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第二部
第二章・嵐の予兆(その8)
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潮音がしぶしぶクローゼットからセーラー服を取り出すと、紫は興味深げに襟元のラインやスカーフ留めを眺めていた。
「ここで着てもいいかな?」
そう言って紫は、いきなり自分の着ているブレザーのボタンに手をかけ始めた。自分の目の前でも何ら気兼ねすることのない紫の様子に潮音が戸惑う間もなく、紫はスカートを濃紺のプリーツスカートにはきかえていた。紫は続いてブラウスを脱ぎ、セーラー服を頭からかぶって襟元から頭を抜くと、左脇のファスナーをウエストまで下ろした。紫は胸元でスカーフをどのようにして留めるか戸惑っていたので、潮音もスカーフの留め方のコツを教えてやった。
紫は身なりを整えると、潮音の目の前でポーズを取ってみせた。
「どう? 似合うかな」
続いて紫は、潮音に自分のスマホのカメラで自らの写真を撮るように言った。潮音は紫の写真を撮る間、松風女子学園の代表としてお嬢様然とした態度を取っていた紫が、子どもっぽい表情を浮かべて嬉しそうにしているのに内心で呆れていた。
しかし紫は、シックな感じのする濃紺のセーラー服も、自分に似合うように着こなしていた。それを見てため息をついたのは、むしろ暁子の方だった。
「さすが峰山さんってどんな服着ても似合うわ」
しかし潮音は、舞い上がっている紫を冷ややかな目で見ていた。
「言っとくけど、オレがこのセーラー服着たのは何回かしかないけどな。この服自体、入試の前にクラスの友達から譲ってもらったものだし。オレはずっと学ラン着て学校行ってたからな」
「学ラン」という言葉を聞いて、紫はますます目を輝かせた。潮音はやれやれとでも言いたげな表情をして、クローゼットから詰襟の学生服の上着を取り出した。そこで紫は、ニコニコしながら潮音に言った。
「ちょっと着てみてよ」
潮音は観念したように、ブレザーを脱いで学生服に腕を通し、金色のボタンを留めた。それから潮音はそのままクローゼットから学生ズボンを取り出そうとしたが、そこでふと鏡に映った自分の姿に目を留めた。
鏡の中の、上半身は学生服に下半身はスカートというアンバランスな恰好をした自分の姿は、中学生の頃の男の子だった「潮音」でも、女性になってしばらくの間、胸を潰して男装して学校に通っていた「潮音」でもなかった。髪を伸ばし、胸も隠さず曲線を描いたままの今の自分の姿は、「男装」ではなくただ女の子が学生服を着てみたにすぎなかった。潮音は学生服の下で胸が高鳴るのを覚えて、スカートの中で両足を固く閉ざしたまま固まってしまった。
しかし紫は潮音の心の中の動揺など素知らぬかのように、潮音に声をかけた。
「うちの学校には六月に体育祭があるけど、そのときにはお兄ちゃんや弟から学ラン借りて応援団長やる子もいるんだよ。去年の文化祭は男装して執事喫茶やったクラスだってあるし、松崎先輩が劇で男役やったらすごいはまり役だったんだから。藤坂さんもやってみない?」
「あまり調子に乗るのもいいかげんにしろよ」
潮音は怒気を含んだ声で言い捨てると、金色のボタンを外して学生服をクローゼットにしまった。そのような潮音の様子を見て、紫も少し自分は悪乗りしすぎたと反省したようだった。
「ごめん藤坂さん…私もちょっとデリカシーがなかったかしら」
「…いや、オレもちょっと熱くなりすぎたよ。そんなに気にしなくていいよ」
「でも藤坂さんってさ…うちの学校の制服にはスラックスもあるのに、どうしてそれはかないの」
「…オレが男だったからってスカートはくの嫌がってるなんて、そういう人こそ先入観にとらわれすぎだよ。そりゃオレだって女になってすぐの頃は、スカートなんか絶対はくものかって思ってた。でも思い切ってスカートをはいてみたとき、そうやってがんじがらめになっていた自分の心から解放されて、気が軽くなったような気がしたんだ。『どんな服着たって自分は自分』…そう思えるようになったら、女の服着るのだっていやじゃなくなったんだ。…でもおとといの入学式のとき、みんなが自然にスカートをはきこなしてるのを見て、オレなんてまだまだだと思ったよ」
しかしそれでも、紫の疑念は晴れないようだった。
「じゃあどうして髪を伸ばしているの? 藤坂さんの髪って、すごくきれいなストレートのロングヘアだけど」
潮音の髪を見つめるときの紫の瞳は、どこかうっとりしていた。そこで潮音は、手で髪をいじりながら答えた。
「この髪はね…オレが女になって悩んでたときに、あの昔のお嬢様がくれたものなんだ。だからこの髪は…どうしても短く切るわけにはいかないんだ。手入れするのはめんどくさいけどね」
そこで暁子が、ため息混じりに紫に話しかけた。
「ほんとに潮音って、意地っ張りというか素直じゃないというか…。もっと肩の力を抜いて、自然にしてりゃいいのに」
潮音と暁子の仲が良さそうな様子を、紫もいつしか暖かいまなざしで見守っていた。
「藤坂さん、たしかに今のところは制服でスラックスはいてる子はあまりいないけど、スラックスで来たからと言って変な目で見たりするような子は、うちの学校にはいないと思うよ。むしろ共学の学校とかの方が、変に男子の目を意識しちゃうんじゃないかしら」
「…だからこそ、オレはあえて松風みたいな女子校に入ったんだ。…たしかにオレだって、男だった頃は男同士でエッチな話だってだいぶしたし、女子をそんな目で見てたかもしれない」
そこで暁子が声をあげた。
「いいかげんにそんなことでウジウジ悩むのよしてよ。あんたがそんなやつじゃないってことくらい、あたしが一番よくわかってるから」
「藤坂さんも少し落ち着いてよ。ともかく何かあったら、遠慮せずに私にでも石川さんにでも言えばいいわ。藤坂さんが不安なのはわかるけど、決して一人じゃないんだから」
そう言いながら紫は、潮音をそっと落ち着かせた。
そうこうしているうちに、窓の外はいつしか夕焼けが広がり出していた。紫はセーラー服から松風の制服に着替え直すと、あらためて潮音に声をかけた。
「そろそろ家帰るわ。私の家はここからそう遠くはないけど。でもこのセーラー服、ちょっと貸してくれない? 萌葱と浅葱にも見せてあげよっと」
暁子はすっかり、紫と打ち解けたようだった。
「あたしもいっぺん峰山さんの家に行っていい? 峰山さんの双子の妹にも会ってみたいな」
「ええ、いつでもいいわよ」
紫が潮音の家を後にして黄昏の迫る通りを歩き出すと、暁子は傍らにいた潮音にそっと耳打ちした。
「ここだけの話だけど…あたし、昨日の入学式で峰山さんにはじめて会ったときはちょっと苦手だなって思ったんだ。あんなきれいでちょっとおかたい感じのする子、これまで周りにいなかったし…。でも今日、あの峰山さんは潮音と一緒にいるとき、けっこう楽しそうにしてたじゃん」
暁子に言われて、潮音は少し当惑した。
「わかんないな…学校ではいかにも優等生のような顔をしているように見えた峰山さんが、さっきオレの部屋にいたときはあんなに無邪気で子どもっぽい顔してたんだもの。たしかにオレにとっては、ちょっと癇にさわるところもあったけど、悪気はないから何て言えばいいのか困ったよ」
「それだけ峰山さんも、あんたの前では気を張らずに自然にしていられる、ほんとの自分でいられるってことじゃないかな。だからあんたも、そんなにクヨクヨすることなんかないよ。あんたが変に自分をごまかそうとせず、ストレートに自分の気持ちを伝えたからこそ、峰山さんも潮音のことを受け入れてくれたんじゃないかな。潮音が変に引け目を感じたりせず、その気持ちで当たっていけば、この学校でもちゃんとやっていけると思うよ」
しかし潮音の心からは、不安が抜けなかった。
「オレ…水泳じゃ椎名に全然かなわなかったし、勉強したってとうてい湯川君にはかないそうにない。まして峰山さんには何をやっても勝てそうにないし。オレはこれからどうすりゃいいんだろう」
「だからそうやって自分を変に人と比べる必要なんかないって。あんたにはあんたにしかないものがきっとあるはずだから」
そう言うときの暁子の口調は、何かじれったそうだった。潮音は暁子と別れて、自分の家の中へと戻った。
翌日は高校ではじめての授業ということで、潮音も登校するときはいささか緊張気味だった。しかし潮音が教室の自分の席につくと、紫が笑顔で元気よく潮音にあいさつをした。
「おはよ。昨日はこれどうもありがと。楽しかったよ。萌葱と浅葱の前でもこの服着てみたけど、二人ともかわいいと言って喜んでくれたし」
そう言って紫は、セーラー服の入った袋を潮音に手渡した。周囲の少女たちもまわりに寄ってくると、セーラー服に目を向けた。そこで紫がスマホの画像に映った自分のセーラー服姿を見せると、皆それに見入って口々に「かわいい」とか「紫ってセーラー服着ても似合ってるじゃん」と歓声をあげた。しかしその様子を、最も興味深げに眺めていたのはキャサリンだった。
「これがセーラー服ですか。私も日本のマンガでよく見てました。でもかわいいですね。英国ではこういう制服の学校はないですから」
「キャサリンも着てみる? けっこう似合うかもよ」
キャサリンが照れくさそうに笑みを浮かべたところで、朝礼の五分前を知らせる予鈴が鳴った。
ようやく一日の授業が終ると、潮音のところに紫をはじめとする少女たちが何人か寄ってきた。
「藤坂さん、セーラー服貸してよ」
その後ろでは、キャサリンが気恥ずかしそうな表情で控えていた。潮音がしぶしぶセーラー服の入った紙袋を手渡すと、さっそくキャサリンが着方に戸惑いながらもセーラー服に着替えてみせた。
キャサリンが着替えを済ませると、潮音はキャサリンのセーラー服姿に目を向けて、キャサリンのブロンドの髪やぱっちりした瞳、襟元からのぞく色白の素肌はセーラー服の濃紺の生地にもけっこう映えるじゃないかと感じていた。特にキャサリンのはにかみ気味の表情が、キャサリンのかわいらしさをいっそう引き立たせていた。
「でもキャサリンってセーラー服着ても、けっこういいじゃない」
暁子もいつしか、キャサリンのセーラー服姿に暖かい目を向けていた。
「でもキャサリンには少々サイズが小さいかな。特に胸の辺り。暁子のサイズだったらどうなってたことやら」
そこで暁子は、潮音の手の甲をつねり上げた。潮音が痛がりながらキャサリンに再び目を向けると、キャサリンを取り囲んで少女たちが歓声を上げるのを見て、やはり女の子の考えていることはよくわからない、自分はこの学校でうまくやっていけるのだろうかと、あらためてため息をついた。
しかしそこで、長束恭子は潮音にどこか気がかりな視線を向けていた。
──藤坂さんってオリエンテーションのときからえらい紫と仲ええけど、いったいどないしたんやろ。
「ここで着てもいいかな?」
そう言って紫は、いきなり自分の着ているブレザーのボタンに手をかけ始めた。自分の目の前でも何ら気兼ねすることのない紫の様子に潮音が戸惑う間もなく、紫はスカートを濃紺のプリーツスカートにはきかえていた。紫は続いてブラウスを脱ぎ、セーラー服を頭からかぶって襟元から頭を抜くと、左脇のファスナーをウエストまで下ろした。紫は胸元でスカーフをどのようにして留めるか戸惑っていたので、潮音もスカーフの留め方のコツを教えてやった。
紫は身なりを整えると、潮音の目の前でポーズを取ってみせた。
「どう? 似合うかな」
続いて紫は、潮音に自分のスマホのカメラで自らの写真を撮るように言った。潮音は紫の写真を撮る間、松風女子学園の代表としてお嬢様然とした態度を取っていた紫が、子どもっぽい表情を浮かべて嬉しそうにしているのに内心で呆れていた。
しかし紫は、シックな感じのする濃紺のセーラー服も、自分に似合うように着こなしていた。それを見てため息をついたのは、むしろ暁子の方だった。
「さすが峰山さんってどんな服着ても似合うわ」
しかし潮音は、舞い上がっている紫を冷ややかな目で見ていた。
「言っとくけど、オレがこのセーラー服着たのは何回かしかないけどな。この服自体、入試の前にクラスの友達から譲ってもらったものだし。オレはずっと学ラン着て学校行ってたからな」
「学ラン」という言葉を聞いて、紫はますます目を輝かせた。潮音はやれやれとでも言いたげな表情をして、クローゼットから詰襟の学生服の上着を取り出した。そこで紫は、ニコニコしながら潮音に言った。
「ちょっと着てみてよ」
潮音は観念したように、ブレザーを脱いで学生服に腕を通し、金色のボタンを留めた。それから潮音はそのままクローゼットから学生ズボンを取り出そうとしたが、そこでふと鏡に映った自分の姿に目を留めた。
鏡の中の、上半身は学生服に下半身はスカートというアンバランスな恰好をした自分の姿は、中学生の頃の男の子だった「潮音」でも、女性になってしばらくの間、胸を潰して男装して学校に通っていた「潮音」でもなかった。髪を伸ばし、胸も隠さず曲線を描いたままの今の自分の姿は、「男装」ではなくただ女の子が学生服を着てみたにすぎなかった。潮音は学生服の下で胸が高鳴るのを覚えて、スカートの中で両足を固く閉ざしたまま固まってしまった。
しかし紫は潮音の心の中の動揺など素知らぬかのように、潮音に声をかけた。
「うちの学校には六月に体育祭があるけど、そのときにはお兄ちゃんや弟から学ラン借りて応援団長やる子もいるんだよ。去年の文化祭は男装して執事喫茶やったクラスだってあるし、松崎先輩が劇で男役やったらすごいはまり役だったんだから。藤坂さんもやってみない?」
「あまり調子に乗るのもいいかげんにしろよ」
潮音は怒気を含んだ声で言い捨てると、金色のボタンを外して学生服をクローゼットにしまった。そのような潮音の様子を見て、紫も少し自分は悪乗りしすぎたと反省したようだった。
「ごめん藤坂さん…私もちょっとデリカシーがなかったかしら」
「…いや、オレもちょっと熱くなりすぎたよ。そんなに気にしなくていいよ」
「でも藤坂さんってさ…うちの学校の制服にはスラックスもあるのに、どうしてそれはかないの」
「…オレが男だったからってスカートはくの嫌がってるなんて、そういう人こそ先入観にとらわれすぎだよ。そりゃオレだって女になってすぐの頃は、スカートなんか絶対はくものかって思ってた。でも思い切ってスカートをはいてみたとき、そうやってがんじがらめになっていた自分の心から解放されて、気が軽くなったような気がしたんだ。『どんな服着たって自分は自分』…そう思えるようになったら、女の服着るのだっていやじゃなくなったんだ。…でもおとといの入学式のとき、みんなが自然にスカートをはきこなしてるのを見て、オレなんてまだまだだと思ったよ」
しかしそれでも、紫の疑念は晴れないようだった。
「じゃあどうして髪を伸ばしているの? 藤坂さんの髪って、すごくきれいなストレートのロングヘアだけど」
潮音の髪を見つめるときの紫の瞳は、どこかうっとりしていた。そこで潮音は、手で髪をいじりながら答えた。
「この髪はね…オレが女になって悩んでたときに、あの昔のお嬢様がくれたものなんだ。だからこの髪は…どうしても短く切るわけにはいかないんだ。手入れするのはめんどくさいけどね」
そこで暁子が、ため息混じりに紫に話しかけた。
「ほんとに潮音って、意地っ張りというか素直じゃないというか…。もっと肩の力を抜いて、自然にしてりゃいいのに」
潮音と暁子の仲が良さそうな様子を、紫もいつしか暖かいまなざしで見守っていた。
「藤坂さん、たしかに今のところは制服でスラックスはいてる子はあまりいないけど、スラックスで来たからと言って変な目で見たりするような子は、うちの学校にはいないと思うよ。むしろ共学の学校とかの方が、変に男子の目を意識しちゃうんじゃないかしら」
「…だからこそ、オレはあえて松風みたいな女子校に入ったんだ。…たしかにオレだって、男だった頃は男同士でエッチな話だってだいぶしたし、女子をそんな目で見てたかもしれない」
そこで暁子が声をあげた。
「いいかげんにそんなことでウジウジ悩むのよしてよ。あんたがそんなやつじゃないってことくらい、あたしが一番よくわかってるから」
「藤坂さんも少し落ち着いてよ。ともかく何かあったら、遠慮せずに私にでも石川さんにでも言えばいいわ。藤坂さんが不安なのはわかるけど、決して一人じゃないんだから」
そう言いながら紫は、潮音をそっと落ち着かせた。
そうこうしているうちに、窓の外はいつしか夕焼けが広がり出していた。紫はセーラー服から松風の制服に着替え直すと、あらためて潮音に声をかけた。
「そろそろ家帰るわ。私の家はここからそう遠くはないけど。でもこのセーラー服、ちょっと貸してくれない? 萌葱と浅葱にも見せてあげよっと」
暁子はすっかり、紫と打ち解けたようだった。
「あたしもいっぺん峰山さんの家に行っていい? 峰山さんの双子の妹にも会ってみたいな」
「ええ、いつでもいいわよ」
紫が潮音の家を後にして黄昏の迫る通りを歩き出すと、暁子は傍らにいた潮音にそっと耳打ちした。
「ここだけの話だけど…あたし、昨日の入学式で峰山さんにはじめて会ったときはちょっと苦手だなって思ったんだ。あんなきれいでちょっとおかたい感じのする子、これまで周りにいなかったし…。でも今日、あの峰山さんは潮音と一緒にいるとき、けっこう楽しそうにしてたじゃん」
暁子に言われて、潮音は少し当惑した。
「わかんないな…学校ではいかにも優等生のような顔をしているように見えた峰山さんが、さっきオレの部屋にいたときはあんなに無邪気で子どもっぽい顔してたんだもの。たしかにオレにとっては、ちょっと癇にさわるところもあったけど、悪気はないから何て言えばいいのか困ったよ」
「それだけ峰山さんも、あんたの前では気を張らずに自然にしていられる、ほんとの自分でいられるってことじゃないかな。だからあんたも、そんなにクヨクヨすることなんかないよ。あんたが変に自分をごまかそうとせず、ストレートに自分の気持ちを伝えたからこそ、峰山さんも潮音のことを受け入れてくれたんじゃないかな。潮音が変に引け目を感じたりせず、その気持ちで当たっていけば、この学校でもちゃんとやっていけると思うよ」
しかし潮音の心からは、不安が抜けなかった。
「オレ…水泳じゃ椎名に全然かなわなかったし、勉強したってとうてい湯川君にはかないそうにない。まして峰山さんには何をやっても勝てそうにないし。オレはこれからどうすりゃいいんだろう」
「だからそうやって自分を変に人と比べる必要なんかないって。あんたにはあんたにしかないものがきっとあるはずだから」
そう言うときの暁子の口調は、何かじれったそうだった。潮音は暁子と別れて、自分の家の中へと戻った。
翌日は高校ではじめての授業ということで、潮音も登校するときはいささか緊張気味だった。しかし潮音が教室の自分の席につくと、紫が笑顔で元気よく潮音にあいさつをした。
「おはよ。昨日はこれどうもありがと。楽しかったよ。萌葱と浅葱の前でもこの服着てみたけど、二人ともかわいいと言って喜んでくれたし」
そう言って紫は、セーラー服の入った袋を潮音に手渡した。周囲の少女たちもまわりに寄ってくると、セーラー服に目を向けた。そこで紫がスマホの画像に映った自分のセーラー服姿を見せると、皆それに見入って口々に「かわいい」とか「紫ってセーラー服着ても似合ってるじゃん」と歓声をあげた。しかしその様子を、最も興味深げに眺めていたのはキャサリンだった。
「これがセーラー服ですか。私も日本のマンガでよく見てました。でもかわいいですね。英国ではこういう制服の学校はないですから」
「キャサリンも着てみる? けっこう似合うかもよ」
キャサリンが照れくさそうに笑みを浮かべたところで、朝礼の五分前を知らせる予鈴が鳴った。
ようやく一日の授業が終ると、潮音のところに紫をはじめとする少女たちが何人か寄ってきた。
「藤坂さん、セーラー服貸してよ」
その後ろでは、キャサリンが気恥ずかしそうな表情で控えていた。潮音がしぶしぶセーラー服の入った紙袋を手渡すと、さっそくキャサリンが着方に戸惑いながらもセーラー服に着替えてみせた。
キャサリンが着替えを済ませると、潮音はキャサリンのセーラー服姿に目を向けて、キャサリンのブロンドの髪やぱっちりした瞳、襟元からのぞく色白の素肌はセーラー服の濃紺の生地にもけっこう映えるじゃないかと感じていた。特にキャサリンのはにかみ気味の表情が、キャサリンのかわいらしさをいっそう引き立たせていた。
「でもキャサリンってセーラー服着ても、けっこういいじゃない」
暁子もいつしか、キャサリンのセーラー服姿に暖かい目を向けていた。
「でもキャサリンには少々サイズが小さいかな。特に胸の辺り。暁子のサイズだったらどうなってたことやら」
そこで暁子は、潮音の手の甲をつねり上げた。潮音が痛がりながらキャサリンに再び目を向けると、キャサリンを取り囲んで少女たちが歓声を上げるのを見て、やはり女の子の考えていることはよくわからない、自分はこの学校でうまくやっていけるのだろうかと、あらためてため息をついた。
しかしそこで、長束恭子は潮音にどこか気がかりな視線を向けていた。
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