善人の皮を被った鬼畜男に騙され、泣かされ、泣かせた俺の話

たたた、たん。

文字の大きさ
33 / 49

32

しおりを挟む
 

「……薬」

 頭痛で目覚める朝。眠さよりも痛さが勝って、起きて一番痛み止めを探す。最近、本当に体調がおかしい。また二度寝と行きたいが大学に提出しないといけない書類があるからそんな訳にも行かない。

 あいにく家の冷蔵庫は空っぽで、鎮痛薬は食後の使用とあるが水を少し多めに飲むことでいいことにした。身支度を進めながら、ふと洗面台で自分の顔を見たら、顔の印象がなにか前と変わっている気がした。おそらく気のせいだろうとあまり気にもせず、今日だって金森に呼ばれるかもしれないと貰った服を着る。

 熱っぽさも感じて熱を測れば37度代の軽い微熱もあったが、真面目が取り柄の俺の休む理由にはならなかった。

 無事に書類を提出したが未だに痛みは続いていて、次の講義まで休もうと医務室に向かう。医務室は別棟にあり、距離があるが少しでも早く横になりたい。なるべく早足で歩いているところだった。

「こんなとこに勘違いベータがいる」

 たっぷりの悪意ある声が背後からかかる。この声は聞き覚えがある。こんな時に限って勘弁してもらい。

「お前さ、調子乗んなよ」
「そうそう。お前はおもちゃとしてたまたま切られてないだけだから」
「ベータだし孕む可能性ないしね」
「そうでもなきゃ誰がお前みたいなブサイク」

 金森に捨てられたオメガたち。アルファがいない時はこうやって嫌がらせをしてくる。普段はなんとも感じないが今は別だ。相手なんてしていられない。

 無視して立ち去ろうとすると、目の前のオメガが道を塞いだ。

「お前、無視するとか何様なわけ?」

 相変わらず綺麗な見た目なのに、中身は真っ黒な奴らだ。こうしているうちも気持ち悪くて吐き気が込み上げてくる。無意識にため息が出た。

「っお前」

 目の前の華奢なオメガに思い切り身体を押される。いくらヒョロい俺でも普段なら耐えられたがこの体調では耐えられるはずもなく、尻餅をついた。今まで散々言われて来たが、手を出されたことはない。頭を抑えて目の前に立ちはだかるオメガ達を見た。

「馬鹿にしてんじゃねぇぞ」
「選ばれた気になってんじゃねぇよ」

 顔を真っ赤にした怒りの形相。漸く分かった。このオメガ達は格下と思っていたベータだけが金森に選ばれたことでプライドが傷付いているんだ。

 選ばれたなんてとんでもない。お前らみたいに性格悪くないから切られなかっただけじゃないか。

 痛みで理性が薄れて余計な言葉が出そうになる。グッと抑えて立ちあがろうとするがオメガ達の怒りは転ばすことくらいじゃ解消しなかった。

「だいたい金森さんには許嫁がいるんだから!」
「そうそう。お前なんて所詮遊び」
「いい気にんなよ」

 もう一度肩を押されて、また地面に転がる。それでも俺が何も言わないとオメガ達は舌打ちをして去って行った。

 許嫁なんて初めて聞いた。金森って許嫁いるんだ。そりゃいるか。世界の金森財閥だもんな。そもそも恋人になれるなんて馬鹿な期待していないんだから傷付きはしない。別世界の人間なのだから。その内、金森は俺にも飽きて選ばれし者と結ばれる。あのオメガ達みたいに勘違いなんかしない。

 だるい身体を引きずるが、吐き気が込み上げて近くの建物に入る。慣れない建物でトイレを探しつつ歩くと、大勢の生徒に囲まれた豪くんが見えた。今は挨拶する気力さえないと、見なかったふりをしようとしたら俺に気付いた豪くんがわざわざ集団から離れて駆け寄って来てくれた。

「小林さん。どうしました?具合悪いんですか?」

 開口一番心配する言葉で、本当に良い子だと思う。はたから見てそんなに具合悪そうなのか。さっきのオメガ達には体調の良し悪しなんて関係ないんだな。

「うん。吐きそうだから取り敢えずトイレ……」
「あー、この棟トイレ遠い上に数少ないんで違うところ行った方がいいかもしれないです」
「まじか……」

 一刻も早くトイレに駆け込みたいのに嘘だろ。また歩くのか、とげんなりしていたら豪くんが俺の背中をさすりながら思いついたように言った。

「よければおんぶして連れて来ますよ」
「いやいやいや、いいよ。大丈夫」
「いえ、顔色相当悪いんで」

 普段優しい豪くんがピシッと諭すように言って驚く。それでも大丈夫と断ろうとしたら、豪くんは大きな声でさっきいた集団に先に行っててと伝えており、もうここまで来たら断るのも失礼だ。

「はい」

 豪くんがしゃがんで背中を差し出す。アルファらしい体格の広い背中だ。本当に良いのだろうかと思案する内に豪くんに早くと急かされ、つい乗った。最近体重も増えたし、重くて進めなかったらと思ったが豪くんはスイっと立ちずんずん進んでいく。

「ごめんね。重くない?」
「男にしては軽すぎですよ。それに俺、力持ちなんで」

 何も知らない外野の視点が刺さるがそれどころじゃない。豪くんは揺れの少ない中の最大限の速さで歩いてくれて、すぐによく俺が講義で使用している棟のトイレ近くまで来た。

「ここでいいよ」
「分かりました。気をつけて降りて下さいね」

 うん、そう言って地面に足を付けた瞬間、急に身体が沸騰した。いや、実際に燃えている訳じゃない。身体が熱い。ぶわっと甘い匂いが広がって、急に後穴が濡れていくのを感じる。

「ヒート!?」

 腕で鼻を覆い隠した豪くんが驚いたように言う。

 ヒート?ほぼベータの俺に?
 でもこの感覚、教科書で習った通りのヒートの症状だ。

 熱い身体の中でぼんやりとこれがヒートであると納得した。ガリガリと理性が溶けてゆくのを感じる。俺の中の何かが欲している。アルファが欲しいと喚き散らかして、暴れている。早く、早く隠れなきゃ。豪くんはアルファだ。

 腰が抜けているから、地面を張って目の前のトイレの個室に向かう。逃げなきゃ。逃げなきゃ?アルファが目の前にいるのに。嫌だ。逃げるんだ。嫌だ。早く。動け。豪くんだってヒートに釣られて襲ってくるかもしれない。嫌だ。どうせ噛まれるなら。

「っ小林さん。失礼します!」

 身体がふわりと持ち上がる。上を見ると顔を真っ赤にした豪くんがいて、俺を抱えてトイレに連れて行くようだ。

 一瞬、恐怖を感じる。アルファと共に個室へ行くなんて嫌だ。それが例え豪くんであろうと。彼が優しい人物だと分かっていても、嫌だ。嫌だ。襲われたくない。

 俺が震える声で抵抗の声を上げようとした時、豪くんは俺を個室に閉じ込めて外から扉を閉めた。

「鍵をかけて下さい!早く」

 反射的に鍵をかける。

「緊急抑制剤持ってますか」
「……持ってない」
「医務室から取ってきます。そこで待っててください。誰が来ても開けちゃダメですよ」
「うん」

 熱い。熱い。早く楽になりたい。誰でもいいから……いや、嫌だ。助けて。助けて……金森。

 震える手で金森にメッセージを送る。

『助けて』

 きっと返信なんて返ってこない。金森は大学では俺を無視しているし、金森が俺を助ける義理がない。ふと、初めて金森に呼び出された時のことを思い出した。俺は金森のたった一言で駆け出した。……ああ、金森は俺みたいな馬鹿じゃない。奇跡的にこのメッセージを見たって来るわけがない。

 スマホが手から落ちる。

 自分の中で暴れる熱を抑えて、ひたすら時間が経つのを待つ。豪くんがきっと緊急抑制剤持って来てくれる。それまで我慢。我慢すればいい。



「来たぞ」



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜

春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、 癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!? 夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)は、見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良ワーウルフの悪友(同級生)まで……なぜかイケメンたちが次々と接近してきて―― 運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!恋愛感情もまだわからない! 
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。 個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、異世界学園BLラブコメディ! 毎日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新) 基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2:10分に予約投稿。  *執着脳筋ヤンデレイケメン×儚げ美人受け   【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、クリスがひたすら生きる物語】  大陸の全土を治めるアルバディア王国の第五皇子クリスは謂れのない罪を背負わされ、処刑されてしまう。  けれど次に目を覚ましたとき、彼は子供の姿になっていた。  これ幸いにと、クリスは過去の自分と同じ過ちを繰り返さないようにと自ら行動を起こす。巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞っていく。  かわいい末っ子が兄たちに可愛がられ、溺愛されていくほのぼの物語。やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで、新たな人生を謳歌するマイペースで、コミカル&シリアスなクリスの物語です。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...