水神様と俺

りんくる

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俺の話を聞いてくれ!!
嘘みたいなほんとのような嘘の話だ。

 俺が住む田舎の町では水神様をあがめている。
 干ばつや大雨が続くたび、山のふもとにお供え物をする人々の様子を俺は内心バカにしながら見ていた。







 おれ、三城 仁(ミツシロ ジン)っていうんだ。あの町には三年前にこの町に引っ越してきた。最初は、古い家屋に隙間風、虫なんかが入ってきてイラついていたが、ここの人々の温かさに触れてこの町に来てよかったと思えるようになってきた。しかし、俺には一つ受け入れがたいものがあった。
 町のお年寄りが山のふもとにお供え物をして祈りをささげる習慣がある。自然災害が起こるときにはさらに念入りに。

 全く理解できない・・・・・神様なんているわけねえのに。

「仁君、いるのー?」
 必死で祈りをささげるお年寄りの背中を縁側で眺めていたとき、大きな声で自分のなまえを呼ぶ声が聞こえた。
「真美、なんだよ、こんな時間に」
「なんだ、いるんじゃない。」
 陽気な見た目の彼女は、この町に昔から住む地主の娘だ。そんな身の上でありながら、誰にでも分け隔てない。
「この間はありがとね。仁君がのお守りもらってからお母さん少し元気になったの!!。」
 勝手に俺の隣に腰掛けた彼女がニコニコと話す。
 俺の家業は拝み屋だがわけあって親に勘当された。それからは単身でこの町にきた。彼女の母親は体が弱く、あまり外には出られない。そこで俺は、拝み屋だったころの知識を応用して、お守りを作った。それが運よく聞いて調子のいい時間帯が増えたらしい。外に出ている姿を見かける回数も増えたように感じる。
 ・・・・・・・まあ、病は気からっていうのだから気休めに作ったお守りがプラシーボ効果に近いものなんだろう。
 それでもお礼を言われるのはうれしかったりする。真美の容姿がかわいかったのもあって内心デレデレとしていた。
「また、水神様のあがめる会の人たちがお供えをしてるのか?」
「うん、今日は特に雨が強いからさすがに心配になっちゃって。」
そう言って再びお年寄りのほうを見る。
ここの道は水神様にお供えをする山のふもとに行くのによく使われていて、いまもそこそこの人数で歩いているのが縁側から見える。
「ずっと不安定な日が続いているから心配なんだよ、おばあちゃんたち。」
この間のお礼にと言って真美が持ってきたほしいもをお茶うけに少し話をして、夕方になる前に帰っていった。次の日の朝、いつもより早く目が覚めた。天気は晴れているが昨日の雨のせいで地面はまだ濡れているので油断はできない。
「ジンくんおはよう!今朝も早いねぇ~」
「おはようございます。ちょっと用事があって早めに起きたんですよ。」
 少し離れたところに住んでいる老夫婦だ。
田舎町は朝が早い。だからここの町は朝早くから散歩をしているおじいさんやおばさんたちとあいさつを交わすことが多い。
「そうだ、ジン君、今日は山に入るのかい?」
「はい、そのつもりですけど何かあるんですか?」
「いや、こんなにも雨が続いているからね、土砂崩れが起きやすくなってきているから気を付けるんだよ」
ようやく上がった雨。今日の夕方にはすぐにふり出してしまうんじゃないかという心配はあるけど、これを逃したらまたいつ山に入れるかわからない。家で食べる山菜と拝み屋の道具に使う柳などの植物を取りに行く。
ゼンマイやヨモギやきのこなどのを取り、一息つこうと小川のきれいな水をすくって飲んでいると、向かい側から人の気配がした。
町の人かなと顔を上げると見たこともない化け物がいた。体は蛇のように長く鋭い牙を持っていて角がある三つ目のそいつは本の世界で見た竜の姿に酷似していた。
「うわああぁぁっ!!」
恐怖で足が動かず声を上げた瞬間、奴がこちらに向かってくるのが見えた。
死ぬ・・・殺される。そう思ったら、足が動いて山の中を全速力で走り抜ける。
「おい、町のモノか、そっちはだめだ、すぐに戻れ!」
後ろから低くてしわがれた男の声が聞こえたが無視をした。

すると前からドドドドドッドドドドドドッドというすごい地響きが聞こえてきた。
何の音だ・・・・?
ちっ、
舌打ちのようなものが耳のすぐそばで聞こえたかと思うと前に立ちふさがる竜の姿が見えた。
恐怖を覚えるよりも先に迫ってくる音の正体に気が付いて腰を抜かした。

土砂崩れだ・・・・・・!!

「うわああっ」
目の前に迫り来る大量の土砂が周辺の木々を巻き込んで迫ってくる様子にたまらず目を閉じて顔を背けた。
キインンンンンン
金属がぶつかる音によく似ている音がして、まぶしいほどの光が当たりを照らした。
「危なかったな、たてるか?」
誰かに手を引かれて立ち上がらせてもらった。恐る恐る目を開けると、そこには先ほどの竜と同じような姿の男が立っていた。姿はまるで青年で自分とさほど変わらないのに声は相変わらずしわがれている。
 おそるおそる周りを見るとどう見ても直撃だったはずなのに俺たちを避けて土砂の流れた跡が残っている。
 その光景に唖然とした。
「・・・・・ありがとうございました。」
手を引いてくれた男性に頭を下げると、彼は少し照れたような表情を浮かべた。
「気にするな、たまたま通りかかっただけだ」
そう言って、さっきまでいた場所を見ると、俺たちが来る前に起きていた土砂崩れの跡が広がっていた。
「まさか、あなたが助けてくれたのですか・・・?」
「まあな、それが私の使命だ。何ら気にすることじゃない」
そういうと男は俺の手を取って歩き出した。
「え、ちょっどこ行くんですか!?」
「・・・・・・・・ここは危ない。」
この人ってまさか、この町があがめている水神様・・・・?
どう見ても人間じゃないし、俺を助けてくれるなんてやっぱりそうなんだ。でも、なんでそんな人がここにいるんだろう。俺の疑問をよそに水神様と思われる人はどんどん進んでいく。
「あの、なんでこんなところにいるんですか?」
好奇心に負けて思わず聞いてしまった。
すると、水神はお供え物を指さした。いつの間にか山の入り口まで戻ってきていたらしい。
俺は水神に軽く会釈をして帰ろうとした。
「近い未来に災害が起こるぞ」
「・・・え?」
突然の言葉に振り返ると、水神は真剣なまなざしでこっちを見ていた。
「気を付けろ」
それだけ言って、彼は薄くなって消えた。
特徴的なしわがれた声と、人間じみた真剣な様子だけがいつまでも脳裏に張り付いて離れなかった。
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