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第三部
第三章・海の輝き(その6)
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暁子の実家から帰ると、潮音は宿題に追われる日が続いた。綾乃は宿題くらい夏休みのはじめから計画的にやっておけと呆れていたが、潮音は昇は一流大学を目指して、この夏から学校の補習や予備校の夏期講習に行っているのかと思うと、この程度の宿題で音を上げている自分はまだまだだと思った。
その合間に潮音がバレエのレッスンに行くと、紫はバレエの合宿で、高原のホテルに泊まりそこで五日間みっちりバレエの講義と練習漬けの日々を過ごしたことを話して、合宿で知り合ったバレエの練習生と一緒に撮った写真を見せてくれた。その練習の甲斐があったせいか、紫は心なしか動作にもキレが出てバレエが上達しているように見えた。
それでも紫はバレエのレッスンが一段落すると、潮音が暁子や優菜と一緒に瀬戸内海の島にある暁子の実家に行き、そこで海水浴や釣りを楽しんだことを話すのを興味深げに聞いていた。
「潮音も夏休みは楽しかったようで何よりだわ。その石川さんのおじいちゃんがいる島、私もちょっと行ってみたいわね」
紫にそのように言われると、潮音はいささか照れくさい気分になった。
「キャサリンも始業式の前にはイギリスから日本に来るかな…」
「みんなの夏休みの話を聞くのが楽しみね。でもうちの学校は九月になって新学期が始まるとすぐに後期の生徒会長の選挙があって、役員が決まるの。今度は私たちの学年も生徒会の役員になるから気を引き締めないとね」
「紫はやっぱり来年、二年生になったら生徒会長に立候補するんだ」
そこで紫は、深くうなづいた。
「私もできることならやってみようと思うの。そして生徒会の新しい役員が決まったら、十月の終りの文化祭の準備でしばらくは手一杯になるわ」
「紫も学校始まったら、ますます忙しくなりそうだな。でもオレはその前に、宿題なんとかしなきゃいけないよ」
「だったら潮音もここでおしゃべりしてないで、早く家に帰って勉強したら?」
紫にたしなめられると、潮音もいやそうな顔をして帰宅の準備にとりかかった。
そのようにしているうちにいつしか日の入りも早まり、日が落ちると虫の鳴き声が聞こえるようになっていった。そしていよいよ八月も押し迫ったころになって、潮音のスマホに高校総体から帰ってきた玲花から連絡が入った。
しかしその内容は、八月最後の日曜日に一緒にプールに行かないかというものだった。せっかく一緒に水着を買ったのだから、その水着を着てどこかに行こうというのがその理由だった。そのプールも、潮音がかつて玲花と一緒に行ったスポーツセンターではなく、ウォータースライダーや流れるプールなどを備えた、レクリエーションのためのプールだった。
潮音はビキニの水着を着た玲花の姿を想像して、胸がぞくりとするのを感じたが、自分自身ビキニの水着を着て海で泳いだのだから、玲花の誘いを断る理由などないと思ってその誘いを受けることにした。しかし潮音は、なぜ玲花がいきなりこのようなことを言い出したのか、その真意をつかみかねていた。
潮音は玲花とプールに行くことが決ると、宿題が終らなくてプールに行けなくなるなんてことがないように、ますます一生懸命宿題に取りかかるようになった。そしてなんとか宿題の目途がついて約束の日曜日が来ると、夏も終り近い空は相変らず青く晴れわたっていた。潮音は思い切ってビキニの水着を用意すると、玲花との待ち合わせ場所に指定したプールの入口に向かった。
しかし潮音がプールの入口に着くと、玲花の隣には紫の姿があった。潮音はなぜこの場に紫までもがいるのかと面食らったが、玲花と紫はそのような潮音の心中などそ知らぬかのように、互いに仲良さそうにしていた。
「どうして紫まで一緒にいるんだよ」
潮音に問われても、玲花は満面の笑みを崩そうとしなかった。
「あたしが紫も誘ったんよ。せっかくやから紫も一緒の方が楽しいやん」
「だいたい、いつの間に紫と玲花はそんなに仲良くなっちゃったわけ? 学校だって違うのに」
潮音がいぶかしんでいると、紫もニコニコしながら答えた。
「尾上さんとは石川さんの誕生パーティーで会って以来仲良くなったの。尾上さんはこんなギャルっぽいかっこしてるけど、話してみると勉強だってちゃんとやってて頭もいい子だわ」
潮音は内心で、そりゃ玲花は潮音のいた中学では成績もトップクラスで南稜の進学コースに進んだのだから、勉強はできて当り前だと思っていた。
「ギャルみたいで悪い?」
玲花は紫の言葉に少しだけむっとしたようなそぶりを見せたが、すぐに気を取り直して言った。
「紫はほんまに上品なお嬢様って感じのする子で、あたしとは住んどる世界ちゃうような気がするけど、だからこそあたしは紫に憧れとるし、こうやって仲良くなれたんかもしれへんな」
玲花にそこまで言われて、紫はいささか気恥ずかしそうにしていた。
「そんな言い方よしてよ。私はそんなお嬢様ってわけじゃないから。ともかく早くプールに入らない?」
そこで潮音たち三人は、プールの入口で入場券を買い求めて更衣室に向かった。潮音がためらいながら更衣室の片隅でビキニの水着に着替える傍らで、玲花と紫は談笑しながら水着に着替えていた。
それでも潮音がなんとかして水着に着替え終ると、紫が潮音の水着姿を見て声をあげていた。
「潮音、ビキニの水着もけっこう似合ってるじゃん」
その紫の言葉を聞いて、玲花は得意げに胸を張った。
「そりゃあたしと一緒に選んだ水着やもん」
その一方で、潮音と一緒に買った、ドットの模様の入った水着を身にまとった玲花にちらりと目を向けた。その水着は、玲花のスタイルの良さや、素肌のつややかさをより強調しているように見えた。
潮音は去年まで、玲花とは水泳部で一緒に練習していたにも関わらず、ビキニの水着を着た玲花とこのような形で一緒にプールに遊びに行くことになるとは、去年までの自分が聞いたら驚きと気恥ずかしさで全身の血が沸騰しそうになるのではないかと思っていた。そしてそれと同時に、もし自分が女になっていなければこのようなことは絶対になかったに違いないと思うと、あらためて自らを見舞った運命の不思議さを噛みしめていた。
そこで潮音が紫に目を向けると、紫はピンクを基調にしたかわいらしい感じのするビキニの水着を身につけて、バレエで鍛え上げた抜群のプロポーションを惜しげもなくあらわにしていた。潮音はその姿に思わず目を奪われていたが、紫はそのような潮音の手を引いて更衣室を後にしシャワー室に向かった。
潮音たちがシャワーを浴びてプールサイドに出ると、夏休みも終りとあって辺り一面家族連れをはじめとする多くの客でにぎわっていた。さっそく玲花は潮音と紫の手を引いてウォータースライダーに向かったが、潮音と紫もすっかり元気な玲花のペースに乗せられていた。潮音は水しぶきを立てながら、屈託のない笑顔で水と戯れている玲花の姿を見ながらふと、水泳部のマネージャーとしてプールでハードなトレーニングを積む選手たちを目の当りにしてきた玲花にとって、そのようなプレッシャーから解放されて純粋にプールで遊ぶことができるのが楽しいのだろうかと感じていた。
しかし玲花と紫は、プールを訪れた若い男性たちの注目の的になっていた。潮音はそれを見ながら、そりゃ玲花や紫なら若い男たちは引きつけられて当り前だと思うと同時に、自分も少し前までは玲花や紫に熱い視線を向ける側だったと思うと、どこか居心地の悪いものを感じずにはいられなかった。
ひとしきりプールで遊んだ後で、潮音たちはプールサイドに腰かけて、アイスや飲み物を口にしながら休憩を取ることにした。潮音は玲花と紫に挟まれると、やはり心臓の高鳴りを覚えずにはいられなかった。そのような潮音の様子を見て、玲花が悪戯っぽく声をかけた。
「潮音…やっぱりこうやって女の子と一緒にプールに行くのは緊張するん? 自分かてビキニの水着着とるのに」
潮音はいつしか玲花までもが自分のことを「潮音」と呼ぶようになったことに対して、いささか気後れを感じずにはいられなかった。
「あの…尾上さんはどうして『潮音』って下の名前で呼ぶの」
「潮音はアッコとは前から下の名前で呼び合ってたやん。これからはあたしのことも『玲花』って呼んでええよ」
そこで潮音は気を取り直すと、玲花に声をかけてみた。
「高校総体はどうだったの?」
「いやー、ええとこまで行ったんやけどな。やはり全国はレベル高いわ。うちらなんかまだまだや。あたしはその間マネージャーとして、選手のケアやら記録の整理やらで大忙しやわ。せっかく北海道まで行ったのに、景色見たりおいしいもの食べたりする余裕なんかなかったし」
そう言って玲花は大きく伸びをした。潮音はそこで玲花に声をかけた。
「今ちょっと悩んでるんだ。椎名はあんなに熱心に水泳に取り組んでいるし、玲花は玲花でちゃんと水泳部のマネージャーをやってるし、紫だってバレエを頑張ってるのに、自分はいったい何やってるんだろうって…」
潮音が顔をすくめてためらい気味に話すのには、玲花と紫が共にやれやれとでも言いたげな顔をした。
「そんなの誰だってみんな思ってることよ。私だってこの夏バレエの合宿に参加して、講師として来たプロのバレリーナはほんとにすごいと思ったもの。私だってちっちゃな頃はバレエが楽しくてほんとにバレリーナになりたいと思ったこともあったけど、こういうの見てると自分はほんとは何がやりたいんだろうって思うんだ」
そこで玲花も相槌を打った。
「その通りやで。潮音は無理に自分と人とを比べたりせえへんで、自分のできることやっていけばええと思うよ。あたしは潮音が去年いきなりあんなことになって、それで潮音がどれだけつらい思いしたかもよう知っとるから。それ考えたら、あんたが今こうやってちゃんと学校行って、こうやってあたしや紫と一緒にいることができるだけでも、十分えらいと思うよ」
その玲花の言葉には、潮音は戸惑いの色を浮べた。
「そんなもんかな。…でもこうしてみると、男だったときにもこうやって玲花と一緒にプールに行きたかったな。玲花は椎名のことばかり見てたから気づかなかったかもしれないけど」
「もしかしてそれが今、こんな形でかなって嬉しいとか思っとるんやないの?」
「…そうかもしれない。暁子はよく言ってるけどね。オレは女の子になってからの方が、積極的に行動したり、自分の思ったことをはっきり言ったりできるようになったって」
「アッコの気持ちかてわかるよ。あんたは中学の頃はクラスの中でもそんな目立つ感じやなかったのに」
「でもオレは、こんな風にして玲花と付き合ってることにちょっと後ろめたさも感じてるんだ。男の子だった頃は玲花に声すらかけられなかったオレが、こんな風にして玲花とつきあっていいのかなって…」
そこで紫が、じれったそうに潮音に声をかけた。
「だからそうやって、クヨクヨするのよしてよ。潮音だって勉強もバレエも水泳もみんな頑張ってるじゃない。だからもう少ししたら、もういっぺんプールでひと泳ぎしてから帰らない? パーッと遊んでそんなことなんか忘れちゃいなよ」
そこで潮音は、夏の終りの青く澄んだ空を見上げた。夏もいよいよ終りに近づくにつれて、空の青さはますます深みを増してくるように見えた。それと同時に、潮音は残暑の中にも、日の光の加減やかすかに聞こえてくるセミの鳴き声から、夏も終り秋がすぐそばまで来ているのを感じていた。
その合間に潮音がバレエのレッスンに行くと、紫はバレエの合宿で、高原のホテルに泊まりそこで五日間みっちりバレエの講義と練習漬けの日々を過ごしたことを話して、合宿で知り合ったバレエの練習生と一緒に撮った写真を見せてくれた。その練習の甲斐があったせいか、紫は心なしか動作にもキレが出てバレエが上達しているように見えた。
それでも紫はバレエのレッスンが一段落すると、潮音が暁子や優菜と一緒に瀬戸内海の島にある暁子の実家に行き、そこで海水浴や釣りを楽しんだことを話すのを興味深げに聞いていた。
「潮音も夏休みは楽しかったようで何よりだわ。その石川さんのおじいちゃんがいる島、私もちょっと行ってみたいわね」
紫にそのように言われると、潮音はいささか照れくさい気分になった。
「キャサリンも始業式の前にはイギリスから日本に来るかな…」
「みんなの夏休みの話を聞くのが楽しみね。でもうちの学校は九月になって新学期が始まるとすぐに後期の生徒会長の選挙があって、役員が決まるの。今度は私たちの学年も生徒会の役員になるから気を引き締めないとね」
「紫はやっぱり来年、二年生になったら生徒会長に立候補するんだ」
そこで紫は、深くうなづいた。
「私もできることならやってみようと思うの。そして生徒会の新しい役員が決まったら、十月の終りの文化祭の準備でしばらくは手一杯になるわ」
「紫も学校始まったら、ますます忙しくなりそうだな。でもオレはその前に、宿題なんとかしなきゃいけないよ」
「だったら潮音もここでおしゃべりしてないで、早く家に帰って勉強したら?」
紫にたしなめられると、潮音もいやそうな顔をして帰宅の準備にとりかかった。
そのようにしているうちにいつしか日の入りも早まり、日が落ちると虫の鳴き声が聞こえるようになっていった。そしていよいよ八月も押し迫ったころになって、潮音のスマホに高校総体から帰ってきた玲花から連絡が入った。
しかしその内容は、八月最後の日曜日に一緒にプールに行かないかというものだった。せっかく一緒に水着を買ったのだから、その水着を着てどこかに行こうというのがその理由だった。そのプールも、潮音がかつて玲花と一緒に行ったスポーツセンターではなく、ウォータースライダーや流れるプールなどを備えた、レクリエーションのためのプールだった。
潮音はビキニの水着を着た玲花の姿を想像して、胸がぞくりとするのを感じたが、自分自身ビキニの水着を着て海で泳いだのだから、玲花の誘いを断る理由などないと思ってその誘いを受けることにした。しかし潮音は、なぜ玲花がいきなりこのようなことを言い出したのか、その真意をつかみかねていた。
潮音は玲花とプールに行くことが決ると、宿題が終らなくてプールに行けなくなるなんてことがないように、ますます一生懸命宿題に取りかかるようになった。そしてなんとか宿題の目途がついて約束の日曜日が来ると、夏も終り近い空は相変らず青く晴れわたっていた。潮音は思い切ってビキニの水着を用意すると、玲花との待ち合わせ場所に指定したプールの入口に向かった。
しかし潮音がプールの入口に着くと、玲花の隣には紫の姿があった。潮音はなぜこの場に紫までもがいるのかと面食らったが、玲花と紫はそのような潮音の心中などそ知らぬかのように、互いに仲良さそうにしていた。
「どうして紫まで一緒にいるんだよ」
潮音に問われても、玲花は満面の笑みを崩そうとしなかった。
「あたしが紫も誘ったんよ。せっかくやから紫も一緒の方が楽しいやん」
「だいたい、いつの間に紫と玲花はそんなに仲良くなっちゃったわけ? 学校だって違うのに」
潮音がいぶかしんでいると、紫もニコニコしながら答えた。
「尾上さんとは石川さんの誕生パーティーで会って以来仲良くなったの。尾上さんはこんなギャルっぽいかっこしてるけど、話してみると勉強だってちゃんとやってて頭もいい子だわ」
潮音は内心で、そりゃ玲花は潮音のいた中学では成績もトップクラスで南稜の進学コースに進んだのだから、勉強はできて当り前だと思っていた。
「ギャルみたいで悪い?」
玲花は紫の言葉に少しだけむっとしたようなそぶりを見せたが、すぐに気を取り直して言った。
「紫はほんまに上品なお嬢様って感じのする子で、あたしとは住んどる世界ちゃうような気がするけど、だからこそあたしは紫に憧れとるし、こうやって仲良くなれたんかもしれへんな」
玲花にそこまで言われて、紫はいささか気恥ずかしそうにしていた。
「そんな言い方よしてよ。私はそんなお嬢様ってわけじゃないから。ともかく早くプールに入らない?」
そこで潮音たち三人は、プールの入口で入場券を買い求めて更衣室に向かった。潮音がためらいながら更衣室の片隅でビキニの水着に着替える傍らで、玲花と紫は談笑しながら水着に着替えていた。
それでも潮音がなんとかして水着に着替え終ると、紫が潮音の水着姿を見て声をあげていた。
「潮音、ビキニの水着もけっこう似合ってるじゃん」
その紫の言葉を聞いて、玲花は得意げに胸を張った。
「そりゃあたしと一緒に選んだ水着やもん」
その一方で、潮音と一緒に買った、ドットの模様の入った水着を身にまとった玲花にちらりと目を向けた。その水着は、玲花のスタイルの良さや、素肌のつややかさをより強調しているように見えた。
潮音は去年まで、玲花とは水泳部で一緒に練習していたにも関わらず、ビキニの水着を着た玲花とこのような形で一緒にプールに遊びに行くことになるとは、去年までの自分が聞いたら驚きと気恥ずかしさで全身の血が沸騰しそうになるのではないかと思っていた。そしてそれと同時に、もし自分が女になっていなければこのようなことは絶対になかったに違いないと思うと、あらためて自らを見舞った運命の不思議さを噛みしめていた。
そこで潮音が紫に目を向けると、紫はピンクを基調にしたかわいらしい感じのするビキニの水着を身につけて、バレエで鍛え上げた抜群のプロポーションを惜しげもなくあらわにしていた。潮音はその姿に思わず目を奪われていたが、紫はそのような潮音の手を引いて更衣室を後にしシャワー室に向かった。
潮音たちがシャワーを浴びてプールサイドに出ると、夏休みも終りとあって辺り一面家族連れをはじめとする多くの客でにぎわっていた。さっそく玲花は潮音と紫の手を引いてウォータースライダーに向かったが、潮音と紫もすっかり元気な玲花のペースに乗せられていた。潮音は水しぶきを立てながら、屈託のない笑顔で水と戯れている玲花の姿を見ながらふと、水泳部のマネージャーとしてプールでハードなトレーニングを積む選手たちを目の当りにしてきた玲花にとって、そのようなプレッシャーから解放されて純粋にプールで遊ぶことができるのが楽しいのだろうかと感じていた。
しかし玲花と紫は、プールを訪れた若い男性たちの注目の的になっていた。潮音はそれを見ながら、そりゃ玲花や紫なら若い男たちは引きつけられて当り前だと思うと同時に、自分も少し前までは玲花や紫に熱い視線を向ける側だったと思うと、どこか居心地の悪いものを感じずにはいられなかった。
ひとしきりプールで遊んだ後で、潮音たちはプールサイドに腰かけて、アイスや飲み物を口にしながら休憩を取ることにした。潮音は玲花と紫に挟まれると、やはり心臓の高鳴りを覚えずにはいられなかった。そのような潮音の様子を見て、玲花が悪戯っぽく声をかけた。
「潮音…やっぱりこうやって女の子と一緒にプールに行くのは緊張するん? 自分かてビキニの水着着とるのに」
潮音はいつしか玲花までもが自分のことを「潮音」と呼ぶようになったことに対して、いささか気後れを感じずにはいられなかった。
「あの…尾上さんはどうして『潮音』って下の名前で呼ぶの」
「潮音はアッコとは前から下の名前で呼び合ってたやん。これからはあたしのことも『玲花』って呼んでええよ」
そこで潮音は気を取り直すと、玲花に声をかけてみた。
「高校総体はどうだったの?」
「いやー、ええとこまで行ったんやけどな。やはり全国はレベル高いわ。うちらなんかまだまだや。あたしはその間マネージャーとして、選手のケアやら記録の整理やらで大忙しやわ。せっかく北海道まで行ったのに、景色見たりおいしいもの食べたりする余裕なんかなかったし」
そう言って玲花は大きく伸びをした。潮音はそこで玲花に声をかけた。
「今ちょっと悩んでるんだ。椎名はあんなに熱心に水泳に取り組んでいるし、玲花は玲花でちゃんと水泳部のマネージャーをやってるし、紫だってバレエを頑張ってるのに、自分はいったい何やってるんだろうって…」
潮音が顔をすくめてためらい気味に話すのには、玲花と紫が共にやれやれとでも言いたげな顔をした。
「そんなの誰だってみんな思ってることよ。私だってこの夏バレエの合宿に参加して、講師として来たプロのバレリーナはほんとにすごいと思ったもの。私だってちっちゃな頃はバレエが楽しくてほんとにバレリーナになりたいと思ったこともあったけど、こういうの見てると自分はほんとは何がやりたいんだろうって思うんだ」
そこで玲花も相槌を打った。
「その通りやで。潮音は無理に自分と人とを比べたりせえへんで、自分のできることやっていけばええと思うよ。あたしは潮音が去年いきなりあんなことになって、それで潮音がどれだけつらい思いしたかもよう知っとるから。それ考えたら、あんたが今こうやってちゃんと学校行って、こうやってあたしや紫と一緒にいることができるだけでも、十分えらいと思うよ」
その玲花の言葉には、潮音は戸惑いの色を浮べた。
「そんなもんかな。…でもこうしてみると、男だったときにもこうやって玲花と一緒にプールに行きたかったな。玲花は椎名のことばかり見てたから気づかなかったかもしれないけど」
「もしかしてそれが今、こんな形でかなって嬉しいとか思っとるんやないの?」
「…そうかもしれない。暁子はよく言ってるけどね。オレは女の子になってからの方が、積極的に行動したり、自分の思ったことをはっきり言ったりできるようになったって」
「アッコの気持ちかてわかるよ。あんたは中学の頃はクラスの中でもそんな目立つ感じやなかったのに」
「でもオレは、こんな風にして玲花と付き合ってることにちょっと後ろめたさも感じてるんだ。男の子だった頃は玲花に声すらかけられなかったオレが、こんな風にして玲花とつきあっていいのかなって…」
そこで紫が、じれったそうに潮音に声をかけた。
「だからそうやって、クヨクヨするのよしてよ。潮音だって勉強もバレエも水泳もみんな頑張ってるじゃない。だからもう少ししたら、もういっぺんプールでひと泳ぎしてから帰らない? パーッと遊んでそんなことなんか忘れちゃいなよ」
そこで潮音は、夏の終りの青く澄んだ空を見上げた。夏もいよいよ終りに近づくにつれて、空の青さはますます深みを増してくるように見えた。それと同時に、潮音は残暑の中にも、日の光の加減やかすかに聞こえてくるセミの鳴き声から、夏も終り秋がすぐそばまで来ているのを感じていた。
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