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第二部
第四章・インビテーション(その1)
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ゴールデンウィークが終ると、日の光はますます明るさを増し、六甲山の新緑も鮮やかさを増してくる。キャサリンはゴールデンウィーク中に祖父母に京都に連れて行ってもらったことを、嬉しそうに周囲に話していた。
潮音をはじめとする生徒たちも、京都の古寺や新緑のまぶしい嵐山や嵯峨野を背景にキャサリンが笑顔を浮かべながら写っている写真を見せてもらった。
「この写真をロンドンにいる両親や友達にSNSで送ったら、すごく喜んでました」
そのようなキャサリンの生き生きした様子を目の当りにすると、彼女のまわりの生徒たちも笑顔になった。
しかしゴールデンウィークが終るとすぐに、中間試験まであと一週間を切るようになる。部活動も休みになったが、そのころになるとキャサリンは他の生徒にもまして、学校が終るとさっさと帰宅するようになった。
「キャサリンはこのところどうしたんだろ。そんなに勉強心配なのかな」
ある日の放課後に潮音が帰り支度をしながらキャサリンの様子をいぶかしんでいると、暁子が口をはさんだ。
「ちょうど今週の日曜から相撲の夏場所やってるでしょ。キャサリンもお祖父ちゃんやお祖母ちゃんと一緒に相撲を見てて、すっかりファンになっちゃったみたい。今じゃお相撲さんの名前だって、私たちよりずっとよく知ってるくらいよ。いつか両国の国技館に本物の相撲を見に行きたいって言ってたわ」
潮音はキャサリンの意外な一面に面食らったが、そこで暁子は潮音に釘をさした。
「潮音こそ早く帰って中間テストの勉強しなきゃダメでしょ。私…潮音がちゃんと勉強についていけてるか心配なんだ。言っとくけど、うちの学校は成績が悪いと夏休みは強制補習に参加させられるみたいよ」
その言葉に潮音はぎくりとして、自分も早く帰宅して勉強しなければと思った。
しかし潮音が帰宅して身支度を整え、いざ机に向かっても、問題をなかなか解くことはできなかったし、試験に出そうな公式や項目もさっぱり頭に入らなかった。潮音はこのままでは試験はどうなるのかと暗澹たる気持ちになったが、そのときふと頭の中に、昇のことを思い出していた。潮音は昇だったら、勉強でこんなに苦労することなどないかもしれないと考えていた。
そうこうしているうちに夕食の時間が来たので、潮音は夕食の席で綾乃に、昇に勉強を教えてもらえたらいいのにとこぼしていた。しかし綾乃はそこで、潮音に厳しい視線を向けた。
「そんな風に考えるのは、いくらなんでも虫が良すぎるよ。湯川君だって自分の勉強があるんでしょ」
綾乃にぴしゃりと言われると、潮音もしゅんとしてうなだれてしまった。
「だいたい、試験で苦労するのは日ごろ勉強してないからでしょ。そんなんじゃちょっといい先生についてもらったところで豚に真珠よ」
そこで則子は、潮音は自分が半年前に男から女になってしまって大変だったのに、そこからさらに高校に入ったばかりで、学校になじむのに必死だったのだからと言って綾乃をなだめた。しかし綾乃は、そこでも甘い顔をすることはなかった。
「そんなのみんな一緒よ。言い訳になんかならないわ」
「綾乃、この子のことももっと考えてあげなさい」
しかしそこで、潮音はきっぱりと言った。
「姉ちゃんの言ってることの方が正しいよ。オレ…自分が男から女になったからといって、それで変に同情なんかされたくないんだ。女になって大変だったから、テストで悪い点取ってもいいなんて道理なんかどこにもないからな」
潮音がそう言うのを綾乃は黙って聞いていたが、則子はどこか心配そうな表情をしていた
「特にうちの学校の中入生たちはほんとにできる子たちがそろってるから…そんな中入生になめられるわけにはいかないんだ」
そこで綾乃は呆れたように口を開いた。
「ほんとにあんたって意地っ張りなんだから。勉強するのは人からなめられたくないからなんて、そんなことのためじゃないでしょ。…湯川君は将来弁護士になりたいとか言ってたみたいだけど、あんたにそんな目標とか、あるいは自分はそのために勉強がしたいとか、そういう動機づけになるようなものはないわけ?」
綾乃に問われると、潮音も黙りこくるしかなかった。そのような潮音をなだめるように、則子はそっと声をかけた。
「潮音も勉強頑張るのはいいけど、あまり無理をしないようにね」
そして潮音は、夕食を済ますと自分の部屋へと戻っていった。
翌朝学校に向かう途中も、潮音の頭からは前日の晩に綾乃に言われたことが離れなかった。自分は何のために勉強するのか、勉強してその先には何を目指すべきなのか…自分はいざ高校に入学して、学校の雰囲気や新しい仲間との付き合いに慣れるだけで必死だった一か月間が過ぎてみると、その問いに対してはっきりと答えられる自信はなかった。
この日の潮音は昼食を済ませてからも、昼休みの間は教室に佇んでぼんやりと考え事をしていた。そのような潮音の様子に気がついて声をかけたのは、寺島琴絵だった。琴絵は昼休みに弁当を食べ終えてからは、教室で静かに本を読んだりするのが常だった。
「どうしたの? 藤坂さん。今日は授業中からずっとぼんやりしてるけど。昼休みだっていつもは、石川さんや天野さんと一緒にごはん食べたりするのに。もしかしてテスト勉強で疲れたわけ?」
琴絵に聞かれても、潮音はやや顔を伏せ気味にしていた。
「私…何のためにこの学校来て勉強してるのかわからなくなってきたから」
そのようにして当惑気味の表情を浮かべる潮音に対して、琴絵は軽く息をつきながら答えた。
「そんなの誰でもみんな思ってることよ。ちょっと私と話してみない?」
その日の放課後、琴絵は潮音に声をかけて二人でクラブハウスの奥にある一室に向かった。その行先は、琴絵の所属している文芸部の部室だった。
潮音が部室の中に通されて辺りを見回すと、壁一面の本棚には古典文学から最近出たライトノベルまで、いろいろな本が並べられていた。潮音はしばらくの間、それらの本をきょろきょろと見回していた。
「ゆっくりしてってよ。この文芸部は年に何回か会誌も出したりするけど、日ごろは活動といっても、この部室で本読んだりだべったりしてるようなゆるいクラブだから」
琴絵は潮音を椅子に坐らせると、自分も机を挟んで潮音と向かい合うように椅子に腰を下ろした。緊張気味の潮音を前にしても、琴絵はにこやかな表情を崩そうとしなかった。
「で、藤坂さんは今になって、自分がどうしてこの松風に来たのか、何のために勉強するのかわからなくなってきたわけね」
「ああ。自分が勉強してるのはただ目の前のテストでいい点取るためだけなんじゃないか、それにどんな意味があるのかなって…」
「何のために勉強するのか? そんなの私だってわかんないよ」
そのあっけらかんとした琴絵の返答に、潮音は意表を突かれたような思いがした。
「寺島さんって頭いいのに、その寺島さんでもそんなこと言うんだ」
「私は父が大学の先生で、ちっちゃな頃から周りから勉強できるように見られてたけど、私はそんなつもりなかったけどね。勉強だって、今まで知らなかったことを知ることができたり、解けなかった問題が解けるようになったりするのが楽しかったし、それでテストでいい点取ったらまわりも喜んでくれるのが嬉しかった、ただそれだけだよ」
潮音はそのようなことを屈託もなしにさらりと言うあたりが、琴絵のすごいところだと感じていた。
「たとえば、歴史の授業だって年号や項目を覚えるだけの科目だと思うからつまらなくなるけど、歴史で習ったことが今ニュースでやってることにもつながっていると考えると、面白くなるんじゃないかな」
潮音は琴絵に言われても、今一つ実感がつかめなかった。
「私はちっちゃな頃は学校の図書室で本ばかり読んでて、先生からは『もっと友達とも一緒に遊びなさい』と言われるくらいだったんだ。そして中学で松風に入ったけど、そこでも周りから浮いてるとか言われてるけどね。でも私はそんなことなどお構いなしに、私のやりたいことやってるだけだよ」
「私…寺島さんのそういう自分らしいスタイルを貫くところは好きだよ。寺島さんには言ったと思うけど…私は男から女になってしまって、今でもその『自分らしく』っていうのがどういうことかわかんないんだ」
「そんなことで悩めるなんて、あんたは十分幸せ者よ。たいていの人なんて、目の前の勉強や仕事をなんとかやって、ご飯のときに何食べればいいか、周りの人とどうやってうまくつきあっていくかを考えてるだけで毎日過ぎてくからね」
そこで琴絵は席を立って、部室の窓から外を眺めながら言った。
「うちの学校の先生は二言目には『今は女性も社会で活躍する時代だ』なんて言ってるけどね、私だってはっきり言ってどこの大学行ってその後どこに就職するかなんて、全然決めてないんだ。国語の石野先生はずっと学校の先生をしながら源氏物語の研究をやっていて、そういうのにもちょっと憧れるけど、源氏物語みたいな古典文学の研究者なんてそうそう簡単になれるもんじゃないって父も言ってるし。ただ私は、周りに流されるようにして偏差値高い大学行って、就職に有利だからというだけで学部選んで、安定してるからとかいうだけの理由で大きな会社入るような生き方はしたくない。社会に出るなら、そこで本当に自分のやりたいと思うようなことをやってみたい」
「寺島さんもちゃんと考えてるんだな…。寺島さんと話してて少し気が楽になったよ」
しかしそこで、琴絵は潮音を向き直して言った。
「それだったら早く帰ってテスト勉強しなきゃね。でもテストが終ったら、気持ちを落ち着けたくなったときや相談したいこと、悩みごとがあるときなんかはいつでもこの文芸部の部室に来ればいいよ」
「ほんとにいいの? 本のことなんか全然わかんないから、文芸部に入ろうなんて全然思っていなかったけど」
「藤坂さんはまだ部活どこにも入ってないんでしょ? どこの部が向いてるかどうか、焦らずゆっくり決めればいいよ」
潮音は琴絵のしんみりとした表情に少し安堵の色を浮べながら、琴絵と一緒に文芸部の部室を後にした。琴絵が部室のドアに鍵をかけると、放課後の校内はテスト前ということもあって、しんと静まり返っていた。
潮音が帰宅すると、潮音のスマホに、暁子からのメッセージが入っていた。
『潮音、テスト勉強はかどってる?
でも勉強難しくて大変だよね。
そこでさ、あさっての日曜日、優菜も一緒にうちで一緒に勉強会やらない?
良かったら返信してよ』
潮音はやれやれと思いながら、自分も勉強会に参加したいと暁子のSNSに返信した。
潮音をはじめとする生徒たちも、京都の古寺や新緑のまぶしい嵐山や嵯峨野を背景にキャサリンが笑顔を浮かべながら写っている写真を見せてもらった。
「この写真をロンドンにいる両親や友達にSNSで送ったら、すごく喜んでました」
そのようなキャサリンの生き生きした様子を目の当りにすると、彼女のまわりの生徒たちも笑顔になった。
しかしゴールデンウィークが終るとすぐに、中間試験まであと一週間を切るようになる。部活動も休みになったが、そのころになるとキャサリンは他の生徒にもまして、学校が終るとさっさと帰宅するようになった。
「キャサリンはこのところどうしたんだろ。そんなに勉強心配なのかな」
ある日の放課後に潮音が帰り支度をしながらキャサリンの様子をいぶかしんでいると、暁子が口をはさんだ。
「ちょうど今週の日曜から相撲の夏場所やってるでしょ。キャサリンもお祖父ちゃんやお祖母ちゃんと一緒に相撲を見てて、すっかりファンになっちゃったみたい。今じゃお相撲さんの名前だって、私たちよりずっとよく知ってるくらいよ。いつか両国の国技館に本物の相撲を見に行きたいって言ってたわ」
潮音はキャサリンの意外な一面に面食らったが、そこで暁子は潮音に釘をさした。
「潮音こそ早く帰って中間テストの勉強しなきゃダメでしょ。私…潮音がちゃんと勉強についていけてるか心配なんだ。言っとくけど、うちの学校は成績が悪いと夏休みは強制補習に参加させられるみたいよ」
その言葉に潮音はぎくりとして、自分も早く帰宅して勉強しなければと思った。
しかし潮音が帰宅して身支度を整え、いざ机に向かっても、問題をなかなか解くことはできなかったし、試験に出そうな公式や項目もさっぱり頭に入らなかった。潮音はこのままでは試験はどうなるのかと暗澹たる気持ちになったが、そのときふと頭の中に、昇のことを思い出していた。潮音は昇だったら、勉強でこんなに苦労することなどないかもしれないと考えていた。
そうこうしているうちに夕食の時間が来たので、潮音は夕食の席で綾乃に、昇に勉強を教えてもらえたらいいのにとこぼしていた。しかし綾乃はそこで、潮音に厳しい視線を向けた。
「そんな風に考えるのは、いくらなんでも虫が良すぎるよ。湯川君だって自分の勉強があるんでしょ」
綾乃にぴしゃりと言われると、潮音もしゅんとしてうなだれてしまった。
「だいたい、試験で苦労するのは日ごろ勉強してないからでしょ。そんなんじゃちょっといい先生についてもらったところで豚に真珠よ」
そこで則子は、潮音は自分が半年前に男から女になってしまって大変だったのに、そこからさらに高校に入ったばかりで、学校になじむのに必死だったのだからと言って綾乃をなだめた。しかし綾乃は、そこでも甘い顔をすることはなかった。
「そんなのみんな一緒よ。言い訳になんかならないわ」
「綾乃、この子のことももっと考えてあげなさい」
しかしそこで、潮音はきっぱりと言った。
「姉ちゃんの言ってることの方が正しいよ。オレ…自分が男から女になったからといって、それで変に同情なんかされたくないんだ。女になって大変だったから、テストで悪い点取ってもいいなんて道理なんかどこにもないからな」
潮音がそう言うのを綾乃は黙って聞いていたが、則子はどこか心配そうな表情をしていた
「特にうちの学校の中入生たちはほんとにできる子たちがそろってるから…そんな中入生になめられるわけにはいかないんだ」
そこで綾乃は呆れたように口を開いた。
「ほんとにあんたって意地っ張りなんだから。勉強するのは人からなめられたくないからなんて、そんなことのためじゃないでしょ。…湯川君は将来弁護士になりたいとか言ってたみたいだけど、あんたにそんな目標とか、あるいは自分はそのために勉強がしたいとか、そういう動機づけになるようなものはないわけ?」
綾乃に問われると、潮音も黙りこくるしかなかった。そのような潮音をなだめるように、則子はそっと声をかけた。
「潮音も勉強頑張るのはいいけど、あまり無理をしないようにね」
そして潮音は、夕食を済ますと自分の部屋へと戻っていった。
翌朝学校に向かう途中も、潮音の頭からは前日の晩に綾乃に言われたことが離れなかった。自分は何のために勉強するのか、勉強してその先には何を目指すべきなのか…自分はいざ高校に入学して、学校の雰囲気や新しい仲間との付き合いに慣れるだけで必死だった一か月間が過ぎてみると、その問いに対してはっきりと答えられる自信はなかった。
この日の潮音は昼食を済ませてからも、昼休みの間は教室に佇んでぼんやりと考え事をしていた。そのような潮音の様子に気がついて声をかけたのは、寺島琴絵だった。琴絵は昼休みに弁当を食べ終えてからは、教室で静かに本を読んだりするのが常だった。
「どうしたの? 藤坂さん。今日は授業中からずっとぼんやりしてるけど。昼休みだっていつもは、石川さんや天野さんと一緒にごはん食べたりするのに。もしかしてテスト勉強で疲れたわけ?」
琴絵に聞かれても、潮音はやや顔を伏せ気味にしていた。
「私…何のためにこの学校来て勉強してるのかわからなくなってきたから」
そのようにして当惑気味の表情を浮かべる潮音に対して、琴絵は軽く息をつきながら答えた。
「そんなの誰でもみんな思ってることよ。ちょっと私と話してみない?」
その日の放課後、琴絵は潮音に声をかけて二人でクラブハウスの奥にある一室に向かった。その行先は、琴絵の所属している文芸部の部室だった。
潮音が部室の中に通されて辺りを見回すと、壁一面の本棚には古典文学から最近出たライトノベルまで、いろいろな本が並べられていた。潮音はしばらくの間、それらの本をきょろきょろと見回していた。
「ゆっくりしてってよ。この文芸部は年に何回か会誌も出したりするけど、日ごろは活動といっても、この部室で本読んだりだべったりしてるようなゆるいクラブだから」
琴絵は潮音を椅子に坐らせると、自分も机を挟んで潮音と向かい合うように椅子に腰を下ろした。緊張気味の潮音を前にしても、琴絵はにこやかな表情を崩そうとしなかった。
「で、藤坂さんは今になって、自分がどうしてこの松風に来たのか、何のために勉強するのかわからなくなってきたわけね」
「ああ。自分が勉強してるのはただ目の前のテストでいい点取るためだけなんじゃないか、それにどんな意味があるのかなって…」
「何のために勉強するのか? そんなの私だってわかんないよ」
そのあっけらかんとした琴絵の返答に、潮音は意表を突かれたような思いがした。
「寺島さんって頭いいのに、その寺島さんでもそんなこと言うんだ」
「私は父が大学の先生で、ちっちゃな頃から周りから勉強できるように見られてたけど、私はそんなつもりなかったけどね。勉強だって、今まで知らなかったことを知ることができたり、解けなかった問題が解けるようになったりするのが楽しかったし、それでテストでいい点取ったらまわりも喜んでくれるのが嬉しかった、ただそれだけだよ」
潮音はそのようなことを屈託もなしにさらりと言うあたりが、琴絵のすごいところだと感じていた。
「たとえば、歴史の授業だって年号や項目を覚えるだけの科目だと思うからつまらなくなるけど、歴史で習ったことが今ニュースでやってることにもつながっていると考えると、面白くなるんじゃないかな」
潮音は琴絵に言われても、今一つ実感がつかめなかった。
「私はちっちゃな頃は学校の図書室で本ばかり読んでて、先生からは『もっと友達とも一緒に遊びなさい』と言われるくらいだったんだ。そして中学で松風に入ったけど、そこでも周りから浮いてるとか言われてるけどね。でも私はそんなことなどお構いなしに、私のやりたいことやってるだけだよ」
「私…寺島さんのそういう自分らしいスタイルを貫くところは好きだよ。寺島さんには言ったと思うけど…私は男から女になってしまって、今でもその『自分らしく』っていうのがどういうことかわかんないんだ」
「そんなことで悩めるなんて、あんたは十分幸せ者よ。たいていの人なんて、目の前の勉強や仕事をなんとかやって、ご飯のときに何食べればいいか、周りの人とどうやってうまくつきあっていくかを考えてるだけで毎日過ぎてくからね」
そこで琴絵は席を立って、部室の窓から外を眺めながら言った。
「うちの学校の先生は二言目には『今は女性も社会で活躍する時代だ』なんて言ってるけどね、私だってはっきり言ってどこの大学行ってその後どこに就職するかなんて、全然決めてないんだ。国語の石野先生はずっと学校の先生をしながら源氏物語の研究をやっていて、そういうのにもちょっと憧れるけど、源氏物語みたいな古典文学の研究者なんてそうそう簡単になれるもんじゃないって父も言ってるし。ただ私は、周りに流されるようにして偏差値高い大学行って、就職に有利だからというだけで学部選んで、安定してるからとかいうだけの理由で大きな会社入るような生き方はしたくない。社会に出るなら、そこで本当に自分のやりたいと思うようなことをやってみたい」
「寺島さんもちゃんと考えてるんだな…。寺島さんと話してて少し気が楽になったよ」
しかしそこで、琴絵は潮音を向き直して言った。
「それだったら早く帰ってテスト勉強しなきゃね。でもテストが終ったら、気持ちを落ち着けたくなったときや相談したいこと、悩みごとがあるときなんかはいつでもこの文芸部の部室に来ればいいよ」
「ほんとにいいの? 本のことなんか全然わかんないから、文芸部に入ろうなんて全然思っていなかったけど」
「藤坂さんはまだ部活どこにも入ってないんでしょ? どこの部が向いてるかどうか、焦らずゆっくり決めればいいよ」
潮音は琴絵のしんみりとした表情に少し安堵の色を浮べながら、琴絵と一緒に文芸部の部室を後にした。琴絵が部室のドアに鍵をかけると、放課後の校内はテスト前ということもあって、しんと静まり返っていた。
潮音が帰宅すると、潮音のスマホに、暁子からのメッセージが入っていた。
『潮音、テスト勉強はかどってる?
でも勉強難しくて大変だよね。
そこでさ、あさっての日曜日、優菜も一緒にうちで一緒に勉強会やらない?
良かったら返信してよ』
潮音はやれやれと思いながら、自分も勉強会に参加したいと暁子のSNSに返信した。
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