裸足の人魚

やわら碧水

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第三部

第一章・夏への扉(その2)

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 一学期の終業式には、夏休み中もだらけることなくしっかり勉強して有意義に過ごすようにという、学年主任の牧園久恵の訓話があったが、夏休みを前に浮かれる生徒たちの耳にはあまり入らないようだった。各クラスの教室に戻って通知表が手渡されると、潮音は赤点こそ免れたもののあまり自慢できるような成績ではなかったので、これは夏休みも勉強させられるかもしれないと思っていささか気が重くなった。

 ホームルームが終ると、さっそく優菜が潮音と暁子の所に来た。

「ほな、さっそく水着選びに行こか」

 優菜が乗り気になっているのに比べて、潮音と暁子はいまいち気が重いようだった。その二人の様子を見て、優菜は少々気がかりな表情を浮べた。

「潮音はプールで泳ぐときはいつも水着になるのに、やはり遊びに行くための水着買うのには抵抗あるん?」

 実際、潮音は水泳部などで泳ぐときには、雑念を忘れて泳ぐことに集中できたので、自分が水着を着ていることはあまり意識せずにいられた。しかし潮音は、いざ自分が真夏の海水浴場や、多くの人が集まる遊泳用のプールに自分が水着を着て行くとなると、やはり抵抗を覚えずにはいられなかった。それは女子として人前で水着になるのが恥ずかしいという感覚だけでなく、自分自身が少し前まで男子として水着姿の女子にどのような視線を向けていたかが身をもってわかるからだった。

 優菜も潮音の表情や身振りから、潮音の考えていることをだいたい察したようだった。そこで優菜は、心配そうに潮音に声をかけた。

「いややったら無理に行かんでええよ。潮音の気持ちが一番大切やから」

 そこで潮音は首を横に振った。

「いやだなんて言ってないよ。…そうやって変に同情なんかされたくないんだ」

「そりゃ潮音の頑張ろうとする気持ちはえらいと思うけど…あまり無理せんといてよ」

 潮音のこのような動揺ぶりは、むしろ暁子の方が気になっているようだった。

「優菜の言う通りだよ。だから潮音、あまり無理するのはよしてよ。…あたしだって自分のスタイルのこととか考えたら、水着になるの抵抗あるのに」

 そこで潮音は、暁子を向き直して言った。

「暁子こそ自信持てよ。暁子だって変に引け目感じたりしないで、もっと自分のやりたいことやっていいんだってば。そもそも暁子は水着着たって全然変じゃないよ」

 潮音になだめられても、暁子の表情からは不信の色が抜けなかった。暁子はぼそりと口を開いた。

「潮音の方があたしよりずっとスタイルいいじゃん。あんたにそんなこと言われたって全然説得力ないよ」

「アッコもいいかげん落ち着きや。そんなにひねくれることないやん」

 優菜になだめられて、ようやく暁子は多少は落着きを取戻したかのようだった。優菜はそのような暁子の様子を見てやれやれとでも言いたげな表情をすると、スマホを取り出して誰かと連絡を取った。そしてやりとりを終えてスマホをしまうと、笑顔で潮音と暁子に言った。

「尾上さんも今南稜の終業式終ったとこやから来るって。三十分後に三ノ宮の駅前で待合せることに決めたんやけど」

 潮音は玲花も来ることを知って、少しほっとした気分になった。


 潮音たちは神戸の街の中心にある三ノ宮の駅で電車を降りると、そこで玲花と待ち合わせた。玲花はすっかり髪型も服もギャル風の軽快な装いをしており、それには潮音たち三人も思わずお互いの顔を見合せてしまった。

「尾上さん…いくら南稜は制服ないとはいえ、そんなかっこで学校行ってええの?」

 優菜が怪訝そうな表情をしていると、玲花もいやそうな顔をした。

「私がどんなかっこして学校行こうと自由やろ。言うとくけどこれでも勉強はちゃんとやっとるつもりやで」

 潮音は中学のときとはうって変った玲花の装いに戸惑う気持ちももちろんあったが、玲花は根はまじめだから、勉強をおろそかにしたりはしないだろうと感じていた。

 潮音がそう思っている間に玲花は、潮音たち三人に声をかけた。

「もうお昼やから、どこかにごはん食べに行こか」

 そして玲花は、潮音たちと一緒に駅からほど近いところにあるハンバーガーショップに入ることにした。

 四人がテーブルを囲んで腰を下ろすと、玲花はさっそく身を乗り出して話を始めた。

「松風って女子校やけど、男の子と話すこととかないの? 学校には彼氏おる子おらんわけ?」

 玲花がいきなり男の子の話題を切り出すと、暁子と優菜は露骨にいやそうな顔をしたが、潮音は心の中で昇のことを思い出していた。潮音は昇とは家の前などで顔を合わせたときにあいさつをする程度だったが、内心では昇とももっと親しくなれたらと考えていた。

 そこで優菜が、逆に玲花に尋ねてみた。

「玲花こそそんなこと言うとるけど、椎名君との関係どこまで行っとるのよ」

 そこで玲花は、いささか慌てたような表情で、優菜の言葉を必死に打ち消そうとした。

「そんなことどうだってええやろ。うちと椎名君との関係はそないなもんやないよ」

 そこで優菜は、にんまりとした表情をした。

「まあそういうことにしとくわ。でも潮音こそ、隣の家に引っ越して来た尚洋の男の子との関係はどないなのよ」

 そう言って優菜が潮音に視線を向けると、玲花がここぞとばかりに身を乗り出してきた。

「その話やったら四月の入学式の後にもちょっと聞いたけど、どないなっとるかうちも気になるわあ」

 そこで潮音は、思わず顔を赤らめて語調を強めた。

「湯川君との関係はそんなんじゃないってば。たまに学校に行く途中で会ったときに話をするくらいだよ」

 しかし潮音が慌てれば慌てるほど、玲花は顔に笑みを浮べた。

「じれったいなあ。もっと大胆につき合ってみたらええのに。この夏休みこそチャンスやで」

「尾上さんのバカ」

「私はこの夏休みも、水泳部のマネージャーの仕事もあるからね。うちの水泳部が高校総体出たらもっと大変になるよ。それに加えて勉強もせなあかんから忙しいけどな」

「オレだって別にこの夏休みは暇なわけじゃないんだけど。勉強大変なのは松風だって一緒だし」

 潮音はムッとして言った。

「やはり藤坂さんは、今でも自分のこと『オレ』と言うんやね。男の子やったころのくせが抜けとらんみたいやな」

 玲花に言われて、潮音は思わず照れくさそうな表情をした。

「そうやって照れてる顔も何かかわいい。藤坂さんは男の子やったころ、そんな表情することなんかなかったのに」

「…変なことばかり言わないでよ」

 玲花も少し潮音をからかいすぎたと反省したのか、多少はおとなしくなってしばらく夏休みの計画などについて皆で話をした。そこで暁子が、自分も手芸部で文化祭のバザーの準備に取りかからなければならないと言うと、玲花はそれを興味深そうに聞いていた。

「アッコは手芸部に入ったんやね」

「それを言ったら潮音は、高校生になってからバレエの教室に通い始めたよ」

 玲花は潮音が高校に入ってバレエを習い出したという話を聞いて、意外そうな顔をした。

「松風にすごくバレエの上手な子がいてね…自分も小学生のときにバレエをやっていたから、その子の話を聞いてもういっぺんバレエをやってみようって思ったんだ。勉強と両立するのは大変だけどね」

「藤坂さんがバレエやってるところもいっぺん見てみたいけど…何にせよ、藤坂さんが自分のやりたいこと見つけたのはええことやわ。それじゃあそろそろみんなで水着買いに行こか」

 そう言って玲花は、ハンバーガーショップのテーブルから立ち上がった。潮音は水着を買いに行くことに対して不安を感じていたが、ファッションに詳しい玲花がいることで少しは水着を選ぶのを助けてくれるかもしれないとひそかに期待していた。
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