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第二部
第七章・再会(その3)
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潮音たちは商店街の一角にある喫茶店に入り、潮音と浩三が向かい合うようにして、テーブルを囲むように腰を下ろした。玲花も浩三に付き添うように、その隣の席について紅茶を注文した。そして暁子と優菜も、こっそり喫茶店に入ると、潮音たちより少し離れた席に腰を下ろした。暁子と優菜は、お茶を口にしながらも自分たちがすでに潮音に気づかれているのではないかと思うと、気が気ではなかった。
潮音は席について浩三と向かい合うと、単刀直入に口を開いた。
「椎名…なんか元気なさそうじゃないか。中学で一緒に水泳部にいた頃はあんなに活発でパワフルな感じがしたのに」
しかし浩三は、潮音と向き合ってもその顔を直視しようとしなかった。そこで潮音はじれったさを感じて、思わず声をあげていた。
「もしかして…お前が今そうやってウジウジしてるのはオレのせいなのか? だったらもう、オレのことなんかにとらわれるのはよせよ。お前には水泳でインターハイに出るという目標があるんだろ? それをこんなことでふさぎ込んでいてどうするんだよ」
その潮音の気迫には、離れたテーブルで聞き耳を立てていた暁子と優菜までもが思わず身を引いていた。しかし浩三は、ここで苦り切ったような表情をすると、ぼそりと口を開いた。
「違うんや…南稜の水泳部には日本中からほんまにすごい選手が集まっとって、オレもそれについていくのは大変なんや。プールで泳ぐだけやなくて毎日筋トレだってせなあかんし、食べ物かてカロリー制限があるし」
元気がなさそうに答えた浩三に対して潮音は、やすやすと言葉をかけることができなかった。自分自身も浩三と同じ立場に立たされたら、果たしてそのプレッシャーに耐えることができるか…それを考えると、浩三に上っ面だけの励ましの言葉をかけたり、逆に浩三を厳しく叱咤したりしたところで、そのような言葉は意味をなさないように思えた。
潮音たちの席には、しばらくの間重苦しい沈黙が流れていた。玲花もそのような二人の様子を黙って見守っていたが、離れた席にいた暁子と優菜までもが、ただ固唾を飲んで一部始終を見守るのみだった。
やがてその沈黙を破るかのように、潮音が重い口を開いた。
「椎名、オレだって今こうしてお前に会えるようになるまでには、ずいぶんいろんなことに耐えなきゃいけなかったんだ。高校で出会った子たちはみんなオレよりずっと勉強もできて頭もいい子ばかりで、オレだってそのプレッシャーに押しつぶされそうになったこともあった。今でこそオレはこうして髪も伸ばして、女子の制服着て学校行ってるけれども、もしかしたら今でもそれを受け入れられずに、ずっと家の中にこもっていたかもしれないと思うこともあるんだ」
しかしそれでも、浩三は当惑したような表情で潮音を見つめるのみだった。
「…もしかしてお前は、オレが女になってしまったことが不満なのか? 男として一緒に水泳やってた頃の方が楽しかったのか?」
潮音に問われて、浩三は思わずたじろぎながら答えた。
「そんなんやないよ。たしかに藤坂がこんなにかわいい女の子になってしもて、驚いてる気持ちはあるよ」
そこで浩三の口から「かわいい」という言葉が出てきたのを聞いて、浩三の隣に坐っていた玲花もどこか複雑そうな表情をした。さらに離れた席にいた暁子と優菜までもが、そこまで言ってしまったかと言わんばかりの表情をした。
しかしその浩三の言葉にいちばん取り乱していたのは潮音本人だった。
「バ、バカ…。オレのことをかわいいなんて、本気で言ってるのかよ」
そのときの潮音は、赤面してすっかり落着きをなくしていた。
「そもそも他人ごとみたいにオレのこと『かわいい』なんて言うけど、女って月に一度来るものがあるんだぜ」
「アホ…そんなこと大声で言うことやないやろ」
「でも女になっておしゃれするのはたしかにめんどくさいけど、慣れるとけっこう楽しいものだよ。椎名もいっぺんやってみるか?」
そこで暁子と優菜は、マッチョな浩三がスカートをはいて女装したところを想像して、思わず身を引きそうになった。そこでようやく、ずっと黙ったまま潮音と浩三の会話を聞いていた玲花も口を開いた。
「あまり変なこと言わんといてよ。椎名君が女装なんかして似合うわけないやろ」
「そんなことわかってるよ。ちょっと言ってみただけだよ」
潮音は少し悪びれたような表情をした。しかしそこでこれまで険しい表情をしていた浩三が、少し表情を緩ませたように見えた。
「藤坂…ほんまのこと言うと、今日お前に会うんが怖かったんや。今の藤坂がオレの知っとる藤坂と全然別人になってしもたらどないしようって。…たしかに駅の前でお前を見たときはちょっとそう思ったよ。でも今日ちょっとやけどお前と話してみて、お前はたしかに見かけは変ってしもたけど、根は中学までと変ってへんなと思ったよ」
その浩三の言葉に、潮音も一気に顔をほころばせた。
「本当か? その言葉を聞けただけでも、今日お前に会って良かったよ」
そこからさらに潮音は言葉を継いだ。
「椎名、たしかにオレにはお前みたいに水泳の選手としてインターハイに出て、トップスイマーになるなんて目標にはとても手が届かないかもしれない。しかしそれでも今になってやっとわかったんだ。毎日人に会って、勉強でもなんでもいいから自分のやるべきことをやって、一日一日を大切に過ごしていく。その単純なことができるってことが、実はどれだけ大変なことかってことにね」
そこで浩三も答えた。
「藤坂、たしかにオレは南稜の水泳部に入って、練習の厳しさや周りのレベルの高さに押しつぶされそうになっとった。でも今のお前を見て、ちょっとは元気出たよ。お前かてこんなになっても頑張っとるのやから、オレがくじけるわけにはいかへんってね」
浩三が元気を取り戻した様子を見て、玲花も嬉しそうな表情をした。さらに暁子と優菜も、胸を撫でおろしていた。
そこで玲花が、二人に声をかけた。
「どうやら話はついたみたいやな。南稜の水泳部の寮には門限があって遅くまではおられんし、そろそろ帰ろか」
そこで潮音は、浩三の顔を見てあらためて話しかけた。
「椎名、お前がつらい思いをして苦しんでいるときには、たしかにオレにはそのつらさや苦しみを取り除いてやることはできないかもしれない。しかしそばについて励ましてくれる人がいる、それだけで少しは気が楽になって、頑張ろうって気になるだろ? 今言ったことは、オレの親戚のお姉ちゃんの言ってたことの受け売りだけどね。でもオレだけじゃなく尾上さんもついてるから、つらいときにはいつでも頼っていいよ」
そのときの潮音の表情からは、思いつめたような眼差しは消えて、ようやく自然さを取戻していた。玲花もそのような潮音の表情の変化を目の当たりにして安堵の色を浮べたが、そこでつかつかと歩き出すと、暁子と優菜が陣取っていたテーブルへと進み出た。
「あんたたち、おるのは前からわかっとったよ。こんなところで何やっとったん」
暁子と優菜が慌てたときにはもう遅かった。すっかり取り乱している暁子と優菜を、潮音と浩三も呆れたような眼差しで見ていた。
みんなで清算を済ませて喫茶店を後にしたときには、空を覆っていた雲も薄くなって、雲の切れ目からはかすかに初夏の日差しが漏れていた。潮音と浩三は商店街を歩いて駅へと向かう途中には、多少なりとも会話も弾むようになっていた。
「松風ってやっぱりお嬢様学校でかわいい子とかおるん?」
浩三は松風女子学園のことには興味津々のようだった。
「ああ。たしかにかわいい子はけっこういるよ。でもただかわいいだけじゃない、自分の軸をしっかり持った子が多い感じはするね。それに女子校だと男の目がないから、けっこうガサツになったり本音言い合ってケンカしたりすることだってあるよ。なんだったらオレが何人か紹介してやろうか?」
そこで玲花がむっとした表情で潮音をにらんだが、浩三があわてて口を開いた。
「あ、あの…オレは水泳に集中せなあかんから、そんな女の子と遊んどる余裕なんかないし…」
「ところでちょうど来週には、高校水泳の県大会があるんだろ? それにお前も出るのかよ」
そこで玲花が潮音に言った。
「ああ、椎名君も出場するよ。良かったら藤坂さんも応援に来てくれへん?」
「オレも応援に行くよ」
「でも藤坂さん、今は椎名君の前やからええけど、その女子高生の恰好で自分のことあまり『オレ』なんて言わんほうがええよ」
その玲花の言葉には、潮音も決まりが悪そうな表情をした。
暁子と優菜は、そのような潮音と浩三のやりとりを眺めながら、どこかたどたどしさはあるものの、この二人が中学生の頃のような互いに話したりできるような関係に戻れたことに安堵していた。
三ノ宮の駅前で潮音が浩三と別れるとき、玲花は浩三を南陵高校の水泳部の寮の前まで送っていくと言った。潮音もついていくと言ったが、松風の制服を着た女子が浩三と一緒に水泳部の寮の前まで来たら何かと厄介なことになると玲花が断った。
潮音は浩三や玲花と別れて、暁子や優菜と一緒に電車に乗って帰途についてからも、暁子と優菜の方をどこかいやそうな表情で眺めていた。
「どうして暁子と優菜までついてきたんだよ」
「そりゃ潮音のことが心配だったんだもの」
暁子がぼそりと言うと、潮音はやれやれとでも言いたげな表情をした。
「そういうのをおせっかいと言うんだよ。だいたい暁子は人の心配するより先に自分の心配したらどうだよ。暁子だって学校でみんなについていこうと無理してるところがあるんじゃないか」
その潮音の言葉に、暁子は少し困ったような表情を浮べたが、そこで優菜が潮音と暁子の間に入って二人をなだめた。
「まあまあ、二人とも落ち着いてや。でも潮音にとっては、ずっと椎名君や尾上さんのことが心の中でわだかまりになって残っとったんやろ? それは椎名君の方かて一緒やったと思うけど、これで少しはお互いにすっきりしたんとちゃうかな」
「優菜の言う通りだよな…。これで椎名が後腐れなく水泳に打ち込めるようになって、尾上さんもちゃんとそれを支えてくれたらいいんだけど」
潮音は表向きは水泳部のホープとして活躍してきた浩三にも精神的にはもろい一面があることを理解していたが、だからこそ玲花が浩三を水泳部のマネージャーとして心身両面で支えてくれたらと考えていた。
「潮音はほんまに尾上さんが椎名君の彼女になってもええの」
「ああ…あいつを支えてやれるのは尾上さんしかいないから」
「ほんまにそうかな。椎名君はさっき、潮音が女の子になったの見てけっこうデレデレしとったけど。ひょっとしたら椎名君は、潮音のこともちょっと気になり出しとるかもしれへんで」
「ふざけるのもいいかげんにしろよ」
潮音はムッとしながら優菜に言い返しはしたものの、その反面先ほど浩三が、自分のことを女性として認識していたことは感じていた。このまま人間関係がもつれたりしないかということは、潮音も内心では気がかりでならなかった。
潮音は席について浩三と向かい合うと、単刀直入に口を開いた。
「椎名…なんか元気なさそうじゃないか。中学で一緒に水泳部にいた頃はあんなに活発でパワフルな感じがしたのに」
しかし浩三は、潮音と向き合ってもその顔を直視しようとしなかった。そこで潮音はじれったさを感じて、思わず声をあげていた。
「もしかして…お前が今そうやってウジウジしてるのはオレのせいなのか? だったらもう、オレのことなんかにとらわれるのはよせよ。お前には水泳でインターハイに出るという目標があるんだろ? それをこんなことでふさぎ込んでいてどうするんだよ」
その潮音の気迫には、離れたテーブルで聞き耳を立てていた暁子と優菜までもが思わず身を引いていた。しかし浩三は、ここで苦り切ったような表情をすると、ぼそりと口を開いた。
「違うんや…南稜の水泳部には日本中からほんまにすごい選手が集まっとって、オレもそれについていくのは大変なんや。プールで泳ぐだけやなくて毎日筋トレだってせなあかんし、食べ物かてカロリー制限があるし」
元気がなさそうに答えた浩三に対して潮音は、やすやすと言葉をかけることができなかった。自分自身も浩三と同じ立場に立たされたら、果たしてそのプレッシャーに耐えることができるか…それを考えると、浩三に上っ面だけの励ましの言葉をかけたり、逆に浩三を厳しく叱咤したりしたところで、そのような言葉は意味をなさないように思えた。
潮音たちの席には、しばらくの間重苦しい沈黙が流れていた。玲花もそのような二人の様子を黙って見守っていたが、離れた席にいた暁子と優菜までもが、ただ固唾を飲んで一部始終を見守るのみだった。
やがてその沈黙を破るかのように、潮音が重い口を開いた。
「椎名、オレだって今こうしてお前に会えるようになるまでには、ずいぶんいろんなことに耐えなきゃいけなかったんだ。高校で出会った子たちはみんなオレよりずっと勉強もできて頭もいい子ばかりで、オレだってそのプレッシャーに押しつぶされそうになったこともあった。今でこそオレはこうして髪も伸ばして、女子の制服着て学校行ってるけれども、もしかしたら今でもそれを受け入れられずに、ずっと家の中にこもっていたかもしれないと思うこともあるんだ」
しかしそれでも、浩三は当惑したような表情で潮音を見つめるのみだった。
「…もしかしてお前は、オレが女になってしまったことが不満なのか? 男として一緒に水泳やってた頃の方が楽しかったのか?」
潮音に問われて、浩三は思わずたじろぎながら答えた。
「そんなんやないよ。たしかに藤坂がこんなにかわいい女の子になってしもて、驚いてる気持ちはあるよ」
そこで浩三の口から「かわいい」という言葉が出てきたのを聞いて、浩三の隣に坐っていた玲花もどこか複雑そうな表情をした。さらに離れた席にいた暁子と優菜までもが、そこまで言ってしまったかと言わんばかりの表情をした。
しかしその浩三の言葉にいちばん取り乱していたのは潮音本人だった。
「バ、バカ…。オレのことをかわいいなんて、本気で言ってるのかよ」
そのときの潮音は、赤面してすっかり落着きをなくしていた。
「そもそも他人ごとみたいにオレのこと『かわいい』なんて言うけど、女って月に一度来るものがあるんだぜ」
「アホ…そんなこと大声で言うことやないやろ」
「でも女になっておしゃれするのはたしかにめんどくさいけど、慣れるとけっこう楽しいものだよ。椎名もいっぺんやってみるか?」
そこで暁子と優菜は、マッチョな浩三がスカートをはいて女装したところを想像して、思わず身を引きそうになった。そこでようやく、ずっと黙ったまま潮音と浩三の会話を聞いていた玲花も口を開いた。
「あまり変なこと言わんといてよ。椎名君が女装なんかして似合うわけないやろ」
「そんなことわかってるよ。ちょっと言ってみただけだよ」
潮音は少し悪びれたような表情をした。しかしそこでこれまで険しい表情をしていた浩三が、少し表情を緩ませたように見えた。
「藤坂…ほんまのこと言うと、今日お前に会うんが怖かったんや。今の藤坂がオレの知っとる藤坂と全然別人になってしもたらどないしようって。…たしかに駅の前でお前を見たときはちょっとそう思ったよ。でも今日ちょっとやけどお前と話してみて、お前はたしかに見かけは変ってしもたけど、根は中学までと変ってへんなと思ったよ」
その浩三の言葉に、潮音も一気に顔をほころばせた。
「本当か? その言葉を聞けただけでも、今日お前に会って良かったよ」
そこからさらに潮音は言葉を継いだ。
「椎名、たしかにオレにはお前みたいに水泳の選手としてインターハイに出て、トップスイマーになるなんて目標にはとても手が届かないかもしれない。しかしそれでも今になってやっとわかったんだ。毎日人に会って、勉強でもなんでもいいから自分のやるべきことをやって、一日一日を大切に過ごしていく。その単純なことができるってことが、実はどれだけ大変なことかってことにね」
そこで浩三も答えた。
「藤坂、たしかにオレは南稜の水泳部に入って、練習の厳しさや周りのレベルの高さに押しつぶされそうになっとった。でも今のお前を見て、ちょっとは元気出たよ。お前かてこんなになっても頑張っとるのやから、オレがくじけるわけにはいかへんってね」
浩三が元気を取り戻した様子を見て、玲花も嬉しそうな表情をした。さらに暁子と優菜も、胸を撫でおろしていた。
そこで玲花が、二人に声をかけた。
「どうやら話はついたみたいやな。南稜の水泳部の寮には門限があって遅くまではおられんし、そろそろ帰ろか」
そこで潮音は、浩三の顔を見てあらためて話しかけた。
「椎名、お前がつらい思いをして苦しんでいるときには、たしかにオレにはそのつらさや苦しみを取り除いてやることはできないかもしれない。しかしそばについて励ましてくれる人がいる、それだけで少しは気が楽になって、頑張ろうって気になるだろ? 今言ったことは、オレの親戚のお姉ちゃんの言ってたことの受け売りだけどね。でもオレだけじゃなく尾上さんもついてるから、つらいときにはいつでも頼っていいよ」
そのときの潮音の表情からは、思いつめたような眼差しは消えて、ようやく自然さを取戻していた。玲花もそのような潮音の表情の変化を目の当たりにして安堵の色を浮べたが、そこでつかつかと歩き出すと、暁子と優菜が陣取っていたテーブルへと進み出た。
「あんたたち、おるのは前からわかっとったよ。こんなところで何やっとったん」
暁子と優菜が慌てたときにはもう遅かった。すっかり取り乱している暁子と優菜を、潮音と浩三も呆れたような眼差しで見ていた。
みんなで清算を済ませて喫茶店を後にしたときには、空を覆っていた雲も薄くなって、雲の切れ目からはかすかに初夏の日差しが漏れていた。潮音と浩三は商店街を歩いて駅へと向かう途中には、多少なりとも会話も弾むようになっていた。
「松風ってやっぱりお嬢様学校でかわいい子とかおるん?」
浩三は松風女子学園のことには興味津々のようだった。
「ああ。たしかにかわいい子はけっこういるよ。でもただかわいいだけじゃない、自分の軸をしっかり持った子が多い感じはするね。それに女子校だと男の目がないから、けっこうガサツになったり本音言い合ってケンカしたりすることだってあるよ。なんだったらオレが何人か紹介してやろうか?」
そこで玲花がむっとした表情で潮音をにらんだが、浩三があわてて口を開いた。
「あ、あの…オレは水泳に集中せなあかんから、そんな女の子と遊んどる余裕なんかないし…」
「ところでちょうど来週には、高校水泳の県大会があるんだろ? それにお前も出るのかよ」
そこで玲花が潮音に言った。
「ああ、椎名君も出場するよ。良かったら藤坂さんも応援に来てくれへん?」
「オレも応援に行くよ」
「でも藤坂さん、今は椎名君の前やからええけど、その女子高生の恰好で自分のことあまり『オレ』なんて言わんほうがええよ」
その玲花の言葉には、潮音も決まりが悪そうな表情をした。
暁子と優菜は、そのような潮音と浩三のやりとりを眺めながら、どこかたどたどしさはあるものの、この二人が中学生の頃のような互いに話したりできるような関係に戻れたことに安堵していた。
三ノ宮の駅前で潮音が浩三と別れるとき、玲花は浩三を南陵高校の水泳部の寮の前まで送っていくと言った。潮音もついていくと言ったが、松風の制服を着た女子が浩三と一緒に水泳部の寮の前まで来たら何かと厄介なことになると玲花が断った。
潮音は浩三や玲花と別れて、暁子や優菜と一緒に電車に乗って帰途についてからも、暁子と優菜の方をどこかいやそうな表情で眺めていた。
「どうして暁子と優菜までついてきたんだよ」
「そりゃ潮音のことが心配だったんだもの」
暁子がぼそりと言うと、潮音はやれやれとでも言いたげな表情をした。
「そういうのをおせっかいと言うんだよ。だいたい暁子は人の心配するより先に自分の心配したらどうだよ。暁子だって学校でみんなについていこうと無理してるところがあるんじゃないか」
その潮音の言葉に、暁子は少し困ったような表情を浮べたが、そこで優菜が潮音と暁子の間に入って二人をなだめた。
「まあまあ、二人とも落ち着いてや。でも潮音にとっては、ずっと椎名君や尾上さんのことが心の中でわだかまりになって残っとったんやろ? それは椎名君の方かて一緒やったと思うけど、これで少しはお互いにすっきりしたんとちゃうかな」
「優菜の言う通りだよな…。これで椎名が後腐れなく水泳に打ち込めるようになって、尾上さんもちゃんとそれを支えてくれたらいいんだけど」
潮音は表向きは水泳部のホープとして活躍してきた浩三にも精神的にはもろい一面があることを理解していたが、だからこそ玲花が浩三を水泳部のマネージャーとして心身両面で支えてくれたらと考えていた。
「潮音はほんまに尾上さんが椎名君の彼女になってもええの」
「ああ…あいつを支えてやれるのは尾上さんしかいないから」
「ほんまにそうかな。椎名君はさっき、潮音が女の子になったの見てけっこうデレデレしとったけど。ひょっとしたら椎名君は、潮音のこともちょっと気になり出しとるかもしれへんで」
「ふざけるのもいいかげんにしろよ」
潮音はムッとしながら優菜に言い返しはしたものの、その反面先ほど浩三が、自分のことを女性として認識していたことは感じていた。このまま人間関係がもつれたりしないかということは、潮音も内心では気がかりでならなかった。
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