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オメガバース
運命の番(2)
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(※注 モブレイプ未遂表現有。)
マンションに着くなり、晴柊はすぐに琳太郎の部屋へと運ばれる。琳太郎は寝室のベッドに晴柊を降ろす。すると、すぐに暴れようとする晴柊を押し倒すようにして寝かせた。
「落ち着け、俺はお前を襲わない。でもな、俺も正直限界がきそうだ。とにかくこの状態のお前を外に放り出せばさっきみたいにどこぞのαに食われるぞ。薬のんで落ち着くまでここにいろ、いいな?俺は隣の部屋にいる。」
琳太郎は先ほど晴柊がまき散らしていたお守りともいえる抑制剤を晴柊に渡し、ペットボトルの水も置くと、寝室を後にした。琳太郎も琳太郎で本能を抑え込むのが大変なのである。空腹状態で目の前に豪勢な食事を並べられ拘束されているのと一緒だ。極悪非道なヤクザの琳太郎としては、無慈悲にΩを喰ってしまうことだってできた。しかし、今までのΩとはまるで違う。琳太郎自身もまた、初めてのことに戸惑いを隠せずにいた。
晴柊は1人残された寝室で必死に薬を飲んだ。琳太郎が離れたからなのか、薬が効いてきたからなのか、少しして落ち着きを取り戻す。Ωである晴柊にとって、αはみんなΩを虐げ乱暴を働くものというイメージがあった。あの男も、本能だのなんだののせいにして、自分を襲ってくるかと身構えたが、そんな様子はみられない。
そもそも何者なのか。連れてこられたこのマンションも、まるで自分のような人間とは縁遠い。晴柊が大きな寝室の窓の外から街並みを眺めていると、寝室の扉が開く。思わず身構えるようにして音のなる方を見た。
「落ち着いたようだな。」
「……」
「お前、名前は?」
晴柊は警戒心剥き出しで琳太郎を見た。しかし沈黙の圧に負けたように、口を開く。一応、助けてもらった恩もある。
「野瀬晴柊。」
「晴柊……俺は薊琳太郎だ。」
「何者?ゲイノウジンか何か?」
整った容姿をもちモデルのようにスタイルの良い琳太郎を見て、晴柊は問う。
「はは、そんな小奇麗なもんじゃねえな。ヤクザだよ、ヤクザ。」
晴柊は思わず少し後ずさりをした。危ない人というのは良く理解できた。
「安心しろ。別に、一般人には手出さねえ。…晴柊、お前、俺の傍にいろ。」
「は?嫌だけど。俺は誰の番にもなる気はない。俺はβとして生きていくって決めてる。お前が例え運命の番だとしてもだ。俺は誰のものにもならない。誰かに支配されてペット同然に飼われながら生きるなんてごめんだ。」
帰る、と、晴柊は琳太郎のよこを横切り寝室を出ようとしたときだった。琳太郎は晴柊の腕を強くつかみそのまま投げ捨てるようにしてベッドにもう一度引き戻す。
「なにするんだよ!」
「Ωのお前が、何故俺を拒む?」
琳太郎が晴柊を押し倒す形で圧し掛かる。晴柊は怯えることはせずとも、警戒心丸出しで琳太郎を見つめ返した。
「何が言いたい。」
「この世の中、Ωってだけで就職も、住居も、結婚も、まるで自由がない。それは今までの人生で嫌というほど味わってきたんだろ?そんなΩはαの番となることで守られる。ヒートにも、他のαにも怯えることなく過ごせる。それに俺たちは運命の番ときたもんだ。何がそんな不満なんだ。」
「はは!笑わせるな。アンタも所詮下衆のαに変わりはないな。Ωのこと見下して、支配して私欲を満たす道具にしか見てないんだろ。だから俺はαが大嫌いだ。それに、何を好き好んで犯罪者紛いのアンタの番になんかならなきゃいけないんだよ。Ωにこんなに罵られて腹が立つか?今ここで獣のαらしく襲ってみせるか?」
晴柊はオーバーキルの如く言葉をつらつらと並べる。それほど、琳太郎の発言が癪に障ったのだった。殴られるか、レイプされるか……晴柊はひとしきりの最悪な想像を膨らませるが、琳太郎は何も言わず体を離した。晴柊は急いで起き上がる。
「晴柊。お前は俺を求めるぞ、絶対に。」
琳太郎は去り際、晴柊を追うことはせず、言葉だけを残した。晴柊の罵倒にたいして何も言い返さず、引き留めることもしなかった。晴柊もまた、そんな琳太郎の言葉を聞いても何も返さず、その言葉を聞いたあと逃げるようにマンションを後にした。
♦
あれから数日、晴柊の頭の中にはあの男がずっと居た。
理由は2つ。1つ目は、あまりにも失礼なことを良い過ぎたのではないかという罪悪感だ。いくらαを嫌っていて、腹の立つことを言われたからと言えど、彼はあのまま街中にいたら危険だった自分を助けてくれたのだ。感謝の1つでもしなければいけなかったと、晴柊は反省していた。2つ目は、彼が、運命の番であるということである。今まで運命の番の話など所詮作り話だと高を括っていたが、今ならわかる。あれは、空想話などではなかったのだ。今まで自分が信じていなかったことからも、あの感じは当事者にしかわからない。理性を超えた本能が、身体の奥底からあの男を求めていた。そして、また彼も同じようであった。
さらに、あの日以降晴柊の身体はホルモンバランスが崩れていた。運命の番に合ったことから想定外のヒートが起こり、周期が崩れ気味であった。いつもの抑制剤の効き目もどうも弱い。近いうちに病院にいってもっと強い薬を処方してもらわなければ。
晴柊はそう思いながら、今日もアルバイトに勤しんでいた。夜はコンビニエンスストアである。
”お前は俺を求めるぞ、絶対に。”
あの言葉が頭にこびりついて離れない。人の言葉など、忘れてしまえばいいのに。あの男が言うとまるで本当にそうだと思わせられる。
「野瀬君。もうあがりだよ~、代わるね。お疲れ様。」
「あ、お疲れ様です。」
考え事をしていると、あっという間に退勤時間となっていた。晴柊は慌てて挨拶し裏へと下がる。制服から着替えいつものようにリュックを背負う。お守り代わりの抑制剤があることもきちんと確認し、バイト先を出た。
深夜0時。バイト戦士の晴柊はこの時間に一日の勤務が終わる。家の近くのコンビニエンスストアは住宅街に囲まれているためこの時間は人通りが0に等しい。晴柊は街灯に照らされる夜道を一人歩いていた。心なしか身体が熱い。また不規則なヒートだろうか。しかし、家まではもう少し。人もいないのだから足早に帰ってしまおうと、晴柊は足を速めた。
そんな時だった。
「君。」
「!?」
夜道。急に晴柊は後ろから男性に声を掛けられる。そこにいたのは、晴柊のコンビニエンスストアによく来るサラリーマンであった。
「こんばんは、驚かせてすまないね。もうアルバイトは終わったのかい?」
「こ、んばんは……」
よく来る常連とはいえ、話しかけられたことも無ければ別に仲が良いというわけでも勿論ない。こんな夜中に、こんな道で会うだなんて――晴柊は嫌な予感がよぎる。なにより、ヒートが始まりかけている。一刻でも早く帰りたかった。
「あの、ちょっと急いでて……それじゃぁ。」
「ちょっと待ってよ。君、Ωだよね?首元、いつも守ってないからβだと思ってたけど、そんなにフェロモン垂れ流して誘ってるの?」
男が晴柊の腕を掴み引き寄せる。
「はぁ!?ちょっと、離せ!!」
「だって、チョーカーもしていない、抑制剤も飲んでない、そんなのαに項噛んでください、襲ってくださいって言っているようなもんだろ?」
「ちげえよ!やめろ、誰か――」
晴柊が大きな声を上げようとしたときだった。晴柊の鼻にツンとした匂いが霞む。まるでアルコールを多量に摂取したときのように、晴柊の目の前がぐるぐると回り、力が抜けていく。晴柊はそのまま意識をふっと手放した。
♦
「良いΩ捕まえたってマジ~?って…なんだ男かよ。」
「でもこの顔と体悪くないぜ。しっかし、発情期に外出るって、コイツバカなのか?」
「普段βって偽って生活してるらしいよ。にしても、対策してないのは変だけどなぁ。襲われ願望あったんじゃねえの?」
「あはは、そりゃぁいいな。期待に添えられそうで。」
戻る意識のなか、晴柊の上に言葉が飛び交う。頭が少し痛い。身体も熱く、息が苦しい。ここはどこだ、何があったんだっけ―――晴柊は必死に頭を巡らせ、道端で絡まれていたことを思い出しハッとした。
「あ、起きた。」
そこは薄暗い室内で、晴柊は後ろ手に結束バンドで拘束されていた。口はガムテープで塞がれ、足も紐で縛られている状態で、室内の中央にあるテーブルに横たわっていた。周りを見渡すとソファが囲むようにあり、そこに数人の男達がいる。妙に騒がしい声と音楽が外から聞こえていた。
「ん゛、ん~~っ!!」
晴柊は身体を暴れさせる。しかし腕も足も自由でなければたかがしれていた。
「あ~本当にすげえ匂い。よくこんな上玉な素人Ω捕まえてきたな。我慢できないんだけど、もう手出していい?」
「前から目付けてたんだよ。βだと思ってたんだけど、ラッキー。」
「まだ揃ってないんだけど…まぁいいか、始めようぜ。」
はい、暴れないでね~と晴柊の上の服がたくし上げられる。気持ちが悪い、怖い。きっとこの男たちはαだ。晴柊のフェロモンに当てられ半ば正気を失ったかのように晴柊に襲い掛かっている。ソファでタバコを吸いニヤニヤしながらこちらを眺める者、息を荒げながら晴柊の肌に触れてくる者、酒を片手に晴柊の服を脱がせようとしてくる者。
晴柊を道端で襲った男が、晴柊の口を塞いでいたガムテープを外す。
「はぁっ、ぅ、…さわるな、…きもちわる、ぃ……!!!」
晴柊が男たちを睨む。
「大丈夫だって。お前も興奮して仕方が無いんだろ?すぐに気持ちよくさせてやるからよ。」
「はは、みろよ、ここぐしょぐしょにしてる。ほんとΩの男は女みたいに濡らすよなぁ。」
男の一人がズボンの中に手を入れ晴柊の尻を揉みしだいた。下着の上からアナを触られ、そこはすでにぐしょぐしょに濡れて熟れきっていた。
「やめろ!!気持ち悪い!!下衆野郎っ……!!」
「いい加減黙れよ。俺たちα様に抱いてもらえることを寧ろ喜べよ、底辺が。」
身体が火照る。薬を飲みたい。求めたくないのに、αを求めていく身体。悔しい。何で俺がこんな目に、晴柊の目に涙が溜まっていく。このままでは犯されてしまう。
ガチン。
「ひっ…!!」
晴柊の首後ろ、うなじ付近で歯がぶつかる音がする。晴柊の身体が強張り、威勢のいい言葉が引っ込んだ。男たちがクスクスと笑っている。べろりと項を舐められ、ただの脅かしで噛むふりをされただけだと気付くも、晴柊の身体から汗が吹き出し、震えが止まらなくなる。助けて、誰か――。
そう願う晴柊の頭に、琳太郎の姿が過る。その時、室内を塞ぐ扉が勢いよく音を立てて開いた。
「なんだ?」
「あ?」
男たちが一斉にそちらに目をやる。そこには、晴柊の頭に過ったばかりの男の姿があった。ここにいるどのαとも違う。彼だけの匂い。晴柊の心拍が急速に早くなる。まるで自分の心臓に内から叩かれているかのように、鼓動が強い。
「おいお前ら、人のシマで勝手やってくれてるんだって?ここで胸糞悪い遊び事にハマってるゴミがいるって聞いて来てみたら……よりにもよってとんでもねえもんに手出してくれたな。」
そこにいる男の一人が、男の正体がわかったのか声を上げ顔を青ざめ始めた。
「す、すいません、明楼会の店だとは知らなくて、ちょっと借りてただけで――」
「勝手にしゃべるな。」
琳太郎は拳銃を取り出し男に向ける。
「店で好き勝手やられたって言うよりも、コイツに手出したってことが一番気に食わねえな。お前ら全員、明朗会組長の「番」に手出したってことでいいよな?」
場の空気が凍る。それからのことはよく覚えていない。晴柊はヒートに苦しみ息を荒げ、ゆっくり目を閉じた。彼の声を聞いて、心底安堵していたのだ。
フェロモンに充てられた室内のαを琳太郎の側近が拘束し、どこかへ連れていく。琳太郎は琳太郎で、冷静さを必死に装っていたが、正直これ以上晴柊と同じ室内にいるのは危険だと判断した。
「おい篠ケ谷。俺の家に運んで寝室で休ませろ。薬も飲ませるの忘れるな。俺も奴らの相手が終わったらすぐ向かう。」
「わかりました。」
琳太郎は側近のうちのβである篠ケ谷に晴柊を任せる。晴柊の身体に掛けられるスーツのジャケットからは、甘い香水の匂いがした。
♦
次に晴柊が目を覚ましたのは、フカフカの大きなベッドの上だった。覚えがある、ここに来たのは2回目だ。晴柊はゆっくり身体を起こした。ヒートが収まっている。身なりも綺麗に服を着させられていた。
事のすべてを覚えている。また、あの人が助けてくれた。あの人がいなかったら今頃――
嫌な想像をしゾっとした晴柊のいる寝室の扉が開く。そこには、琳太郎の姿があった。
「目、覚めたか。具合は?」
「平気……です。」
「お前、なんであんな状態で外にいた?薬はどうした。」
「……。」
「βとして生きていくとか言ってる割には自己管理もできてねえだなんて、口だけか?俺が来なかったらどうなってた?あいつらにただ犯されるだけじゃすまなかったぞ。中出しされて妊娠してたかもな。項噛まれて、無理矢理番にさせられることだって珍しくない。わかってるのか?」
「わかってるよ!!……アンタのせいだっ……アンタに会ってから俺の身体はおかしくっ……だから……」
晴柊は悔しさから声を張り上げた。琳太郎の言う通り今回は自分の落ち度だった。気付いた時にすぐ、薬を飲んでおくべきだった。早く病院に行って新しい薬を貰ってくるべきだった。何がβとして生きていくだ。結局俺はΩとして搾取され続けていくしかないんだ。晴柊の虚勢にちかい態度も限界だった。未だに襲われたそうになった恐怖から身体が震えている。
「……ごめん。全部八つ当たりだ。前だってそう。自分が心底嫌ってるΩから逃れられないことに、一人で腹が立ってた。本当は、そこら辺のα以上に、俺が一番Ωを蔑んで差別してるって気付いた。ほんと、情けない。」
晴柊は膝を抱えベッドの上で体育座りをし、膝に顔をうずめた。堪えきれない涙を見られたくなかった。
「アイツらの話によればお前はβだと思われてた。お前は俺と会って以来ホルモンバランスが崩れて、抑制剤が効かなかった。そんなところだろ?お前の不注意と油断のせいでもあるが、何よりあいつらは常習犯だ。Ωに限らず時にはβも狙ってあのたまり場に連れ込んでレイプしてた糞α共だよ。お前の言い分もわかる。この世のαには救いようもない程クズな奴らがごまんといる。そしてその被害を被る大多数がΩだ。だからお前が気に病むことは無い。いつだって悪いのはこっちの人間だ。……まあ、お前にとってみれば俺も反社の人間だから、そのクズなαのうちの1人なんだけどな。」
晴柊は思わず顔を上げる。琳太郎が「お前は悪くない」と不器用なりに、伝えてくれた。
「ごめんなさい……俺、前も今も、碌にアンタのこと知らないで酷いこと言って……助けてもらったのに……」
「お前を助けたからと言って俺が善人αになるわけではない。それに助けられたのも、どっちも偶々だ。たまたまお前と道端で出会った。そして今回も、たまたま俺の店で悪さしてるやつがいるっていうからしょっぴきにいったらお前がいた。あのクラブに入った瞬間、直ぐにわかったよ、お前がいるってな。……どうする?そろそろ「運命」信じてみるか?」
琳太郎が晴柊の方を見て小さく笑って見せる。
「……よくわからない……番、とか……」
晴柊はまた自分の膝に視線を落とす。自分は誰とも番わない、一人で生きていく。そう決めていた晴柊にとっては想像もしていなかったことで、イマイチピンときていなかった。何より、今は頭がこんがらがっていた。
「じゃぁ、俺自身はどう思ってる?番とか、αとか、ヤクザとか全部抜きにして。」
琳太郎が晴柊に僅かに近寄った。それでも二人の間にはまだ一定の距離があった。
「……わ、わかんない……色々、気持ちが追い付かなくて……」
「ふーん。じゃぁ十分勝機はあるみたいだな。」
「アンタが、俺なんかに拘る理由ってなに……?運命の番かもしれないから……?」
「俺もそんな空想話に固執するタチじゃないんでね。純粋にお前を気に入っただけだ。威勢がいい奴は嫌いじゃない。それに、変な所は素直だしな。」
「変な所って……」
「で、どうする?ここはお前の住んでる小さなアパートよりずっと居心地がいいと思うけど?」
自分の住んでいるところまでバレている、と、晴柊は嫌そうな顔をした。
「……考えと―――」
考えとく、と答えようとしたときだった。
「まあ、もうお前のアパート解約してきたけど。」
「はぁ!?」
急展開、晴柊と琳太郎の同棲生活がスタートすることになった。
マンションに着くなり、晴柊はすぐに琳太郎の部屋へと運ばれる。琳太郎は寝室のベッドに晴柊を降ろす。すると、すぐに暴れようとする晴柊を押し倒すようにして寝かせた。
「落ち着け、俺はお前を襲わない。でもな、俺も正直限界がきそうだ。とにかくこの状態のお前を外に放り出せばさっきみたいにどこぞのαに食われるぞ。薬のんで落ち着くまでここにいろ、いいな?俺は隣の部屋にいる。」
琳太郎は先ほど晴柊がまき散らしていたお守りともいえる抑制剤を晴柊に渡し、ペットボトルの水も置くと、寝室を後にした。琳太郎も琳太郎で本能を抑え込むのが大変なのである。空腹状態で目の前に豪勢な食事を並べられ拘束されているのと一緒だ。極悪非道なヤクザの琳太郎としては、無慈悲にΩを喰ってしまうことだってできた。しかし、今までのΩとはまるで違う。琳太郎自身もまた、初めてのことに戸惑いを隠せずにいた。
晴柊は1人残された寝室で必死に薬を飲んだ。琳太郎が離れたからなのか、薬が効いてきたからなのか、少しして落ち着きを取り戻す。Ωである晴柊にとって、αはみんなΩを虐げ乱暴を働くものというイメージがあった。あの男も、本能だのなんだののせいにして、自分を襲ってくるかと身構えたが、そんな様子はみられない。
そもそも何者なのか。連れてこられたこのマンションも、まるで自分のような人間とは縁遠い。晴柊が大きな寝室の窓の外から街並みを眺めていると、寝室の扉が開く。思わず身構えるようにして音のなる方を見た。
「落ち着いたようだな。」
「……」
「お前、名前は?」
晴柊は警戒心剥き出しで琳太郎を見た。しかし沈黙の圧に負けたように、口を開く。一応、助けてもらった恩もある。
「野瀬晴柊。」
「晴柊……俺は薊琳太郎だ。」
「何者?ゲイノウジンか何か?」
整った容姿をもちモデルのようにスタイルの良い琳太郎を見て、晴柊は問う。
「はは、そんな小奇麗なもんじゃねえな。ヤクザだよ、ヤクザ。」
晴柊は思わず少し後ずさりをした。危ない人というのは良く理解できた。
「安心しろ。別に、一般人には手出さねえ。…晴柊、お前、俺の傍にいろ。」
「は?嫌だけど。俺は誰の番にもなる気はない。俺はβとして生きていくって決めてる。お前が例え運命の番だとしてもだ。俺は誰のものにもならない。誰かに支配されてペット同然に飼われながら生きるなんてごめんだ。」
帰る、と、晴柊は琳太郎のよこを横切り寝室を出ようとしたときだった。琳太郎は晴柊の腕を強くつかみそのまま投げ捨てるようにしてベッドにもう一度引き戻す。
「なにするんだよ!」
「Ωのお前が、何故俺を拒む?」
琳太郎が晴柊を押し倒す形で圧し掛かる。晴柊は怯えることはせずとも、警戒心丸出しで琳太郎を見つめ返した。
「何が言いたい。」
「この世の中、Ωってだけで就職も、住居も、結婚も、まるで自由がない。それは今までの人生で嫌というほど味わってきたんだろ?そんなΩはαの番となることで守られる。ヒートにも、他のαにも怯えることなく過ごせる。それに俺たちは運命の番ときたもんだ。何がそんな不満なんだ。」
「はは!笑わせるな。アンタも所詮下衆のαに変わりはないな。Ωのこと見下して、支配して私欲を満たす道具にしか見てないんだろ。だから俺はαが大嫌いだ。それに、何を好き好んで犯罪者紛いのアンタの番になんかならなきゃいけないんだよ。Ωにこんなに罵られて腹が立つか?今ここで獣のαらしく襲ってみせるか?」
晴柊はオーバーキルの如く言葉をつらつらと並べる。それほど、琳太郎の発言が癪に障ったのだった。殴られるか、レイプされるか……晴柊はひとしきりの最悪な想像を膨らませるが、琳太郎は何も言わず体を離した。晴柊は急いで起き上がる。
「晴柊。お前は俺を求めるぞ、絶対に。」
琳太郎は去り際、晴柊を追うことはせず、言葉だけを残した。晴柊の罵倒にたいして何も言い返さず、引き留めることもしなかった。晴柊もまた、そんな琳太郎の言葉を聞いても何も返さず、その言葉を聞いたあと逃げるようにマンションを後にした。
♦
あれから数日、晴柊の頭の中にはあの男がずっと居た。
理由は2つ。1つ目は、あまりにも失礼なことを良い過ぎたのではないかという罪悪感だ。いくらαを嫌っていて、腹の立つことを言われたからと言えど、彼はあのまま街中にいたら危険だった自分を助けてくれたのだ。感謝の1つでもしなければいけなかったと、晴柊は反省していた。2つ目は、彼が、運命の番であるということである。今まで運命の番の話など所詮作り話だと高を括っていたが、今ならわかる。あれは、空想話などではなかったのだ。今まで自分が信じていなかったことからも、あの感じは当事者にしかわからない。理性を超えた本能が、身体の奥底からあの男を求めていた。そして、また彼も同じようであった。
さらに、あの日以降晴柊の身体はホルモンバランスが崩れていた。運命の番に合ったことから想定外のヒートが起こり、周期が崩れ気味であった。いつもの抑制剤の効き目もどうも弱い。近いうちに病院にいってもっと強い薬を処方してもらわなければ。
晴柊はそう思いながら、今日もアルバイトに勤しんでいた。夜はコンビニエンスストアである。
”お前は俺を求めるぞ、絶対に。”
あの言葉が頭にこびりついて離れない。人の言葉など、忘れてしまえばいいのに。あの男が言うとまるで本当にそうだと思わせられる。
「野瀬君。もうあがりだよ~、代わるね。お疲れ様。」
「あ、お疲れ様です。」
考え事をしていると、あっという間に退勤時間となっていた。晴柊は慌てて挨拶し裏へと下がる。制服から着替えいつものようにリュックを背負う。お守り代わりの抑制剤があることもきちんと確認し、バイト先を出た。
深夜0時。バイト戦士の晴柊はこの時間に一日の勤務が終わる。家の近くのコンビニエンスストアは住宅街に囲まれているためこの時間は人通りが0に等しい。晴柊は街灯に照らされる夜道を一人歩いていた。心なしか身体が熱い。また不規則なヒートだろうか。しかし、家まではもう少し。人もいないのだから足早に帰ってしまおうと、晴柊は足を速めた。
そんな時だった。
「君。」
「!?」
夜道。急に晴柊は後ろから男性に声を掛けられる。そこにいたのは、晴柊のコンビニエンスストアによく来るサラリーマンであった。
「こんばんは、驚かせてすまないね。もうアルバイトは終わったのかい?」
「こ、んばんは……」
よく来る常連とはいえ、話しかけられたことも無ければ別に仲が良いというわけでも勿論ない。こんな夜中に、こんな道で会うだなんて――晴柊は嫌な予感がよぎる。なにより、ヒートが始まりかけている。一刻でも早く帰りたかった。
「あの、ちょっと急いでて……それじゃぁ。」
「ちょっと待ってよ。君、Ωだよね?首元、いつも守ってないからβだと思ってたけど、そんなにフェロモン垂れ流して誘ってるの?」
男が晴柊の腕を掴み引き寄せる。
「はぁ!?ちょっと、離せ!!」
「だって、チョーカーもしていない、抑制剤も飲んでない、そんなのαに項噛んでください、襲ってくださいって言っているようなもんだろ?」
「ちげえよ!やめろ、誰か――」
晴柊が大きな声を上げようとしたときだった。晴柊の鼻にツンとした匂いが霞む。まるでアルコールを多量に摂取したときのように、晴柊の目の前がぐるぐると回り、力が抜けていく。晴柊はそのまま意識をふっと手放した。
♦
「良いΩ捕まえたってマジ~?って…なんだ男かよ。」
「でもこの顔と体悪くないぜ。しっかし、発情期に外出るって、コイツバカなのか?」
「普段βって偽って生活してるらしいよ。にしても、対策してないのは変だけどなぁ。襲われ願望あったんじゃねえの?」
「あはは、そりゃぁいいな。期待に添えられそうで。」
戻る意識のなか、晴柊の上に言葉が飛び交う。頭が少し痛い。身体も熱く、息が苦しい。ここはどこだ、何があったんだっけ―――晴柊は必死に頭を巡らせ、道端で絡まれていたことを思い出しハッとした。
「あ、起きた。」
そこは薄暗い室内で、晴柊は後ろ手に結束バンドで拘束されていた。口はガムテープで塞がれ、足も紐で縛られている状態で、室内の中央にあるテーブルに横たわっていた。周りを見渡すとソファが囲むようにあり、そこに数人の男達がいる。妙に騒がしい声と音楽が外から聞こえていた。
「ん゛、ん~~っ!!」
晴柊は身体を暴れさせる。しかし腕も足も自由でなければたかがしれていた。
「あ~本当にすげえ匂い。よくこんな上玉な素人Ω捕まえてきたな。我慢できないんだけど、もう手出していい?」
「前から目付けてたんだよ。βだと思ってたんだけど、ラッキー。」
「まだ揃ってないんだけど…まぁいいか、始めようぜ。」
はい、暴れないでね~と晴柊の上の服がたくし上げられる。気持ちが悪い、怖い。きっとこの男たちはαだ。晴柊のフェロモンに当てられ半ば正気を失ったかのように晴柊に襲い掛かっている。ソファでタバコを吸いニヤニヤしながらこちらを眺める者、息を荒げながら晴柊の肌に触れてくる者、酒を片手に晴柊の服を脱がせようとしてくる者。
晴柊を道端で襲った男が、晴柊の口を塞いでいたガムテープを外す。
「はぁっ、ぅ、…さわるな、…きもちわる、ぃ……!!!」
晴柊が男たちを睨む。
「大丈夫だって。お前も興奮して仕方が無いんだろ?すぐに気持ちよくさせてやるからよ。」
「はは、みろよ、ここぐしょぐしょにしてる。ほんとΩの男は女みたいに濡らすよなぁ。」
男の一人がズボンの中に手を入れ晴柊の尻を揉みしだいた。下着の上からアナを触られ、そこはすでにぐしょぐしょに濡れて熟れきっていた。
「やめろ!!気持ち悪い!!下衆野郎っ……!!」
「いい加減黙れよ。俺たちα様に抱いてもらえることを寧ろ喜べよ、底辺が。」
身体が火照る。薬を飲みたい。求めたくないのに、αを求めていく身体。悔しい。何で俺がこんな目に、晴柊の目に涙が溜まっていく。このままでは犯されてしまう。
ガチン。
「ひっ…!!」
晴柊の首後ろ、うなじ付近で歯がぶつかる音がする。晴柊の身体が強張り、威勢のいい言葉が引っ込んだ。男たちがクスクスと笑っている。べろりと項を舐められ、ただの脅かしで噛むふりをされただけだと気付くも、晴柊の身体から汗が吹き出し、震えが止まらなくなる。助けて、誰か――。
そう願う晴柊の頭に、琳太郎の姿が過る。その時、室内を塞ぐ扉が勢いよく音を立てて開いた。
「なんだ?」
「あ?」
男たちが一斉にそちらに目をやる。そこには、晴柊の頭に過ったばかりの男の姿があった。ここにいるどのαとも違う。彼だけの匂い。晴柊の心拍が急速に早くなる。まるで自分の心臓に内から叩かれているかのように、鼓動が強い。
「おいお前ら、人のシマで勝手やってくれてるんだって?ここで胸糞悪い遊び事にハマってるゴミがいるって聞いて来てみたら……よりにもよってとんでもねえもんに手出してくれたな。」
そこにいる男の一人が、男の正体がわかったのか声を上げ顔を青ざめ始めた。
「す、すいません、明楼会の店だとは知らなくて、ちょっと借りてただけで――」
「勝手にしゃべるな。」
琳太郎は拳銃を取り出し男に向ける。
「店で好き勝手やられたって言うよりも、コイツに手出したってことが一番気に食わねえな。お前ら全員、明朗会組長の「番」に手出したってことでいいよな?」
場の空気が凍る。それからのことはよく覚えていない。晴柊はヒートに苦しみ息を荒げ、ゆっくり目を閉じた。彼の声を聞いて、心底安堵していたのだ。
フェロモンに充てられた室内のαを琳太郎の側近が拘束し、どこかへ連れていく。琳太郎は琳太郎で、冷静さを必死に装っていたが、正直これ以上晴柊と同じ室内にいるのは危険だと判断した。
「おい篠ケ谷。俺の家に運んで寝室で休ませろ。薬も飲ませるの忘れるな。俺も奴らの相手が終わったらすぐ向かう。」
「わかりました。」
琳太郎は側近のうちのβである篠ケ谷に晴柊を任せる。晴柊の身体に掛けられるスーツのジャケットからは、甘い香水の匂いがした。
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次に晴柊が目を覚ましたのは、フカフカの大きなベッドの上だった。覚えがある、ここに来たのは2回目だ。晴柊はゆっくり身体を起こした。ヒートが収まっている。身なりも綺麗に服を着させられていた。
事のすべてを覚えている。また、あの人が助けてくれた。あの人がいなかったら今頃――
嫌な想像をしゾっとした晴柊のいる寝室の扉が開く。そこには、琳太郎の姿があった。
「目、覚めたか。具合は?」
「平気……です。」
「お前、なんであんな状態で外にいた?薬はどうした。」
「……。」
「βとして生きていくとか言ってる割には自己管理もできてねえだなんて、口だけか?俺が来なかったらどうなってた?あいつらにただ犯されるだけじゃすまなかったぞ。中出しされて妊娠してたかもな。項噛まれて、無理矢理番にさせられることだって珍しくない。わかってるのか?」
「わかってるよ!!……アンタのせいだっ……アンタに会ってから俺の身体はおかしくっ……だから……」
晴柊は悔しさから声を張り上げた。琳太郎の言う通り今回は自分の落ち度だった。気付いた時にすぐ、薬を飲んでおくべきだった。早く病院に行って新しい薬を貰ってくるべきだった。何がβとして生きていくだ。結局俺はΩとして搾取され続けていくしかないんだ。晴柊の虚勢にちかい態度も限界だった。未だに襲われたそうになった恐怖から身体が震えている。
「……ごめん。全部八つ当たりだ。前だってそう。自分が心底嫌ってるΩから逃れられないことに、一人で腹が立ってた。本当は、そこら辺のα以上に、俺が一番Ωを蔑んで差別してるって気付いた。ほんと、情けない。」
晴柊は膝を抱えベッドの上で体育座りをし、膝に顔をうずめた。堪えきれない涙を見られたくなかった。
「アイツらの話によればお前はβだと思われてた。お前は俺と会って以来ホルモンバランスが崩れて、抑制剤が効かなかった。そんなところだろ?お前の不注意と油断のせいでもあるが、何よりあいつらは常習犯だ。Ωに限らず時にはβも狙ってあのたまり場に連れ込んでレイプしてた糞α共だよ。お前の言い分もわかる。この世のαには救いようもない程クズな奴らがごまんといる。そしてその被害を被る大多数がΩだ。だからお前が気に病むことは無い。いつだって悪いのはこっちの人間だ。……まあ、お前にとってみれば俺も反社の人間だから、そのクズなαのうちの1人なんだけどな。」
晴柊は思わず顔を上げる。琳太郎が「お前は悪くない」と不器用なりに、伝えてくれた。
「ごめんなさい……俺、前も今も、碌にアンタのこと知らないで酷いこと言って……助けてもらったのに……」
「お前を助けたからと言って俺が善人αになるわけではない。それに助けられたのも、どっちも偶々だ。たまたまお前と道端で出会った。そして今回も、たまたま俺の店で悪さしてるやつがいるっていうからしょっぴきにいったらお前がいた。あのクラブに入った瞬間、直ぐにわかったよ、お前がいるってな。……どうする?そろそろ「運命」信じてみるか?」
琳太郎が晴柊の方を見て小さく笑って見せる。
「……よくわからない……番、とか……」
晴柊はまた自分の膝に視線を落とす。自分は誰とも番わない、一人で生きていく。そう決めていた晴柊にとっては想像もしていなかったことで、イマイチピンときていなかった。何より、今は頭がこんがらがっていた。
「じゃぁ、俺自身はどう思ってる?番とか、αとか、ヤクザとか全部抜きにして。」
琳太郎が晴柊に僅かに近寄った。それでも二人の間にはまだ一定の距離があった。
「……わ、わかんない……色々、気持ちが追い付かなくて……」
「ふーん。じゃぁ十分勝機はあるみたいだな。」
「アンタが、俺なんかに拘る理由ってなに……?運命の番かもしれないから……?」
「俺もそんな空想話に固執するタチじゃないんでね。純粋にお前を気に入っただけだ。威勢がいい奴は嫌いじゃない。それに、変な所は素直だしな。」
「変な所って……」
「で、どうする?ここはお前の住んでる小さなアパートよりずっと居心地がいいと思うけど?」
自分の住んでいるところまでバレている、と、晴柊は嫌そうな顔をした。
「……考えと―――」
考えとく、と答えようとしたときだった。
「まあ、もうお前のアパート解約してきたけど。」
「はぁ!?」
急展開、晴柊と琳太郎の同棲生活がスタートすることになった。
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