皆と仲良くしたい美青年の話

ねこりんご

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黒の帳 『一つ目の帳』

変わらない正義感

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この高校の購買は初めて行く。
場所を知らない私をクリミツは案内してくれた。購買は教室がある棟とは別の棟の二階にあるらしく、私はクリミツに連れられてそこへ向かった。

「ここの廊下を真っ直ぐ」
「…何か、あそこ揉めてない?」
「いつものことだろ」
「通れるかなあ」
「どんな騒ぎかだけ見に行かね?通れそうになかったら一階から回ってこー」

廊下の先に、複数人の生徒が見える。あまりよろしくない雰囲気を感じた。これから喧嘩がはじまりそうな、そんな物騒な雰囲気。
この高校ではありがちな風景、それはもう理解したが、火事を見に行く野次馬のように覗きに行くのはどうなんだろうか。

だが、クリミツはそんな私の躊躇いを知らずにさっさと歩いて行ってしまう。置いていかれないように着いていくと、聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえた。

「先輩が嫌がってるだろ!三年だか元カレだか何だか知らねーけどよ、無理やり連れて行くなんて有り得ねぇ。先輩の腕離せ、早く」

少し高めの凛々しい声。正義感の強さを窺わせる言葉。
酷く憤りを表しているその生徒は、龍牙だった。

「うるせぇなァ…、合意だ合意。なあ真央、合意だろ?」
「……ゃ、…あ、ち、ちが、ちが…っ…」
「合意だよなァ?」
「脅すな!!!」

そして龍牙の向かいに居るのは、かなりの大男だ。身につけている制服で彼が生徒であることが分かるが、街中で出くわしたら大体の人が成人男性だと思うだろう。

…ん?
あれ、渡来さんじゃないか?

私たちは野次馬の中に紛れているため、その光景が少ししか見えない。龍牙は美しい金色の長髪の上、声も聞きなれているから間違えようがない。

まさか龍牙は、渡来さんを止めようとしている?

よく見えなくて、人の間からひょこひょこ頭を出していると、急に脇に手を突っ込まれた。

「ぅあ!?」
「ほら、これで見えるだろ」

驚きのあまり声を出してしまう。
何人かに振り向かれた、恥ずかしい。
クリミツに抱っこされている、恥ずかしい。

だが抱き上げられたおかげで視界が幾分か高くなり、龍牙と渡来さんの様子がよく見えるようになった。
龍牙と、あれは確かに渡来さんだ。それと、渡来さんは誰かの腕を掴んでいる。その誰か、その人は見覚えがあった。

「……あれは…」
「一昨日の先輩じゃん。何で渡来に絡まれてんだろうな」

氷川さんの周りにいた内の一人だ。
紅陵さんと仲良くしようとする私が気に入らず、詰め寄ってきた時の人達の、一人。

しかしあの時の強気な様子とは打って変わり、酷く怯え、かすかに体を震わせ、今にも倒れてしまいそうなその様子は、か弱さを感じさせる。

彼がそこまで恐怖する原因は、きっと、彼の腕を掴む渡来さんなのだろう。そして先程の会話と彼の優れた容姿からして、無理やり手篭めにされそうになったのではないだろうか。そこを龍牙が見かけて、声をかけた。きっとそうだろう。

「その格好、遊園地のお父さんと子供みたいだね」
「分かる」
「地味男のくせにマスコット感すげぇな」
「へっ?」

かけられた声に首だけで振り向くと、そこには一昨日の人達が居た。私にあまりいい感情を持っていない人達だ。紅陵さんのことが好きすぎるあまり、親衛隊のようになっている二年生。

でも彼らはどうして野次馬の中にしれっといるのだろう。今渡来さんに捕らわれている彼は友人ではないのだろうか。

その疑問が分かったのか、リーダーらしい二年生が、ふんと鼻で笑って話し始めた。

「アイツね、最近まで渡来と付き合ってたんだけど、別れたんだ。ざまあみろって感じ。僕アイツ大っ嫌いなんだ」
「DVされるからフッてやったとかほざいてたけど、見ろよあのザマ。零王くんに楯突いた罰だと思えよな」
「ねね、あの金髪…君らの友達っしょ?あんなバカなこと止めさせなよ。あんなゴミの為に渡来なんかとやり合うことなんかないって」

中々の言い様だ。彼はこの人たちに相当嫌われているらしい。

でも、彼らの言うことは聞かないでおこう。

困っている人が居たら、許される範囲で首を突っ込んで、出来る範囲で助けたい。龍牙だってそうだ、だから今あんなに毅然とした態度で、皆から恐れられる渡来さんに抗議している。

ところで、クリミツは何故大人しいのだろうか。あのままでは龍牙が危険な目に遭いそうだが、クリミツは何処吹く風といった様子で気にしていない。

「…クリミツ、大人しいね」
「番長が言ったろ?渡来は一年に手が出せねぇ。だから大丈夫だ」
「何でそんなに氷川さんを信用出来るの?」
「………ぇ…あー、……ゲームが馬鹿強いから」

述べられた理由に思わず苦笑いしそうになった。

だが、答えるまでの間はなんだったんだろう。何か言おうとして、止めたような、そんな間。それを問い詰めようとした途端、目を離していた二人に何か起きたらしく、周りからどよめきが起こる。

何だろうとクリミツと一緒に振り返ると、

とんでもない光景が目に入った。

「ん、んん、離せッ…何だよ…!」

いつの間にか真央と呼ばれていた二年生は居なくなっている。だがそれは今の光景に比べれば些細なことだ。

簡単に言うなら、渡来さんが龍牙を押さえつけている。だが、その体勢が問題だ。

龍牙の顔を両手でがっちりと掴み、顔を覗き込んでいる。その表情は下卑たいやらしいもので、龍牙にどんな感情を抱いているかは一目瞭然だった。だが龍牙はよく分かっていなかったようで、バタバタと暴れていた。

こういうことに聡くなってしまった自分は嫌だ。色々な経験のせいで、自然と聡くなってしまったから。

いや、今はそんな余所事考えている場合じゃない。

「…中々、イイ顔だな」
「離せっつってんだろっ!!」
「よし、真央の次はお前に決めた。…その強がりいつまで持つんだろうな、あ?」
「…………ん?どういう意味だ?」

…聞いちゃダメ。聞かないで。

龍牙はそういうことを知らないで欲しい。自分が性の対象として見られたと気づいた時、どんなにショックを受けるだろうか。龍牙はイジメや一方的な暴力を嫌うが、それ以上に交際の無理強いや強姦を嫌っている。そういったものが、自分に向けられたと知った時、憤るならまだいい。でも、酷く落ち込んでしまうかもしれない。
そうなった時、自身や周囲に向けてしまう嫌悪は、私が一番知っているものだ。誰も悪くないのに、仕方ないことなのに、周りを遠ざけたくなる、あの感覚。

龍牙には絶対味わって欲しくない。
綺麗なままでいて欲しい。


冷や汗が背を伝った時、私を抱き上げていた腕が勢いよく動いた。
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