裸足の人魚

やわら碧水

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第二部

第四章・インビテーション(その3)

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 中間テストもなんとかして最終日になり、全ての科目のテストが終ると、潮音はあらためてこのテスト期間の疲れがどっと出たような気がした。生徒たちの中にはテストが終ったのをいいことに街に遊びに繰り出す者もいたが、潮音はそれを横目に校内のカフェテリアで暁子と昼食を取っていた。

「やっと試験終った…。なんとか赤点は取らないで済みそうだけど、もうヘトヘトだよ」

「潮音もずいぶん勉強がんばってたじゃん。今日はゆっくり休むといいよ。優菜は楓組の子たちと一緒に遊びに行く約束があるとか言ってたけど」

「でも私はこれからバレエのレッスンに行くから」

「あんたもなかなかやるよね。あたしは潮音がこの学校でちゃんとやっていけるか心配だったけど、むしろあんたの方がずっとしっかりしてるじゃん」

「私は自分のやりたいことやってるだけで、暁子から褒められるほど大したことやってるつもりなんかないけどね」

 潮音は照れくさそうにしていた。

「で、暁子は今日これからどうするんだよ」

「これから手芸部で部会があるんだ」

「暁子は手芸部に入ったんだね」

「またどうせ、柄でもないこと始めてとか言いたいんでしょ」

 そのように言うときの暁子は、むっとした表情をしていた。

「そんなこと言ってないだろ。そりゃ暁子とはちっちゃな頃からバカ騒ぎばかりしてたけど、暁子は前から家事だって得意だったじゃん」

 そこで暁子は、しんみりとしながら言った。

「綾乃お姉ちゃんは、あたしの誕生日には自分で作ったフェルトのマスコットをプレゼントしたり、ケーキを焼いてくれたりもしたんだ。そのときから、あたしもそういう風になりたいってずっと思ってた」

「だったら暁子は栄介に、そういうものの一つでも作ってやっているのかよ」

 潮音は茶化すように言った。

「うるさいね。あんたこそ中学までは、家庭科の時間は男子同士でふざけてばかりいて真面目に授業受けなかったくせに」

「その点うちの学校の家庭科は、調理のときなんかはみんな盛り上がるよな…」

「あんたこそ家庭科の調理で皮むきや食器洗いばかりやってないで、もっとちゃんと料理やってみたら? これから食べ物屋さんでバイトすることだってあるかもしれないし、一人暮らしすることだってあるから、料理のスキルは絶対無駄にならないはずだよ。綾乃お姉ちゃんにでも教えてもらえばいいじゃん」

「オレは姉ちゃんから、この髪の手入れの仕方とかみっちり仕込まれたからな。また姉ちゃんからしごかれなきゃいけないのかよ」

 潮音がげんなりした表情をするのを、暁子はニコニコしながら見守っていた。

「じゃああたしはこれから手芸部に行くけど、潮音もバレエやるのはいいとしてもあまり無理しすぎない方がいいよ」

「だったら今度の日曜、暁子の家でずっとゲームとかしない?」

「いいねえ。たまにはこういう息抜きも必要だよね」

 暁子が席を立ってカフェテリアを後にすると、潮音もやれやれと思いながら帰宅の途についた。

 そして潮音は駅から直接森末バレエ教室に向かい、紫と共にレッスンに汗を流した。日ごろは温和な紫もレッスンのときは潮音を厳しく指導したが、勉強で疲れた潮音にとってはバレエで体を動かし汗を流すことがいい刺激になった。


 テストが終ってから数日後に答案が全て返ってきたが、潮音の成績は下から数えた方が早いくらいだったとはいえ、なんとか赤点は免れた。

「潮音も何とか頑張ったじゃん」

 昼休みのカフェテリアで潮音が暁子や優菜と話をしていると、潮音はやや気恥ずかしそうな表情をしていた。

「赤点取らなかっただけ良かったよ。でも成績だったら私より暁子や優菜の方がだいぶ上じゃん。ましてや峰山さんや寺島さんには全然かなわないよ…」

「それ言うたら、うちのクラスの榎並さんかてすごいけど。…おっと、噂をすれば何とやらやな」

 カフェテリアの中にざわめきが起きたので、潮音たちがその方に顔を向けてみると、そこには榎並愛里紗の姿があった。愛里紗の周りには、中等部の体操部員たちが何人か寄り添っていた。それを見て優菜は声をあげた。

「榎並さんって、中等部の子にも人気あるんやな」

 しかし潮音は先のゴールデンウィークの一日に、紫と一緒に神戸の街に遊びに行ったときにばったり愛里紗と出会って気まずい雰囲気になっただけに、しまったとでも言いたげな表情をした。しかし愛里紗は、カフェテリアの席についている潮音に気がつくと、いきなり声をかけてきた。

「あなたはよく峰山さんと一緒にいる桜組の子じゃない。峰山さんとは前から友達だったの?」

 潮音は愛里紗に声までかけられて、すっかり慌て気味になっていた。しかも愛里紗と一緒にいた中等部の体操部員たちは、紫の名前を聞いただけで潮音に対してどこか厳しい視線を浴びせていた。

「そんなにかしこまらなくてもいいじゃん。藤坂さんとか言ったっけ。たしかにあなたは、この前長束さんとケンカしたとかいう話はうちのクラスでも話題になってたわよ」

 愛里紗にまでそのようなことを言われて、潮音は気恥ずかしい思いがした。そのまま潮音は、愛里紗をしっかり見据えてきっぱりと口を開いた。

「榎並さんこそどうしてそんなに峰山さんといがみ合うわけ? 榎並さんは勉強だってできるし、体操だってあんなにうまいんだからもっと自信持てばいいじゃん」

 そのときカフェテリアにも、どこか緊迫した空気が流れた。愛里紗を取り巻いていた体操部員たちは、愛里紗に対してこんな生意気な態度を取るなんてとでも言わんばかりの様子で、潮音をにらみつけた。

 そのような一触即発の空気を抑えたのは愛里紗だった。愛里紗は体操部員たちを向き直して、彼女たちにぴしゃりと言い放った。

「あなたたちも少し落ち着きなさい」

 愛里紗の一声で、体操部の部員たちもおとなしくなった。そして愛里紗は、潮音を向き直して言った。

「藤坂さんとはちょっと話がしたいの。今日は体操部の練習も塾もないから、もし時間があるなら放課後ちょっと玄関の靴箱のところで待っててくれない?」

 愛里紗の予想外の反応に、潮音は拍子抜けしたような表情になった。それは暁子や優菜、体操部員たちも一緒のようで、皆呆気に取られながら互いの顔を見合わせていた。

「いいよ。今日の放課後でいいんだな。榎並さんにつきあってあげるよ」

 潮音の言葉に、体操部員たちはますます動揺したようだった。しかし愛里紗は黙ってうなづくと、体操部員たちに声をかけた。

「そろそろ午後の授業始まるわよ。みんな早く教室に戻りなさい」

 そして潮音と愛里紗がそれぞれの教室に戻る途中も、周囲の生徒たちからは不安の色が抜けなかった。潮音も愛里紗はなぜ自分にこのようなことを言ったのだろうと思うと、午後の授業にも身が入らなかった。
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