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黒の帳 『一つ目の帳』
誰かの代わり 〔金曜日Ⅱ〕
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「おはよう!天野君、龍牙」
「はよ」
「おっはー」
翌朝、いつものようにマンションを出ると、天野君と龍牙が待っていてくれた。
「あの待ち合わせのところで待ってくれたらいいのに…」
「その間に何か起きそうだ」
「それな。それに、こっちの方がちょっと学校に近いだろ?」
「まあ、それはそっか。…ねえ、クリミツは?」
「アイツ?ダルいから学校サボるって」
…今、安心してしまった。
そんな自分が、恥ずかしい。クリミツは、友達なのに。大事な幼馴染みなのに。
少し俯くと、龍牙にばしんと背を叩かれた。
「気にすんな。会いたくない時ってあるからさ」
「片桐の言う通りだ。鈴が無理する必要は無ぇ」
「……甘やかさないで」
「「甘やかしてない」」
声の揃った二人が面白くて笑うと、二人も笑ってくれた。
…居心地いいな。
クリミツと龍牙より、天野君と龍牙の方が、楽しいなあ。
本来、友達と居ることは楽しいことだ。
楽しめないクリミツとは、もうお別れなのかもと、一瞬思った。でも、ダメだ。幼馴染みで、私のことをよく知っていて、家族みたいに仲が良いのだから、クリミツとの仲はいずれ修復しなければならない。
私がそう心に決めた時、またしても背中を誰かに叩かれた。
「おっはよークロちゃんっ♡」
「あっ!紅陵さん、おはようございます」
「クロちゃんに合わせて早起きしちった!俺もご一緒させて~」
私の肩を抱き、上機嫌に話しかけてきたのは紅陵さんだった。
……ああ、もう一個問題があるんだった。
紅陵さんに、本当のことを言えていない。
紅陵さんが、好きだけど、こんなの許されない。
「天野君、龍牙、いい?」
「二人の許可は要らないからな。鈴ちゃんさえオッケーしてくれたらいーの」
「断っても来るんだったら関係ないだろ」
「鈴に触らないでくださーい」
「…一緒に行きましょう!」
許されない、のに。
紅陵さんの隣を、離れたくなくなってしまった。
私って、こんな狡い人間だったんだな。
自己嫌悪に悩まされるが、それは顔に出さない。龍牙に尋ねられたら大変だ。紅陵さんのことが好きだ、とハッキリ話したら、紅陵さんが大嫌いな龍牙の態度はどうなるだろう。いい物でないことだけは、確実だ。
「…クロちゃん」
「はい?」
「今日こそ、一緒に昼飯食べようぜ。出来れば俺が教室まで迎えに行きたいんだけど…」
「ダメだ」
「ぜってー許しませんから」
「ほら、これだろ?だーかーら」
紅陵さんとお昼ご飯。前は楽しさだけだったけれど、今は、罪悪感が上回っている。
嘘つきで狡いこんな私が、傍に居ていいのか。
そう思っていたら、肩を抱かれていてただでさえ近かった距離を、紅陵さんがぐいっと詰めてきた。耳元に口を寄せられ、囁かれる。
「鈴、おいで」
「っ……」
低音で、吐息混じりの声は、ダメだ。
ビリビリと響くその音に驚き、私は顔を真っ赤にして紅陵さんから離れようとした。しかし肩の手がそれを許してくれない。大きくて暖かい手が、しっかり私の肩を掴んでいる。何だかその事実にまで照れてきてしまい、私は必死に抵抗した。
「こ、紅陵さんっ、はなして、はなしてっ……!」
「あっはー、照れた?惚れてくれたかな」
「止めろ」
「俺、クロちゃんに結構惚れてっからね。全力でアピってくから」
「紅陵先輩、いい加減にしてください」
天野君と龍牙が何故か物凄く怒っている。龍牙は分かるけれど、天野君は何で?
二人が紅陵さんの制服を掴んで引っ張るけれど、紅陵さんはびくともしない。身長が2mで、この筋肉量だ。体重は…100kgは優に超えているんじゃないかな。
紅陵さんは制服を引っ張られているのに気づくと、私を抱きしめた。
「やーだー、俺のクロちゃん取らないで」
「取ってんのはそっちでしょーが!」
「離れろ変態野郎…!!」
どうやら、抱え込むように抱きしめられているみたいだ。私の目の前に、赤い髪が一房垂れ下がっているのが見える。紅陵さんは体が大きいから、私の小さな体なんかすっぽり包めてしまうんだろう。
紅陵さんが顔を上げたらしく、赤い髪が視界から消える。
…?
「…紅陵さん?」
「んー?」
「今、舌打ちしました?」
「してないよ~ん」
いや、確かに聞こえた。
かすかだけれど、舌打ちの音。
紅陵さんはしてないと言い張ると、私から離れた。さっきまで離れなかったのに、どういう風の吹き回しだ?
「……ねえ、クロちゃん」
「はい」
「お家の人、厳しいねえ」
「…でも、心配してもらっている証拠ですよ。私は嫌じゃないです。門限が七時なのはちょっと厳しいですけど…」
「えっ、お前まだ門限七時なの!?」
「鈴って一人暮らしじゃねぇの?」
紅陵さんはどうして急に雅弘さんの話を始めたのだろう。訳が分からなかったけれど、返事をした。
龍牙は小学生の時の私を知っているから、余計に驚いている。
天野君に詳しい説明をしていなかったな。天野君…未成年は保護者が居ないと駄目なんだよ?もしかして、私がに誰の力も借りずに一人暮らしをしていると、本気で思っていたのだろうか。
保護者が居ることを伝えると、天野君は顔をしかめた。どうしたんだろう。
「いじめられたり、虐待とか…、ほら、ドラマでそういうのよく見るし…」
「ううん、雅弘さんは優しいよ、大丈夫」
「お前~、ドラマの見すぎだって。そんなのあるわけないだろ?」
「いや、結構あるよ?引き取られた子が施設に泣きながら帰ってきたことあるし…まあ、その子、里親の人に連れ戻されちゃって、その後…」
施設に居た頃を思い出す。
従順そうだから、と何度も引き取られては、泣きながら帰って来ていた、二つ下のユウシ君。従順なのではなく、自分の意志を表明出来ない、内気な子だっただけだ。人と関わることが苦手で、私と話す時も二人きりがいいと言って聞かなかった。
不器用な子だから何人かで支えていたのだけど、それを周りの大人は勘違いしたらしい。
私が小学一年生の時、私に泣きついて、もう大人は嫌だ、鈴ちゃんと結婚する、鈴ちゃんと一緒に家庭を築く、鈴ちゃんは僕のものだ、と言っていたのが思い出される。後半は少しおかしい気がするが、私は施設の子にお兄ちゃん、鈴ちゃん、と慕われていたので、これくらいは普通だ。
あの子は、ちゃんとした大人に引き取ってもらえたかな。
最後に会ったのは今年の一月だ。夏休みと冬休みに会うことにしているけれど、思い出したら会いたくなってきた。ゴールデンウィークに押しかけてしまおうか。
周りを見ると、三人とも渋い顔で私を見ていた。
…ああ、そうだった。
この人たちは、私とは違う。紅陵さんは両親を亡くしているけどお姉さんがいて、天野君は母親が苦手だけど家族がいて、龍牙は、家族と仲良く暮らしている。
身寄りのいる彼らにとって、施設なんて縁が無いだろう。コイツ何で身の上話始めてんのとか思われてそうだ。不幸自慢みたいなこんな話、良くない。
「…ごめん、こんな話嫌だよね」
「んーん、そんなことないぜ!」
「気にすんな。鈴の育ってきたところは、俺だって知りたい」
「その後、どうなったんだ?」
「…里親の人が、委託解除…引き取って育てるのは止めますって届けを出したんです。だから、その子は今も施設に居ると思います。もう大人をすっかり嫌ってしまったんですよ。今は中学二年生なんですけど、今年の一月なんか、
『鈴ちゃん、君との結婚のことなんだけど、結婚式を挙げるとしたら、どの国がいい?僕的にはスウェーデンかイギリスあたりがいいんだけど…』
なーんて聞かれちゃって。可愛いですよね!あの子、大人は苦手なままですけど、私や、同年代の子、年下の子ともすっかり仲良くなれてて、私も嬉しい限り…ん?」
三人がまたしても顔をしかめている。
でも、この顔はさっきの顔とは違う。まるで、渡来さんのことを一切分かっていない龍牙に向ける視線みたいだ。
「…鈴、それって、そいつだけか?その~、結婚とか言ってんのは」
「ううん、皆言ってる。三十人くらいなんだけど、幼稚園の子も小学生の子も、みーんな私と結婚するって」
「す、鈴は、それ…何とも思ってないのか?」
「そんなことないよ!とっても嬉しくて、私、皆とこんなに仲良くなれてるんだって思えるんだ」
皆の兄代わり、親代わりになれることが、とても嬉しかった。私が何か教えたり、一緒に遊んだり、たまに、怒ったり、そういうことをする度に、皆は『家族ってこんな感じ?』と聞いてきた。
私には、分からなかった。
私には、家族なんて居ない。
でも、あんなに暖かい関係は、家族と言ってもいいだろう。あの時は答えられなかったけれど、今なら胸を張って言える。私とあの子たちは、家族だ。
結婚だって、お父さんを好きすぎる娘が、お父さんと結婚するの、と言う心境と似たようなものだろう。だから大して気にしなくていい、寧ろ、その好意を喜ぶべきだ、そう思っているのだけど、この三人は違うらしい。
「いや、クロちゃん、そういうことじゃない。…本気で言ってんじゃないか?その子たち…」
「小さな女の子が、お父さんと結婚するって言ってるみたいなものじゃないです?」
「そうだといいんだがなあ…」
「大丈夫です。私、ちゃんと、結婚は複雑なことだから、きちんと知ってから言いなさいって言いましたよ」
「すっかり母親じゃねぇか」
「……そっか、鈴ってやっぱ優しいんだな」
口元に笑みを浮かべ、天野君がそう呟く。その言葉に、私はどうしようもない嫌悪感を覚えた。この行動が、優しい?そんなわけないだろう。
「止めてよ天野君、そんなのじゃないよ。…皆、私以外にそういう人を知らないだけ。私はそこに付け込んでるだけなんだ。鈴ちゃん大好きって寄ってきてくれるのが嬉しくて、そうしてるだけだから。見返りを求めてるみたいなものだよ。優しいどころか、正反対。私は…自分が幸せになりたいだけ」
そう言うと、天野君だけでなく、三人が悲しそうな顔をした。何でだろう。今のは事実だ。皆と居るのが楽しくて、嬉しくて、だから私も優しくするんだ。そこに私の自発的な優しさなんて無い。
「どうしたの?」
「何でもない…」
「何かなあ」
「…やっぱお前根暗だわ」
「えっ、何で?」
「自分で考えな」
その後は、皆で別の話をして登校した。
紅陵さんのオススメスイーツ、今度食べてみようかな。天野君がドン引きしているのは面白かったなあ。紅陵さんがまさか甘党だなんて思わないだろう。
龍牙は紅陵さんが嫌いだけれど、一応仲良くしてくれている。
……ああ、
紅陵さんに、本当のことを言わなくちゃなあ。
臆病な私は先送りにしてしまった。
言えるのは、いつになってしまうんだろう。
「はよ」
「おっはー」
翌朝、いつものようにマンションを出ると、天野君と龍牙が待っていてくれた。
「あの待ち合わせのところで待ってくれたらいいのに…」
「その間に何か起きそうだ」
「それな。それに、こっちの方がちょっと学校に近いだろ?」
「まあ、それはそっか。…ねえ、クリミツは?」
「アイツ?ダルいから学校サボるって」
…今、安心してしまった。
そんな自分が、恥ずかしい。クリミツは、友達なのに。大事な幼馴染みなのに。
少し俯くと、龍牙にばしんと背を叩かれた。
「気にすんな。会いたくない時ってあるからさ」
「片桐の言う通りだ。鈴が無理する必要は無ぇ」
「……甘やかさないで」
「「甘やかしてない」」
声の揃った二人が面白くて笑うと、二人も笑ってくれた。
…居心地いいな。
クリミツと龍牙より、天野君と龍牙の方が、楽しいなあ。
本来、友達と居ることは楽しいことだ。
楽しめないクリミツとは、もうお別れなのかもと、一瞬思った。でも、ダメだ。幼馴染みで、私のことをよく知っていて、家族みたいに仲が良いのだから、クリミツとの仲はいずれ修復しなければならない。
私がそう心に決めた時、またしても背中を誰かに叩かれた。
「おっはよークロちゃんっ♡」
「あっ!紅陵さん、おはようございます」
「クロちゃんに合わせて早起きしちった!俺もご一緒させて~」
私の肩を抱き、上機嫌に話しかけてきたのは紅陵さんだった。
……ああ、もう一個問題があるんだった。
紅陵さんに、本当のことを言えていない。
紅陵さんが、好きだけど、こんなの許されない。
「天野君、龍牙、いい?」
「二人の許可は要らないからな。鈴ちゃんさえオッケーしてくれたらいーの」
「断っても来るんだったら関係ないだろ」
「鈴に触らないでくださーい」
「…一緒に行きましょう!」
許されない、のに。
紅陵さんの隣を、離れたくなくなってしまった。
私って、こんな狡い人間だったんだな。
自己嫌悪に悩まされるが、それは顔に出さない。龍牙に尋ねられたら大変だ。紅陵さんのことが好きだ、とハッキリ話したら、紅陵さんが大嫌いな龍牙の態度はどうなるだろう。いい物でないことだけは、確実だ。
「…クロちゃん」
「はい?」
「今日こそ、一緒に昼飯食べようぜ。出来れば俺が教室まで迎えに行きたいんだけど…」
「ダメだ」
「ぜってー許しませんから」
「ほら、これだろ?だーかーら」
紅陵さんとお昼ご飯。前は楽しさだけだったけれど、今は、罪悪感が上回っている。
嘘つきで狡いこんな私が、傍に居ていいのか。
そう思っていたら、肩を抱かれていてただでさえ近かった距離を、紅陵さんがぐいっと詰めてきた。耳元に口を寄せられ、囁かれる。
「鈴、おいで」
「っ……」
低音で、吐息混じりの声は、ダメだ。
ビリビリと響くその音に驚き、私は顔を真っ赤にして紅陵さんから離れようとした。しかし肩の手がそれを許してくれない。大きくて暖かい手が、しっかり私の肩を掴んでいる。何だかその事実にまで照れてきてしまい、私は必死に抵抗した。
「こ、紅陵さんっ、はなして、はなしてっ……!」
「あっはー、照れた?惚れてくれたかな」
「止めろ」
「俺、クロちゃんに結構惚れてっからね。全力でアピってくから」
「紅陵先輩、いい加減にしてください」
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二人が紅陵さんの制服を掴んで引っ張るけれど、紅陵さんはびくともしない。身長が2mで、この筋肉量だ。体重は…100kgは優に超えているんじゃないかな。
紅陵さんは制服を引っ張られているのに気づくと、私を抱きしめた。
「やーだー、俺のクロちゃん取らないで」
「取ってんのはそっちでしょーが!」
「離れろ変態野郎…!!」
どうやら、抱え込むように抱きしめられているみたいだ。私の目の前に、赤い髪が一房垂れ下がっているのが見える。紅陵さんは体が大きいから、私の小さな体なんかすっぽり包めてしまうんだろう。
紅陵さんが顔を上げたらしく、赤い髪が視界から消える。
…?
「…紅陵さん?」
「んー?」
「今、舌打ちしました?」
「してないよ~ん」
いや、確かに聞こえた。
かすかだけれど、舌打ちの音。
紅陵さんはしてないと言い張ると、私から離れた。さっきまで離れなかったのに、どういう風の吹き回しだ?
「……ねえ、クロちゃん」
「はい」
「お家の人、厳しいねえ」
「…でも、心配してもらっている証拠ですよ。私は嫌じゃないです。門限が七時なのはちょっと厳しいですけど…」
「えっ、お前まだ門限七時なの!?」
「鈴って一人暮らしじゃねぇの?」
紅陵さんはどうして急に雅弘さんの話を始めたのだろう。訳が分からなかったけれど、返事をした。
龍牙は小学生の時の私を知っているから、余計に驚いている。
天野君に詳しい説明をしていなかったな。天野君…未成年は保護者が居ないと駄目なんだよ?もしかして、私がに誰の力も借りずに一人暮らしをしていると、本気で思っていたのだろうか。
保護者が居ることを伝えると、天野君は顔をしかめた。どうしたんだろう。
「いじめられたり、虐待とか…、ほら、ドラマでそういうのよく見るし…」
「ううん、雅弘さんは優しいよ、大丈夫」
「お前~、ドラマの見すぎだって。そんなのあるわけないだろ?」
「いや、結構あるよ?引き取られた子が施設に泣きながら帰ってきたことあるし…まあ、その子、里親の人に連れ戻されちゃって、その後…」
施設に居た頃を思い出す。
従順そうだから、と何度も引き取られては、泣きながら帰って来ていた、二つ下のユウシ君。従順なのではなく、自分の意志を表明出来ない、内気な子だっただけだ。人と関わることが苦手で、私と話す時も二人きりがいいと言って聞かなかった。
不器用な子だから何人かで支えていたのだけど、それを周りの大人は勘違いしたらしい。
私が小学一年生の時、私に泣きついて、もう大人は嫌だ、鈴ちゃんと結婚する、鈴ちゃんと一緒に家庭を築く、鈴ちゃんは僕のものだ、と言っていたのが思い出される。後半は少しおかしい気がするが、私は施設の子にお兄ちゃん、鈴ちゃん、と慕われていたので、これくらいは普通だ。
あの子は、ちゃんとした大人に引き取ってもらえたかな。
最後に会ったのは今年の一月だ。夏休みと冬休みに会うことにしているけれど、思い出したら会いたくなってきた。ゴールデンウィークに押しかけてしまおうか。
周りを見ると、三人とも渋い顔で私を見ていた。
…ああ、そうだった。
この人たちは、私とは違う。紅陵さんは両親を亡くしているけどお姉さんがいて、天野君は母親が苦手だけど家族がいて、龍牙は、家族と仲良く暮らしている。
身寄りのいる彼らにとって、施設なんて縁が無いだろう。コイツ何で身の上話始めてんのとか思われてそうだ。不幸自慢みたいなこんな話、良くない。
「…ごめん、こんな話嫌だよね」
「んーん、そんなことないぜ!」
「気にすんな。鈴の育ってきたところは、俺だって知りたい」
「その後、どうなったんだ?」
「…里親の人が、委託解除…引き取って育てるのは止めますって届けを出したんです。だから、その子は今も施設に居ると思います。もう大人をすっかり嫌ってしまったんですよ。今は中学二年生なんですけど、今年の一月なんか、
『鈴ちゃん、君との結婚のことなんだけど、結婚式を挙げるとしたら、どの国がいい?僕的にはスウェーデンかイギリスあたりがいいんだけど…』
なーんて聞かれちゃって。可愛いですよね!あの子、大人は苦手なままですけど、私や、同年代の子、年下の子ともすっかり仲良くなれてて、私も嬉しい限り…ん?」
三人がまたしても顔をしかめている。
でも、この顔はさっきの顔とは違う。まるで、渡来さんのことを一切分かっていない龍牙に向ける視線みたいだ。
「…鈴、それって、そいつだけか?その~、結婚とか言ってんのは」
「ううん、皆言ってる。三十人くらいなんだけど、幼稚園の子も小学生の子も、みーんな私と結婚するって」
「す、鈴は、それ…何とも思ってないのか?」
「そんなことないよ!とっても嬉しくて、私、皆とこんなに仲良くなれてるんだって思えるんだ」
皆の兄代わり、親代わりになれることが、とても嬉しかった。私が何か教えたり、一緒に遊んだり、たまに、怒ったり、そういうことをする度に、皆は『家族ってこんな感じ?』と聞いてきた。
私には、分からなかった。
私には、家族なんて居ない。
でも、あんなに暖かい関係は、家族と言ってもいいだろう。あの時は答えられなかったけれど、今なら胸を張って言える。私とあの子たちは、家族だ。
結婚だって、お父さんを好きすぎる娘が、お父さんと結婚するの、と言う心境と似たようなものだろう。だから大して気にしなくていい、寧ろ、その好意を喜ぶべきだ、そう思っているのだけど、この三人は違うらしい。
「いや、クロちゃん、そういうことじゃない。…本気で言ってんじゃないか?その子たち…」
「小さな女の子が、お父さんと結婚するって言ってるみたいなものじゃないです?」
「そうだといいんだがなあ…」
「大丈夫です。私、ちゃんと、結婚は複雑なことだから、きちんと知ってから言いなさいって言いましたよ」
「すっかり母親じゃねぇか」
「……そっか、鈴ってやっぱ優しいんだな」
口元に笑みを浮かべ、天野君がそう呟く。その言葉に、私はどうしようもない嫌悪感を覚えた。この行動が、優しい?そんなわけないだろう。
「止めてよ天野君、そんなのじゃないよ。…皆、私以外にそういう人を知らないだけ。私はそこに付け込んでるだけなんだ。鈴ちゃん大好きって寄ってきてくれるのが嬉しくて、そうしてるだけだから。見返りを求めてるみたいなものだよ。優しいどころか、正反対。私は…自分が幸せになりたいだけ」
そう言うと、天野君だけでなく、三人が悲しそうな顔をした。何でだろう。今のは事実だ。皆と居るのが楽しくて、嬉しくて、だから私も優しくするんだ。そこに私の自発的な優しさなんて無い。
「どうしたの?」
「何でもない…」
「何かなあ」
「…やっぱお前根暗だわ」
「えっ、何で?」
「自分で考えな」
その後は、皆で別の話をして登校した。
紅陵さんのオススメスイーツ、今度食べてみようかな。天野君がドン引きしているのは面白かったなあ。紅陵さんがまさか甘党だなんて思わないだろう。
龍牙は紅陵さんが嫌いだけれど、一応仲良くしてくれている。
……ああ、
紅陵さんに、本当のことを言わなくちゃなあ。
臆病な私は先送りにしてしまった。
言えるのは、いつになってしまうんだろう。
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