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No.5 これで正しいはずだ!
しおりを挟む午前の訓練が終わり、水を飲んで一息着く。
騎士になるには厳しい訓練にもついていかないといけないが、俺は体力に自信があった。それに自分の顔の良さも自覚していて、この二つを武器に出世しようとしている。実際にそれは順調だ。
今日だって同僚がばてている中、俺は息が上がるくらい。だけど、いつもより訓練の時間が長く感じる。体力が落ちたわけでもなく、訓練が厳しくなったわけでもない。分からないふりしても無駄だ。訓練の時間は変わっていないのだから、訓練に身が入っていないのだ。
集中出来ない理由もなんとなく分かっていた。でも認めたくない。あんな奴にまだこだわっている自分が許せない。
苦い気持ちで無意識に見ていたのは中庭の先の魔法局だ。騎士の訓練場は魔法局の王宮側出入り口の向かいにあり、王宮に入ってくる魔法使いが見える。基本、魔法使いは魔法局で仕事が完結しているため王宮に出てくることはないのだが、俺と待ち合わせしていたあいつはよくこのドアを利用していた。あいつが俺のところに来てくれるのが嬉しくて、つい向かってくるのを眺めていたが、今考えたら馬鹿みたいだ。
大きな弁当箱を持って俺を見つけると嬉しそうに笑う。その弁当の中身も何種類もの惣菜が入って凝っており、俺が腹を空かせた大食らいだからこそ食べ切れる量を毎日。一人だとほぼ食べないくせに、毎日毎日俺のために作っていたのだろう。
あいつと別れてから三か月は経ったが、あいつに感じる妙なイラつきも前よりは落ち着いていた。勿論、嫌悪感はある。だが、はっきり嫌いと言うよりは、つまらない男に引っかかった自己嫌悪の方が強い。
癖でつい眺めていたら、コソコソこちらを窺いながら出入り口の前にいるあいつを見つけた。その手にはお弁当箱が二つ。
イラっとした。
俺の前に現れるなと言ったはずだ。あいつがそれを守っているからこそ、あいつへのイラつきも収まっていたのだ。それなのにあいつ、俺の所に来るつもりか。
前とは違う小ぶりなお弁当箱だが、そんなこと気にせず俺はあいつに見つからない場所に移った。俺はあいつと会うつもりはない。あいつがなんと言おうともだ。あいつが訓練場に来るのは苦手と言っていたから、俺達は外で待ち合わせをしていた。だが、今は絶対に出るものかと思う。もし、あいつがここまで押しかけてきたら、またガツンと言ってやろう。
イライラしながらそう思って、脳内シミュレーションをしていたがいつまで経ってもあいつは来ない。いつ来るかと気を張っていた俺は拍子抜けして、まあ怖気付いたのだと1人納得した。
あいつ、昔から人見知りだしな。訓練場に来るのが相当嫌なんだろう。
でも、それ以外の時に俺に会いに来るかもしれない。あいつは俺のことが大好きだったから諦められないのだろう。寧ろ、よくここまで持ったものだと思う。
とにかく、あいつと出くわしたら迷惑だからやめろと拒否するつもりだ。嫌がらせをしていたらしいが、あいつはそもそも理性的な奴で言えば分かるはず。
そう決心していたが、その後あいつが俺に話しかけてくることはなかった。
毎日、お弁当を持って王宮に向かってくるのに、俺に話しかけることがない。俺にお弁当を渡す勇気がないなら、そもそも来なきゃいいし、大体俺は受け取るつもりはない。早く諦めればいいのに。
その日もコソコソと不審な足取りで王宮に向かうあいつはお弁当を二つ持っている。
またかと思い、いっそのこと俺の方からやめろと言えばその無駄な行為をやめるだろうか。そう考えてあいつをこっそり見ていると、あいつは俺のいる訓練場を通り過ぎて政務局に入って行った。
「は?」
まさかあいつの目的は俺じゃない?
そんな可能性微塵も考えていなかったから、見間違いかと思った。いや、今回は日和ってたまたま通り過ぎただけかもしれない。まだ気をつけるべきだ。そう言い聞かし、次の日もあいつを観察する。あいつは最初、挙動不審にしているが、迷うことなく真っ直ぐ政務局の方に向かっていた。
どうやら本当にこっちにくる理由は俺じゃないらしい。
ホッとするような、でも、それならそうと分かるようにしろよと苛ついた。分かっている。これは割と言いがかりに近い。そんなこと分かってはいるが、自意識過剰と言われているようで気分が悪かった。
もう二度と気にしないにしよう。
気にしたら負けだ。
昼休み時は魔法局の方を見ないように意識したら、驚くほどあいつの情報は入ってこない。
これでいい。これが正しいはずだ。
「おーい、アラン。レベッカ嬢来たぞ!」
不意に名前を呼ばれた。
もう休憩時間が終わるのだが、お嬢様にそんなこと分からないのだろう。
「アラン! 今日のディナーですけど、いつものレストランがいいわ。あと、休みの日は街歩きに着いてきて」
「ええ。もちろん、どこまでもお供しますよ」
「ふふふ。アランと一緒だと周りの視線が集まって大変だわ!まあ、こんないい男が私のものって優越感はいいわね。……あら、手が荒れてますわよ。もっと身だしなみに気をつけてくださる?」
「すみません、気をつけますね」
ああ、皆が訓練に戻っているのに俺だけ取り残されている。一応、伯爵家のお嬢様なので上からはレベッカ嬢優先でいいと言われたが、別に訓練の量が少なくなるわけではない。早く訓練に戻りたい。
今、話す必要はあるのだろうか。いらない話に付き合わされて辟易していた頃レベッカ嬢が言った。
「そう言えば、ルイさんですか。彼、もう新しい恋人が出来たようですわね。しかも相手は魔法局長ですよ。分不相応な方と付き合うのがお趣味なようで。ほんと、あんな男のどこがいいのかしら。理解に苦しむわ」
耳を疑った。
あいつに恋人? 俺のことがあんなに好きだったくせに? まだ別れてからそんなに時間も経っていない。それなのにもう恋人? あいつは愛情深いから、そんなに早く恋人が出来るなんて無理に決まっている。そうだ。……でも、まさか。まさか、あのお弁当箱は。
「ちょっと!?アラン。聞いてるの?」
「あ、うん。聞いてるよ」
「まあ、アランもあの男と付き合っていたものね。別れて良かったでしょ?」
そうだね。君のおかげだよ。
そう言わなきゃならない。でも、口が詰まってでない。言え。言え。
「っそうだね。ありがとう」
あいつが他の男と付き合っている、なんて信じられない。あいつは俺が好きだったはずだ。俺が冷たくしたからって簡単に心変わりするような奴じゃない。幼馴染をしていたのだから、あいつのことなんて分かってる。あいつが俺以外を好きになるなんてあり得ないはずだ。
レベッカ嬢が何か話しているが、全て耳を通り過ぎていくだけで何も入ってこない。
あの笑顔を、あの献身を他の男にするのか。
あいつはそんな簡単に心変わりするような奴じゃなかった。……いや、そもそもあいつは嫌がらせするような奴じゃ。
「アラン!!」
何か大切なことに気付きかけた時、一際大きなレベッカ嬢の声が俺を浮上させた。レベッカ嬢の金切り声に訓練中の騎士も驚いてこっちを見ている。
こんなところで問題を起こさないでくれ。
「ちゃんと私の話を聞いて!」
「ごめん。ちょっと疲れていて」
「言い訳はもういい!気分が悪いから帰るわ!!」
ああ、やっと去ってくれる。俺はその安堵を押し隠した。レベッカ嬢が怒った様子で去っていく様子を眺めながら、あいつのことを考えている。
あいつに恋人。
しかも、レベッカ嬢は恋人は魔法局長と言っていた。
そんなわけない。
確かめたいけど、俺があいつに近づくなんて無理だ。俺から顔を見せるなと言ったのに、俺から会いにいくなんて馬鹿だ。
レベッカ嬢のご機嫌取りをしないといけないことを忘れ、暫くあいつばかりが頭を占拠する。
「おーい、アラン!どうした」
レベッカ嬢が去った後も俺が立ち尽くしていたことに気付いた先輩騎士に声をかけられ、ハッとする。こんなこと考えている暇はない。
俺は訓練に戻った。
これで正しかったのか、と疑問を抱えて。
応援ありがとうございます!
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