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黒の帳 『一つ目の帳』

+ 片桐視点 遠藤兄弟

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俺は、今、猛烈にイライラしている!

「んなアヒル口すんなよ~」
「俺はアヒルじゃねぇ!アヒル口ってなんだ!」
「片桐ガキっぽいな」
「うるせぇ!」
「へへっ」

へらへらと笑う周りの奴らがうっとおしくて仕方ない。何だよ、イライラしてるんだから刺激すんなよ!

「俺的にはさ、やっぱ幼なじみって負けヒロインだと思うんだよ」
「分かる。ただのダチだよな」
「うるさーーーーい!!!!」

会話の内容は、明らかに俺をからかっている。菊池と遠藤を睨みつけると、二人は「おー怖」なんて言って笑った。

「う~~~」
「まあまあ、落ち着きなよ」
「そーそー」
「……………落ち着け」

新村にも宥められ、俺は遠くにいる、ある二人の方を見やった。


鈴と、天野。


俺のこと断って、自分のことをぶん殴ってきた天野と一緒にいるんだな。

大騒ぎする俺たちとは違って、鈴のことに気づいてくれた天野と一緒にいるんだな。

女々しい俺と、きちんと理屈を理解している俺がいる。
うじうじと悩むのは俺らしくないし、遠くから見つめてこうして悩むのも俺らしくない。

「……俺と一緒にいるの、面倒くさくなったのかな」

それでも、俺の口からは面倒な女のような言葉が飛び出す。

…小学生の時はいつも一緒だったんだ。違うクラスになった時だって、休み時間も登下校もいつも一緒だった。
だから、体育の授業でこうして離れるのは、寂しかった。たかが授業だけど、ずっと一緒にいたから、やっぱり寂しい。

恋心を抜きにしても、心がきゅうっと苦しくなる。

怒りはいつの間にか鎮まり、俺の心には寂しさだけが残った。

遠くから二人を見ていると、勢いよく背をバシンと叩かれた。

「い"ってぇ!?」
「めんどい彼女みたいなこと言うんじゃねーよ!」
「前向き前向き、気分転換に外行こ!」
「…………行こう」
「授業だりーしな!」

三人組にそう誘われ、俺は少し悩んだ。

この授業を担当している教師、面倒くさそうなんだよな。熱血の体育系って感じだったんだ。授業をすっぽかしたとなれば、グチグチ言われそうだ。サボったやつは放課後呼び出しとか言ってた気もする。

「…あの先公めんどそうじゃん」
「あんなの無視無視!」
「四人もいたら呼び出そうとか思わんっしょ!」
「…………真面目に受ける必要は無いと思うぞ」
「確かにそうだな!」

不良四人を呼び出すなんて面倒なこと、しようって人はいないよな!

体力テストの結果は少し気になるが、これ以上鈴と天野を見ていたくない。俺の自業自得ではあるが、やっぱり、二人を見ているとどうしても心がもやもやする。

俺は三人組についていくことにした。

「つーかこっからどうすんだ」
「俺ね、実は今日…有名人が来るって知ってんだよね」
「…………芸能人?」
「そっか、遠藤はまだしも新村は今日寝坊したから知んないか。えっとね、ローカル的な意味。超有名な不良だよ」
「俺はまだしもってどういうことだ」
「マジで?カチコミに来んの?」

体育館を出て、ブラブラと歩きながら会話を交わす。三人とも絶妙に俺より背が高いのが、少しムカつく。

「いや、カチコミかは分かんない。来るってことしか知らないんだよねー」
「へえ、誰なんだ?」
「それはナイショー!会ってからのお楽しみってことで~」
「おい、まだしもって何だよ」

遠藤をガン無視して菊池は笑った。
俺の勝手なイメージだが、菊池は人脈が広そうだ。こういうタイプって、友達が多い気がする。俺たちよりは情報がすぐに届きそうだな。

「それで、どこ行くんだ?」
「とりま校門っしょ!ほら行こ行こー」
「…………適当だな」
「多分いるって~!」

校門に行くには、校庭を通る必要がある。
校舎の裏側から表側に出て、ザクザクと砂を踏んで歩く。遠くには逆さまになったサッカーゴールが見える。誰かが面白がってひっくり返したんだろうなあ。
この様子じゃ部活動はほぼ無いだろうな。やっぱり、悟先輩が取り仕切っている部活くらいしか無さそうだ。


ここから校門が見えるが、そこには誰もいない。

菊池の言う有名人って誰なんだろう。俺は三年間ここにいなかったから、有名な喧嘩とか騒ぎとか、番長とか、そういうことを一切知らない。高校同士の勢力図くらいは知っておくべきだろうか。

そんなことを考えていたら、よく響く低音が聞こえた。

「おい、そこの一年待て」
「え?」
「何ー?」

声をかけられ振り向くと、そこには何だか見覚えのある男が立っていた。
頬に傷のある、褐色で坊主の大男…三年の渡来賢吾だ。鈴のことを追っかけ回したり、嫌がる二年生を無理やり連れていこうとしたりと、嫌なことしか思い当たらない。

「わ、わっ渡来先輩!」
「ち、ちーーーっす…」
「……………ちわ」

三人組は口々に挨拶をしている。
渡来は確か、この高校の前の番長だったはずだ。紅陵先輩にボッコボコにされてその座を追われたとはいえ、めっちゃ強いことには変わりない。俺たちじゃ到底適う相手じゃないだろう。
遠藤も新村も菊池も、渡来とはあまり関わりたくないんだろうな。ここはあまり事を荒立てるべきじゃない。

でも、挨拶をするのは何だか癪だ。

だんまりを決め込んでいると、渡来は俺をじろりと睨んだ。
その視線に怯んだ三人組は、焦った様子で俺の方を振り返った。

「か、片桐、なんか言いなよ!」
「何シカトしてんだっ、殺されてぇのかよお前…!」
「…………ちっす」

あまりに必死な三人の様子に、俺は渋々口を開いた。俺の変な意地のせいで、コイツらがとばっちりを食らったらかわいそうだ。

「テメェは本当にクソ生意気だな」
「だから何すか?」
「~~~ッ!!!」

俺の適当な返答に、菊池が顔を真っ青にする。新村は体をぴしりと固め、遠藤も遠い目をした。

「…躾けてやる」
「先輩じゃあ子犬も躾けられなさそっすね」
「テメェいい加減にしろよっ!!!!」

ひくりと口端を動かしたかと思えば、渡来は大声で俺に向かって怒鳴った。こうなりゃやけだ、煽りまくってやる。

「言い返せないから怒鳴るんすか?」
「逃げるぞ片桐っ!」

遠藤が突然俺の制服の襟を引き、走り出した。首がぐっと締まり、潰れたようなぐぇっという悲鳴が出た。

「待てッ!!!」

まあ、見逃さないよな。
俺のせいで遠藤が痛い目にあうのは、理不尽だろう。

遠藤に伸びる渡来の手を遮ろうとした瞬間、耳をつんざく爆音があたりに響いた。

この爆音、聞いたことある。バイク、じゃないか?

その音を聞いた途端、渡来は顔を真っ青にして動作を止めた。掴みかかろうとした腕をひっこめ、爆音のした方に顔を向けたんだ。俺もそっちに目を向けた。

そこには、白ランに白髪の、超絶イケメンが、真っ赤なバイクに乗っていた。

「…よォ、ケンちゃん」
「………ッ…せ、誠司せいじ…どうした、何か用か」
「あぁにしらばっくれてんだ。ソイツぁ俺ン弟だってェ、前に言わなかったか、お?」

誠司、と呼ばれた真っ白なソイツは、渡来よりずっと強いみたいだ。誠司は渡来を脅すような口調で喋り、渡来はソイツの言葉にたじたじとしている。

そして、ソイツは弟と言いながら遠藤を指さした。

「………に、兄ちゃん…」
「よぉただし。お前…こんなデカブツに喧嘩売る奴だったか?」

何だか、誠司の様子はただ事ではない。もしかしたら、無謀なことをした、と弟を怒るのかもしれない。こんなイケメンと遠藤が兄弟なのは衝撃だが、今は渡来を脅せるほどの力を持つこの男をどうにかしなければならない。喧嘩したら、多分負ける。

「俺が煽ったんだよ。遠藤…あー、忠は関係ねぇ」
「そうには見えねぇな」

誠司は俺に鋭い視線を向けた。弟には少しだけ柔らかい視線を向けていたらしい。

「なあ誠司、俺はお前の弟には何っにもしてねぇ。そのロン毛に用があんだ」
「…お前、名前は?」

渡来が誠司に向かって弁明したが、誠司は一切取り合わず、俺に話しかけてきた。
遠藤の兄貴らしいし、状況的には襲ってくる渡来から守ってもらったんだ。その質問に答えない理由は無いだろう。

「片桐だ」
「そうか。片桐、お前彼氏欲しいか? ちょうどこんな煮卵みたいなやつ」

誠司はそう言って、渡来を指さした。渡来の頬がひくりと引きつったが、誠司に文句は言えないらしい。
喋っていて気づいたが、遠藤の兄貴なんだから、誠司は年上だ。俺、敬語使った方が良かったかな。でも今更変えるのもおかしいな。
そして、俺は誠司の質問に答えた。こんな質問の答えなんて、分かりきっている。

「いらねぇ。つーか、渡来先輩は俺のことボコりたいだけじゃねぇのか? 何で彼氏の話になるんだ?」

俺は純粋な疑問を述べた。だというのに、周りにいる五人全員が、お前正気か?とでも言わんばかりに俺を見てきた。

「な、なんだよ、違うのか?」

「…………ピュアすぎ」
「もうここまでくると可愛いよ、うん」
「…マジで馬鹿桐…いや、鈍感すぎる」
「…………これは楽しみだな。色々教え込んでやる」
「…賢吾に狙われてんの分かんない子っているんだ」

五人は言いたい放題だ。俺の事、馬鹿とか鈍感とかピュアとか、褒められたり貶されたり、意味が分からない。首を傾げると、四人にはため息をつかれ、渡来は愉快そうに口端を吊り上げた。

「おい、片桐」
「…何すか」
「テメェこっち来い」
「嫌っすよ。喧嘩なら買いますけど」
「そういうことじゃねぇ、早くしろ」

渡来のこの顔、見たことがある。
連れていかれそうな二年生を守った、そんな俺の顔を掴んだ時の顔、朝教室に乱入してきて、俺を見た時の顔。
何だかとっても楽しそうなんだよな。にや~って感じで、イタズラでも考えてるみたいだ。

だったら、ロクなことじゃない!

「嫌っす」
「んだと…」
「待て賢吾。なあ忠、片桐はダチだな?」
「めちゃめちゃダチだ!」

遠藤は、即答してくれた。俺たちがダチって、あっちも思ってくれてるんだな。友達が増えるって、やっぱし嬉しい。嬉しくて遠藤を見ると、遠藤は笑ってグーサインを出した。

「よし、じゃあ決まりだ。賢吾、片桐に手ェ出すなよ。手ェ出したら…分かるな?」
「……………」
「返事しろコラ」
「…わぁったよ」

渡来は舌打ち交じりに返事をすると、俺をぎろりと睨みつけて、踵を返した。

「……賢吾はじゃじゃ馬だからなあ。片桐、何かあったら俺に言え。俺ァ池柳高校三年、遠藤誠司。分かると思うが、忠の兄貴だ」
「年上に泣きつくなんてダッセー真似しねぇよ」
「そういうワケじゃないんだよなあ」

誠司は愉快そうにけけけと笑った。何だか、馬鹿にされてる気がする。眉をひそめて横目で見ると、誠司はごめんごめんと言って笑った。

「んで、菊池。有名人ってもしかして…」
「う、うん、龍虎の総長…遠藤の、お兄さんだよ。まさか…お兄さんが総長とか…遠藤いいなあ!」
「…………びびったぞ、マジで」

新村と菊池と俺の三人で、遠藤に良いなあと言った。だが、遠藤は困ったような顔をして、俯いてしまった。

「何だよ忠。お兄ちゃんが総長ってカッコイイだろ?」
「…今日来たの、アレが目的だろ」
「あ、そうそう! まあ弟の方が大事だからな、安心しろ! 俺ァ恋にかまけて弟を蔑ろにする兄貴じゃねぇぞ!」
「ある意味蔑ろにしてんだよなあ」

遠藤は諦めたような目で遠くを見つめた。何かを悟ったような目にも見える。

そして、誠司の表情が突然変わった。

さっきまで総長と言われても違和感のない威厳があったのに、でれぇ、と、ふにゃふにゃな、情けない顔になったんだ。眉を下げ、目じりも下げ、目を細めて、口端もだらしなくて。何だか、猫を前にした猫好きみたいだった。

「あっかりちゃーん、あーかりちゃーん…♡♡あっしーくんが来ましたよっ…♡」

目をハートにしていそうな言葉は、完全に何かに浮かれている。
そんな誠司を見た遠藤は、顔を真っ青にして慌て始めた。

「なあ、帰ろう。有名人は分かっただろ、帰るぞ」
「え、俺総長さんと話してみたい!」
「…俺も、話してみたい」

遠藤は誠司から離れたいらしいが、菊池と新村は聞かない。

「俺の兄貴なんだから!家来たらいつでも会えるから!だから早く帰」

「あかりちゃああああぁん!!!!!俺とデートしてぇえええ!!!!」

「あーーーー始まったああああああ!!!!だから帰ろうって言ったのにぃ!!!!!」

耳にビリビリと響く、遠藤兄弟の大声。

訳が分からずに周りを見ると、菊池と新村も訳が分からないという顔をした。
えっ、誠司って、デートの相手誘うためにこの高校来たの?

泣きそうになっている遠藤を横目に、俺は周りを見渡した。すると、校舎の方から誰かが走ってくるのが見えた。
目立つ青髪、それと、後ろからゆっくり走ってくる、運動音痴なアイツ。

…天野と鈴じゃね?
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