ギリシャ神話ファンタジーを書いてます ~パリスの大冒険~

さんかく ひかる

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4 古代ギリシャで謎といったらスフィンクス!

(1)死に瀕す息子、嘆く老人

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 床に壮年の男が転がっている。胸を掻きむしり白目をき「あおぅ、ぐふっ」とうめき、足を引きつらせている。
 涙をこらえた老人が、男のかたわらにしゃがみ込んだ。

「お前は本当にいい子じゃった」

 苦しみのたうち回る男に、老人は静かに語りかけた。

「お前が産まれたとき、いや、母がお前を宿した時から、ずっとわしは待っておった」

 男の手足は痙攣けいれんしたのか、ビクついている。

「なんとしても、お前には生きてほしかった。わしは、お前に何も望まなんだ。ただ、生きてくれればよかったんじゃ」

 老人は、男のひたいに浮かぶ汗をぬぐった。

「毎年、お前の誕生日は、レーズンがたっぷりのフルーツケーキを焼いて祝ったもんじゃ……この42年間、欠かさず、な」

 男の呻きが止まった。手足は相変わらず痙攣を繰り返している。

「子どものお前が三日も熱で苦しんだとき、わしは、アレクサンドリア中を走り回って、名医を探したなあ」

 男の手足も止まった。あらぬ方向で硬直している。

「お前はな、わしの人生そのものだったんじゃ」

 老人は、男の口元にしわだらけの鼻を寄せた。

「うむ……息が止まったようじゃな」

 老いで黄ばんだ眼から、大粒の涙がボロボロ流れ落ちた。

「息子よ……本当にお前は親孝行息子じゃった」

 年寄りは腰をゆっくり持ち上げた。
 両手の拳を握りしめプルプルと震わせる。
 と、突然、天井に顔を向け、口を大きく開けた。

「やったぞ! 息子がちゃんと死んでくれたぞ! 危なかったなあ。明日、誕生日来ちゃったら、わしの人生、無駄になるからなあ」

 80歳の老人とは思えない軽快さで、ぴょんぴょんと床を跳ねまわり、踊り始めた。

「いぇーい! ありがとよ、息子! ちゃんと立派な葬式してやるからな!」

 皺で覆われた手で、動かなくなった息子の頭を撫でた。
 その瞬間。
 老人は手首を捕られ、床に押し倒された。

「このモウロクくそ親父! そう簡単にてめーに殺されてたまっか!」

 先ほどまで瀕死だった壮年の男がムクっと起き上がり、床に押し付けた老人の頭をつかんだ。


「息子よ、わしのために死んでくれ!」

 80歳になる老人の上半身は寝室の柱にぐるぐるひもで縛りつけられ、だらしなく足を床に投げ出している。
 老人が座り込む床には、花や鳥が描かれた細かいモザイクがびっしり埋め込まれている。
アレクサンドリアの上流階級らしい仕様の屋敷で、老いた親子は、醜く罵りあっていた。

「ざけんな! この一年、ひでー目にあったが、ぜんぶてめーの仕業だな!」

「お前! わしは父だぞ! ローマ法ではなあ、わしが死ね、と、言ったら、お前は大人しく死ねばいいんだ!」

「俺、今まで大人しくてめーの言うとおりにしてきたじゃねーか! いくらローマ法でも、何も悪いことしてない息子を殺してゆるされるわけねーだろ!」


 時は、ローマ建国紀元1040年ごろ。アレクサンドリアがあるエジプトがローマの支配に入ってから、三百年が経った。
 この地もローマ法の支配下にある。この法では家父長の権力が強かった。
 かといってなんの罪もない息子を父が殺して無罪放免……じゃないと思う。思いたい。

 なお、ここでローマ建国紀元なんて使ってみたが、西暦に直すと紀元三世紀末。キリスト教が誕生して二百年以上経過し、アレクサンドリアでも信者は増えているが、まだイエス・キリスト誕生年を基準とした西暦は使われていない。
 ローマ建国紀元を使うとカッコよくて雰囲気が出るが、それだとわけがわからなくなるので、今後は、必要になったら西暦を使うこととする。
 まあ、今後は必要ないだろうし、この話の本筋には関係ないだろう、多分。

 話を、親子の醜い対話に戻す。


「じーさんよ。この一年、明らかにおかしかったよな。インドのシナモンでお茶を淹れたとか、高級ファレルニアンワインが手に入ったとか、俺に勧めまくってた。じーさん、今まで給仕はぜんぶ奴隷にやらせてただろ? 自分で茶を淹れるなんてなかったよな」

 42歳の息子は、床に投げ出された老いた父の太ももを、容赦なく蹴とばした。

「痛い! とっとと素直に死んでくれればいーのに、なんでお前は生きとる!」

「てめーが勧めるものを食べるたびに下痢に襲われれば、さすがの俺も学習する。今度は、珍味のフォアグラを食べないか、だぜ」

 息子は、胸元のトガ(古代ギリシャやローマ人が着るビラビラの上衣ね)のひだから、ブヨブヨの茶色い肝臓を取り出し、父に見せつけた。

「食べたフリしてここに隠して、毒死したように演技したのさ」

「お、お前……にしては、賢いな」

「あんたがヒポクラテスみたいな伝説の医者ならバレてただろうがな。でも、あんたは医者じゃない……数学者だ」

「ただの数学者ではない! わしの名は、ディオファントス! よく聞け! ロクに計算もできないバカ息子よ」

 老人は、突然歌いだした。


 ディオファントスは一生のうち
 6分の1を少年として過ごし
 その後、12分の1はあごひげを生やしていた
 さらに7分の1を経て結婚式を挙げ
 5年後に子どもをもうけた。
 しかし息子は、父の一生の半分しか生きずに世を去った
 子を失って4年後にディオファントスも亡くなった


「二次方程式もできない間抜けなお前でもわかっただろ! お前が今日、死なねばならぬ理由を!」

「わかってたまるか、このボケじじい!」

 息子は老人の薄くなった頭に拳骨をお見舞いした。
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