けにとりかかった。

 体育館の後片付けが一段落すると、さっそく光瑠がクラスのみんなに声をかけた。

「バスケやったら汗かいちゃったよね。夕食の前にお風呂の時間があるけど、お風呂に入る順番や時間もクラスで決まってるから、早く片付け終って部屋に戻って準備しなくちゃね」

 潮音は「お風呂」という言葉を聞いて、内心でびくりとした。


 潮音が浴室に向かう間、暁子はむっとした表情をして傍らにつきそっていた。潮音は脱衣場で周囲の視線を避けるようにしながら、ためらいがちに体操服を脱いだ。

 潮音は髪をきちんとまとめて、タオルで体を隠しながら浴室に足を踏み入れた。そして暁子と隣り合って蛇口の前に腰を下ろすと、背後から元気そうな声がした。

「藤坂さんやったっけ。なんか緊張しとるけど、みんなと一緒にお風呂とか入ったことないん?」

 声の主は美鈴だった。美鈴はそのまま、潮音の隣の蛇口に腰を下ろしても話をやめようとしなかった。

「藤坂さんってけっこう引き締まった体しおるやん。さっきも見とったけど、どうりでバスケうまいわけや。中学で何かスポーツやっとったん?」

「そういう天野さんだって、バスケなかなかやるじゃん」

 美鈴と親しげに話していたのは、むしろ暁子の方だった。

「うちも結構スポーツには自信あるつもりやったんやけど、バスケやろうと思たらもうちょっと背こうならんとあかんかな。ほんまにクラブ何入ろかなと思っとるんやけど」

 潮音も自身が中学校で水泳部に入っていたときには、背の低さにコンプレックスを抱いていただけに、美鈴の気持ちがわかるような気がした。そこで暁子も口を開いた。

「あたしは潮音とは小学校からずっと一緒だけど、中学では水泳部に入ってたのよ。この子は小学校の頃はおとなしかったけど、中学で水泳部に入ってからスポーツできるようになったんじゃないかな」

「へえ、石川さんも藤坂さんと一緒の中学やったんや。これからもよろしゅうな。でも藤坂さんって水泳やっとったん? どうりで体力あるわけやわ」

 潮音は内心で、暁子は少なくともウソはついていないと思っていた。

 しかしそこで、美鈴が潮音にそっと耳打ちした。美鈴が指で示した先では、紫と光瑠が隣り合ってにこやかに談笑しながら体を洗っていた。

 潮音がそこで紫や光瑠の体にそっと目を向けると、その見事なプロポーションや、白磁のようなつややかな素肌にぞくりとさせられた。美鈴や暁子もこの二人の姿と自分の姿を見比べて、気恥ずかしさや引け目を抱いていることがありありと見て取れた。

「峰山さんってスタイルもめっちゃええし、肌もツルツルやん」

 潮音はこういったところを気にするあたりが、一見ボーイッシュに見える美鈴もやはり女の子なのだなと思った。しかし潮音は、紫があのような引き締まった体をしているのは、バレエの練習だけでなく、体調管理や肌のケアにも気を配り、バレリーナにふさわしいボディメイクも怠っていないからだろうと直感した。潮音は小学生のとき通っていたバレエ教室で、紫は教室に通っていた子どもたちの中でも一頭地を抜く存在だったことを思い出していた。

 さらに光瑠も、バスケットボールで鍛え上げた肉体は引き締まって贅肉がなく、絶妙なプロポーションとよく調和していた。潮音はどこか気恥ずかしさを感じて、そそくさと紫と光瑠から目を離した。

 潮音が体を洗い終えて美鈴や暁子と一緒に浴槽につかると、潮音はようやく緊張を解きほぐすことができたような気がした。そこで美鈴も、ほっとしたように口を開いた。

「あたしも松風には高校から入ったけど、中学から松風おる子ってやっぱすごいわあ。でも藤坂さんや石川さんとは仲良うできそうで、ちょっと安心やわ」

 潮音と暁子も、その美鈴の言葉には心中で共感していた。

 しかし潮音たちの傍らでは、キャサリンが悠然と湯船につかっていた。潮音たちは英国出身のキャサリンが、入浴を楽しんでいるのに意外な顔をした。

「高校に入る前に祖父母に温泉旅館に連れて行ってもらって、そこでお風呂の入り方も教えてもらいました。日本の温泉は外国人の観光客にも人気があるのですよ」

 にこやかな笑顔を浮かべるキャサリンを見て、潮音たちの表情もほころんでいた。しかしそこで、美鈴は黙ったまま浴室を後にする琴絵の後ろ姿に目を止めた。

「あのもう一人の副委員長になった子、寺島さんとか言うたっけ。あの子、ちょっとクラスで浮いとるみたいな感じやったけど、なんかオタクっぽい子やな。もうちょっとみんなと仲良うしたらええのに」

 その言葉は、一緒に浴槽にいた光瑠の耳にも入ったようだった。

「寺島さんのこと? まあたしかに引っ込み思案で内にこもりがちなところがあるし、休み時間はいつも一人で本読んでることとか多くて、アニメとかにも詳しいけどね。でもお父さんは有名な大学の教授で、テストの成績だって紫や榎並さんと学年トップを競ってるし、文芸部で自作の小説なんかも書いてるんだ。うちの学校では毎年一月には百人一首大会があるけど、そのときばかりは寺島さんも柄になく燃えるので、寺島さんのいるクラスは三年連続で学年トップなんだよ」

「百人一首なら、私も母から聞きました。シェイクスピアよりもずっと昔の、千年も前の歌が今でも親しまれているなんて、日本はすごいですね」

 キャサリンが日本に憧れているのを感じて、潮音はいささか気恥ずかしい思いがした。

「オレ…百人一首なんて全然知らないや」

 潮音が「オレ」と言うのに光瑠は一瞬目を丸くすると、暁子はあわてて潮音を黙らせた。そこで美鈴は、さらに聞いてみた。

「榎並さんって、あの楓組の委員長のことやろ。あの子は何なん? なんかえらそうでムカついたけど」

「しっ。みんなが聞いてるよ。あの子は榎並愛里紗えなみありさといってね。成績も学年で紫とトップを競っていて、体操部で県大会に出たこともあるんだ。中等部では紫と生徒会長の座を争って、結局榎本さんが生徒会の副会長になったんだけど、それだけになんか紫にライバル意識持っててね。しかもそれぞれに取り巻きがいるから話がややこしくなるわけよ」

 その光瑠の話を、紫は当惑したような顔で聞いていた。

「光瑠、あまり高等部から入った子に変なこと吹きこまないでよ。私と榎並さんは別にライバルとか、そんなんじゃないってば」

 しかし潮音は、この学校には自分にはわからない部分があると感じて、ますます気が重くなった。

 ようやく風呂から上がって脱衣場に足を踏み入れても、潮音はその部屋全体に充満している、ほてった体から立ちのぼる独特の香気に頭がくらりとした。さらにその中にほのかに漂ってくる、洗いたての髪やローションの香りが、より勇魚の心の奥をむずかゆくさせた。

 それでも何とか潮音が家から持ってきていた寝間着代わりのスウェットスーツを着終ると、同じく服を着終っていた紫が潮音に声をかけた。

「藤坂さん、さっきのバスケのときは寺島さんのことをフォローしてくれてありがとう。寺島さんはどっかクラスでも浮いてるとこがあって、私も心配してたんだけど」

 そこで潮音は、思いきって紫に声をかけた。

「峰山さん…朝話がしたいと言ったよね。そのことだったら自分からちゃんと話すから、ご飯の後で二人だけで会ってくれない?」

 紫はどこか怪訝そうな表情を浮かべながらも、潮音の言葉に黙ってうなづいた。

 そのとき、浴室の入口から声がした。その方を向くと、愛里紗を先頭にした楓組の少女たちがいた。

「峰山さん、そろそろ楓組が浴室を使う時間なんだけど、早く上がってくれない?」

 愛里沙の背後には、心配そうな顔で潮音の顔を見ている優菜の姿もあった。しかし紫は、愛里紗を前にしても落ち着き払っていた。

「すいません。早く上がるわ」

 そして紫は、潮音の手を引くと足早に浴室から引き上げた。

 潮音はいったん宿舎に戻っても、愛里紗の態度に内心で腹を立てていた。

「あの楓組の委員長、なんか峰山さんに突っかかってこない? なんかムカつく」

「藤坂さん、榎並さんは体操部に入ってるんだけど、学校に帰ったらいっぺん体操部の練習見に行ってみな」

 潮音は紫がそう言うのに、意外な思いがした。

「私は榎並さんが出場した体操の大会も見に行ったけど、あれだけの演技をやってのける榎並さんはやはりすごいわ。私はバレエをやってるけど、榎並さんというライバルがいるからバレエを頑張れてるのかもしれないね」

 潮音は紫と愛里紗が互いをライバルとして認め合っている様子をひしひしと感じて、自分もこの学校でちゃんとやっていくためには覚悟を決めなければいけないと意を新たにしていた。
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