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幼児化
はるひ、3さい。
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(※注 晴柊が何故か幼児化しています。細かいところは気にしないでください。いつか子供描写をする際の練習に、と思い立ったシチュエーションです。)
「……は?」
昨晩、琳太郎は確かに晴柊と眠りについた。これでもかというほど、記憶はハッキリ残っている。琳太郎はもう一度目を閉じ、開ける。そして隣で眠る、小さな塊をじっと見た。
そこには、誰がどう見ても紛うことなき幼児がいる。スウスウと寝息を立てながら暢気に眠っているその幼子には、晴柊の面影を感じさせる。これは夢だろうか。いや、夢であれ。
「んっ……」
琳太郎が必死に思考整理をしていると、謎の幼児がもぞもぞと身体を動かし、ゆっくりと目を覚ましていった。長いまつ毛、綺麗な黒色の瞳、これはやっぱりどうみても―――。
「晴柊……?」
「……?」
きょとん、とする幼児は泣きもしなければ何を言うでもなく、ただじっと、琳太郎を静かに見ていた。昨晩晴柊に着せた寝間着が、辛うじて幼児の身体にかかっていた。琳太郎は身体を起こし、はぁっと深いため息を付くと、もう一度隣の晴柊「らしき」子供を見る。
「おにいさん、だあれ?」
「……」
恋人だ、なんてこんな純真無垢な目を向けられて言えるわけがなかった。琳太郎はそっと晴柊を抱き上げ、そのありえない軽さにまたため息を付きそうになるのを必死に抑えながら寝室を出た。
「組長、やっと起きて―――えっ……隠し子……?」
丁度琳太郎たちを起こしに行こうとしていた篠ケ谷に遭遇すると、子供を抱きかかえる琳太郎を見て、篠ケ谷はわかりやすく固まった。
「なわけあるか。俺も何が何だかわかってねえんだよ。起きたら、隣で晴柊じゃなくてコイツがいた。」
「晴柊……晴柊……?はっ………え……?」
いつも煩い篠ケ谷も、最早声が出ないといった様子であった。そしてすぐにドタドタと足音を立てながら屋敷を走り、居間の襖を開けると、これでもかという大声を出し、周囲の側近を集める。
「緊急会議!!!!!!!」
♦
「かわいい~~~!」
真っ先に晴柊に飛びついたのは榊だった。自らの頬をもちもちの晴柊の頬に擦り付けている。一同が居間に集まり、畳の上で朝から話し合いが行われていた。
「あっ、うっ……」
「お前さぁ、何でこうなったんだろうとか、元に戻るのかとか、そういう心配ないのかよ?」
天童が呆れたように榊の首根っこを掴み離させる。
「だって慌てたって仕方ないじゃん~!原因わからない、戻し方も分からない、それじゃぁこの状況楽しむしかないでしょ!」
「なんて暢気なんだコイツ…」
遊馬が頭を抱える。
「でもさぁ、見てよ!こんなに可愛いんだよ!!」
榊が晴柊の身体を持ち上げ、遊馬の前に座らせる。ムチムチとした身体に愛くるしいもちもちの頬、晴柊持ち前のくりくりな目はこの頃から顕在だと、いともたやすく遊馬のハートを打ち抜いた。
「だって……晴柊だろ……可愛いに決まってるだろ……」
「チョロ。」
榊がにやにやと遊馬を見ている。
「取り敢えず、子供服とか、その他諸々用意しなければいけませんね。」
日下部が買い物リストを作り始める。
「この感じだと3歳とかっすかねえ?オムツはギリ取れてるってところかなぁ。」
「天童、お前随分詳しいな。」
「ああ、俺大家族の長男なんで。下に沢山いたんで嫌でも覚えましたね。」
懐かしいなぁと、大人しく座る晴柊の頭をわしゃわしゃと撫でる。大人の時の記憶はないはずなのだが、大の大人に囲まれても泣かないとは、この頃から随分肝が据わっている晴柊であった。
「こいつ、喋れんのか?」
篠ケ谷が晴柊の頬をぎゅっと掴む。晴柊はあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。
「3歳なら大分言葉は覚えてるはずだけど……」
「おい、名前は?」
篠ケ谷がぱっと手を離し、晴柊に問う。
「のせはるひ。」
「歳は?いくつだ?」
「さんさい。さん……?」
ずいっと晴柊が指を出す。しかしその手はピースである。一本足りねえ、と、篠ケ谷が薬指を立たせてやると、ぱぁっと笑顔を浮かべる晴柊。
「はるひ、さんさい!」
えへへ、と嬉しそうに3の指を見せつける晴柊。ヤクザ一派とは思えないほど、室内が和やかなムードに染まる。
「………組長、俺が責任もって育てるね……」
榊が晴柊をぎゅっと抱き寄せる。
「おい何言ってんだ。お前らに任せるのは不安しかない。」
「いや、組長の方が不安要素多いに決まってるでしょ。晴柊に危害が及びそう。」
「遊馬、表出ろ。」
「こんな時になに喧嘩してるんですか……とにかく、買い出し係、世話係、残りはいつもの様に仕事です。いいですね?」
日下部がその場を取り仕切る。全員に緊張の空気が漂う。意地でもミニ晴柊に触れあえる世話係が良いに決まっているのだ。となるとそう、決めるはジャンケンのみ。
全員がスッと拳を出す。
「じゃーんけん!ぽん!」
♦
「ズルい~!組長なんていっつもハルちゃんと一緒にいるじゃん~!!仕事しろ~!!」
「残念だったな。普段の行いだ。」
熾烈なジャンケンの結果、買い出し係は榊、天童篠ケ谷そして琳太郎が晴柊の世話係、遊馬と日下部は組の仕事という割り振りになった。
遊馬は不満を追い越しもはや悲しみに暮れ、晴柊を抱き上げお腹に自分の顔を埋めている。
「ほら琉生、晴柊寄こせ。」
横から天童が晴柊を奪い取ると、遊馬がまるで猫の様に威嚇するが、天童に抱きかかえられた晴柊はそんな遊馬の頭をぽんぽんと撫でている。
そして怒涛の役割決めが終了し、明楼会付属幼稚園が開園することになった。
♦
「おい餓鬼、メシだ。」
天童が手際よく朝食を用意し、篠ケ谷がそんな晴柊を抱きかかえる。しかし、当たり前の様に子供の晴柊では椅子に座らせても机には届かない。そのため琳太郎の膝に座らせ食べさせることになった。箸が使えない晴柊のために、手づかみで食べられるおにぎりとおかずは卵焼き、ウインナー、ブロッコリー、デザートのバナナという中々栄養満点なメニューである。
「組長、俺たち榊の買い出しの手伝いに向かうんで、お守り頼みますね。」
天童はそういうと、篠ケ谷と2人で榊の助っ人へと行ってしまう。琳太郎は子どもの扱いなど到底慣れていないためわからないのだが、とりあえず自分の膝の上にのせ、スプーンを握らせてみる。
「メシ。好きなだけ食え。好き嫌いすんなよ。」
「うん。いたーだきます。」
小さな手をパチンと合わせ、晴柊は嬉しそうにご飯を食べ始める。お握りを掴み、むしゃむしゃと口に運び始める。その様子をじっと上から眺める。晴柊の頬が咀嚼に合わせ動く様子が愛おしく、思わずむにっと触ってみる。
「や!」
どうやらご飯に夢中なようで、邪魔をするなと手を払われてしまう。食い意地の張りようはこの時から変わっていないらしい。
「うまいか?」
「ん!……たべる?」
晴柊がくるっと後ろを振り向き琳太郎のほうを見上げると、満面の笑みで頷いた。口の周りにすでに米粒がついており、晴柊は手に持っていたお握りを琳太郎にずいっと出して見せる。
「俺は良い。沢山食べないと大きくなれねえぞ。」
晴柊はその言葉を理解したのか、むしゃむしゃと再びご飯に食らいつき始めた。
「あー…うー……とってぇ……」
晴柊が手をグーッと伸ばす先にはコップに入った水があった。琳太郎はそれを取って渡してやる。晴柊は両手でコップを持ち、口を付けると、勢いよく傾け顔をビショビショにし身体をも濡らしていく。
「あ、おい!くそっ……ガキってのはこんなに手がかかるのか……待て待て飲もうとするな!いったん置け!拭くから!」
あの琳太郎が子供の晴柊に翻弄されている。しかし晴柊は1人きゃっきゃっと楽しそうである。
♦
てんやわんやの食事を終え、榊が調達してきた服を適当に見繕い、晴柊に着せる。
「似合うね~可愛いね~!」
完全に榊の趣味で、茶色の熊の全身繋ぎであった。靴下は大人の手のひらより小さく、それだけで愛おしく感じさせてくる。もこもこの素材がまるで晴柊自身をぬいぐるみのようにみせてくる。
「あそぼ!あそぼ!えほんよんで~。」
晴柊が琳太郎の足元をぐいぐいと引っ張る。
「俺はこれから少し用事があるから相手してやれない。おい篠ケ谷、お前面倒みろ。」
「はは、組長ご指名ならお前がやらなきゃな、シノ。俺は昼飯の準備しなきゃいけないから、後は頼んだぞ~。」
そういうと天童もキッチンへと退散してしまい、篠ケ谷は晴柊と2人取り残される。
「……」
「シノちゃ、えほんよも?」
「……」
晴柊はきゅっと篠ケ谷の足元を掴み、見上げる。普段なら子供のじゃれ合いなど蹴とばす勢いだが、何より晴柊の可愛さが篠ケ谷の心をも揺るがす。可愛いは正義である。
「選べ。」
「わぁ~!いっぱいある!えっとねえ、えっとねえ。」
晴柊は並べられた絵本をキラキラした瞳で眺める。榊が買いそろえてくれた様々な絵本。晴柊は膝をつき前のめりになって選んでいた。この頃から本を読むことは好きらしい。
「これ!」
晴柊が一冊の本を選び篠ケ谷に渡した。2人は畳の上に座り、仲良く横並びになって読書大会を開催した。篠ケ谷は半ば諦めできちんと読み聞かせをする。晴柊はそんな篠ケ谷を気に入ったらしく、気付けばべったり懐いているのであった。
「おい2人とも、昼飯~……―――」
数時間後、天童が2人を呼ぼうと部屋に入ると2人仲良く和室で横になり眠っていた。朝が早かったからだろうか、昼寝にしては少し早かったが、天童はブランケットを取り出しそっと2人にかけた。
♦
「わんわん!」
晴柊が目覚めると、そこにはもふもふの白い犬、シルバがいた。
「シノちゃ、わんわんだよ!かわいいねえ。」
晴柊は眠る篠ケ谷を起こし、好奇心からシルバを撫でてみる。
「あ……?んでシルバが中に入ってんだよ……そんな雑に撫でてやるな。もっと優しく、そう。」
意外と面倒見の良さを発揮する篠ケ谷。晴柊は篠ケ谷の真似をするように撫でた。シルバが大きな舌で晴柊の顔をぺろりと舐める。
「おおきいわんわん。」
晴柊がシルバにぎゅぅっと抱き着く。すると、琳太郎が部屋に顔を出した。
「晴柊、散歩にいくぞ。」
琳太郎はそう言うと、リードをシルバにつけ、運動がてら晴柊を外に連れた。まだ少し寒い時期ということもあり、晴柊はこれでもかというぐらい防寒バッチリの格好をさせられる。着膨れしてまんまるいフォルムになる晴柊を、琳太郎は抱き上げた。
「抱っこしたら運動にならないじゃないっすか。」
篠ケ谷が釘を刺す。
「歩かせたら危ねえだろ。」
相当な過保護っぷりを発揮している琳太郎に意外性を感じるものの、相手は子どもになった姿とはいえ晴柊なのである。
「じゃぁ行くぞ。」
「いってきまぁす!」
晴柊は琳太郎の腕の中でぶんぶんと篠ケ谷に向けて手を振った。晴れ空が広がる昼、子供を抱き犬の散歩をする一人の大人となればどこからどうみても親子に見られるだろうなと琳太郎は思いつつも、外の目は気にならなかった。
ただ腕の中で楽しそうにする晴柊をじっと見る。3歳となると結構な重さではあるが、随分小さくなったものだなと思った。
「こーえんいくの?」
「ああ、行くぞ。」
「あそんでもいい?」
「少しだけな。」
「うん!」
琳太郎はシルバのリードを握りながら、いつもの散歩道を歩く。公園につくと、晴柊を下ろし、自分の視界の範囲内で少し遊ばせてやる。自分はベンチに座り、シルバとその様子を眺めた。地面で何かを拾い集めている様だった。いつ戻るのか、不安が無いと言えば嘘になる。しかし目の前にいるのは晴柊には変わりない。ある日起きて消えていたというより何倍もマシである。
「晴柊。そろそろ帰るぞ。」
少し離れたところで遊んでいた晴柊が、とことこと琳太郎の元へ戻ってきた。聞き訳も良く、我が儘も言わない。そう育てられた過去が影響しているのか、真偽はわからないが、晴柊の笑顔を見ればそんなことどうでもよくなるのだった。
駆けよった晴柊は、両手に何かを大事そうに乗せてきた。
「どんぐり!これは、りんたろうので、こっちはシノちゃん。それでね、こっちはてんどーさんので、――――」
晴柊が琳太郎にどんぐりをぱらぱらと渡し、一生懸命説明している。こういった誰かを思いやるところもまるで今と変わらない。琳太郎は大事にもらったどんぐりを持っていた袋に入れ晴柊に持たせる。
「あとでお前から渡してやれ。皆喜ぶ。」
琳太郎はそういうと、晴柊のまんまるい頬にキスをし、抱き上げると屋敷へと戻っていった。
♦
夜8時。晴柊の就寝時間となり、パジャマに着替えた晴柊は琳太郎とベッドに潜った。遊び疲れたのか、もうすでに眠そうである。
「まっくら……こわい……」
「ああ、電気点けるか。」
「……いっしょにねてくれる……?」
「隣にいる。大丈夫だから、いい子はもう寝ろ。」
琳太郎は晴柊のお腹をトントンと軽くさするようにして撫でる。しばらくして、晴柊が規則正しい寝息を立て寝始める。琳太郎はそっと電気を消した。もう少し深い眠りに入るまで傍にいようと、じっと晴柊を見た。
これといって我が儘も言わなければ、一度も癇癪起こさず泣かなかった。3歳とはこんなに聞き分けがいいものかと琳太郎は思う。この頃からあらゆることに我慢することに慣れていたのだろう。今の晴柊も、セックスの時を除けば滅多に泣かない。目を潤ませることはあっても、必死にそれを堪え涙を流すところを見せない。
いつか、自分の前で思う存分泣けるようになってくれたら、そう思いながら、琳太郎は眠る晴柊の小さな頭をそっと撫でる。この晴柊も愛おしいが、やはり、いつもの晴柊に会いたい。琳太郎は眠るつもりは無かったが、ゆっくり目を閉じた。起きたときに、晴柊が戻っていますように、と、願いながら。
♦
「起きろー!朝ごはんできたぞ!」
眠る琳太郎の布団がガバッと剥がされる。琳太郎は眠そうに目を薄く開ける。そしてすぐに昨日のことを思い出し、ぱっと目を開けた。そこには、いつもの晴柊がいた。
「お前………成長した……?」
「え?成長?珍しく寝起きいいなぁなんて思ったら、もしかして寝ぼけてる?はは、可愛い。ご飯冷めちゃうぞ~。」
晴柊はくすくすと笑いながら琳太郎の頭を撫で、腕を引っ張り起こす。昨日まで自分のほうがまるで可愛い姿になっていたくせに、と、琳太郎は何故かムキになり急に大人ぶる(?)晴柊に反撃するように腕を引っ張りベッドに引きずり込んだ。
「わぁ!?ちょっと~!」
「はは。……おかえり、晴柊。」
琳太郎はまるで何が何だかわかっていない晴柊に、そう優しい声で呟いた。
「……は?」
昨晩、琳太郎は確かに晴柊と眠りについた。これでもかというほど、記憶はハッキリ残っている。琳太郎はもう一度目を閉じ、開ける。そして隣で眠る、小さな塊をじっと見た。
そこには、誰がどう見ても紛うことなき幼児がいる。スウスウと寝息を立てながら暢気に眠っているその幼子には、晴柊の面影を感じさせる。これは夢だろうか。いや、夢であれ。
「んっ……」
琳太郎が必死に思考整理をしていると、謎の幼児がもぞもぞと身体を動かし、ゆっくりと目を覚ましていった。長いまつ毛、綺麗な黒色の瞳、これはやっぱりどうみても―――。
「晴柊……?」
「……?」
きょとん、とする幼児は泣きもしなければ何を言うでもなく、ただじっと、琳太郎を静かに見ていた。昨晩晴柊に着せた寝間着が、辛うじて幼児の身体にかかっていた。琳太郎は身体を起こし、はぁっと深いため息を付くと、もう一度隣の晴柊「らしき」子供を見る。
「おにいさん、だあれ?」
「……」
恋人だ、なんてこんな純真無垢な目を向けられて言えるわけがなかった。琳太郎はそっと晴柊を抱き上げ、そのありえない軽さにまたため息を付きそうになるのを必死に抑えながら寝室を出た。
「組長、やっと起きて―――えっ……隠し子……?」
丁度琳太郎たちを起こしに行こうとしていた篠ケ谷に遭遇すると、子供を抱きかかえる琳太郎を見て、篠ケ谷はわかりやすく固まった。
「なわけあるか。俺も何が何だかわかってねえんだよ。起きたら、隣で晴柊じゃなくてコイツがいた。」
「晴柊……晴柊……?はっ………え……?」
いつも煩い篠ケ谷も、最早声が出ないといった様子であった。そしてすぐにドタドタと足音を立てながら屋敷を走り、居間の襖を開けると、これでもかという大声を出し、周囲の側近を集める。
「緊急会議!!!!!!!」
♦
「かわいい~~~!」
真っ先に晴柊に飛びついたのは榊だった。自らの頬をもちもちの晴柊の頬に擦り付けている。一同が居間に集まり、畳の上で朝から話し合いが行われていた。
「あっ、うっ……」
「お前さぁ、何でこうなったんだろうとか、元に戻るのかとか、そういう心配ないのかよ?」
天童が呆れたように榊の首根っこを掴み離させる。
「だって慌てたって仕方ないじゃん~!原因わからない、戻し方も分からない、それじゃぁこの状況楽しむしかないでしょ!」
「なんて暢気なんだコイツ…」
遊馬が頭を抱える。
「でもさぁ、見てよ!こんなに可愛いんだよ!!」
榊が晴柊の身体を持ち上げ、遊馬の前に座らせる。ムチムチとした身体に愛くるしいもちもちの頬、晴柊持ち前のくりくりな目はこの頃から顕在だと、いともたやすく遊馬のハートを打ち抜いた。
「だって……晴柊だろ……可愛いに決まってるだろ……」
「チョロ。」
榊がにやにやと遊馬を見ている。
「取り敢えず、子供服とか、その他諸々用意しなければいけませんね。」
日下部が買い物リストを作り始める。
「この感じだと3歳とかっすかねえ?オムツはギリ取れてるってところかなぁ。」
「天童、お前随分詳しいな。」
「ああ、俺大家族の長男なんで。下に沢山いたんで嫌でも覚えましたね。」
懐かしいなぁと、大人しく座る晴柊の頭をわしゃわしゃと撫でる。大人の時の記憶はないはずなのだが、大の大人に囲まれても泣かないとは、この頃から随分肝が据わっている晴柊であった。
「こいつ、喋れんのか?」
篠ケ谷が晴柊の頬をぎゅっと掴む。晴柊はあからさまに嫌そうな顔を浮かべた。
「3歳なら大分言葉は覚えてるはずだけど……」
「おい、名前は?」
篠ケ谷がぱっと手を離し、晴柊に問う。
「のせはるひ。」
「歳は?いくつだ?」
「さんさい。さん……?」
ずいっと晴柊が指を出す。しかしその手はピースである。一本足りねえ、と、篠ケ谷が薬指を立たせてやると、ぱぁっと笑顔を浮かべる晴柊。
「はるひ、さんさい!」
えへへ、と嬉しそうに3の指を見せつける晴柊。ヤクザ一派とは思えないほど、室内が和やかなムードに染まる。
「………組長、俺が責任もって育てるね……」
榊が晴柊をぎゅっと抱き寄せる。
「おい何言ってんだ。お前らに任せるのは不安しかない。」
「いや、組長の方が不安要素多いに決まってるでしょ。晴柊に危害が及びそう。」
「遊馬、表出ろ。」
「こんな時になに喧嘩してるんですか……とにかく、買い出し係、世話係、残りはいつもの様に仕事です。いいですね?」
日下部がその場を取り仕切る。全員に緊張の空気が漂う。意地でもミニ晴柊に触れあえる世話係が良いに決まっているのだ。となるとそう、決めるはジャンケンのみ。
全員がスッと拳を出す。
「じゃーんけん!ぽん!」
♦
「ズルい~!組長なんていっつもハルちゃんと一緒にいるじゃん~!!仕事しろ~!!」
「残念だったな。普段の行いだ。」
熾烈なジャンケンの結果、買い出し係は榊、天童篠ケ谷そして琳太郎が晴柊の世話係、遊馬と日下部は組の仕事という割り振りになった。
遊馬は不満を追い越しもはや悲しみに暮れ、晴柊を抱き上げお腹に自分の顔を埋めている。
「ほら琉生、晴柊寄こせ。」
横から天童が晴柊を奪い取ると、遊馬がまるで猫の様に威嚇するが、天童に抱きかかえられた晴柊はそんな遊馬の頭をぽんぽんと撫でている。
そして怒涛の役割決めが終了し、明楼会付属幼稚園が開園することになった。
♦
「おい餓鬼、メシだ。」
天童が手際よく朝食を用意し、篠ケ谷がそんな晴柊を抱きかかえる。しかし、当たり前の様に子供の晴柊では椅子に座らせても机には届かない。そのため琳太郎の膝に座らせ食べさせることになった。箸が使えない晴柊のために、手づかみで食べられるおにぎりとおかずは卵焼き、ウインナー、ブロッコリー、デザートのバナナという中々栄養満点なメニューである。
「組長、俺たち榊の買い出しの手伝いに向かうんで、お守り頼みますね。」
天童はそういうと、篠ケ谷と2人で榊の助っ人へと行ってしまう。琳太郎は子どもの扱いなど到底慣れていないためわからないのだが、とりあえず自分の膝の上にのせ、スプーンを握らせてみる。
「メシ。好きなだけ食え。好き嫌いすんなよ。」
「うん。いたーだきます。」
小さな手をパチンと合わせ、晴柊は嬉しそうにご飯を食べ始める。お握りを掴み、むしゃむしゃと口に運び始める。その様子をじっと上から眺める。晴柊の頬が咀嚼に合わせ動く様子が愛おしく、思わずむにっと触ってみる。
「や!」
どうやらご飯に夢中なようで、邪魔をするなと手を払われてしまう。食い意地の張りようはこの時から変わっていないらしい。
「うまいか?」
「ん!……たべる?」
晴柊がくるっと後ろを振り向き琳太郎のほうを見上げると、満面の笑みで頷いた。口の周りにすでに米粒がついており、晴柊は手に持っていたお握りを琳太郎にずいっと出して見せる。
「俺は良い。沢山食べないと大きくなれねえぞ。」
晴柊はその言葉を理解したのか、むしゃむしゃと再びご飯に食らいつき始めた。
「あー…うー……とってぇ……」
晴柊が手をグーッと伸ばす先にはコップに入った水があった。琳太郎はそれを取って渡してやる。晴柊は両手でコップを持ち、口を付けると、勢いよく傾け顔をビショビショにし身体をも濡らしていく。
「あ、おい!くそっ……ガキってのはこんなに手がかかるのか……待て待て飲もうとするな!いったん置け!拭くから!」
あの琳太郎が子供の晴柊に翻弄されている。しかし晴柊は1人きゃっきゃっと楽しそうである。
♦
てんやわんやの食事を終え、榊が調達してきた服を適当に見繕い、晴柊に着せる。
「似合うね~可愛いね~!」
完全に榊の趣味で、茶色の熊の全身繋ぎであった。靴下は大人の手のひらより小さく、それだけで愛おしく感じさせてくる。もこもこの素材がまるで晴柊自身をぬいぐるみのようにみせてくる。
「あそぼ!あそぼ!えほんよんで~。」
晴柊が琳太郎の足元をぐいぐいと引っ張る。
「俺はこれから少し用事があるから相手してやれない。おい篠ケ谷、お前面倒みろ。」
「はは、組長ご指名ならお前がやらなきゃな、シノ。俺は昼飯の準備しなきゃいけないから、後は頼んだぞ~。」
そういうと天童もキッチンへと退散してしまい、篠ケ谷は晴柊と2人取り残される。
「……」
「シノちゃ、えほんよも?」
「……」
晴柊はきゅっと篠ケ谷の足元を掴み、見上げる。普段なら子供のじゃれ合いなど蹴とばす勢いだが、何より晴柊の可愛さが篠ケ谷の心をも揺るがす。可愛いは正義である。
「選べ。」
「わぁ~!いっぱいある!えっとねえ、えっとねえ。」
晴柊は並べられた絵本をキラキラした瞳で眺める。榊が買いそろえてくれた様々な絵本。晴柊は膝をつき前のめりになって選んでいた。この頃から本を読むことは好きらしい。
「これ!」
晴柊が一冊の本を選び篠ケ谷に渡した。2人は畳の上に座り、仲良く横並びになって読書大会を開催した。篠ケ谷は半ば諦めできちんと読み聞かせをする。晴柊はそんな篠ケ谷を気に入ったらしく、気付けばべったり懐いているのであった。
「おい2人とも、昼飯~……―――」
数時間後、天童が2人を呼ぼうと部屋に入ると2人仲良く和室で横になり眠っていた。朝が早かったからだろうか、昼寝にしては少し早かったが、天童はブランケットを取り出しそっと2人にかけた。
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「わんわん!」
晴柊が目覚めると、そこにはもふもふの白い犬、シルバがいた。
「シノちゃ、わんわんだよ!かわいいねえ。」
晴柊は眠る篠ケ谷を起こし、好奇心からシルバを撫でてみる。
「あ……?んでシルバが中に入ってんだよ……そんな雑に撫でてやるな。もっと優しく、そう。」
意外と面倒見の良さを発揮する篠ケ谷。晴柊は篠ケ谷の真似をするように撫でた。シルバが大きな舌で晴柊の顔をぺろりと舐める。
「おおきいわんわん。」
晴柊がシルバにぎゅぅっと抱き着く。すると、琳太郎が部屋に顔を出した。
「晴柊、散歩にいくぞ。」
琳太郎はそう言うと、リードをシルバにつけ、運動がてら晴柊を外に連れた。まだ少し寒い時期ということもあり、晴柊はこれでもかというぐらい防寒バッチリの格好をさせられる。着膨れしてまんまるいフォルムになる晴柊を、琳太郎は抱き上げた。
「抱っこしたら運動にならないじゃないっすか。」
篠ケ谷が釘を刺す。
「歩かせたら危ねえだろ。」
相当な過保護っぷりを発揮している琳太郎に意外性を感じるものの、相手は子どもになった姿とはいえ晴柊なのである。
「じゃぁ行くぞ。」
「いってきまぁす!」
晴柊は琳太郎の腕の中でぶんぶんと篠ケ谷に向けて手を振った。晴れ空が広がる昼、子供を抱き犬の散歩をする一人の大人となればどこからどうみても親子に見られるだろうなと琳太郎は思いつつも、外の目は気にならなかった。
ただ腕の中で楽しそうにする晴柊をじっと見る。3歳となると結構な重さではあるが、随分小さくなったものだなと思った。
「こーえんいくの?」
「ああ、行くぞ。」
「あそんでもいい?」
「少しだけな。」
「うん!」
琳太郎はシルバのリードを握りながら、いつもの散歩道を歩く。公園につくと、晴柊を下ろし、自分の視界の範囲内で少し遊ばせてやる。自分はベンチに座り、シルバとその様子を眺めた。地面で何かを拾い集めている様だった。いつ戻るのか、不安が無いと言えば嘘になる。しかし目の前にいるのは晴柊には変わりない。ある日起きて消えていたというより何倍もマシである。
「晴柊。そろそろ帰るぞ。」
少し離れたところで遊んでいた晴柊が、とことこと琳太郎の元へ戻ってきた。聞き訳も良く、我が儘も言わない。そう育てられた過去が影響しているのか、真偽はわからないが、晴柊の笑顔を見ればそんなことどうでもよくなるのだった。
駆けよった晴柊は、両手に何かを大事そうに乗せてきた。
「どんぐり!これは、りんたろうので、こっちはシノちゃん。それでね、こっちはてんどーさんので、――――」
晴柊が琳太郎にどんぐりをぱらぱらと渡し、一生懸命説明している。こういった誰かを思いやるところもまるで今と変わらない。琳太郎は大事にもらったどんぐりを持っていた袋に入れ晴柊に持たせる。
「あとでお前から渡してやれ。皆喜ぶ。」
琳太郎はそういうと、晴柊のまんまるい頬にキスをし、抱き上げると屋敷へと戻っていった。
♦
夜8時。晴柊の就寝時間となり、パジャマに着替えた晴柊は琳太郎とベッドに潜った。遊び疲れたのか、もうすでに眠そうである。
「まっくら……こわい……」
「ああ、電気点けるか。」
「……いっしょにねてくれる……?」
「隣にいる。大丈夫だから、いい子はもう寝ろ。」
琳太郎は晴柊のお腹をトントンと軽くさするようにして撫でる。しばらくして、晴柊が規則正しい寝息を立て寝始める。琳太郎はそっと電気を消した。もう少し深い眠りに入るまで傍にいようと、じっと晴柊を見た。
これといって我が儘も言わなければ、一度も癇癪起こさず泣かなかった。3歳とはこんなに聞き分けがいいものかと琳太郎は思う。この頃からあらゆることに我慢することに慣れていたのだろう。今の晴柊も、セックスの時を除けば滅多に泣かない。目を潤ませることはあっても、必死にそれを堪え涙を流すところを見せない。
いつか、自分の前で思う存分泣けるようになってくれたら、そう思いながら、琳太郎は眠る晴柊の小さな頭をそっと撫でる。この晴柊も愛おしいが、やはり、いつもの晴柊に会いたい。琳太郎は眠るつもりは無かったが、ゆっくり目を閉じた。起きたときに、晴柊が戻っていますように、と、願いながら。
♦
「起きろー!朝ごはんできたぞ!」
眠る琳太郎の布団がガバッと剥がされる。琳太郎は眠そうに目を薄く開ける。そしてすぐに昨日のことを思い出し、ぱっと目を開けた。そこには、いつもの晴柊がいた。
「お前………成長した……?」
「え?成長?珍しく寝起きいいなぁなんて思ったら、もしかして寝ぼけてる?はは、可愛い。ご飯冷めちゃうぞ~。」
晴柊はくすくすと笑いながら琳太郎の頭を撫で、腕を引っ張り起こす。昨日まで自分のほうがまるで可愛い姿になっていたくせに、と、琳太郎は何故かムキになり急に大人ぶる(?)晴柊に反撃するように腕を引っ張りベッドに引きずり込んだ。
「わぁ!?ちょっと~!」
「はは。……おかえり、晴柊。」
琳太郎はまるで何が何だかわかっていない晴柊に、そう優しい声で呟いた。
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虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。
だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?
そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。
ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…
神父様に捧げるセレナーデ
石月煤子
BL
「ところで、そろそろ厳重に閉じられたその足を開いてくれるか」
「足を開くのですか?」
「股開かないと始められないだろうが」
「そ、そうですね、その通りです」
「魔物狩りの報酬はお前自身、そうだろう?」
「…………」
■俺様最強旅人×健気美人♂神父■
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