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第二部
第三章・エトワール(その3)
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それから数日が経って、ゴールデンウィークも目前に迫ったある日、潮音が英語の授業を終えて教室に戻ろうとすると、紫に声をかけられた。
「どう? 勉強は大変じゃない?」
「けっこう大変だよ。小テストだってしょっちゅうあるし」
潮音はため息をついたが、紫はそのような潮音の姿を前にしても明るく振舞っていた。
「高入生は勉強で中入生に追いつくの大変だって言うけど、そうでもないよ。私たちなんて『高入生たちは受験勉強してるから、うかうかしてると追い抜かれるよ』としょっちゅう先生から言われてるし」
「でも暁子や優菜、美鈴はいつも言ってるよ。『中入生たちは自分たち高入生が受験勉強やってる間もおしゃれとかしてたから、おしゃれのセンスも進んでるし、大人っぽい子が多くてなんか気後れする』って」
「そんなの気にすることないのに。私たちも高入生たちが来たおかげで、学校はだいぶにぎやかになったと思うよ」
そう答えるときの紫は、どこか気恥ずかしそうにしていた。
「ところで午後は礼法だよな。お茶の立て方や礼の仕方、ふすまの開け閉めまで勉強させられるんだから大変だよ」
「先生はいつも言ってるよ。『これからは女性も社会で活躍する時代だからこそ、きちんとした礼儀やマナーを身につけなければいけない』ってね」
「男に礼儀やマナーは要らないのかよと言われたら、そんなことはないけどね。まさか自分が学校でこんなことやるなんて夢にも思わなかったよ」
潮音はふとため息をついた。
しかしそのとき、その背後では長束恭子が二人をじっと見つめながら頬を膨らましていた。
──あの藤坂さんって何なん? この前からずっと紫にベタベタして。
ちょうどその日の一日の授業が終って、潮音が暁子と一緒に帰り支度をしていたときだった。恭子が潮音の前までつかつかと歩み寄ってきて、いきなり口を開いた。
「藤坂さん、あんたこのところずっと峰山さんにベタベタして、いったい何様のつもりなん」
その威圧的な恭子の態度には、潮音もさすがにむっとしたようだった。
「人が誰と付き合おうと勝手だろ。峰山さんは小学校のときに一緒のバレエの教室に通ってたから、久しぶりに会って仲良くなっただけだよ」
そこで恭子は、潮音を見下すようなまなざしで見ながら言った。
「あら。バレエ習ってたにしては、藤坂さんってずいぶんガサツで言葉づかいも乱暴やない。峰山さんの爪の垢でも煎じて飲んだらどないやの。峰山さんのようなうちの学年一のできる子はあんたには似合わへんよ」
そこまで言われると、潮音はますます怒気を強めながら声を荒げた。
「てめえこそ何だよ。峰山さん峰山さんってそればっかり言って、てめえは金魚のフンか? ちょっと中等部からこの学校いるからってでかい顔しやがって」
「学校の中でそんな乱暴な口きいていいと思ってるの」
「うるさい。てめえみたいないやらしい口のきき方するよりはましだよ」
潮音と恭子の間に、殴り合いでも発生しそうな不穏な空気が漂うのを見て、教室に残っていた他の少女たちはいつの間にかその二人を囲むように人垣を作っていた。そこで暁子が潮音のところまで進み出て、潮音をなだめようとした。
「やめてよ潮音。ちょっと落ち着きな」
さらに騒ぎを聞きつけて、吹屋光瑠も恭子をおさえに来た。
「恭子もいいかげんにしなさい」
光瑠が恭子を止めても、潮音と恭子は憤懣やるかたない表情で互いににらみ合うのをやめなかった。そこで潮音は口火を切った。
「じゃあ長束さん、何でもいいから勝負してやるよ。これで負けたら飯くらいはおごってやるから」
そこで恭子は、にんまりとした表情を浮かべながら言った。
「それでもええんやな。じゃあテニスで勝負っちゅうのはどうや。言うとくけど私はテニス部でもずっと練習しおったんやで」
それを聞いて、潮音は内心でしまったと思っていた。潮音にはテニスの心得などなかったからだった。しかしここまできた以上、潮音ももはや後には退けなかった。
「ああ、その挑戦受けてやるよ。今週の土曜でどうだ?」
「ほんまにええんやな。後悔しても知らへんで」
ちょうどそのとき、騒ぎを聞きつけて美咲が教室までやってきた。
「あんたたち、いったい何やってるの」
日ごろは温和な美咲も、このときばかりは顔面に怒りを浮かべていた。
そして恭子と潮音は、さんざん久枝に説教させられ、罰として下校時間ぎりぎりまで正座をさせられて反省文を書かされた。
潮音が正座で足がしびれてへとへとになりながら校舎を後にすると、ちょうどそこで暁子が待っていた。
「ほんとバカよね、あんたって。たしかに長束さんの態度も悪かったけど」
暁子は呆れ顔で潮音を見ていた。
「暁子こそこんな時間まで学校で何してたんだよ」
「図書室で勉強してたの。潮音こそ早く帰って勉強しないと宿題終らないよ」
潮音はしゅんとした表情で、暁子の言うことに従うしかなかった。
「ところで潮音、調子に乗って長束さんとテニスで勝負するなんて言っちゃったけど、あんた本当にテニスやったことあるわけ」
「…ない。テニスの道具は、姉ちゃんが一通り持ってるけど」
潮音は気まずそうに答えた。
「どうなっても知らないよ。言っとくけどこれはみんなあんた自身の責任だからね」
暁子も呆れた口調で答えながら、潮音と一緒に帰りの通学路を歩き出した。
潮音は帰宅すると、さっそく綾乃にテニス関連のウェアや道具があるかを尋ねた。綾乃はいきなり潮音がこのようなことを尋ねたのにはじめは驚きながらも、潮音がクラスメイトとテニスをすることになったという話を聞いて、悪い顔はしなかった。綾乃はさっそく潮音にテニスウェアを示してみせたが、そのウェアを見たときの潮音は少し緊張しながらも、恭子の鼻をへし折るためにももはや後には退けないと思った。
「どう? 勉強は大変じゃない?」
「けっこう大変だよ。小テストだってしょっちゅうあるし」
潮音はため息をついたが、紫はそのような潮音の姿を前にしても明るく振舞っていた。
「高入生は勉強で中入生に追いつくの大変だって言うけど、そうでもないよ。私たちなんて『高入生たちは受験勉強してるから、うかうかしてると追い抜かれるよ』としょっちゅう先生から言われてるし」
「でも暁子や優菜、美鈴はいつも言ってるよ。『中入生たちは自分たち高入生が受験勉強やってる間もおしゃれとかしてたから、おしゃれのセンスも進んでるし、大人っぽい子が多くてなんか気後れする』って」
「そんなの気にすることないのに。私たちも高入生たちが来たおかげで、学校はだいぶにぎやかになったと思うよ」
そう答えるときの紫は、どこか気恥ずかしそうにしていた。
「ところで午後は礼法だよな。お茶の立て方や礼の仕方、ふすまの開け閉めまで勉強させられるんだから大変だよ」
「先生はいつも言ってるよ。『これからは女性も社会で活躍する時代だからこそ、きちんとした礼儀やマナーを身につけなければいけない』ってね」
「男に礼儀やマナーは要らないのかよと言われたら、そんなことはないけどね。まさか自分が学校でこんなことやるなんて夢にも思わなかったよ」
潮音はふとため息をついた。
しかしそのとき、その背後では長束恭子が二人をじっと見つめながら頬を膨らましていた。
──あの藤坂さんって何なん? この前からずっと紫にベタベタして。
ちょうどその日の一日の授業が終って、潮音が暁子と一緒に帰り支度をしていたときだった。恭子が潮音の前までつかつかと歩み寄ってきて、いきなり口を開いた。
「藤坂さん、あんたこのところずっと峰山さんにベタベタして、いったい何様のつもりなん」
その威圧的な恭子の態度には、潮音もさすがにむっとしたようだった。
「人が誰と付き合おうと勝手だろ。峰山さんは小学校のときに一緒のバレエの教室に通ってたから、久しぶりに会って仲良くなっただけだよ」
そこで恭子は、潮音を見下すようなまなざしで見ながら言った。
「あら。バレエ習ってたにしては、藤坂さんってずいぶんガサツで言葉づかいも乱暴やない。峰山さんの爪の垢でも煎じて飲んだらどないやの。峰山さんのようなうちの学年一のできる子はあんたには似合わへんよ」
そこまで言われると、潮音はますます怒気を強めながら声を荒げた。
「てめえこそ何だよ。峰山さん峰山さんってそればっかり言って、てめえは金魚のフンか? ちょっと中等部からこの学校いるからってでかい顔しやがって」
「学校の中でそんな乱暴な口きいていいと思ってるの」
「うるさい。てめえみたいないやらしい口のきき方するよりはましだよ」
潮音と恭子の間に、殴り合いでも発生しそうな不穏な空気が漂うのを見て、教室に残っていた他の少女たちはいつの間にかその二人を囲むように人垣を作っていた。そこで暁子が潮音のところまで進み出て、潮音をなだめようとした。
「やめてよ潮音。ちょっと落ち着きな」
さらに騒ぎを聞きつけて、吹屋光瑠も恭子をおさえに来た。
「恭子もいいかげんにしなさい」
光瑠が恭子を止めても、潮音と恭子は憤懣やるかたない表情で互いににらみ合うのをやめなかった。そこで潮音は口火を切った。
「じゃあ長束さん、何でもいいから勝負してやるよ。これで負けたら飯くらいはおごってやるから」
そこで恭子は、にんまりとした表情を浮かべながら言った。
「それでもええんやな。じゃあテニスで勝負っちゅうのはどうや。言うとくけど私はテニス部でもずっと練習しおったんやで」
それを聞いて、潮音は内心でしまったと思っていた。潮音にはテニスの心得などなかったからだった。しかしここまできた以上、潮音ももはや後には退けなかった。
「ああ、その挑戦受けてやるよ。今週の土曜でどうだ?」
「ほんまにええんやな。後悔しても知らへんで」
ちょうどそのとき、騒ぎを聞きつけて美咲が教室までやってきた。
「あんたたち、いったい何やってるの」
日ごろは温和な美咲も、このときばかりは顔面に怒りを浮かべていた。
そして恭子と潮音は、さんざん久枝に説教させられ、罰として下校時間ぎりぎりまで正座をさせられて反省文を書かされた。
潮音が正座で足がしびれてへとへとになりながら校舎を後にすると、ちょうどそこで暁子が待っていた。
「ほんとバカよね、あんたって。たしかに長束さんの態度も悪かったけど」
暁子は呆れ顔で潮音を見ていた。
「暁子こそこんな時間まで学校で何してたんだよ」
「図書室で勉強してたの。潮音こそ早く帰って勉強しないと宿題終らないよ」
潮音はしゅんとした表情で、暁子の言うことに従うしかなかった。
「ところで潮音、調子に乗って長束さんとテニスで勝負するなんて言っちゃったけど、あんた本当にテニスやったことあるわけ」
「…ない。テニスの道具は、姉ちゃんが一通り持ってるけど」
潮音は気まずそうに答えた。
「どうなっても知らないよ。言っとくけどこれはみんなあんた自身の責任だからね」
暁子も呆れた口調で答えながら、潮音と一緒に帰りの通学路を歩き出した。
潮音は帰宅すると、さっそく綾乃にテニス関連のウェアや道具があるかを尋ねた。綾乃はいきなり潮音がこのようなことを尋ねたのにはじめは驚きながらも、潮音がクラスメイトとテニスをすることになったという話を聞いて、悪い顔はしなかった。綾乃はさっそく潮音にテニスウェアを示してみせたが、そのウェアを見たときの潮音は少し緊張しながらも、恭子の鼻をへし折るためにももはや後には退けないと思った。
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