3 / 33
不埒な夢想#
しおりを挟む夜も更けてなお、ランドリューの部屋の灯りは消えてはいなかった。
男は羽根ペンにインクをたっぷりとつけると、ガリガリと一心不乱に紙に書き綴る。
それは、つい先程クローディアと言葉を交わしながら見ていた白日夢。
クローディアが語った、晴れた青空のように澄んだ青い瞳の青年と若い妻との許されざる情事の一部始終。
「うぅ、クローディア……クローディアっ……私は……私はッ……!」
ランドリューは頭を抱え、ギシギシと歯を噛み鳴らし、血走った目を剥いて荒い呼吸を繰り返す。
ーー
クローディアの艶めく桃色の唇がうっすらと開かれて、そこから漏れる官能の声。
細い腰、白い肌、柔らかく大きな乳房、引き締まった尻。
なにもかもが男を惑わし、狂わせる。
深く深く、見つめられるとそのまま引き込まれてしまいそうな黒い瞳に、心は囚われる。
何度も抱いて、抱くほどに感慨を深め、美しい妻を娶らせてくれたことを神に深く感謝した。
それが。
「クローディア……クローディア……!」
なぜか。
妻が他の男に抱かれるところを夢想しながら、大きく屹立した己を一心不乱に扱き、その苦しさと痛ましさとに息の詰まる想いを抱きながら。
「嗚呼ッ……!」
手の中に白を飛ばし、果てた。
「……なにを、しているのだ。私は」
呆然と呟いて。
男は、ひとり寝台に横になり眠った。
ーー
翌朝、清々しさとは対極の目覚めでランドリューは身を起こした。
寝たはずなのに寝た気がしない。
愚かな妄想で妻を穢し、独りで果てた虚しさ。
そうしたものが胸中に蟠り、どんよりと凝って沈澱していくような重さ。
ふらりと寝台を降りて身支度を整え、食堂に降りて。
「おはようございます、貴方」
「な、なぜ君が……! こんな朝早くに!?」
待ち構えてでもいたかのように顔を上げた若き妻クローディアの姿に、ランドリューは大いに狼狽えた。
クローディアは悠々と紅茶を飲んでいる。
執事が持ってきたまだ仄かに温かい新聞を手にしながら、ランドリューは席についた。バサリと新聞を広げてみながら、ちらりと妻の姿を盗み見る。
窓から差し込む朝の光を受けて、絹糸のような漆黒の髪が艶を帯びて輝いていた。桃色の唇に運ばれるカップを見ながら、
(嗚呼、いっそカップになりたい……茶でも良い……あの愛らしい唇に啜られるのなら……)
ランドリューが夢想の心地に至る。
執事が運んできた朝食の皿と注がれる紅茶で、はっと正気を取り戻し。
(莫迦な! いま何を考えていた!? 頭が、どうにかなってしまったようだ……)
一瞬とはいえ訳のわからぬ願望に取り憑かれた己を恥じて目頭を揉む。
「貴方……ランドリュー様。今朝もまだお疲れのご様子。あまり寝られませんでした? 目の下にすごい隈が……」
クローディアが心配した顔でランドリューを見つめた。
その声音にも、黒い瞳にも、純粋に夫を慮る色がある。ひたむきな眼差しに、ランドリューの新聞を握る手に力が篭った。そうしなければカタカタと震えそうだった。
「あ、あぁ、うむ。……少々、考えごとを、な。……そ、それより君はどうしたというのかね。いやに早起きではないか。どこか遠出の予定でも……?」
尋ねながら、ふいに、ランドリューの胸の内にまたあの沸々とした、忌まわしい火が点り出す。
もしや街の方へ出かけるのか。誰かと会うのか。それは男か? そうした疑念とも期待ともわからぬ感情が、むくむくと育っていく。
「貴方! 聞いてる!?」
「は、……ん!? い、いや。なんだったかな……」
「もう。あの夜から少し変よ、どこかお悪いのではない? あ、もしやまた胸が痛いのでは? 心臓の病だったら大変。あの時のお医者様はなんて仰って……?」
あの時。
それは、ふたりの初顔合わせの日のことだ。ランドリューは突然の猛烈な胸の痛みに膝を突いた。それを優しく介抱しながら医者を呼んでくれたのが、クローディアとの婚姻の決め手となった。
しかし、あの時の医師の診察の結果はクローディアにはなんとなく濁したままにしてある。
ランドリューは緩々と首を振った。
「あれは……とにかくなんの心配もいらんのだ。……寝不足と考え事で、いささか、な。それで? もう一度言ってくれないか?」
ランドリューの秘密主義めいた言い分に、クローディアは頬を膨らませ不服そのものという顔をした。たまに見せる妻のこうした幼い表情が、ランドリューの心臓をチクチクと苛むのを彼女は知らないのだ。
「わかりました、ひとまずそちらの心配は横に置いておきますね。それで、街の方の婦人会のサロンに顔を出す約束なの。だから遠出といえば遠出よ。……貴方の本日のご予定は?」
クローディアは言外に、ないなら一緒にどうかと誘いをかけるつもりでいたのだろう。それはランドリューにも察せられた。
「相談に呼ばれているところがあってな。自領ながらいささか遠い。帰りはやはり遅くなるだろう。君も、よければその婦人会の集まりとやらで夕飯まで食べてきても良い。独りでここで食べるのもつまらんだろう」
殊更に口をさしはさむ余地を与えずに言い切って、ランドリューは朝食を終えるやいなや立ち上がった。話はここまで、忙しいのだと全身で表明している。
その様子に、クローディアも察したのだろう、眉を下げ寂しそうに微笑むと小さく頷いた。
「わかりました。あまり根を詰めすぎませんように、貴方」
クローディアは聞き分けの良い妻だった。出て行く夫の姿を見送る顔はどうにも寂しげなままで。しかし、それをランドリューが振り返ることはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
優しい雨が降る夜は
葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン
無自覚にモテる地味子に
余裕もなく翻弄されるイケメン
二人の恋は一筋縄ではいかなくて……
雨降る夜に心に届いた
優しい恋の物語
⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡
風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格
雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる