裸足の人魚

やわら碧水

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第三部

第二章・花火大会(その4)

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 潮音たちが神戸の街の中心にある元町駅に着くと、改札口のまわりはすでに花火大会の見物客たちでごった返していた。その中には色鮮やかな浴衣で装った女性の姿も少なくなかったが、その中で特に目を引くブロンドの髪の少女がいると思ったら、それはキャサリンだった。そしてその隣には、紫の呼び寄せた桜組の少女たちの姿もあった。

 潮音はキャサリンたちと一緒になると、あらためてキャサリンの浴衣姿に目を向けた。キャサリンのブロンドの髪やバランスのとれた体形に、金魚の柄が描かれたあでやかな色あいの浴衣はよく似合っていた。特に玲花は、キャサリンの姿を目の前にすると思わず声を上げていた。

「松風にイギリスからの留学生がおるってことはみんなから聞いとったけど、それがあんたなん? 浴衣かてよう似合ってるし、めっちゃかわいいやん」

 玲花がいきなりキャサリンに勢いよく話しかけたので、最初はキャサリンも驚いて赤面していた。しかしキャサリンもすぐに、玲花のギャル風の髪型やメイクに目を向けていた。いくら浴衣で装ったところで、玲花のそのような地の部分までは隠しきれないようだった。

「あなたが藤坂さんや石川さんの友達ですか。あなたみたいな感じの子を日本では『ギャル』ということはみんなから聞いていましたが、かわいいですね」

 潮音は玲花とキャサリンがすぐに意気投合してしまったのに驚いたものの、キャサリンが玲花からギャル風のメイクやファッションを教えてもらっている様子を想像して、内心でほくそ笑んだ。

 潮音がそこでほかの子たちにも目を向けると、恭子や光瑠も浴衣をきちんと着こなしていた。どちらかというと桜組の中でも小柄な恭子が花柄の浴衣を着るとかわいらしい感じがしたが、むしろクールで背が高く、かっこいい女子校の王子様タイプとして校内で人気のある光瑠が浴衣を着こなしても、凛としてきりりと引き締まった感じがするところに潮音は目を向けた。

「吹屋さんの浴衣姿も似合ってるじゃん」

「藤坂さんもそう言ってくれて嬉しいな。私なんて背が高くて男の子っぽく見られることもあるからどうしようかと思ったけど、浴衣着てきて良かったわ」

「光瑠はこう見えて、内心ではけっこうかわいいものとか好きやからね。私はいっぺん光瑠の家に行ったことあるけど、部屋にはぬいぐるみとかファンシーグッズとかがけっこうあったんやから」

「恭子のバカ。余計なこと言わないでよ」

 恭子がニコニコしながら話すのを、光瑠はいやそうな目で見ていた。潮音はそれを聞いて、自分もいっぺん光瑠の家に行ってみたいと思っていた。

 その反面、琴絵は清楚なロングスカート姿、美鈴はTシャツに青いデニムのスカートとラフな装いをしていた。

「浴衣着るとなんか疲れそうだからね。花火大会だからって浴衣着なきゃいけないってわけでもないだろうし」

 その琴絵の言葉を聞いて、下手に他人に流されたりしないところが琴絵らしいと潮音は思った。そこで美鈴も相槌を打った。

「うちはどうもチャラチャラしたかっこ苦手やからね。今日は別やけど、普段は家でスカートなんか全然はかへんし。それに花火大会ったってどうせ混むから、楽で動きやすい恰好が一番やで」

 そうやって潮音たちが駅前でおしゃべりしているところを、ややためらい気味に遠巻きに眺めている人影があった。潮音が目を向けてみると、浴衣を身にまとった愛里紗だった。

「榎並さん…何恥ずかしがってるのよ」

 紫に声をかけられると、愛里紗はぼそりと口を開いた。

「私の母が、私には日ごろ苦労ばかりかけてるし、夏休みも勉強ばかりしてるから、せめて今日くらい楽しんで来いって言っててさ…。この浴衣だって母のお下がりだし、峰山さんと違って全然似合わないよ」

 引け目を感じている愛里紗を、紫はそっとなだめるように言った。

「そんなことないよ。榎並さんも一緒に行かない?」

 愛里紗は紫の誘いに黙ってうなづいたが、愛里紗も紫のことを素直に受け入れるようになれてよかったと潮音は感じていた。


 潮音たちが駅を後にして海岸沿いにある公園へと歩き出したころには、夏の高い青空もほとんど明るさを失いかけて街にも暮色が漂っていた。潮音たちのまわりには、すでに花火大会に向かう見物客たちで人だかりができていた。

 潮音たちが海辺の公園に足を踏み入れると、潮の香りを含んだ海からの風が潮音の頬をなでた。海べりの柵の下の岸壁には、いくつものさざ波が打ち寄せていた。

 ちょうどそのとき、背後から明るく元気な声が聞こえてきた。

「藤坂さんや石川さんも来てたのですか?」

 その声の主は、松風の中等部に通っている松崎香澄だった。ピンクを基調にした浴衣を着てかわいらしく装った香澄は、潮音たちに向かって笑顔で元気よく手を振っていた。そのような香澄の姿を見ただけで、一同の空気が和んだような気がした。

 そしてその傍らには、香澄の姉であり松風の高等部で生徒会長をつとめている松崎千晶と、その友達で生徒会の副会長である椿絵里香の姿があった。

「一年下の子たちもみんなで花火大会に来てたの? みんな仲いいのね」

 千晶が言うと、そばにいた絵里香も笑顔を浮べながらそれに答えた。

「今年の高等部の一年は、峰山さんがまとめ役になってるんでしょ? 次期の生徒会長は峰山さんで決まりかしら」

 紫はその絵里香の言葉に対して、照れくさそうな表情をしていた。しかしこの二人は、潮音とは学年が一つ違うだけなのに、浴衣を身にまとっても所作も落ち着いていて、ずっと大人らしさを漂わせているように見えた。そこで潮音は、紫にそっと耳打ちした。

「松崎さんと椿さん…浴衣着ててもすごく落ち着いてピシッとしてる」

「そりゃ先輩はそれぞれ剣道と華道をしっかりとやってきたんだもの。体幹ができているということかしら」

「体幹だったら紫だって、バレエやってるからちゃんとできてると思うけど。私なんかまだまだだよ」

 そのように話す潮音と紫をよそに、香澄が真っ先に目を向けていたのは光瑠だった。長身でかっこよく、バスケ部でも活躍している光瑠は、中等部でも人気を集めているようだった。

「吹屋さん…浴衣もけっこう似合ってますね」

 香澄の勢いに、光瑠も少々押され気味なようだった。

「香澄、あなたも少し落ち着きなさい」

 千晶にたしなめられると、香澄は今度は公園のまわりに並ぶ色とりどりの露店に目を向けた。

「お姉ちゃん、なにか買っていい」

「いいけどあまり無駄づかいしたり、だらしないものの食べ方したりしたらダメよ。ゴミもちゃんと捨てなさい」

 そこで香澄と一緒に、露店を見て回ったのはキャサリンだった。キャサリンにとっては、露店で売られているたこ焼きや焼きそば、かき氷や綿あめなどの全てが珍しく目に映るようだった。

 潮音も何を食べようかと目移りがしたが、結局イカ焼きを頼むことにした。鉄板の上で焼き上がったイカに潮音がかぶりつくのを、暁子は呆れたような目つきで眺めていた。

「そんなに食べてばっかりいたら太るよ」

「私はちゃんと水泳とバレエで運動してるからね。暁子も何か頼めばいいじゃない」

 そうやって言い合う潮音と暁子を、キャサリンはニコニコしながら眺めていた。そのときキャサリンが口にしていたのは、ブルーハワイのかき氷だった。

「ブルーハワイって何のことかわかんないけど、おいしいです。暑い夏にはこういう冷たいものがいいですね」

「でもあまり食べすぎたら、頭が痛くなるしおなかこわすよ。それにこれ食べたら、舌が青くなるからね」

 潮音の話を、キャサリンもきょとんとしながら聞いていた。

 その間に美鈴は、露店で買ったたこ焼きをほおばっていた。

「やっぱたこ焼きは関西のソウルフードやで。家でもときどきたこ焼きパーティーやるんやけど。キャサリンにも一個あげるよ」

 キャサリンは美鈴から渡されたたこ焼きを一つ口にしたが、その中に入っていたタコの食感に戸惑っているようだった。

 その間に潮音はイカ焼きを食べ終ったが、潮音の顔を見て暁子は声をあげた。

「ちょっと潮音、口のまわり汚れてるよ」

 そして暁子はハンカチを取り出すと、潮音の口のまわりをぬぐった。その様子を見て、香澄がニコニコしながら口を開いた。

「体育祭で学ラン着て応援団をやったときから思ってたんですが…藤坂さんと石川さんって、やっぱり仲いいんですね」

 香澄の口調が無邪気なだけに、潮音と暁子はますます気恥ずかしい思いをしなければならなかった。


 そうしているうちに西の空の夕焼けも消えかけ、港も街並みも六甲の山並みも、全てが闇に包まれようとしていた。そして花火が打ち上げられ、炸裂する轟音とともに色とりどりの鮮やかな光の大輪が夜空一面を彩ると、暗い波間もその光を反射してキラキラと輝いた。公園に集まった見物客たちは、皆それに目を向けて一斉に歓声を上げた。

 潮音もしばらくその花火に見入っていたが、そのうちに潮音は隣で花火を見上げている暁子の横顔をちらりと見て、いつしか別のことを考えていた。潮音の心の中からは、「藤坂さんと石川さんって、やっぱり仲いいんですね」という先ほどの香澄の言葉が消えなかった。

──オレがもし男のままだったら、いくら幼なじみとはいえ暁子とこうして一緒に花火大会に行くことなどあっただろうか。

 潮音はもし自分が男のままだったら、暁子の彼氏としてこのように暁子の隣に立っているかと問われると、自分自身それに答えられる自信はなかった。

──暁子はオレが男だったときから、ひょっとしてオレに対して少し気があったのだろうか。…もしそうだとしたら、オレは今、こんなかっこしていったい何をやっているのだろう。

 ここで潮音が再び隣の暁子の顔にちらりと目を向けると、暁子は無邪気な笑顔を浮べながら花火に見入っていた。そこでさらに、潮音の心には一つの疑念が生まれていた。

──オレはいつまでこうして暁子と一緒にいられるのだろうか。

 潮音はそのように考えれば考えるほど、自分は周囲にいる少女たちと同じように浴衣を身にまとい、彼女たちと一緒にいるにも関わらず、どこかそこから一人だけ浮き上がったような寂しさを感じずにはいられなかった。潮音が見上げた夜空では、次々と打ち上げられる花火が、そのような潮音の心の中など素知らぬかのように、鮮やかな光芒を放っては闇の中へと消えていった。
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