リコの栄光

紫蘇ジュースの達人

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父さん

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白い息、悴む指先。
うっすらと雪が積もる寒空の下で、一発の銃声が鳴り響いた。

遠ざかる意識の中で、僕はスコープごしに彼女の幸せを祈った。
体に力が入らない。
走馬灯のように、記憶の断片が浮かんでは消えていく。


「リコ、おいリコ。」
誰かの声が聞こえる。

「母さんを、幸せにしてやってくれ。」

父さんの声だ。
父さんは僕が17歳の時にアルカディア軍の兵士に撃たれ、僕と母さん、弟と妹、家族みんなで病院のベットで看取った。
父さんのために何もできなかったくやしさや、モヤモヤした気持ちがずっと胸の中にあって、僕は陸軍を志願した。陸軍に入ってアルカディア軍と戦えば、少しでも気分が晴れるような、そんな気がしていたからだ。

父さんの名前はリオ・バルト。
ケルト陸軍の軍人だった。
伝説的なスナイパーと言われていて、国内に狙撃の腕で右に出るものはいないと言われていた。
なかなかの変わり者というか、頑固者のようなところがあって、国王陛下から贈られる名誉ある勲章を辞退したり、自分の信念に合わない仕事は引き受けないことがあって、ケルト軍の上層部からは煙たがられていた。

「父さん、国王陛下の勲章を辞退したって本当?」
「母さんに聞いたのか。」
「うん、名誉なことなのに。貰えばいいじゃないか。家族も親戚も喜ぶと思うよ。」
リオは大きくため息をついてから、ゆっくりと顔を上げた。
「リコ、人を殺して貰う勲章にどんな価値があるんだ。」
リコは何も言うことが出来なかった。父親のこんなにも悲しそうな顔を見たことがなかったからだ。
「俺にはもっと大切なことがあるんだ。例えば町の子供たちの笑顔とか、お前たちの幸せとかな。俺の銃は、大切なものを守るためにあるんだ。」
「そんなことよりリコ、そろそろ進路を決める時期だろう。将来仕事は何をしたいんだ。」
「まだ分からないよ。」
「そうか。自分がその仕事を世界で何番目にうまくできるのかを考えるんだ。そうすれば、取り組むべきことが見えてくる。」
「ずいぶん大げさだね。」
「大げさなんかじゃない。本当にそうなんだ。何の仕事を選んだとしても、お前が決断したことなら俺はいつでも味方だからな。」
「ありがとう父さん。覚えておくよ。」

そんな父も母の幸せを僕に託して死んだ。
兄弟達の前では、寂しくないと言ってはいるが、やっぱり父さんに会いたい気持ちはずっと変わらない。

「リコ君、リコ君。」
誰かが呼ぶ声が聞こえる。
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