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3 旅の仲間と出会ったが……
(6)切ない選択
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「神様! どうか時を戻して!」
パリスの悲痛な願いに応えるため、時の神クロノスが姿を現した。
「またパリスか……お前のために何度、時間を戻してやったかのう……」
「ああ、神様! どうかヘクトルを助けて! 僕はどうなってもいいから」
「うむ。今回は、前と比べて真剣のようじゃから、助けてやらんこともないがの」
「僕の命ですむなら、喜んであげます! 僕はつまらない田舎者だけど、ヘクトルは違うんだ! トロイアの王様でみんなの希望の星なんだ!」
「いやいや、お前の命なんかもらっても、助からん……お前の望みは時を戻すことじゃろ?」
「うん! 今度は、僕、真面目に修業するよ。そしてヘクトルを助けるんだ」
「わかった……お主の命は取らん。でも、大切な物をお前は失う」
「命以上に大切な物なんてないよ。ああ、僕の目? 手? 脚? ヘクトルさえ助かるなら何でもあげるよ」
「いや、失うのは……お前のヘクトルへの思いじゃ」
「思い?」
「ああ、今度は、ヘクトルが助かる運命に変えてやる。お前とヘクトルは、旅の仲間になるだろう……がな、今とは少し違う形じゃ……お前が奴を愛おしく思う気持ちは二度と戻らない。同じ時を重ねてもな……」
思う気持ちは戻らない……クロノスの意図を理解したパリスは、ぎゅっとヘクトルの亡骸を抱きしめる
二人でいたくて、自分を一番に思ってほしくて、それが叶わなくても、そばにいたくて、甘くて、苦くて、切なくて……彼と出会わなければ知ることのなかった、この思い……。
「神様、お願いします。ヘクトルを助けてください」
パリスは微笑んだ。両の目から涙をこぼして。
「よく決心したの。では、戻るがよい!」
クロノスは、パリスが医師、ヒポクラテスと出会ったころに時を戻した。
故郷の流行り病の謎を解くため、パリスは町の医師、ヒポクラテスに弟子入りした。
……やっぱり天性のチャラ男ぶりは健在で、『顎クイ』『壁ドン』『後ろハグ』を駆使して、女たち、時には男たちに、珍しい薬草を届けさせた。
が、以前のパリスと違い、ヒポクラテスの技を熱心に学ぶようになった。
そこへ「ナウシカをたぶらかしたのはお前か!」と、マッチョ男が怒鳴り込むのは、前と変わらない。
無理矢理、女勇者ナウシカの元に連れていかれるのも変わらない。
が、パリスは、ナウシカに出会った途端、土下座した。
「ごめんなさい! 僕にとって、女の人は、みーんなかわいいんです。だから、まだ、付き合うとか結婚するとか考えられないんです」
開き直った潔い謝り方に、勇者ナウシカは、かえって感心する。
「よし、パリス。あたしたちと一緒に来い」
ここで、女勇者、マッチョ、チャラ男の三人パーティーが結成される。
マッチョはヘクトルと名乗った。
「これが、俺の妻と息子だ」
カメオに彫られた美女と赤ん坊を、しげしげとパリスは見つめる。
「あ、あのさあ、ヘクトルの奥さんと子供って生きてるの?」
なぜそんなことを聞いたのか、パリスは自分で不思議に思った。
途端、マッチョがチャラ男の背中をバシンと叩く。
「当たり前だ! トロイアで、俺の帰りを待ってる」
ナウシカが補足する。
「本当だ。あたしもトロイア城に行ったが、奥さん、このカメオよりずっときれいだったよ」
「城?」
「こいつ、こー見えても、トロイア王国の跡継ぎ王子なんだって」
「へー」
東の大国トロイアは、交易の拠点として栄え、城に金銀財宝が蓄えられていると噂されている。
目の前の男は、カメオ以外の装身具は身に着けておらず、豊かな大国の跡継ぎには見えない。
でもパリスは、不思議と納得した。
「何で王子様が、こんなところにいるの?」
「うちの親父もお袋も呑気なんだよ。アカイア軍が財宝を奪いに攻めてくるから、城壁を厚くして、兵士を増やした方がいい、って言っても聞かねーんだ。だから俺は、軍事に強い奴を見つける旅に出たってわけ。ナウシカもその一人だ」
「へー、じゃ、僕もスカウトされたんだ?」
「お前の医術は、使えそうだからな。でも、チャラいのが困りもんだ」
バシっとヘクトルは、パリスの背中を叩いた。
「さあ、ラリサの町に行こう。あそこは要塞の町だから防衛技術に期待できるぞ。パリスが知りたい病の手がかりも掴めるかもしれん。ナウシカを嫁にもらってくれる男も見つかるさ」
「いい加減にしろ、ヘクトル! 結婚の強要はな、マリッジハラスメント、マリハラって言うんだぞ」
「あーあ、メンドクサイ世の中になったな~。惚れた女を嫁にするより幸せなことなんかないのに、他の女なんか、どーでもよくなる」
「うーん、でも僕は、まだ結婚はいいかな」
「パリス、それはお前が女とチャラいことしたいからだろ」
またまたヘクトルは、パリスの背中を思いっきり叩いた。
と、その時。
パリスの目から涙が零れ落ちた。
「う、うわあ、何で泣くんだ!? ったく、今どきの若いヤツは、どー扱ったらいいかわかんねーよ」
「当たり前だ、ヘクトル。お前がやってるのはパワハラだぞ」
ナウシカに責めたてられ、ヘクトルはオロオロするばかり。
パリスもなぜ自分が泣いているのか、わからなかった。
……他の女なんか、どーでもよくなるほどの思い……僕はまだいいや。
だって、それ──
甘いけど苦くて、悲しくなる気がするんだ、なぜかはわからないけど──。
時を遡ったパリスは、ヘクトルへの思いをすべて忘れてしまった。
ただ切ない予感だけが、パリスの胸に残った。
「神様! どうか時を戻して!」
パリスの悲痛な願いに応えるため、時の神クロノスが姿を現した。
「またパリスか……お前のために何度、時間を戻してやったかのう……」
「ああ、神様! どうかヘクトルを助けて! 僕はどうなってもいいから」
「うむ。今回は、前と比べて真剣のようじゃから、助けてやらんこともないがの」
「僕の命ですむなら、喜んであげます! 僕はつまらない田舎者だけど、ヘクトルは違うんだ! トロイアの王様でみんなの希望の星なんだ!」
「いやいや、お前の命なんかもらっても、助からん……お前の望みは時を戻すことじゃろ?」
「うん! 今度は、僕、真面目に修業するよ。そしてヘクトルを助けるんだ」
「わかった……お主の命は取らん。でも、大切な物をお前は失う」
「命以上に大切な物なんてないよ。ああ、僕の目? 手? 脚? ヘクトルさえ助かるなら何でもあげるよ」
「いや、失うのは……お前のヘクトルへの思いじゃ」
「思い?」
「ああ、今度は、ヘクトルが助かる運命に変えてやる。お前とヘクトルは、旅の仲間になるだろう……がな、今とは少し違う形じゃ……お前が奴を愛おしく思う気持ちは二度と戻らない。同じ時を重ねてもな……」
思う気持ちは戻らない……クロノスの意図を理解したパリスは、ぎゅっとヘクトルの亡骸を抱きしめる
二人でいたくて、自分を一番に思ってほしくて、それが叶わなくても、そばにいたくて、甘くて、苦くて、切なくて……彼と出会わなければ知ることのなかった、この思い……。
「神様、お願いします。ヘクトルを助けてください」
パリスは微笑んだ。両の目から涙をこぼして。
「よく決心したの。では、戻るがよい!」
クロノスは、パリスが医師、ヒポクラテスと出会ったころに時を戻した。
故郷の流行り病の謎を解くため、パリスは町の医師、ヒポクラテスに弟子入りした。
……やっぱり天性のチャラ男ぶりは健在で、『顎クイ』『壁ドン』『後ろハグ』を駆使して、女たち、時には男たちに、珍しい薬草を届けさせた。
が、以前のパリスと違い、ヒポクラテスの技を熱心に学ぶようになった。
そこへ「ナウシカをたぶらかしたのはお前か!」と、マッチョ男が怒鳴り込むのは、前と変わらない。
無理矢理、女勇者ナウシカの元に連れていかれるのも変わらない。
が、パリスは、ナウシカに出会った途端、土下座した。
「ごめんなさい! 僕にとって、女の人は、みーんなかわいいんです。だから、まだ、付き合うとか結婚するとか考えられないんです」
開き直った潔い謝り方に、勇者ナウシカは、かえって感心する。
「よし、パリス。あたしたちと一緒に来い」
ここで、女勇者、マッチョ、チャラ男の三人パーティーが結成される。
マッチョはヘクトルと名乗った。
「これが、俺の妻と息子だ」
カメオに彫られた美女と赤ん坊を、しげしげとパリスは見つめる。
「あ、あのさあ、ヘクトルの奥さんと子供って生きてるの?」
なぜそんなことを聞いたのか、パリスは自分で不思議に思った。
途端、マッチョがチャラ男の背中をバシンと叩く。
「当たり前だ! トロイアで、俺の帰りを待ってる」
ナウシカが補足する。
「本当だ。あたしもトロイア城に行ったが、奥さん、このカメオよりずっときれいだったよ」
「城?」
「こいつ、こー見えても、トロイア王国の跡継ぎ王子なんだって」
「へー」
東の大国トロイアは、交易の拠点として栄え、城に金銀財宝が蓄えられていると噂されている。
目の前の男は、カメオ以外の装身具は身に着けておらず、豊かな大国の跡継ぎには見えない。
でもパリスは、不思議と納得した。
「何で王子様が、こんなところにいるの?」
「うちの親父もお袋も呑気なんだよ。アカイア軍が財宝を奪いに攻めてくるから、城壁を厚くして、兵士を増やした方がいい、って言っても聞かねーんだ。だから俺は、軍事に強い奴を見つける旅に出たってわけ。ナウシカもその一人だ」
「へー、じゃ、僕もスカウトされたんだ?」
「お前の医術は、使えそうだからな。でも、チャラいのが困りもんだ」
バシっとヘクトルは、パリスの背中を叩いた。
「さあ、ラリサの町に行こう。あそこは要塞の町だから防衛技術に期待できるぞ。パリスが知りたい病の手がかりも掴めるかもしれん。ナウシカを嫁にもらってくれる男も見つかるさ」
「いい加減にしろ、ヘクトル! 結婚の強要はな、マリッジハラスメント、マリハラって言うんだぞ」
「あーあ、メンドクサイ世の中になったな~。惚れた女を嫁にするより幸せなことなんかないのに、他の女なんか、どーでもよくなる」
「うーん、でも僕は、まだ結婚はいいかな」
「パリス、それはお前が女とチャラいことしたいからだろ」
またまたヘクトルは、パリスの背中を思いっきり叩いた。
と、その時。
パリスの目から涙が零れ落ちた。
「う、うわあ、何で泣くんだ!? ったく、今どきの若いヤツは、どー扱ったらいいかわかんねーよ」
「当たり前だ、ヘクトル。お前がやってるのはパワハラだぞ」
ナウシカに責めたてられ、ヘクトルはオロオロするばかり。
パリスもなぜ自分が泣いているのか、わからなかった。
……他の女なんか、どーでもよくなるほどの思い……僕はまだいいや。
だって、それ──
甘いけど苦くて、悲しくなる気がするんだ、なぜかはわからないけど──。
時を遡ったパリスは、ヘクトルへの思いをすべて忘れてしまった。
ただ切ない予感だけが、パリスの胸に残った。
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