魔女の愛し子

雪塚 ゆず

文字の大きさ
上 下
2 / 2

第二話 魔女と生贄

しおりを挟む
それから、魔女と生贄の奇妙な生活が始まった。
と言っても、魔女には赤ん坊の世話などできるはずがなかった。
なんとお腹が減った、と泣く赤ん坊に魔女のおやつである森の昆虫をあげようとしたのだ。
そこでストップをかけたのが黒猫だった。

『待って!     フィリスディーネ!      赤ん坊にはミルクよ』
「はあ?      ミルク?」
『そう』
「ミルクなんて、どこから持ってこればいいのよ」
『人間の村からよ』
「にっ、人間!?」

それには思わずフィリスディーネも迷った。
人間とは極力関係を持ちたくない。
かと言って、このまま赤ん坊ーーリヴァナが死んでしまうのも罪悪感が募る。
頭を抱えて悩むフィリスディーネに、黒猫はため息をついた。

『……分かった。私が貰ってくるから、私を人間の姿にしてちょうだい』
「テ、テンカ……いいの?」

テンカ、と呼ばれた黒猫は背筋をピンッと伸ばして頷いた。

『そうしないと、リヴァナが死んじゃうからね』
「そっか……悪いわね、テンカ。じゃあ魔法をかけるからじっとしてて」

言葉に従ってテンカは動かなくなった。
本棚から魔法書を取り出し、使い魔が人間になる魔法を探す。
魔女はたくさんの魔法を使える分、物忘れが酷かった。
呪文が多すぎて混ざってしまうのだ。
そんな時には魔法書だ。
そこには全ての魔法が書いてある。

「……これだわ」

魔法と呪文が書かれた古臭いページをめくり、フィリスディーネは唱えた。

「汝、魔女の忠実なる下僕。汝の姿を偽ろう」

そう唱えたフィリスディーネが、テンカの額に指先を当てた。

ボンッ!

『……うん、久しぶりね。この姿は』

その場でクルクルと回ってテンカと思われる少女が笑った。
フィリスディーネと同じ黒髪に闇色の瞳をしている可愛らしい少女だ。
人とは違う点は、猫の耳としっぽがあることだ。
テンカはどこからか持ち出したフード付きコートを目深に被り、バスケットを手にする。

『じゃ、行ってくるね~』
「行ってらっしゃい」

テンカは魔女の家を出て、人間にあるまじき跳躍で飛び去っていった。

「………」

残されたフィリスディーネが、ベッドの上で眠るリヴァナを抱き上げた。
先ほどまで愚図っていたリヴァナだったが、今は大人しくフィリスディーネの瞳を覗き込んでいる。
テンカによると、リヴァナは男の子らしい。
フィリスディーネには性別が分からないため、どちらでも良い名前にしたが、この判断は正しかったようだ。

「あ、あ~」
「………」

リヴァナが声を上げて、フィリスディーネの髪を掴んだ。

「ああっ、コラッ!」
「むぅ~」

髪を取られ、リヴァナが不満げにしている。

「これがあるだろっ、ほらっ!」
「やぁ~!」

テンカお手製のおもちゃを差し出すが、リヴァナはそれを嫌がった。
フィリスディーネは大きなため息をつく。
これでは暇つぶしどころの話ではない。
凄まじく疲れる。
フィリスディーネにとって育児は初めての経験であった。
おかけですっかり寝不足だ。
だが、リヴァナを放り出す気にはなれない。

「……だって、可愛いものね」
「ん~」

リヴァナはフィリスディーネに向かってよくニコニコと笑いかける。
テンカは、フィリスディーネのことが好きなのだろう、と言っていた。
そう言われるとその気になるのがフィリスディーネだ。

「……ま、もうちょっとだけ頑張るかな」

フィリスディーネはリヴァナの背を軽く叩きながら、優しげに笑った。
魔女にあるまじき笑顔であった。



しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...