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第三部
第一章・夏への扉(その5)
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そして潮音と昇が一緒に映画に行くことに決めていた週末が来た。この日は空は真っ青に晴れ上がり、その空の真ん中では真夏の太陽が強く照らしつけていた。
潮音はクローゼットを前にして、何を着て行くべきかに少し迷ったものの、覚悟を決めて夏物の軽やかな生地の、花柄がプリントされたワンピースで出かけることにした。
ワンピース姿で鏡台の前に坐り、髪型を整えている潮音に、綾乃はむしろ戸惑いの眼差しを向けていた。
「男の子とデートするときに着るもののことで迷うようになるなんて、あんたも一人前になったじゃない」
綾乃がやや冷やかし気味に言うと、潮音はむっとした口調で言い返した。
「オレにいろいろ女の服着せて、着せ替え人形にしてたのは姉ちゃんの方だろ」
「その割にはそんなかわいいワンピースなんか着てるじゃない」
「言っとくけど、オレは今この服を着たいから着てるだけだよ」
「あんたってさ…女の子になってから後の方がずっとしっかりしてるんじゃない? そうやって着るものだってしっかり自分の意思で選べるようになったし」
「いや…オレがこうやって女になっても自分を見失わずにいられるのは姉ちゃんのおかげだよ」
「それはいいけど、あまり準備に戸惑ってると待合せの時間に遅れるわよ」
潮音はそう言われて、潮音の肩をポンと押してやった。それで潮音は我に帰ると、玄関で夏物のサンダルをはいて家を後にした。
潮音が昇の家に迎えに行くと、潮音の夏らしい軽やかな装いに昇は目を引きつけられていた。潮音も昇のどこか落着きのなさそうな様子を感じて、いささか 引け目を感じずにはいられなかった。
「あの…このかっこ変じゃないかな」
潮音がやや気まずそうに昇に尋ねると、昇はきっぱりと答えた。
「そんなことないよ。今日の藤坂さんの服、すごくかわいいじゃん」
潮音は昇がその「かわいい」という言葉を他意なく口にしているのがわかるだけに、余計に気まずい思いにさせられた。
潮音と昇は真夏の強い日差しが照らしつける坂道を下って駅へと向かい、そこから電車に乗り込んだ。しかし潮音は電車に乗ってからも、口数少なに車窓を流れていく瀬戸内海や淡路島を見つめるのみだった。潮音の心の中では、戸惑いの感情が渦巻いていた。
──オレはいつかは、自分が少し前まで男だったことを全て打ち明けなきゃいけないと思っていた。…湯川君はたしかに優しくていいやつだけど、だからこそその優しさに甘えているわけにはいかないんだ。湯川君にはうわべではない、本当の自分を知ってほしい…そして湯川君なら全ての真実を打ち明けたとしても、自分のことを変な目で見たりせずに受け入れてくれると思っていた。
しかし潮音は、さすがに映画を楽しみにしている昇に向かって、あえて重い話題を持ちかけることでその気分を損なわせるのはためらわざるを得なかった。そのように考え込んでいる潮音を見て、昇は心配そうに声をかけた。
「どうしたの? 藤坂さん。何か心配事でもあるわけ? せっかく映画を見に行くんだから、そんな心配事なんか忘れちゃえばいいのに」
「い、いや…何でもないよ」
潮音が照れくさそうに答えると、昇もいささか気まずそうに口を開いた。
「でも本当にいいの? この映画のチケット代は、藤坂さんのお姉さんが出してくれたんでしょ」
「…そんなに気にしなくていいよ。姉ちゃんはバイトだってしてるんだし。それより湯川君は、夏休みもずっと勉強ばかりで疲れないの? 私なんか学校の補習だけでヘトヘトだよ」
「たしかに勉強は大変だけど、自分には弁護士になりたいという目標があるからね」
「湯川君はえらいよ。…それに比べりゃ自分なんて、あまり無理しないで自分の行ける範囲で大学行って、そこそこの会社に入れたらいいなくらいしか思ってなかったんだから。自分のやりたいことなんて、まだ全然わかんないのに」
「僕だって本当に、自分が大学行って弁護士になれるかなんてまだわかんないよ。藤坂さんだってそんなに焦らずに、やりたいことをじっくり探せばいいよ」
「ありがとう…少し気が楽になったよ」
そうやって潮音と昇が話しているうちに電車は神戸の町の中心へと入り、潮音たちが下りる駅に着いた。
映画館は海辺に造られたショッピングモールの中にあった。潮音は飲み物を買って、昇の隣の座席に腰を下ろすと、昇が自分のすぐそばにいるというシチュエーションにどきりとさせられた。それでも映画が始まると、潮音はなんとかして映画に集中しようとした。
映画が終ると、昇もその映画がなかなか面白かったようでいささか興奮気味だった。潮音もすっかり笑顔になると、二人でジェラートを売っているスタンドに向かった。昇はジェラートの代金は潮音の分も自分が払うといったが、潮音は内心でそこまで気を使ってくれなくてもいいのにと思っていた。
そして二人は海の見えるテラスに行き、そこでベンチに腰を下ろした。真夏の強い日差しが照らしつける中で、その海辺のテラスは海から吹いてくる潮風が心地よかった。潮音のワンピースが潮風にはためくのを見て、昇も少し気恥ずかしそうにしていた。
そして二人はそのまましばらくの間、映画の感想などを話し合った。
「藤坂さんもあの映画面白かったみたいだね。一緒に見られて良かったよ」
潮音が楽しそうに映画のことについて話すのを見て、昇も満足そうな表情をしていたが、そのとき潮音ははっきり感じていた。潮音は自分が男の子だったときは当然学校などでも周囲の男の子と親しく接してきたが、昇が今自分に向けている視線はそのどれとも違うということに。
そこで潮音は、はっきりと昇の顔を見て言った。
「湯川君…もし私が男の子だったらどうする?」
昇は潮音の唐突な質問に目を丸くした。
「どうしてそんなこと聞くの?」
昇が狐につままれたような顔をしているのを見て、潮音は質問を変えてみた。
「湯川君はもし、自分がいきなり女の子になったらどうする?」
その潮音の問いかけに、昇はますます表情に困惑の色を浮べていった。その様子を見て、潮音は息を吸い込むと、一気に昇に言った。
「あのね…私は湯川君が引っ越してくる少し前、中三の秋までは男の子だったんだ」
昇はその潮音の言葉を、にわかには信じられないようだった。昇は潮音を頭のてっぺんからつま先まであちこち見回していたが、それでも昇は潮音の言葉に動揺している様子が明らかに見てとれた。
「信じられない? じゃあ、帰りにちょっと家に寄ってくれないかな」
昇は戸惑いつつも、潮音の言うことに従うことにした。
潮音が昇と一緒に自宅に戻ると、潮音の家族が居間でくつろいでいた。しかし綾乃は、潮音と昇がどこか気づまりな表情で帰ってきたのに不安を感じていた。
「どうしたのよ。何かあったの?」
そこで潮音は、綾乃に耳打ちした。
「あのこと…湯川君に話したんだ」
その潮音の言葉を聞いて、綾乃は顔色を変えた。そこで綾乃は昇を家に上げると、潮音と一緒に潮音の昔の写真なども示しながら、昇に潮音のことを全て明かした。
しかしそれでも、昇は潮音や綾乃の話を素直には受け入れられないようだった。
「でもそれだったらどうして藤坂さんは、女の子のかっこしてるの? 少し前に、女性の体で生れたけど心は男という、トランスジェンダーの人の話を本で読んだんだけど」
「それなんだけどね…女の子の服着るのだって慣れたらそんなに悪くないよ。ちょっと部屋に来てみない?」
潮音が昇を自室に誘うと、昇は視線をきょろきょろさせていた。そこで潮音は、クローゼットからいつも学校に行くときにはいている、タータンチェックのプリーツスカートを取り出した。
「湯川君もこれはいてみる?」
潮音が昇の目の前でプリーツスカートを広げてみると、昇は生唾をごくりと飲み込みながらも、ためらい気味に返事をした。
「…いいよ」
「ほんとにいいの? いやだったらやらなくてもいいんだよ」
潮音は最初冗談のつもりでスカートを差し出しただけに、昇の返事にはむしろ潮音の方が戸惑っていたが、昇の表情を見て潮音もスカートを手渡した。
昇がジーンズをスカートにはき替える間、潮音は後ろを向いていたが、昇はスカートを腰まで上げてもどこでホックを留めるかに戸惑っていたようだったので、潮音がホックの留め方を教えてやった。
スカートをはいた昇は、固く両足を閉ざしたまま両手でスカートの裾を押さえて、気恥ずかしそうな表情をしていた。しかし潮音は浩三のようなマッチョなスポーツマンならともかく、昇のような線の細い秀才タイプの男の子がスカートをはいても、足のムダ毛さえ何とかすればむしろボーイッシュな女の子のようで、けっこう似合うではないかと思っていた。
「恥ずかしい?」
潮音はいたずらっぽく尋ねてみた。
「なんか下に何もはいてないみたいで、変な感じ…」
「だったらちょっと手を放して、ここで一回ターンしてみなよ」
昇が言われるとおりにしてみると、スカートのプリーツが舞い上がり外気が舞い込むのに、ますますどきりとせずにはいられなかった。昇がそのままカーペットの上にへたり込んでしまうと、さすがに潮音も少しやりすぎたかと反省した。
「でも藤坂さんは、ずっとこんな思いに耐えなきゃいけなかったんだね」
昇が神妙な表情をしているのを見て、潮音はきっぱりと答えた。
「私…そんな『かわいそうに』なんて風には見られたくないんだ。湯川君とも男とか女とか関係なく、もっと自然につきあいたい、友達になりたいだけなのに。それに…たしかに私だって、女になってすぐのときはスカートなんか死んでもはくものかと思っていたよ。でもこの私が、今こうやってスカートはいてるのはどうしてだと思う?」
昇が答えに窮していると、潮音は笑顔を浮べて言った。
「だってスカートの方がかわいいんだもの。スカートって柄も種類もいろいろあるし、それを履いてみるのもなかなか楽しいものだよ」
そう言って潮音はワンピースの裾を少し持ち上げて、少し下を出してみせた。昇はその潮音の仕草に、呆れたような眼差しを向けていた。
「で…もうそろそろいいでしょ」
そう言って昇はスカートをジーンズにはき替えると、潮音の部屋を後にする間際にそっと声をかけた。
「藤坂さん…もし悩みごとがあるなら、なんでもぼくに打ち明けてくれたらいいよ。くれぐれも無理して思いつめたりはしないようにね」
そう言って昇は、潮音をそっと抱きとめた。潮音ははじめこそどきりとしたものの、すぐに昇の体の温もりを感じて、自らも手を回して昇を抱きとめ、その胸に顔を埋めていた。
しばらくして昇は潮音から手を離し、潮音の部屋を後にしようとすると、ドアの陰に綾乃の姿があった。あやのはドアの隙間からこっそり潮音と昇の様子をのぞいていたのだった。潮音と昇は、呆れたような眼差しで綾乃を見ていた。
昇が帰宅してからも、潮音は家族そろっての夕食の席でさんざん綾乃から冷やかされた。
「あんた、いつも自分のこと『オレ』と言ってるのに、湯川君の前ではちゃんと『私』っていってたじゃん」
「うるさいな。そんなことどうだっていいだろ」
潮音はただいやそうな顔でそれを聞き流すしかなかった。潮音の両親も、やれやれとでも言いたげにその二人のやりとりを見守っていた。
潮音はクローゼットを前にして、何を着て行くべきかに少し迷ったものの、覚悟を決めて夏物の軽やかな生地の、花柄がプリントされたワンピースで出かけることにした。
ワンピース姿で鏡台の前に坐り、髪型を整えている潮音に、綾乃はむしろ戸惑いの眼差しを向けていた。
「男の子とデートするときに着るもののことで迷うようになるなんて、あんたも一人前になったじゃない」
綾乃がやや冷やかし気味に言うと、潮音はむっとした口調で言い返した。
「オレにいろいろ女の服着せて、着せ替え人形にしてたのは姉ちゃんの方だろ」
「その割にはそんなかわいいワンピースなんか着てるじゃない」
「言っとくけど、オレは今この服を着たいから着てるだけだよ」
「あんたってさ…女の子になってから後の方がずっとしっかりしてるんじゃない? そうやって着るものだってしっかり自分の意思で選べるようになったし」
「いや…オレがこうやって女になっても自分を見失わずにいられるのは姉ちゃんのおかげだよ」
「それはいいけど、あまり準備に戸惑ってると待合せの時間に遅れるわよ」
潮音はそう言われて、潮音の肩をポンと押してやった。それで潮音は我に帰ると、玄関で夏物のサンダルをはいて家を後にした。
潮音が昇の家に迎えに行くと、潮音の夏らしい軽やかな装いに昇は目を引きつけられていた。潮音も昇のどこか落着きのなさそうな様子を感じて、いささか 引け目を感じずにはいられなかった。
「あの…このかっこ変じゃないかな」
潮音がやや気まずそうに昇に尋ねると、昇はきっぱりと答えた。
「そんなことないよ。今日の藤坂さんの服、すごくかわいいじゃん」
潮音は昇がその「かわいい」という言葉を他意なく口にしているのがわかるだけに、余計に気まずい思いにさせられた。
潮音と昇は真夏の強い日差しが照らしつける坂道を下って駅へと向かい、そこから電車に乗り込んだ。しかし潮音は電車に乗ってからも、口数少なに車窓を流れていく瀬戸内海や淡路島を見つめるのみだった。潮音の心の中では、戸惑いの感情が渦巻いていた。
──オレはいつかは、自分が少し前まで男だったことを全て打ち明けなきゃいけないと思っていた。…湯川君はたしかに優しくていいやつだけど、だからこそその優しさに甘えているわけにはいかないんだ。湯川君にはうわべではない、本当の自分を知ってほしい…そして湯川君なら全ての真実を打ち明けたとしても、自分のことを変な目で見たりせずに受け入れてくれると思っていた。
しかし潮音は、さすがに映画を楽しみにしている昇に向かって、あえて重い話題を持ちかけることでその気分を損なわせるのはためらわざるを得なかった。そのように考え込んでいる潮音を見て、昇は心配そうに声をかけた。
「どうしたの? 藤坂さん。何か心配事でもあるわけ? せっかく映画を見に行くんだから、そんな心配事なんか忘れちゃえばいいのに」
「い、いや…何でもないよ」
潮音が照れくさそうに答えると、昇もいささか気まずそうに口を開いた。
「でも本当にいいの? この映画のチケット代は、藤坂さんのお姉さんが出してくれたんでしょ」
「…そんなに気にしなくていいよ。姉ちゃんはバイトだってしてるんだし。それより湯川君は、夏休みもずっと勉強ばかりで疲れないの? 私なんか学校の補習だけでヘトヘトだよ」
「たしかに勉強は大変だけど、自分には弁護士になりたいという目標があるからね」
「湯川君はえらいよ。…それに比べりゃ自分なんて、あまり無理しないで自分の行ける範囲で大学行って、そこそこの会社に入れたらいいなくらいしか思ってなかったんだから。自分のやりたいことなんて、まだ全然わかんないのに」
「僕だって本当に、自分が大学行って弁護士になれるかなんてまだわかんないよ。藤坂さんだってそんなに焦らずに、やりたいことをじっくり探せばいいよ」
「ありがとう…少し気が楽になったよ」
そうやって潮音と昇が話しているうちに電車は神戸の町の中心へと入り、潮音たちが下りる駅に着いた。
映画館は海辺に造られたショッピングモールの中にあった。潮音は飲み物を買って、昇の隣の座席に腰を下ろすと、昇が自分のすぐそばにいるというシチュエーションにどきりとさせられた。それでも映画が始まると、潮音はなんとかして映画に集中しようとした。
映画が終ると、昇もその映画がなかなか面白かったようでいささか興奮気味だった。潮音もすっかり笑顔になると、二人でジェラートを売っているスタンドに向かった。昇はジェラートの代金は潮音の分も自分が払うといったが、潮音は内心でそこまで気を使ってくれなくてもいいのにと思っていた。
そして二人は海の見えるテラスに行き、そこでベンチに腰を下ろした。真夏の強い日差しが照らしつける中で、その海辺のテラスは海から吹いてくる潮風が心地よかった。潮音のワンピースが潮風にはためくのを見て、昇も少し気恥ずかしそうにしていた。
そして二人はそのまましばらくの間、映画の感想などを話し合った。
「藤坂さんもあの映画面白かったみたいだね。一緒に見られて良かったよ」
潮音が楽しそうに映画のことについて話すのを見て、昇も満足そうな表情をしていたが、そのとき潮音ははっきり感じていた。潮音は自分が男の子だったときは当然学校などでも周囲の男の子と親しく接してきたが、昇が今自分に向けている視線はそのどれとも違うということに。
そこで潮音は、はっきりと昇の顔を見て言った。
「湯川君…もし私が男の子だったらどうする?」
昇は潮音の唐突な質問に目を丸くした。
「どうしてそんなこと聞くの?」
昇が狐につままれたような顔をしているのを見て、潮音は質問を変えてみた。
「湯川君はもし、自分がいきなり女の子になったらどうする?」
その潮音の問いかけに、昇はますます表情に困惑の色を浮べていった。その様子を見て、潮音は息を吸い込むと、一気に昇に言った。
「あのね…私は湯川君が引っ越してくる少し前、中三の秋までは男の子だったんだ」
昇はその潮音の言葉を、にわかには信じられないようだった。昇は潮音を頭のてっぺんからつま先まであちこち見回していたが、それでも昇は潮音の言葉に動揺している様子が明らかに見てとれた。
「信じられない? じゃあ、帰りにちょっと家に寄ってくれないかな」
昇は戸惑いつつも、潮音の言うことに従うことにした。
潮音が昇と一緒に自宅に戻ると、潮音の家族が居間でくつろいでいた。しかし綾乃は、潮音と昇がどこか気づまりな表情で帰ってきたのに不安を感じていた。
「どうしたのよ。何かあったの?」
そこで潮音は、綾乃に耳打ちした。
「あのこと…湯川君に話したんだ」
その潮音の言葉を聞いて、綾乃は顔色を変えた。そこで綾乃は昇を家に上げると、潮音と一緒に潮音の昔の写真なども示しながら、昇に潮音のことを全て明かした。
しかしそれでも、昇は潮音や綾乃の話を素直には受け入れられないようだった。
「でもそれだったらどうして藤坂さんは、女の子のかっこしてるの? 少し前に、女性の体で生れたけど心は男という、トランスジェンダーの人の話を本で読んだんだけど」
「それなんだけどね…女の子の服着るのだって慣れたらそんなに悪くないよ。ちょっと部屋に来てみない?」
潮音が昇を自室に誘うと、昇は視線をきょろきょろさせていた。そこで潮音は、クローゼットからいつも学校に行くときにはいている、タータンチェックのプリーツスカートを取り出した。
「湯川君もこれはいてみる?」
潮音が昇の目の前でプリーツスカートを広げてみると、昇は生唾をごくりと飲み込みながらも、ためらい気味に返事をした。
「…いいよ」
「ほんとにいいの? いやだったらやらなくてもいいんだよ」
潮音は最初冗談のつもりでスカートを差し出しただけに、昇の返事にはむしろ潮音の方が戸惑っていたが、昇の表情を見て潮音もスカートを手渡した。
昇がジーンズをスカートにはき替える間、潮音は後ろを向いていたが、昇はスカートを腰まで上げてもどこでホックを留めるかに戸惑っていたようだったので、潮音がホックの留め方を教えてやった。
スカートをはいた昇は、固く両足を閉ざしたまま両手でスカートの裾を押さえて、気恥ずかしそうな表情をしていた。しかし潮音は浩三のようなマッチョなスポーツマンならともかく、昇のような線の細い秀才タイプの男の子がスカートをはいても、足のムダ毛さえ何とかすればむしろボーイッシュな女の子のようで、けっこう似合うではないかと思っていた。
「恥ずかしい?」
潮音はいたずらっぽく尋ねてみた。
「なんか下に何もはいてないみたいで、変な感じ…」
「だったらちょっと手を放して、ここで一回ターンしてみなよ」
昇が言われるとおりにしてみると、スカートのプリーツが舞い上がり外気が舞い込むのに、ますますどきりとせずにはいられなかった。昇がそのままカーペットの上にへたり込んでしまうと、さすがに潮音も少しやりすぎたかと反省した。
「でも藤坂さんは、ずっとこんな思いに耐えなきゃいけなかったんだね」
昇が神妙な表情をしているのを見て、潮音はきっぱりと答えた。
「私…そんな『かわいそうに』なんて風には見られたくないんだ。湯川君とも男とか女とか関係なく、もっと自然につきあいたい、友達になりたいだけなのに。それに…たしかに私だって、女になってすぐのときはスカートなんか死んでもはくものかと思っていたよ。でもこの私が、今こうやってスカートはいてるのはどうしてだと思う?」
昇が答えに窮していると、潮音は笑顔を浮べて言った。
「だってスカートの方がかわいいんだもの。スカートって柄も種類もいろいろあるし、それを履いてみるのもなかなか楽しいものだよ」
そう言って潮音はワンピースの裾を少し持ち上げて、少し下を出してみせた。昇はその潮音の仕草に、呆れたような眼差しを向けていた。
「で…もうそろそろいいでしょ」
そう言って昇はスカートをジーンズにはき替えると、潮音の部屋を後にする間際にそっと声をかけた。
「藤坂さん…もし悩みごとがあるなら、なんでもぼくに打ち明けてくれたらいいよ。くれぐれも無理して思いつめたりはしないようにね」
そう言って昇は、潮音をそっと抱きとめた。潮音ははじめこそどきりとしたものの、すぐに昇の体の温もりを感じて、自らも手を回して昇を抱きとめ、その胸に顔を埋めていた。
しばらくして昇は潮音から手を離し、潮音の部屋を後にしようとすると、ドアの陰に綾乃の姿があった。あやのはドアの隙間からこっそり潮音と昇の様子をのぞいていたのだった。潮音と昇は、呆れたような眼差しで綾乃を見ていた。
昇が帰宅してからも、潮音は家族そろっての夕食の席でさんざん綾乃から冷やかされた。
「あんた、いつも自分のこと『オレ』と言ってるのに、湯川君の前ではちゃんと『私』っていってたじゃん」
「うるさいな。そんなことどうだっていいだろ」
潮音はただいやそうな顔でそれを聞き流すしかなかった。潮音の両親も、やれやれとでも言いたげにその二人のやりとりを見守っていた。
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