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我々の旅はまだ続く

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 光の乱舞が収まり、視界が戻っていく。

「ぉ……ァ、ア……!」

 私の体に埋まっていたあの鋭い骨の先端も、まるで溶け消えたかのように跡形もなくなっていて……
 代わりに、白い法衣を真っ赤に染めていく私の血潮!

「ガハッ……」

 抑えがなくなった結果、私はそのまま倒れていった。

***

 柔らかな感触を頭の後ろに感じる。
 ぬくもりが額に、頬にと触れていく。
 ふわふわ、ふかふかの毛布に包まれたような安心感。
 春の陽だまりのような温かみ。

 目を開くと、そこは淡く優しい光に満ちて、一面鮮やかな花畑だった。

 はて、ここはいったい?

 ずいぶんと牧歌的で心地の良い場所だ。

 周りを見渡してみたが、しかし私以外には誰も居ないらしい。

「なんだ……もったいない。せっかくこんな綺麗なところ……勇者やマレフィアやベルラも」

 そうこぼしたところで、ハッとした。

 思い出した。
 私はいま、魔王を倒す旅の途中。
 気高く心優しい勇者と、高慢だが優秀な魔導師と、単純だがひたむきで素直な戦士と。

 勇者……

 私の記憶がやや混乱する。

 控えめながらも凛々しく逞しい青年。
 それは仮の姿……

 本当の、勇者は……

 再び動揺した。

 良いのか?
 本当に?
 うまくやっていけるのか?

 微かな不安が私のうちに渦巻いた。

 これまで男女比二対二だと思えばこそ強気にいられたところもあったのだ。
 しかし……違った!
 実は一対三だ! 圧倒的に分が悪い!

 煩悶! 苦悩! だがしかし。そんなこと言えるわけがない。おくびにも出すわけにいかない。
 私は言ったのだ。

 男でも女でも。
 勇者は。私の理想の勇者は。
 フォルト。
 
「そうだ……私はこんなところでひとりでなにをしている? 皆はどこだ……いったい」

 どこに居る?
 そもそもここはどこだ。
 確か、不死王を倒す為にかの屋敷に突入して、それで……

 それで……

「まさか……死――」

 ゾッ、とした。

 その時。
 不意に。
 私の手を掴んだもの。
 柔らかく、温かな……

「こっち……」

 手と。

 優しい声。
 流れる、黒く艶やかな、長い髪。
 ちらりとこちらに向けられたその瞳は、澄んだ紫水晶のように煌めく。

「あ……」

 その手に引かれ、走り……

***

「レリジオさん……!」

 私を覗き込む、紫色。
 長い睫毛に翳りそれは心配そうだった。
 私がうっすらと目を開けたのを見てか、ホッとしたように微笑む顔。

「ゆ、勇者……?」
「はい。そうですよ。あなたの、勇者です」

 困ったような、呆れたような顔。
 艶のある黒い髪は、しかし、短く切り揃えられていて。
 その風貌は、少年のようでもある。

「ずっと青白い顔で、どんどん冷たくなるから……心配しました。良かった……無事で」

 勇者の手が、私の頬に触れていた。
 私は。あれ。いや。待て。いまどういう状態だ!?
 にわかに戻って来る理性が、急激に思考力と状況の判断力を回復させる。

 私は。
 まさか!
 よもや!

「レリジオさん……?」
「お、ぁ……嗚呼……! 神よッ」

 猛然と身を起こし飛びすさり、跪いて祈りを捧げた。
 頭の後ろに微かに残る感触!
 柔らかな! あれは!
 膝枕! 罪ありき!

「ゆゆゆ勇者よ……!? な、な、なん……ッ!?」
「起きて早々うるさい男ね……」
「白のっぽ、いきかえったか」
「は……!?」

 呆れたような声と、無感動な声。
 視線を巡らせれば、そこにはマレフィアもベルラも、居た。
 居た、のだ。

「……ぁ、あれ、ふ、不死王は!?」

 いまどういう状況なんだ!?
 私は再び、混沌の中に追い落とされる気分だった。

***

 不死王は、消えた。
 勇者の放った光の剣に貫かれ、消し飛んだのだという。
 跡形もなく。
 その直後、私は大量出血の果てに倒れた。
 あの花畑は神々の国への通り道だったのかもしれない。
 マレフィアの回復の魔法に治癒され、どうにか一命は取り留めたのだ。

 不死王の最期は、想像していたそれよりも格段に呆気なく、そのせいかいまいち実感には欠けた。
 しかし、私のみならず勇者もマレフィアもベルラも、不死王との戦いで喰らったダメージは思いのほか大きく深く、すぐに旅を再開というわけにもいかなかった。

 レシスティアが用意してくれた寝床と、治癒師と薬による治療を受けながらもなお三日ほどは安静を余儀なくされたのだった。

「よう、神官さま。だいぶ顔色もよくなったじゃないか。ほら、これ」

 私の世話になっている部屋にカネンスキーが顔を出し、ベッドサイドにぽんと置いたのは、なんと神官の正規の法衣そのものだった。

「な……なぜ貴様がそれを……!?」
「へっへ。細かいこた言いっこなしだって、神官さま。元のは血塗れボロボロになっちまったんだろ。寸法もなんとか足りそうだ、使ってくれよ」

 カネンスキーは多くを語らず笑って誤魔化し、さらに片目を瞑ってまでみせた。
 しゃらくさい!

 どういう方法で手に入れたものか、やはりどうにも胡散臭い男ではあった。
だがカネンスキーが用意してくれた法衣については確かに有り難くもあった。
 新しい法衣を求めるには、わざわざ大聖堂や神殿に赴かなければならないからだ。

「姫さまも、アンタらには感謝してる。不死王にぐちゃぐちゃにされたこの街の立て直しや、どさくさで逃げた眷属連中をどうするかで……まだ混乱してるけどな」

 レシスティアは、この地の本来の領主の娘だったらしい。
 ほかの家族は皆亡くし、多くの仲間も失って、さぞかし辛く大変な日々だったことだろう。
 だが、彼女ならこの先きっと上手くやれるだろうという気もする。
 思えば。

「案外、多いものだな……女傑……」
「ふへっ……なんだいそりゃあ!」

 カネンスキーが噴き出した。
 私の脳裏にはマレフィアが、ベルラが、レシスティアがよぎっていく。
 そして、勇者が。


 カネンスキーの持ってきた法衣に袖を通し、私は身も心も引き締めるつもりで深呼吸をした。


 神よ。
 私の元にかの勇敢なる者を遣わしくださり、まことにありがとうございます。
 フォルトこそは、私の命を賭けるに値する完璧なる勇者です。
 ですが。どうか。
 今後命を賭ける必要がないよう、より強いご加護を賜らんことを!!

 祈った。
 心から。

 そして。


「レリジオさん!」

 勇者が私を迎えて微笑む。

「白のっぽおそい!」

 ベルラが逸る気持ちを隠さず文句を言う。

「さて、次の目的地はどこになるやら。ねぇ、ちょっと行き当たりばったりすぎない?」

 マレフィアがやや呆れたように言う。

 勇者は。

「でも、レリジオさんが、勇者の旅は神のお導きによって必ずや正しい方向に向かうから……って」
 
 素直すぎだ!

 マレフィアの冷たい視線が私に突き刺さる。
 私の背筋をつぅと冷たい汗が流れ落ちた。

 しかし。
 だが!
 私は堂々と胸を張る!

「そうだとも。神が、行くべき道をお示しくださる! 信じよ! さぁ、行こうではないか!」

 押し切る強さが必要なのだ。
 こういう時は!

 我々の旅は、まだ続く――!
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