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第四部
第八章・明日への道(その5)
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潮音が愛里紗と一緒に自宅に戻ると、則子と綾乃も驚いた顔をした。潮音は愛里紗を自宅に上げると、則子と綾乃に全ての事情を打ち明けて、一晩愛里紗を泊めてやってほしいと頼み込んだ。
しかし則子は、潮音の申し出に難色を示していた。自宅から飛び出してきたよその家の子をいきなり家に泊めることには、やはり抵抗があるようだった。則子は当惑した様子を浮べながら、すぐに愛里紗から自宅の電話番号を聞き出して、愛里紗の自宅に電話をかけた。
則子の通話には、すぐに愛里紗の母親の公江が応答したようだったが、則子はまず愛里紗は家にいるから安心するようにと言って公江を落ち着かせようとした。公江が愛里紗の行動にうろたえて動揺している様子は、則子との電話を通しての会話からも伝わってくるようだった。そして則子は愛里紗にスマホを手渡すと、電話を代わって公江と話すように言った。
しかし愛里紗が則子から電話を代わるとすぐに、公江は愛里紗を怒鳴りつけた。
「愛里紗、いったい何やってるの。よその家の子にまで迷惑かけて」
その公江の言葉は、愛里紗の態度をさらに硬化させたようだった。愛里紗はスマホを握ったまま声を荒げた。
「私だってこのところずっと勉強してきたのに、お母さんは点数でしか私のことを見ようとしないのだから。さっきも勉強サボって遊んでたんだろうとか疑ったりして」
その愛里紗の言葉は、公江をより当惑させていた。公江はおろおろした口調で愛里紗に話しかけた。
「愛里紗…あなたは今までずっと、お母さんの言う通りによく勉強するいい子だったじゃない。それがどうして今日になってこんなことをしたの」
「…私はお母さんが苦労して私を松風に入れてくれたことを知ってるから、その期待に応えなきゃいけないと思ってずっと頑張ってきたのに…」
スマホを握ったまま愛里紗は、両目から涙を溢れさせて涙声で話していた。それに対して公江はさらに怒気を強めて言った。
「愛里紗、あんたはこんなに人に迷惑かけてごめんなさいの一言も言えないの。私はあんたをそんな子に育てた覚えはありません。どこでも勝手に出て行きなさい」
そう言うなり公江は涙で声を詰まらせながら、電話を切ってしまった。
電話が切れるなり、愛里紗はそのまま泣き崩れてしまった。潮音は先ほどまで、愛里紗が公江と電話で話す様子を固唾を飲みながら見守っていたが、そのような愛里紗の姿を前にすると、愛里紗をただそばに寄り添って慰めるしかなかった。ようやく愛里紗が泣き止んで落ち着きを取り戻すと、則子も困り果てたような顔をしてその場にいたみんなに話しかけた。
「こうなったらもうどうしようもないわね。なんとかして一晩ゆっくり過ごさせて、お互いの気持ちが落ち着くのを待つしかないわ。でもうちだって、あなたのことを何日も泊めてあげられないからね。早くお母さんとちゃんと話し合って仲直りしなさいよ」
「…すいません。どうもありがとうございます」
愛里紗は申し訳なさそうな顔をしながら、則子にお礼を言った。そこで潮音は愛里紗に声をかけた。
「榎並さんは私の部屋で寝ればいいよ。布団と寝間着くらいは出してあげるから」
その潮音の言葉を聞いて、綾乃は呆れ顔になった。
「潮音もあまり調子に乗るんじゃないの。これはお泊り会じゃないのよ」
潮音は愛里紗が家に泊まることになって嬉しい気持ちが少しあっただけに、綾乃にぴしゃりと言われてしゅんとしてしまった。
潮音が愛里紗を自身の部屋に通そうとしても、愛里紗は寡黙なまま、遠慮気味な表情を崩そうとしなかった。潮音は固く閉ざされたままの愛里紗の気持ちを解きほぐすのは並大抵のことではないと思わずにはいられなかったが、そこで潮音は自分が紫の家に出かけたときのよそ行きのワンピースを着たままだということに気づいた。ラフな普段着のままで家を飛び出してきた愛里紗と、潮音の装いがアンバランスなことははた目にも明らかだった。
そこで潮音はつとめて明るく振舞おうとしながら愛里紗に言った。
「今日は紫と会うためにわざわざこんなかっこしてきたけど、似合ってないよね。すぐに着替えてくるよ」
しかし愛里紗は、そこでぼそりと口を開いた。
「自分で『似合わない』とか言うのなら、どうして藤坂さんがそんな服持ってるのよ」
潮音は恥ずかしそうに答えた。
「いや、うちの母さんが私にもちゃんとした服買ってあげないとって言うから…。私だって普段着てる私服はラフなものばかりだよ」
その言葉を聞いて、愛里紗はますます顔を曇らせた。そこで潮音は、愛里紗は母親からこのようにして立派な服を買ってもらった経験などないのかもしれないと気づいて、しまったとでも言わんばかりの顔をした。
そこで綾乃が、とっさに助け舟を出した。
「こうなったら逆に、榎並さんの方こそ服を着替えてみたら? おしゃれに着替えてみたら少しは気も紛れるかもしれないよ。私がちょっと服持って来てあげるから」
そして綾乃は、戸惑ったままの愛里紗を自分の部屋に連れ込んだ。潮音は自分自身もさんざん綾乃の着せ替え人形にされた経験があるだけに、愛里紗までもが同じ目にあわされるかと思うと、やれやれとため息をつかずにはいられなかった。
しばらくして愛里紗が綾乃のコーデした服を着て現れると、潮音は愛里紗もこうして服をおしゃれに着替えてみるとなかなかの美少女なのにと思った。愛里紗はただただ気恥ずかしそうにしていたが、そこで潮音は思わず言葉を漏らしていた。
「榎並さんって、そういう風にしておしゃれしたらかわいいのに」
しかしそこで愛里紗はむっとした顔で言った。
「よしてよ…私は今までこうやっておしゃれに気を使う余裕なんかなかったのに」
潮音は愛里紗が落ち着かない態度を取っているのに、もどかしさを感じずにはいられなかった。そこで潮音は、その場で愛里紗をたしなめた。
「榎並さんってこれまでいろいろつらい目にだってあったし、大変な思いだってしたかもしれないけど、後ろを振り返ってそういうことにばかりとらわれるのはよせよ。榎並さんだってもっと幸せになっていいんだから。みんなが楽しいことしてるんだったら、それに混じってみればいいじゃん。誰も榎並さんのことを遠ざけたりなんかしないよ」
潮音が強い口調で言うのを聞いて、思わず愛里紗も口から言葉を漏らしていた。
「藤坂さんがそのようなことを言えるのは、やっぱりあのような経験があったからなの」
そこで潮音は、自分が愛里紗の家を訪れたとき、自分が中学生のときまでは男の子だったことを明かしたことを思い出していた。
「そんなの関係ないだろ。男だろうと女だろうと、自分の与えられた環境でベストを尽くす、それだけだよ。そこで楽しいことがあれば楽しいと言って笑えばいいし、いやなことやつらいことがあれば周りにはっきりそう言えばいい。それだけでも周りの人は心を開いてくれるはずだよ。榎並さんは紫がお嬢様だからといって変に遠ざけているみたいだけど、紫はそんな子じゃないってば」
「…藤坂さんって強いんだね。峰山さんともあんなに仲良くなっちゃうんだから」
「何度も言わせるなよ。私は男とか女とか関係なく、自分のやりたいようにやってるだけだって。私に言わせりゃ、この学校で目標決めてちゃんと勉強やってきた榎並さんの方がずっとえらいよ」
そこで先ほどから、潮音と愛里紗の話をそばで聞いていた綾乃が口をはさんだ。
「それぞれの人が自分の置かれた環境の中でベストを尽くすのに、どっちの方がよりえらいとかそんな優劣なんかないでしょ」
その綾乃の言葉には、潮音と愛里紗の両方が納得したようだった。
しかし則子は、潮音の申し出に難色を示していた。自宅から飛び出してきたよその家の子をいきなり家に泊めることには、やはり抵抗があるようだった。則子は当惑した様子を浮べながら、すぐに愛里紗から自宅の電話番号を聞き出して、愛里紗の自宅に電話をかけた。
則子の通話には、すぐに愛里紗の母親の公江が応答したようだったが、則子はまず愛里紗は家にいるから安心するようにと言って公江を落ち着かせようとした。公江が愛里紗の行動にうろたえて動揺している様子は、則子との電話を通しての会話からも伝わってくるようだった。そして則子は愛里紗にスマホを手渡すと、電話を代わって公江と話すように言った。
しかし愛里紗が則子から電話を代わるとすぐに、公江は愛里紗を怒鳴りつけた。
「愛里紗、いったい何やってるの。よその家の子にまで迷惑かけて」
その公江の言葉は、愛里紗の態度をさらに硬化させたようだった。愛里紗はスマホを握ったまま声を荒げた。
「私だってこのところずっと勉強してきたのに、お母さんは点数でしか私のことを見ようとしないのだから。さっきも勉強サボって遊んでたんだろうとか疑ったりして」
その愛里紗の言葉は、公江をより当惑させていた。公江はおろおろした口調で愛里紗に話しかけた。
「愛里紗…あなたは今までずっと、お母さんの言う通りによく勉強するいい子だったじゃない。それがどうして今日になってこんなことをしたの」
「…私はお母さんが苦労して私を松風に入れてくれたことを知ってるから、その期待に応えなきゃいけないと思ってずっと頑張ってきたのに…」
スマホを握ったまま愛里紗は、両目から涙を溢れさせて涙声で話していた。それに対して公江はさらに怒気を強めて言った。
「愛里紗、あんたはこんなに人に迷惑かけてごめんなさいの一言も言えないの。私はあんたをそんな子に育てた覚えはありません。どこでも勝手に出て行きなさい」
そう言うなり公江は涙で声を詰まらせながら、電話を切ってしまった。
電話が切れるなり、愛里紗はそのまま泣き崩れてしまった。潮音は先ほどまで、愛里紗が公江と電話で話す様子を固唾を飲みながら見守っていたが、そのような愛里紗の姿を前にすると、愛里紗をただそばに寄り添って慰めるしかなかった。ようやく愛里紗が泣き止んで落ち着きを取り戻すと、則子も困り果てたような顔をしてその場にいたみんなに話しかけた。
「こうなったらもうどうしようもないわね。なんとかして一晩ゆっくり過ごさせて、お互いの気持ちが落ち着くのを待つしかないわ。でもうちだって、あなたのことを何日も泊めてあげられないからね。早くお母さんとちゃんと話し合って仲直りしなさいよ」
「…すいません。どうもありがとうございます」
愛里紗は申し訳なさそうな顔をしながら、則子にお礼を言った。そこで潮音は愛里紗に声をかけた。
「榎並さんは私の部屋で寝ればいいよ。布団と寝間着くらいは出してあげるから」
その潮音の言葉を聞いて、綾乃は呆れ顔になった。
「潮音もあまり調子に乗るんじゃないの。これはお泊り会じゃないのよ」
潮音は愛里紗が家に泊まることになって嬉しい気持ちが少しあっただけに、綾乃にぴしゃりと言われてしゅんとしてしまった。
潮音が愛里紗を自身の部屋に通そうとしても、愛里紗は寡黙なまま、遠慮気味な表情を崩そうとしなかった。潮音は固く閉ざされたままの愛里紗の気持ちを解きほぐすのは並大抵のことではないと思わずにはいられなかったが、そこで潮音は自分が紫の家に出かけたときのよそ行きのワンピースを着たままだということに気づいた。ラフな普段着のままで家を飛び出してきた愛里紗と、潮音の装いがアンバランスなことははた目にも明らかだった。
そこで潮音はつとめて明るく振舞おうとしながら愛里紗に言った。
「今日は紫と会うためにわざわざこんなかっこしてきたけど、似合ってないよね。すぐに着替えてくるよ」
しかし愛里紗は、そこでぼそりと口を開いた。
「自分で『似合わない』とか言うのなら、どうして藤坂さんがそんな服持ってるのよ」
潮音は恥ずかしそうに答えた。
「いや、うちの母さんが私にもちゃんとした服買ってあげないとって言うから…。私だって普段着てる私服はラフなものばかりだよ」
その言葉を聞いて、愛里紗はますます顔を曇らせた。そこで潮音は、愛里紗は母親からこのようにして立派な服を買ってもらった経験などないのかもしれないと気づいて、しまったとでも言わんばかりの顔をした。
そこで綾乃が、とっさに助け舟を出した。
「こうなったら逆に、榎並さんの方こそ服を着替えてみたら? おしゃれに着替えてみたら少しは気も紛れるかもしれないよ。私がちょっと服持って来てあげるから」
そして綾乃は、戸惑ったままの愛里紗を自分の部屋に連れ込んだ。潮音は自分自身もさんざん綾乃の着せ替え人形にされた経験があるだけに、愛里紗までもが同じ目にあわされるかと思うと、やれやれとため息をつかずにはいられなかった。
しばらくして愛里紗が綾乃のコーデした服を着て現れると、潮音は愛里紗もこうして服をおしゃれに着替えてみるとなかなかの美少女なのにと思った。愛里紗はただただ気恥ずかしそうにしていたが、そこで潮音は思わず言葉を漏らしていた。
「榎並さんって、そういう風にしておしゃれしたらかわいいのに」
しかしそこで愛里紗はむっとした顔で言った。
「よしてよ…私は今までこうやっておしゃれに気を使う余裕なんかなかったのに」
潮音は愛里紗が落ち着かない態度を取っているのに、もどかしさを感じずにはいられなかった。そこで潮音は、その場で愛里紗をたしなめた。
「榎並さんってこれまでいろいろつらい目にだってあったし、大変な思いだってしたかもしれないけど、後ろを振り返ってそういうことにばかりとらわれるのはよせよ。榎並さんだってもっと幸せになっていいんだから。みんなが楽しいことしてるんだったら、それに混じってみればいいじゃん。誰も榎並さんのことを遠ざけたりなんかしないよ」
潮音が強い口調で言うのを聞いて、思わず愛里紗も口から言葉を漏らしていた。
「藤坂さんがそのようなことを言えるのは、やっぱりあのような経験があったからなの」
そこで潮音は、自分が愛里紗の家を訪れたとき、自分が中学生のときまでは男の子だったことを明かしたことを思い出していた。
「そんなの関係ないだろ。男だろうと女だろうと、自分の与えられた環境でベストを尽くす、それだけだよ。そこで楽しいことがあれば楽しいと言って笑えばいいし、いやなことやつらいことがあれば周りにはっきりそう言えばいい。それだけでも周りの人は心を開いてくれるはずだよ。榎並さんは紫がお嬢様だからといって変に遠ざけているみたいだけど、紫はそんな子じゃないってば」
「…藤坂さんって強いんだね。峰山さんともあんなに仲良くなっちゃうんだから」
「何度も言わせるなよ。私は男とか女とか関係なく、自分のやりたいようにやってるだけだって。私に言わせりゃ、この学校で目標決めてちゃんと勉強やってきた榎並さんの方がずっとえらいよ」
そこで先ほどから、潮音と愛里紗の話をそばで聞いていた綾乃が口をはさんだ。
「それぞれの人が自分の置かれた環境の中でベストを尽くすのに、どっちの方がよりえらいとかそんな優劣なんかないでしょ」
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