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第三部
第三章・海の輝き(その4)
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その翌日も、真夏の空は真っ青に晴れ渡り、澄みわたった強い日差しが照り付けていた。一登は朝食を済ませると、さっそく釣竿やクーラーボックスなどを取り出して釣りの準備を始めた。
潮音は睦美から借りたアウトドア風の装いに身を包んでも、男の子だった頃とは違う感触に最初は戸惑いを覚えていた。
「暁子…このかっこ変じゃないかな」
「そんなことないよ」
「私も最近はあまり行ってないけど、釣りガールだったからね。ダンナともよく一緒に釣りに行ったものよ。ちゃんと服持っといて良かったわ。最近は釣りやキャンプをする女の子も増えて、こういうアウトドアの服にもおしゃれでカラフルなものが増えているからね」
睦美は潮音を見ながらニコニコしていた。
それでも潮音は一登が釣具を整えるのを見守っているうちに、小学生の頃までは父親の雄一と一緒に休日によく釣りに出かけたことを思い出して、自然と気持ちがわくわくしていた。そばにいた栄介と一登も、はやる気持ちを抑えられないようだった。
「暁子や優菜は一緒に行かないの?」
「いや、あたしたちは釣りとかやったことないからね。潮音は栄介や智也と一緒に楽しんでくればいいよ」
「潮音がどんな魚釣ってくるか楽しみやわ。今日の晩御飯はお魚定食やな」
「だから優菜は、そうやって魚食べることばかり期待しない方がいいよ。釣りに行くのは久しぶりだから、本当に釣れるかどうかわかんないからね」
ニコニコしている優菜に、潮音はいやそうな顔で答えた。
そして潮音は栄介や智也と一緒に一登の運転する車に乗り込んで、暁子や優菜に見送られて家を後にすると、島の中にある釣場として知られる突堤に向かった。
潮音が車の中で栄介と並んでシートに腰を下ろしてからも、栄介は寡黙なままだった。潮音は昨日の海水浴で、栄介とも多少は打ち解けられたかと思ったが、栄介は潮音に対して何か話したそうなそぶりはしていたものの、一登や智也もいる車の中で潮音に対してどのように接してよいのか、糸口をつかみかねているようだった。潮音もそのような栄介の心中を察すると、あえて栄介に話しかけたりはせず、そのまま栄介の顔を見守っていた。
潮音に対して親しげに接しようとしていたのは、むしろ智也の方だった。智也は栄介と打って変って釣りに行くことを楽しみにしていて、潮音ともいろいろな話題について活発に話をしていたが、栄介はそれをどこか白々しい眼差しで眺めていた。
智也の父親の一登も、車のハンドルを握りながらもそのような栄介の様子を気にしているようだった。
「栄介はさっきからずっと黙っててどうしたの? 以前は家に来たときも、一緒に海水浴や釣りに行くのを楽しみにしてたのに。むしろ智也の方が、女の子と仲良さそうじゃん」
そこで潮音は、慌てて場を取り繕おうとした。
「い、いや、栄介は私と一緒にいるときには、どうもいろいろ気を使っているんだと思います」
そのとき潮音は、内心で少なくとも自分はウソはついていないと思っていた。その潮音の話を聞いて、一登は豪放に笑ってみせた。
「そりゃ栄介だってもう年頃だもんな。こんなきれいなお姉さんと一緒にいたら、緊張しない方がおかしいよ。むしろ智也の方が、お姉さんと一緒になれて嬉しそうじゃないか」
その一登の言葉には、その場にいた一同がみんな複雑そうな表情をせずにはいられなかった。潮音は一登が真相を全て知ったところで、余計に話がややこしくなるだけだと思ったので、これ以上は何も言わないことにした。
やがて車は釣り場になっている、小さな漁港の突堤に着いた。潮音たちは車を降りると、さっそく海に釣り糸を垂らしたものの、潮音は長らく釣りをやっていなかったこともあって、釣果は一登に全然及ばなかった。しかしそれでも、潮音は幼い頃に父の雄一に連れられて休日にしばしば家の近くの瀬戸内海に釣りに行ったこと、さらにもう少し大きくなってからは栄介と一緒に釣りに行ったこともあったことを思い出して、たとえ魚は釣れなかったにしても、その場で海の香りを胸いっぱいに吸い込めるだけでも十分楽しかった。
──父さんがオレをよく釣りに連れて行ってくれたのは、オレに海を見せることで、海のような大きな男になってほしいと思ったからなのかな…。そのオレがこんなになっちゃって、父さんがショックを受ける気持ちだってわかるけど。
潮音は瀬戸内の島影の上に広がる真っ青な夏空を見上げながら、そのようなことをふと考えていた。そこで潮音は栄介に目をやると、栄介も智也と一緒に釣りを楽しんでいるようで、潮音は内心でほっとしていた。
しかし潮音は真夏の強い日差しをずっと浴び続けていたので、アウトドア用の露出の少ない服を着ていたことも相まって、さすがに暑さを感じるようになっていた。そして日が高く上る頃になって釣りが一段落すると、一登は潮音たちを誘って海辺にある食堂に入った。潮音は冷房のきいた部屋の中に入ることができて、ようやくほっと一息つけたような心地がした。
食堂は漁師や釣り客がよく利用するらしく、店内の壁には釣った魚を手にした釣り客の写真や魚拓がたくさん飾られていた。潮音はラーメンで腹ごしらえをしながら、一登に話しかけた。
「やはりおじさんはすごいですね…。ここにはしょっちゅう釣りに来てるのですか? 私なんかまだまだです」
「気にすることないよ。それよりもむしろ、女の子でも釣りが好きという子がいて嬉しかったな。今度来るときは、釣り船に乗せてもらって船釣りをしようか」
その一登の言葉には、潮音だけでなく栄介や一登までもが顔をほころばせた。
午後も少し釣りを行って、日が西に傾きかけた頃になると潮音たちは釣り場を後にした。潮音の釣果はさっぱりだったが、それでも一登が釣った魚を見て、今夜のごちそうは魚料理だと潮音は思った。
帰りの車の中では、栄介も釣りの結果などについて智也と話ができるようになっていた。潮音は栄介の方を見ながら、自分と栄介の関係が昔のように戻るのは無理だとしても、焦らず地道に関係を作っていくしかないと考えていた。さらに潮音の心中には、一つの思いが浮んでいた。
──神戸に帰ったら、父さんにもう一度一緒に釣りに行かないかと誘ってみようか。オレからこんなこと言われたら、父さんはどんな顔するかな…。釣りに行くための服も買った方がいいだろうか。
やがて車が一登の家に着くと、暁子と優菜が出迎えた。この二人は睦美に誘われて、島の中の観光に出かけていたのだった。
優菜はクーラーボックスに入った、一登たちが釣った魚を見て目を丸くした。
「この魚をどう料理すればええか、今から楽しみやわ」
しかし潮音は帰宅するなり、釣りのときに着ていたアウトドア向けの服を脱ぎ捨てると、Tシャツとショートパンツの軽装に着替えた。
「あー暑かった。釣りのときの服は真夏でも安全性第一だからね」
そう言いながら潮音は、額の汗をぬぐっていた。しかし栄介と智也は、潮音のショートパンツから伸びた素足を見ながらどこか気まずそうにしていた。
そしてその日の夕食には、この日釣った魚を使った料理が卓上に並んだ。そこで睦美は、暁子たちに声をかけた。
「みんなは明日神戸に帰るんでしょ? 今日が最後の夕ご飯だから、盛大にやらなくちゃね」
潮音たちが明日帰ると聞かされて、智也は寂しそうな顔をした。その智也の様子を見て、睦美は潮音に顔を向けた。
「藤坂潮音ちゃんだっけ、智也はあなたのことがけっこう気に入ったみたいよ。春休みの後から、よく『潮音姉ちゃんはまた家に来ないかな』と言ってたし」
そう言われると潮音も、いささか照れくさそうな表情をしていたが、その言葉はそばにいた優菜の耳にも入っていた。
「私のことはどうなのよ」
優菜が見るからに不満そうな顔をすると、智也は困惑の色を浮べていた。潮音と暁子は、やれやれとでも言いたげな顔でそれを見ていた。
その日の夕食は、釣りの話題などでことのほか盛り上がった。そこで優菜は、リクエストをするのを忘れなかった。
「明日私たちは帰るけど、その前にみんなで島の名物のお好み焼き屋に行ってもいいですか」
「ええ、もちろんよ」
睦美も笑顔でそれに応えた。
夕食が済むと、潮音は栄介を誘って階段を登り、二階の部屋に入った。潮音は栄介がこの旅行の間、自分に対して何か話そたそうにしながらもためらっている様子を見て、栄介の潮音に対する気持ちをはっきりさせておく必要があると感じていた。
その後に暁子と優菜もついて部屋に入ると、潮音は栄介の方をあらためて向き直してはっきりと尋ねた。
「栄介、ちゃんと答えてよ。栄介はオレがいきなり男から女になって、やはり戸惑ってるんだろ?」
潮音が栄介の顔をまじまじと見つめながら話しても、栄介は黙ったままだった。潮音はじれったそうに口を開いた。
「そりゃ栄介だって、オレが女になったことを受け入れられないのは当たり前だよ…。そのくらい自分だってわかってる。でもオレだって自分が男から女になって一番悩んだんだ。そして自分が今どうすればいいか考えた結果がこれなんだ。このことだけは栄介にわかってほしいから…」
潮音の話を傍らで聞いていた暁子も、栄介をはっきり向き直して言った。
「栄介は潮音のことをほんとのお兄ちゃんのように思ってたんでしょ? でもそんな栄介の思いに応えられなくて、いちばん悔しい思いをしているのは潮音自身だと思うよ。栄介もそのことはわかってあげてよ」
優菜は黙ったまま、固唾を飲んで事の成り行きを見守っていた。しかし栄介は、潮音や暁子に視線を向けられて最初こそ話しづらそうにしていたものの、ようやく重い口を開いた。
「オレ…潮音兄ちゃんが女になっちゃったという話を聞いたときはやはりショックだったし、しばらくはご飯もなかなか喉を通らなかった。でも昨日と今日、一緒に海水浴や釣りをやってようやく気づいたよ。姿や形はかわっても、潮音兄ちゃんはやっぱり潮音兄ちゃんなんだって。それに…」
しばらく栄介は言いにくそうにもじもじしていたが、思いきって口を開いた。
「女の子になった潮音兄ちゃんって、うちの姉ちゃんより美人でかわいくて優しいし、スタイルだっていいんだもの」
それを聞いて暁子は、むっとしながら栄介をにらみつけていた。
「こら。それどういう意味よ」
優菜もため息をつきながら、やれやれとでも言いたげな顔をしていたが、潮音は暁子と栄介の様子がこれまでと全然変っていないのを見て、嬉しそうな表情をしていた。
「でも栄介も元気になって良かったよ。これからも栄介とは今まで通りずっと仲良くしような」
そこで潮音と栄介は握手を交わした。優菜も笑顔でそれを見守っていたが、暁子は心の中につかえていたわだかまりがようやく解けたかのような表情をしていた。
そこで優菜はふと息をつきながら、窓から身を乗り出して夜空を見上げた。
「ほんまこの島は星がよう見えてきれいやな。まるで空から星が降ってきそうやわ。明日帰るのが名残惜しいな」
そして潮音や暁子、栄介も優菜に誘われて、暗い夜空にきらめく満天の星々をじっと見つめた。
潮音は睦美から借りたアウトドア風の装いに身を包んでも、男の子だった頃とは違う感触に最初は戸惑いを覚えていた。
「暁子…このかっこ変じゃないかな」
「そんなことないよ」
「私も最近はあまり行ってないけど、釣りガールだったからね。ダンナともよく一緒に釣りに行ったものよ。ちゃんと服持っといて良かったわ。最近は釣りやキャンプをする女の子も増えて、こういうアウトドアの服にもおしゃれでカラフルなものが増えているからね」
睦美は潮音を見ながらニコニコしていた。
それでも潮音は一登が釣具を整えるのを見守っているうちに、小学生の頃までは父親の雄一と一緒に休日によく釣りに出かけたことを思い出して、自然と気持ちがわくわくしていた。そばにいた栄介と一登も、はやる気持ちを抑えられないようだった。
「暁子や優菜は一緒に行かないの?」
「いや、あたしたちは釣りとかやったことないからね。潮音は栄介や智也と一緒に楽しんでくればいいよ」
「潮音がどんな魚釣ってくるか楽しみやわ。今日の晩御飯はお魚定食やな」
「だから優菜は、そうやって魚食べることばかり期待しない方がいいよ。釣りに行くのは久しぶりだから、本当に釣れるかどうかわかんないからね」
ニコニコしている優菜に、潮音はいやそうな顔で答えた。
そして潮音は栄介や智也と一緒に一登の運転する車に乗り込んで、暁子や優菜に見送られて家を後にすると、島の中にある釣場として知られる突堤に向かった。
潮音が車の中で栄介と並んでシートに腰を下ろしてからも、栄介は寡黙なままだった。潮音は昨日の海水浴で、栄介とも多少は打ち解けられたかと思ったが、栄介は潮音に対して何か話したそうなそぶりはしていたものの、一登や智也もいる車の中で潮音に対してどのように接してよいのか、糸口をつかみかねているようだった。潮音もそのような栄介の心中を察すると、あえて栄介に話しかけたりはせず、そのまま栄介の顔を見守っていた。
潮音に対して親しげに接しようとしていたのは、むしろ智也の方だった。智也は栄介と打って変って釣りに行くことを楽しみにしていて、潮音ともいろいろな話題について活発に話をしていたが、栄介はそれをどこか白々しい眼差しで眺めていた。
智也の父親の一登も、車のハンドルを握りながらもそのような栄介の様子を気にしているようだった。
「栄介はさっきからずっと黙っててどうしたの? 以前は家に来たときも、一緒に海水浴や釣りに行くのを楽しみにしてたのに。むしろ智也の方が、女の子と仲良さそうじゃん」
そこで潮音は、慌てて場を取り繕おうとした。
「い、いや、栄介は私と一緒にいるときには、どうもいろいろ気を使っているんだと思います」
そのとき潮音は、内心で少なくとも自分はウソはついていないと思っていた。その潮音の話を聞いて、一登は豪放に笑ってみせた。
「そりゃ栄介だってもう年頃だもんな。こんなきれいなお姉さんと一緒にいたら、緊張しない方がおかしいよ。むしろ智也の方が、お姉さんと一緒になれて嬉しそうじゃないか」
その一登の言葉には、その場にいた一同がみんな複雑そうな表情をせずにはいられなかった。潮音は一登が真相を全て知ったところで、余計に話がややこしくなるだけだと思ったので、これ以上は何も言わないことにした。
やがて車は釣り場になっている、小さな漁港の突堤に着いた。潮音たちは車を降りると、さっそく海に釣り糸を垂らしたものの、潮音は長らく釣りをやっていなかったこともあって、釣果は一登に全然及ばなかった。しかしそれでも、潮音は幼い頃に父の雄一に連れられて休日にしばしば家の近くの瀬戸内海に釣りに行ったこと、さらにもう少し大きくなってからは栄介と一緒に釣りに行ったこともあったことを思い出して、たとえ魚は釣れなかったにしても、その場で海の香りを胸いっぱいに吸い込めるだけでも十分楽しかった。
──父さんがオレをよく釣りに連れて行ってくれたのは、オレに海を見せることで、海のような大きな男になってほしいと思ったからなのかな…。そのオレがこんなになっちゃって、父さんがショックを受ける気持ちだってわかるけど。
潮音は瀬戸内の島影の上に広がる真っ青な夏空を見上げながら、そのようなことをふと考えていた。そこで潮音は栄介に目をやると、栄介も智也と一緒に釣りを楽しんでいるようで、潮音は内心でほっとしていた。
しかし潮音は真夏の強い日差しをずっと浴び続けていたので、アウトドア用の露出の少ない服を着ていたことも相まって、さすがに暑さを感じるようになっていた。そして日が高く上る頃になって釣りが一段落すると、一登は潮音たちを誘って海辺にある食堂に入った。潮音は冷房のきいた部屋の中に入ることができて、ようやくほっと一息つけたような心地がした。
食堂は漁師や釣り客がよく利用するらしく、店内の壁には釣った魚を手にした釣り客の写真や魚拓がたくさん飾られていた。潮音はラーメンで腹ごしらえをしながら、一登に話しかけた。
「やはりおじさんはすごいですね…。ここにはしょっちゅう釣りに来てるのですか? 私なんかまだまだです」
「気にすることないよ。それよりもむしろ、女の子でも釣りが好きという子がいて嬉しかったな。今度来るときは、釣り船に乗せてもらって船釣りをしようか」
その一登の言葉には、潮音だけでなく栄介や一登までもが顔をほころばせた。
午後も少し釣りを行って、日が西に傾きかけた頃になると潮音たちは釣り場を後にした。潮音の釣果はさっぱりだったが、それでも一登が釣った魚を見て、今夜のごちそうは魚料理だと潮音は思った。
帰りの車の中では、栄介も釣りの結果などについて智也と話ができるようになっていた。潮音は栄介の方を見ながら、自分と栄介の関係が昔のように戻るのは無理だとしても、焦らず地道に関係を作っていくしかないと考えていた。さらに潮音の心中には、一つの思いが浮んでいた。
──神戸に帰ったら、父さんにもう一度一緒に釣りに行かないかと誘ってみようか。オレからこんなこと言われたら、父さんはどんな顔するかな…。釣りに行くための服も買った方がいいだろうか。
やがて車が一登の家に着くと、暁子と優菜が出迎えた。この二人は睦美に誘われて、島の中の観光に出かけていたのだった。
優菜はクーラーボックスに入った、一登たちが釣った魚を見て目を丸くした。
「この魚をどう料理すればええか、今から楽しみやわ」
しかし潮音は帰宅するなり、釣りのときに着ていたアウトドア向けの服を脱ぎ捨てると、Tシャツとショートパンツの軽装に着替えた。
「あー暑かった。釣りのときの服は真夏でも安全性第一だからね」
そう言いながら潮音は、額の汗をぬぐっていた。しかし栄介と智也は、潮音のショートパンツから伸びた素足を見ながらどこか気まずそうにしていた。
そしてその日の夕食には、この日釣った魚を使った料理が卓上に並んだ。そこで睦美は、暁子たちに声をかけた。
「みんなは明日神戸に帰るんでしょ? 今日が最後の夕ご飯だから、盛大にやらなくちゃね」
潮音たちが明日帰ると聞かされて、智也は寂しそうな顔をした。その智也の様子を見て、睦美は潮音に顔を向けた。
「藤坂潮音ちゃんだっけ、智也はあなたのことがけっこう気に入ったみたいよ。春休みの後から、よく『潮音姉ちゃんはまた家に来ないかな』と言ってたし」
そう言われると潮音も、いささか照れくさそうな表情をしていたが、その言葉はそばにいた優菜の耳にも入っていた。
「私のことはどうなのよ」
優菜が見るからに不満そうな顔をすると、智也は困惑の色を浮べていた。潮音と暁子は、やれやれとでも言いたげな顔でそれを見ていた。
その日の夕食は、釣りの話題などでことのほか盛り上がった。そこで優菜は、リクエストをするのを忘れなかった。
「明日私たちは帰るけど、その前にみんなで島の名物のお好み焼き屋に行ってもいいですか」
「ええ、もちろんよ」
睦美も笑顔でそれに応えた。
夕食が済むと、潮音は栄介を誘って階段を登り、二階の部屋に入った。潮音は栄介がこの旅行の間、自分に対して何か話そたそうにしながらもためらっている様子を見て、栄介の潮音に対する気持ちをはっきりさせておく必要があると感じていた。
その後に暁子と優菜もついて部屋に入ると、潮音は栄介の方をあらためて向き直してはっきりと尋ねた。
「栄介、ちゃんと答えてよ。栄介はオレがいきなり男から女になって、やはり戸惑ってるんだろ?」
潮音が栄介の顔をまじまじと見つめながら話しても、栄介は黙ったままだった。潮音はじれったそうに口を開いた。
「そりゃ栄介だって、オレが女になったことを受け入れられないのは当たり前だよ…。そのくらい自分だってわかってる。でもオレだって自分が男から女になって一番悩んだんだ。そして自分が今どうすればいいか考えた結果がこれなんだ。このことだけは栄介にわかってほしいから…」
潮音の話を傍らで聞いていた暁子も、栄介をはっきり向き直して言った。
「栄介は潮音のことをほんとのお兄ちゃんのように思ってたんでしょ? でもそんな栄介の思いに応えられなくて、いちばん悔しい思いをしているのは潮音自身だと思うよ。栄介もそのことはわかってあげてよ」
優菜は黙ったまま、固唾を飲んで事の成り行きを見守っていた。しかし栄介は、潮音や暁子に視線を向けられて最初こそ話しづらそうにしていたものの、ようやく重い口を開いた。
「オレ…潮音兄ちゃんが女になっちゃったという話を聞いたときはやはりショックだったし、しばらくはご飯もなかなか喉を通らなかった。でも昨日と今日、一緒に海水浴や釣りをやってようやく気づいたよ。姿や形はかわっても、潮音兄ちゃんはやっぱり潮音兄ちゃんなんだって。それに…」
しばらく栄介は言いにくそうにもじもじしていたが、思いきって口を開いた。
「女の子になった潮音兄ちゃんって、うちの姉ちゃんより美人でかわいくて優しいし、スタイルだっていいんだもの」
それを聞いて暁子は、むっとしながら栄介をにらみつけていた。
「こら。それどういう意味よ」
優菜もため息をつきながら、やれやれとでも言いたげな顔をしていたが、潮音は暁子と栄介の様子がこれまでと全然変っていないのを見て、嬉しそうな表情をしていた。
「でも栄介も元気になって良かったよ。これからも栄介とは今まで通りずっと仲良くしような」
そこで潮音と栄介は握手を交わした。優菜も笑顔でそれを見守っていたが、暁子は心の中につかえていたわだかまりがようやく解けたかのような表情をしていた。
そこで優菜はふと息をつきながら、窓から身を乗り出して夜空を見上げた。
「ほんまこの島は星がよう見えてきれいやな。まるで空から星が降ってきそうやわ。明日帰るのが名残惜しいな」
そして潮音や暁子、栄介も優菜に誘われて、暗い夜空にきらめく満天の星々をじっと見つめた。
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