囚われたのはだれ

たたた、たん。

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囚われたのはだれ

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 ーーー復讐してやる。


 何もかもすべて失った日にそう誓った。




将臣まさおみくん?」

「……ん、ああ。すみません。ぼーっとしてました」

「疲れてるんだね。ちょっと休憩しよう」

 そう言ってパタンと教科書を閉じた男の名前は田中由紀たなかゆき俺の家庭教師をしている。有名大学を卒業して俺に数学を教えに来ているのだが、いかんせん地味で印象が薄くダサい服装の平凡な男で、いつも人の顔色を窺いながら愛想笑いを浮かべる良い子ちゃんだ。

 俺はそんな誰かの支配に慣れきり、従属しているこの男に内心苛つき、嫌悪感さえ持っている。はっきり言って大嫌いだ。それは俺がこの男と同じく大きな支配に怯え、従属しているからで、自己嫌悪だとも理解していた。

『将臣はいいよな』

 代々政治家で、国会議員務めるエリート一家に生まれ、成績はいつだって一番。美しい母親に似て容姿も整い、体格も良い俺はいつだってそう羨ましがられた。

 だけど、現実はどうだ。
 出来損ないの兄に代わり、全ての重荷を背負って歩く人生は苦痛だ。父は選挙の時だけ良い顔をし、その時以外は自分のことしか考えないクズだ。元は悪徳弁護士をやっていたらしく、恨みの電話がかかってくることは日常茶飯事だった。そんな父は勿論俺にだって自分勝手だ。全てを完璧にこなさないと怒鳴られ殴られは当然、軟禁されることだってある。母は父の言いなりで、何かあると父に告げ口を行う。味方なんて誰一人いなかった。
 自分を縛り付ける父に決められたレールを俺はこれまでもこれからも走って行くのだろう。何のために生きているのかがわからなくなる。
 嫌いな父のために生きるなんて馬鹿みたいで、だが、父に反抗する気力も湧かない。俺は、両親の望み通り生きることに慣れきり、そんな自分が嫌いで情けなくて仕方なかった。

 5分ほど休憩を挟み、また数Ⅲの問題集を広げる。曽祖父と祖父は帝都大を主席で合格し、父は3番手で合格したそうだ。父の人生の汚点はそれだけ。父はその汚点を俺というクローンを使って晴らそうとしているのだ。

「将臣くんは優秀だね。もう僕が力になれることが少なくてヒヤヒヤしてるよ」

「いえ、滅相もないですよ」

 授業が終わったならさっさと出ていって欲しい。その気持ちを押し隠し、優等生を演じる。こんないっかいの家庭教師にまで良い顔をする必要はないが、長年被ってきた面の皮はなかなか剥がれなかった。



「将臣、おはよ」

 そんな俺にも唯一の秘密がある。

「おはよう、明菜」

 生徒会副会長を務め、幼馴染の斎藤明菜と付き合っていることだ。早朝の生徒会室で静かな逢瀬を楽しむ。生徒会長を務める俺と副会長の明菜が朝学習と称して生徒会室の鍵を借りても、誰ひとり咎めるものはいなかった。
 明菜の形良い唇にキスを落とす。明菜は学年一の美人で、俺が気を許せるただ1人の人だ。明菜の前だけでは俺は良い子ちゃんの仮面を剥がすことが出来る。

 朝学活の時間まであと40分。あまり時間がない。俺は明菜のシャツを脱がし、ブラジャーをのホックを片手で外した。小ぶりながら形の良い胸を揉みしだき、明菜の喘ぎ声を聞きながら自身の欲を激らせていく。
 こうやって明菜とセックスをするようになったのは高校生になってからで、行為にも慣れているが実は気があまり進まなかった。明菜のことは好きだ。でも、それは恋人としてではない。友人としてだ。かけがえのない友人。だからこそ告白された時、明菜がいなくなるのを恐れ受け入れた。
 付き合ってすぐに明菜は俺をセックスに誘い、童貞だった俺は嬉々としてそれに乗った。ひたすら、性欲を吐き出したくて。明菜は既に非処女で上手くリードしてくれたが、感想はこんなもんかと退屈なものだ。それから明菜は度々俺を誘うが、義務でそれを受け入れた。明菜を喜ばせられるように、中々勃ちきらないペニスを無理やりしごき、優しく抱く。つまらなく、したくない行為だったが、俺は明菜を喜ばさないといけない。俺は明菜の彼氏なのだから。

「じゃあ、先行ってるね」

 明菜が先に生徒会室を出て、5分後に俺が出る。俺と明菜が付き合っているというのは、誰にも言っておらず、何人か勘づいてはいるが直接聞きにくるような人はいない。
 別に秘密にする必要はないのかもしれない。だが、もし父に知られたらと思うと公にする気にはなれなかった。父は俺に許嫁を用意している。政治家になるために必要なパイプをつなぐための妻だが、俺に断る権利など与えてくれるはずもない。

 明菜と付き合っていることがバレれば、すぐに別れさせられるだろう。俺はその時自分の意志を貫ける自信がなかった。あんなに俺を愛している明菜を捨てる未来しか見えない。それが申し訳なくて、だからこそ秘密にするしかない。




「将臣くん……顔青いよ?どうしたの」

「別に何でもないですよ」

 模試で全国30位内に入らなかった。それで父に殴られたのだ。父は顔を殴るなんて馬鹿なことはせず、服で隠れる場所にしか暴力を振るわない。俺の身体には無数のあざができ、炎症で微熱を出していた。風邪気味で頭が回らず、本来の力が出せなかったと弁明しても、そもそも風邪をひくなんて軟弱だと余計に怒らせるに決まってる。俺に出来ることはただ耐えることだけだ。

「でも、辛そうだ」

「……大丈夫ですから」

 父に暴力を振るわれたなど会えるはずがない。もし言ったとして、お前に何が出来るというのか。

「……じゃあ、将臣くんの学校のアルバムを見せてよ。その代わりに言及するのはやめてあげる」

「え、なんでですか。関係ないですよね?それに、授業」

「授業より体調優先だよ」

 何を言い出しているんだ。この男は。普段と違う、セオリーから外れた振る舞い。あまりにもこの男らしくない提案に警戒しつつも、俺の様子がおかしいと告げ口されるのは避けたい。それに微熱が下がらないこの状況じゃ、まともに勉強できるとも思えず、俺は立ち上がってアルバムを取り、男に渡した。

「将臣くんは僕が見てる間は仮眠してて。これは、家庭教師命令だから」

 良い子ちゃんらしくない男の振る舞いに戸惑っているものの、俺も本当にまいっていたらしく、ベッドに横になった瞬間寝付いてしまった。

「将臣くん、起きて」

 肩を揺すられ、目を開ける。どれほど寝ていたのか、ただ、先ほどより体調が良くなったのは確かで、今なら机に向かうことも出来そうだ。
 この男が寝ろと言ったのだから告げ口することはないだろうが、万が一のため、口止めをしなければならない。

「あの」

「僕が君のアルバムで遊んでいたことは内緒だよ? その代わり、君が寝ていたことも内緒にしてあげる」

「え、はい。分かりました」

 にこりと笑う男に何故かドキリとする。おかしい。こんなダサい男に動揺するなんて、体調が悪いことからくる誤作動だろう。そうじゃないとしても、この良い子ちゃん代表みたいな男がサボりを赦すなんて意外だ。二ヶ月この男に習ってきて、初めて提示された意外性に俺はどうすることも出来ず、お得意の愛想笑いを浮かべる。
 だが、そんな笑顔の鉄壁をこの男は壊す。

「将臣くんさ、小説家になりたいの?」

「え……」

 男が開いていたのは、小学生の時のアルバムだ。そこには将来の夢を描く欄があり、俺の字で小説家と書かれている。途端、思い出すのは、父の怒号と暴力だ。

『お前は俺の跡を継ぐんだ』
『勝手なことは赦さない』
『小説家など低俗なものになりたいだと、馬鹿を言うな』
『お前は俺のいうことだけ聞いてればいい』

 母は俺が殴られている姿を見て、蔑みの目を向けた。殴られるのが当たり前、そう言っているようで兄は俺が殴られている姿を部屋の端からビクビクと見て縮こまっていた。飛び火が自分に向かないように必死だったのだろう。
 この時、俺はやっと気付いたのだ。俺の人生は俺のものではない。俺の意志など父にとって邪魔でしかない。

「違いますよ」

「そうなの?将臣くんの部屋、本が沢山置いてあるし、小説家似合いそうなのに」

 何にも知らずに呑気に言う男に怒りが湧く。お前みたいに好きで従属しているわけではない。この男はなんの苦労もなしに、ただ流され、お気楽に暮らしているんだろう。

「俺は父の跡を継がなきゃいけないんです」

 不機嫌な態度を出している自覚がある。無意味な質問をするからだ。俺みたいな扱いやすい良い子ちゃんが少し反抗すれば、大概の大人は動揺する。だから、この男だって、すごすごと引き下がるのだろうと思っていた。

「それは将臣くんがしたいことなのかな?」

 開きかけた参考書を閉じ、心の奥底に触れる言葉を発した男を見る。鎮火しかけていた怒りが膨れ上がっていて、何か言わなければ気が済まないと思ったからだ。

 だけど、何も言えなかった。

「どうなの?」

 分厚いレンズ越しに見えるあまりにも真剣な瞳。無遠慮であることに変わりはないはずなのに、その気迫に言葉を失ったのだ。
 案外整った顔立ちをしているのだな、とどこか頭の奥で思いながら出てきた言葉は無意識で。

「先生に何が分かるんですか?」

 俺の気持ちなど誰も分からない。誰も知ろうとしない。今だって、なれるのなら小説家になりたい。毎日、読書は欠かさないし、自作の小説だって書いている。誰にも見られず、評価されない紙切れを俺は毎日量産して、馬鹿だ馬鹿だと自分を罵りながらもやめられない。
 そんな気持ち、分かるはずない。

 突き放すように俺は言った。この無遠慮な好意を踏み躙ってやりたかったのか。それとも聞いて欲しかったのか、弱音を吐きたいだけなのか。
 ただ、俺はそう問いつつも次に返された言葉を完全否定する気しかなかった。結局お前に何が分かるかと自分の境遇に酔いしれたかっただけなのかもしれない。

「分からないよ。分かるはずないじゃん。僕は今まで何も聞かなかったし、将臣くんも話さなかった。言葉と行動なしに相手のことを理解なんて出来るはずないし、そもそも、今の状況で分かるって言われても薄っぺらい」

 その通りだ、と素直にそう思ってしまった。対抗心がみるみる萎んでゆく。

「まあ、そうですけど」

「それ」

「え?」

「歳も近いし、そんな固苦しく話さなくてもいいよ。僕もそろそろ外面作るの面倒くさくなってるんだよね」

 男はそう言って眼鏡を取り、髪をたくし上げた。すると、先ほどまでの地味な印象が様変わりし、中性的に整った顔立ちの青年になっていて、同性なのに感じる男の色っぽさに何故か鼓動が早まる。
 今日はこの男にずっと違和感を感じていたが、どうやらこっちが男の本性らしい。前まで戸惑ったような笑顔しか浮かべなかった男が妖艶に微笑んでいる。

「……別にあんな外面なんていらなかったのに」

「いや、将臣くんのご両親はあんな人が好きそうだなって。家庭教師って生徒に気に入られるよりも親に気に入られる方が大切なんだよね」

「まあ、そうだろうけど」

 それから俺と男、由紀さんは授業の時間が終わるまで様々なことを話した。今までの印象とかけ離れた由紀さんと会話をして、俺が勝手に想像していた由紀さんの境遇は、実際には180度違ったことが分かる。由紀さんは小学生の頃に両親を亡くし、施設育ちだそうで苦労をしているみたいだった。

 自分を保護する大人がいない生活はどんなに辛いのだろうか。由紀さんはあっけらかんと語っているが憐れに思う。きっとその苦労や悲しみは由紀さんが言ったように本人にしか分からない。だけど、俺は内心羨ましいと思ってしまった。
 父がいなかったら。俺は自由に過ごせるのではないか。

 言葉には出さなかった俺の思いを由紀さんはあっさり見抜き言った。

「将臣くんも言いなよ。僕、口は硬いし、あのご両親なら辛いことも多いでしょ?」

 本心で語り合ったのはたった一度。30分も経たない間だけ。だが、俺はもう由紀さんを心から信頼していた。産まれて初めて、両親の愚痴を人に言う。最初は震えて、ぶつぶつ途切れた声も、慣れていくうちに止まらなくなる。
 人に吐き出すのがこんなに心地よいとは思わなかった。

 まだ話したいことの1割も喋っていないのに、携帯のタイマーが鳴る。授業の終わりの合図だ。

「今日はこれで終わり」

「……はい」

「携帯出して。連絡先交換しよ」

 由紀さんはそう言ってSNSのアプリを開いた。確か、家庭教師と生徒間でのSNSのやり取りは禁止されている。俺が困惑して、由紀さんを見ると由紀さんは人差し指を口に当てて内緒のジェスチャーをし、交換を促す。

「僕が個人的に将臣くんと友達になりたいから。だめ?」

「っいいえ!お願いします」

 こうして連絡先を交換し、由紀さんはいつものダサい格好に戻り、ヘラリと人の良さそうな顔を顔に浮かべる。良い子ちゃんの顔だ。

「じゃあ、また来週」

 何事もなかったようなその豹変ぶりに固まれば、由紀さんは俺の耳元に顔を近づけ囁いた。

「いつでも連絡して」

「は、はい」

 この時にはもう由紀さんの引力に逆らえない気がしていた。




「最近、将臣変だよ」

「そうか?」

 放課後、誰も使わない空き教室で自習しながら明菜が言った。適当に流そうとすれば、明菜は不満そうに黙り込む。ああ、面倒くさいと思った。
 あれから由紀さんと放課後に何度も会い、話した。由紀さんは言ってくれた。

『将臣くんの人生なんだから将臣くんのしたいことをしなよ』

 由紀さんと会えば会うほど、話せば話すほど自分が由紀さんに傾倒していく自覚がある。由紀さんと話すと心地良く、初めて自分が肯定されているような気持ちにさえなるのだ。

「ちょっと将臣」

 明菜が俺の名前を呼ぶ。由紀さんなら、俺の変化を喜んでくれるだろう。由紀さんなら、こんなに構ってちゃんじゃない。明菜のことは、まだ友達として好意はある。だが、最近やっと気付いてきたのだ。
 明菜といると疲れる。今まで唯一心を許せる友人だから、我慢して、気を遣っていたが、俺には由紀さんと言う心許せる相手がもう一人いる。

「ねえ、将臣。キスして」

「今、そんな気分じゃない」

 自習の手を止めずに明菜の誘いを断る。なんで今の流れでキスをするのかが理解できなかった。

「っなんで!?やっぱり将臣変だよ!!」

 集中している時に隣で喚き散らされると迷惑で、自然に出るため息を留めず出すと、明菜は何か言いたそうにしてから教室を飛び出ていく。

 今までどうして明菜に心を許していたのかまるで分からない。明るくクラスの中心だった明菜は、幼馴染のフィルターを外せば自己主張が激しく我儘で、気に入らない生徒の悪口を広めるような性悪だ。

 由紀さんは静かで話を聞いてくれて、ちゃんと俺と向き合ってくれる。それに、ちゃんとすれば整った顔立ちだし、色っぽい。由紀さんの華奢な身体とぽてっとした唇、身長的に上目遣いで俺を見る由紀さんを思い出し、やめた。これ以上はいけない気がする。これより先に進んだら戻れなくなる。

 気を紛らすように頭を振れば、携帯の音が鳴る。何か通知が来たのだろう。俺は迷わず通知を確認した。

 やはり由紀さんからだ。

 由紀さんは俺の放課後に時々連絡をくれる。お疲れ様の一言だだりするが、俺はその一言が嬉しくて、普段はそんなに気にしない携帯もこの時間帯は気にするようにしていた。
 由紀さんと今日はこんなことがあったとくだらない話をして、10分もすると勉強に戻ってと会話をやめてしまう。俺はそれが寂しかった。由紀さんが気を遣っているのは分かっているが、俺ともっと話したいと思ってくれないのかとつい恨みがましくも思う。

【今日の模試、結果良かったのでご褒美ください】

 調子付いたからと内心怯えたが、由紀さんは既読してすぐに可愛いたぬきのスタンプでまると打ってくれる。なんの迷いもなく判断してくれる由紀さんの優しさが堪らなかった。

 その後のやり取りで、ご褒美という名の遊びは今週の金曜日に決まった。俺はいつも放課後勉強しているから、帰りは遅くなったって気づかれない。由紀さんと何をしようかと良い気分で帰宅し、夕食の時間まで部屋にいると母が部屋に来て言った。

「お父さんからお話があります」

 冷や水をかけられたように、体も心も冷めていく。この呼び出しの時はいつも決まっている。父の顰蹙をかったのだ。
 最近、父の前でミスをして覚えはない。何かあるとしたら由紀さんとの間のことだけだ。もし、由紀さんと会えなくなったら。……怖い。高校生になってから父への恐怖は麻痺し、全てを諦めるようになった。何かあったら手放せばいい、俺の返事は全てイエス、そうしていれば父の折檻は短く終わる。

 だけど、今回諦めなければいけないのは由紀さんかもしれない。そう思うだけで、身体中の毛穴が開き、吐き気がした。うまく呼吸ができない。由紀さんと過ごした時間は少ない。だけど、もう由紀さんを失うなんて。嫌だ。耐えられない。だけど、父にも逆らえない。
 八方塞がりでどうしようもなく狼狽えても、飼い慣らされた身体は真っ直ぐ父のいるリビングに進む。

 どうか由紀さんのことではありませんように。

 心の中でそれだけ願って、リビングに正座する。父は不機嫌そうな面持ちだったが今すぐ手を出すような雰囲気ではない。

「なんで呼ばれたか分かるか」

「……分かりません」

 父の前だと急に頭が働かなくなるのだが、わざわざ由紀さんのことを言って墓穴を掘るわけにはいかない。それだけ意識していた俺は次の言葉に全意識を集中させた。

「明菜というらしいな。お前の付き合っている女は」

 どうやら父が俺を呼び出したのは明菜の件らしい。安堵で力一杯握りしめていた拳を開くと指先が白くなっていた。

 なんだ。由紀さんのことじゃないのか。

 秘密にしていた明菜のことがバレたら、どうしようと怯えていた自分は過去だ。勿論、バレない方がいい。だが、明菜といても疲れることが多く、明菜に費やす時間を由紀さんのために使いたいのも事実だ。

「はい。でも、別れます」

 別れると宣言して、やっと自分がそうしたかったのが分かる。俺は由紀さんと出会う前から、きっと明菜と一緒にいるのは疲れるから嫌だった。ずっと明菜をガッカリさせてはいけないと気を遣っていたが、俺はそれが辛くてやめたかったのだ。好きでもない女を抱くのは苦痛だ。明菜と話すのは面倒くさい。ずっと大切な友人だと思っていた。だから鬱陶しいと思っても、本当に嫌いになった訳でない。色々と目が覚めた今でも嫌いになりきれない俺がいて。いや、本当はこんなに簡単に人を見限るような人間でありたくないという意地なのかもしれない。
 誰かの一番でありたい。誰かに愛されたい。愛されていたいから、愛さなければいけない。
 俺はずっとこれらに縛られていたのだ。

 父は従順な俺の姿に満足したように頷いた。

「ふん、いい心掛けだ。お前は俺のいうことだけ聞いてればいい」

「はい」

 心を殺して返事をする。俺は意志のいらない父の操り人形だ。

「だが、まあ。分かっていればいい。将来の妻とうまく付き合うための練習としてせいぜい使ってやれ」

「……はい」

 俺も酷い男だと思う。ある日突然に、明菜への熱が冷めてしまったのだから。だが、捨てることを前提に付き合うような、父のような下衆なことはしない。



「別れてほしい」

 翌朝、不機嫌そうに生徒会にいた明菜に告げる。明菜は俺の別れに目を見開き、そしてすぐに怒りを見せた。美人だったはずの明菜の顔がぐしゃりと憎しみで歪む姿を俺は冷静に観察している。

「なんで?嫌なんだけど」

「悪いけど、明菜にもう恋愛感情を抱けない」

 元から明菜に恋愛感情を持っていた訳ではないが、それを言うほど俺は馬鹿じゃない。ずっと感じていた違和感。付き合う当初から気付いていて、わざと見ないふりしていたことがある。

「ふざけ」

「俺さ、高校卒業したら家を出ようと思ってる。大学も行かないし、働くつもりなんだ」

「は?」

 半分本心だ。由紀さんと話すうちに段々と小説家になりたいという感情は大きなっていった。由紀さんは応援してくれる、と言ってくれた。諦めていた夢を追いかけるかけるために家を出て働いてもいいと本気で思っている。

 明菜は俺の意志を聞いてわなわなと震えた。

「馬鹿じゃないの!?家を出るって嘘でしょ!?帝都大学行くって言ったじゃん!」

「やっぱり行かない。俺が最終学歴高卒で、貧乏になるかもしれないけどついてきてくれる?」

「冗談でしょ!?別れてほしくてわざとそんな嘘ついてるんだよね?」

 明菜のその言葉だけで理解する。明菜は俺が好きなんじゃない。俺の操り手、父の権力が好きなのだ。今まであった友人としての好意さえも消え失せる。目の前にいるのは、心の許せる友人でもなくただのクラスメイトだ。

「本当だよ」

「っなんの勘違いしてるのか知らないけど、家のないあんたなんて誰も興味ないから!」

 俺の静けさに明菜は俺の本気を悟ったようで、捨て台詞を吐きながら生徒会室を出ていった。これは別れたと言っていいのだろうか。……まあ、いいのだろう。
 3年近くも付き合って心許した相手ではあったが、なんの感慨もない。やっと解放された気分だ。

 スッキリとした気分で俺が教室に戻ると、教室が一瞬静まり、そしてまた元に戻った。いつもより視線を感じる。明菜は教室にはおらず帰ったようだった。

 その日の昼から俺は呼び出しを受けるようになる。恐喝などでははない。顔見知り程度の女子に呼び出され告白されるのだ。秘密にしてくれと頼んでいた内容を明菜は付き合った直後から全て話していたらしい。自分の見る目のなさに甚だ呆れてしまう。俺が家を出るという話もしたらしく、それも別れた三日後に告白してきた女子に聞けば殆どの生徒が知っているという。この一週間、由紀さんの別業が忙しく会えないためイライラがつのるし、明菜と過ごした3年はまったくもって無駄で、最悪な気分だ。

 明菜と別れて4日目のことだ。父にリビングに呼ばれた。明菜が流した俺の噂、家を出る件のことだろうとアタリを付ける。どうやって父が学校の噂を手に入れるのかは知らないが、怒髪天をついていることは確かだ。
 俺は果たしてどうすればいいのか。否定するのか、その通りだと頷くのか。俺は父の支配から逃れたい。どうするべきなのかは分かっている。俺が俺であるために。

「お前、馬鹿なことを言ったそうだな!言い訳をしてみろ」

 正座した途端、父が思いっきり俺の腹を蹴る。父と俺の体格が逆転してから父はビンや置物で殴るようになったが、上半身はアザが見つかりやすい。だから、父はアザが見つかりにくい腹や足を狙うのだ。酷い痛みで胃液が迫り上がる。何か言わなければならない。何か言わなければならないのに、何も声が出ない。
 何度も話そうとするのに、口から出るのは掠れた息だけ。俺は俺でありたいと、そう言いたいのに、従属しきったこの身体は動かず、思考は奥底でストップしかかけない。

 何も言わない俺を父は相当気に入らなかったのか、酒瓶を持って俺に迫った。思いっきり背を叩かれそうになり、状態を晒した所で目の奥に火花が散る。どさりと身体が床に崩れ、次に痛みを感じ、意識が朦朧と霧を帯びたように薄くなっていく。遠くで父の怒号が聞こえたが俺はこのまま消えてなくなりたくて、そのまま意識を飛ばした。

 身体に鈍い痛みを感じ、起きれば俺は真っ暗なリビングで殴られた格好のまま放置されていた。後頭部にじんじんと鈍い痛みがあり、触ってみると赤黒い血が手につく。
 運が悪ければあのまま死んでいたのかもしれないとまだ霞む頭で考え、どう決心しても父に逆らえない自分が情けなくてしょうがない。でも、自分の息子を撲殺なんて父の人生の汚点がまた増えるのならそのために死んでやってもいいとさえ思った。乾いた笑いの中、死ぬのならもう一度由紀さんに会いたいと思った。

 身体を引きずりながら自分の部屋に戻り、財布と携帯を取る。身体のあちこちが痛み、今すぐにでも横になりたい気分だったが外へ出るためもう一度廊下に出れば、廊下に兄がいた。兄は挙動不審に体を震えさせ、俺を横目でチラチラと見ては視線を外した。もう何年も兄と話していない。兄が何をしたいのか分からない俺が横を通り過ぎた時兄は震えた声で俺を呼び止めた。

「おい、お前……まさか、死ぬ気じゃないよな。やめろよ」

 久しぶりに聴いた兄の声は恐怖で怯えている。俺と兄はいつもライバルで仲が良かった覚えはないし、俺が勝ってしまってから兄は抜け殻のように部屋に篭るようになった。だから、まさかそんな声をかけられるとは思わず、振り返ろうとすると兄はそれを察知したのか、俺を止めるように早口で言った。

「お前がいなくなると、また俺が殴られるっ!」

 最初から兄になんて期待していないから落胆もしない。だが、少し哀れにも思った。結局こいつもあの父の被害者なのだ。俺は振り返ることなく、そのまま進んだが兄が行動で止めにくることはなかった。

「由紀さん……」

 こんな時間に連絡したら迷惑だ。そう分かってたが、俺の支えは由紀さんだけで由紀さんにたった一言。

【会いたい】

 もう23時を過ぎている。寝ているかもしれない。返事はなかなか返ってこないだろう。そう思い、夜の月を見ていると突然携帯が鳴り出した。由紀さんかと期待して、もしかしたら家からの電話かもと怯える。意を決して携帯を覗き、俺はすぐに電話をとった。

「将臣くん!どうしたの?今、どこ?!」

 初めて聞く由紀さんの焦ったような声。最悪な気持ちなのに、その声だけで幸せな気分になれる。由紀さんが俺を心配してくれている。その幸せに声を詰まらせれば、由紀さんはさらに焦り出したから俺は少し笑ってしまった。

「突然ごめんね。ちょっと会いたくなってさ。でも、夜遅いし」

「どこ!?」

「いや、でも」

「あのね、我慢強い将臣くんがこの時間帯に会いたいって言ってんの!緊急事態でしょ!早く言って」

 今更ながら申し訳なくなってきた俺に由紀さんは怒る。人に怒られて嬉しい気持ちになるのは初めてで俺は大人しく居場所を言った。

 俺がいる駅に由紀さんが着いたのはそれから20分のことで、由紀さんはいつものダサい格好ではなく、由紀さんに釣り合う煌びやかな格好していて人目を引いていたからすぐに分かった。不安そうな顔が俺を見つけて、ほっと安堵した顔に変わる。

「由紀さん」
「将臣くん」

 由紀さんは走った勢いで俺の腕を掴み、危機とした表情で迫った。ちょうど掴まれたところは父に殴られ青あざになったところで、俺の表情の変化にすぐ気づいた由紀さんは有無を言わさず袖をまくる。

「なにこれ……」

「はは、ちょっと色々あって」

「……この後どうするの?」

「決めてないです」

「来て」

 そう言って由紀さんは俺の袖を引っ張る。抵抗する気力もなかった俺は腕を振れば振り解けられるようなか弱い力に押し負けて着いていった。行き先の分からないまま駅のホームに入ったところで、由紀さんは口を開いた。

「うちに泊まって」

「そんな、いいですよ」

「あのね、こんな状態の将臣くんを家に帰すことなんて出来ないし、そもそも行く当てあるの?」

「なんとかなりますよ」

「駄目」

 由紀さんは俺の袖を離さなかったし、口で遠慮しながらも俺は由紀さんに抵抗しなかった。着いたのは聞きなれない駅近くの古くボロボロのアパートで、いつものダサい格好なら兎も角今の由紀さんには似つかわしくない建物だ。

 きしきしと鳴る階段を登ってドアを開ければ10畳ほどの部屋があり、物は少なく綺麗に整理整頓されていた。由紀さんはやっと俺の袖を離すとさっさと部屋に上がると、救急箱らしきものを出して俺を見た。

「早く上がって」

「でも……」

 由紀さんに引っ張られていないと途端に迷いが出てしまう。俺が無言で立ち尽くしていると由紀さんは手を止めて、俺の手を引っ張り由紀さんの向かいに座らせる。

「まずは怪我見せて」

 そう言われて素直に上の服を脱げば、由紀さんは息を呑んだ。身体に残る無数の青あざ。由紀さんは俺より辛そうな顔をしながらあざをそっと触る。

「あとはもうない?」

「あ、いや」

 痛いという言葉に反応して、固まった血のついた後頭部をさする。少し不満そうな顔をした由紀さんは、そんな俺を少し見て眉を寄せた。腕のあざのないところを引っ張られ、身体が前のめる。そのままサッと優しく頭を触られ、俺はつい痛みで歯をならした。

「信じられない。……打ちどころが悪ければ死んでしまうじゃないか!」

「見た目より痛くないので。はは、まさか頭を」

「笑うな」

 父にやられたことが恥ずかしく、辛く、虚しい。そんな思いを表に出すのも恥ずかしく、そんな時は勝手に口が笑い声を出していた。笑いたい気分じゃないのに、急に何かが張り付いたように笑い顔を作るのはもはや無意識で。それをこんなふうに辛そうに怒られたのは初めてだった。
 体を起こして由紀さんを見る。

「辛いのに無理して笑うな」

 由紀さんは泣いていた。酷く辛そうに悔しそうに、雫がぽたぽたと瞳から落ちていく。

 綺麗だと思った。
 今まで見たどんなものより、どんな人より美しい。
 身体中を襲う痛みが鈍くなる感覚。その美しさに溺れ呆ける。

 俺はその美しい姿をもっと見たくて、由紀さんの顎をすくうと濡れた瞳と目があった。宝石のように綺麗な瞳に吸い寄せられ、その瞼にキスをする。
 まさおみ、と由紀さんの口が動いた。その唇に軽く唇を重なり合わせる。ふにふにと柔らかいそこを優しく舐め、少し空いた由紀さんの口内に舌を入れる。由紀さんの舌使いは辿々しく、俺はそんなのお構いなしに口内を蹂躙した。由紀さんはうまく息が出来ないのか、荒い息遣いと鼻の奥から鳴るようないやらしい喘ぎ声が響く。涙の膜を張りながらとろんと溶け、全てを捧げるようにこちらを見る瞳に堪らなくなった俺は、いそいそと自分の服を脱ぎ捨て下着一枚になる。

 由紀さんは腰が抜けたようにベッドの上に移動して、自分の口を指で触っていた。俺がそんな由紀さんに近付けば、由紀さんは恥じらった顔で堪らないことを言ってくれる。

「あの、お兄さんぶってたんだけど、ほんとはこういうの初めてだから分からない……」

 こんなに魅力的な由紀さんのことだから、経験人数は少なくないだろうと思ってた。それが、まさか初めてだと、そう。初めてと言われて嬉しくない男がいるだろうか。ああ、こんな可愛い由紀さんを知っているのが俺だけなんて、信じたこともない神に感謝したい気分だ。

「由紀さんっ」

「待って……あの将臣くんは僕のこと好きってことでいい?」

「好き。由紀さんが好きだ。こんな感情知らなかった。この、訳わからないくらい由紀さんが愛おしくて可愛くて守りたくて、由紀さんのために生きたいって思う気持ちを好きと呼ぶなら俺は間違いなく由紀さんが好き」

「あ、ありがと」

 その感謝の言葉を言い終える前に俺は由紀さんの口にむしゃぶりつき、由紀さんの着ている服を脱がした。白く細い身体に、淡く色付いた乳首。男の裸に興奮したことはなかったが、由紀さんだけは別だ。ごくりと息を呑む。

 セックスならしてきた。セックスなんて、付き合っているからこその義務であり相手を喜ばせるだけのものだと、そう思って淡々とこなしてきた。だけど、違う。愛した人を喜ばせ気持ち良くさせ、それを自分も感じる行為が本当なんだ。

 ペニスに血が集まりすぎて辛い。触らずとも反り返ったそれは、腹にまでつきそうなほど自己主張をし、下着からはみ出ていた。ディープキスを繰り返しながら、小さくまだ奥ゆかしい乳頭を摘み、乳輪をなぞる。

「そこ、なんかくすぐったい……」

 くすぐったいということは、開発すれば感じるようになるはずだ。無意識に笑みを浮かべれば、由紀さんはこてんと首を傾げる。普段は大人っぽくてそれ故の余裕を見せる由紀さんが、自分の下であどけなく可愛い姿が愛おしくて、由紀さんの顔中にキスを降らせた。

 愛撫する手を徐々に下半身は移動させ、由紀さんの下着を下げる。

「えっ」

 ペニスを隠すように内股になりながら、由紀さんは下げられた下着を手探りで探し、その時、ちょうど俺の腹のあざに手があたった。痛みに滲んだ声が出て、由紀さんは動くのをやめてごめんと謝る。

「いいんです」

 そう言いながらも俺は行為をやめる気はなかった。由紀さんのピンク色のペニスを優しく掴み、裏筋を指先で撫でる。由紀さんは面白いくらいに感じていて、必死に喘ぎ声を我慢していたがそこから漏れる声だけでも俺を滾らせた。
 男の抱き方はなんとなくしか知らないから、俺のペニスと由紀さんのペニスを擦り合わせてしこる。尿道を軽く爪で押せば、由紀さんはあっけなく俺の手の中で射精し、俺は由紀さんの腹の上に射精した。由紀さんが俺のであると証明するように精液を由紀さんの腹に擦り付ける。

「将臣くん……」

「なんですか、由紀さん」

 自分の声が酷く甘い自覚はある。由紀さんが男性だから気づかなかっただけで、ずっとこうなりたかったのだ。やっと欲しかったものが手に入り、俺はまた由紀さんに手を伸ばしたが。

「今日はこれまでっ!話さなきゃいけないこと沢山あるし」

「まだ時間はありますよ?」

「っ、男同士の場合準備とか色々あるんでしょ!それに冷静になったら凄く恥ずかしい……」

 本心としてはまだ足りないくらいだが、確かに今は話すことがある。俺の今後は、由紀さんの今後に関わるかもしれないのだ。きちんと話さなければいけない。

「分かりました」

「それなら」

「続きはまた今度」

 いつか由紀さんにやられたように耳元で囁く。すると、由紀さんは耳を赤くしながら頷くから、我慢するのに多大なる苦労をもたらした。

 興奮して脳内でホルモンが過剰分泌されていたらしく、冷静に戻ってからは身体中に鈍痛が再来した。服を着て、今までの経緯を事細かに話す。

「……将臣くんは将臣くんだよ。将臣くんの人生なんだから将臣くんの自由に生きて」

「でも、俺」

「分かってる。自由に生きるためには代償を払わなきゃいけなくなると思う。将臣くんの場合は、家と進路だ。これは大きなことだよ。今まで通りの生活は送れなくなるかもしれない。……でも、それでも自由になりたいなら僕が助けるから。なにがあっても僕が将臣くんを支える。将臣くんが何者であっても、僕は自由な将臣くんが好きなんだ」

「俺は……」

 父の操り人形は嫌だ。小説家を目指したい。だけど、父が怖くて逆らえないのだ。力では勝てるはずなのに父の前で俺はただのポンコツに変わってしまい、なんの抵抗も出来ない。自由になるために乗り越えなからはいけない壁が高い。
 今も思い出せる父の怒号に体を揺らせば、由紀さんが俺の手を握ってくれた。

「自由になりたい。俺、高校中退の貧乏人になりますがそれでもいいですか」

「僕は将臣くんが何者であっても好きだよ。……それにしても将臣くんはね、真っ直ぐ過ぎると思うんだ」

 くすり、と由紀さんが笑う。愛おしくてたまらないといった甘い笑みにまた見惚れれば由紀さんは言葉を続けた。

「きっと……僕なら仮面を被るよ。表向きは従ったふりをして、自由になるための道を突き進む。勿論、これはただ従うより何倍も大変なことだし難しい。だけど、自分が自分でいられることはできるんだ」

「従うふり……」

「まあ、僕ならって話で、将臣くんは無理にフリをする必要はないから。将臣くん一人くらい僕が養うし、好きな道を選んで」

 由紀さんの言葉は嬉しいが、俺が由紀さんを幸せにしたいのであって由紀さんに俺が養われるなんて論外だ。由紀さんに頼りきりなんて絶対にありえない。そうならないためには。

「はは」

 今までうだうだと決めかねていた今後をただの意地で決めるなんて、なんて馬鹿なんだ。
 でも、そんな馬鹿な自分の方が縮こまって言いなりになっている自分よりずいぶんマシな気がする。

 突然笑った俺を由紀さんは不思議そうに見ていて、俺の右手に重ねられてた由紀さんの手にまた自分の手を重ねた。この人のためならどんなことでもやり遂げてみせる。

「俺、決めました」









「あと一ヶ月で大学も卒業か。いいか。卒業したらまず俺の弁護士事務所に入れ。そこで雑魚どもの使い方を教えてやる」

「はい」

「ふん。そういえば、お前が小説家みたいな低俗なものになりたいと聞いた時はどうしようかと思ったぞ」

「はは。あれは誤解ですから」

「誤解されるような態度をとったお前が悪い。ああ、明後日知り合いのお嬢さんと合わせる。いいか、どんな手段を使っても成功させろ。あそこと繋がれば金になる」

 あれから俺は父の言う通り帝都大学を首席で合格し、法学部の学生となっていた。司法試験を一発で合格も果たし全て父の思うがまま。ここ数年、父に殴られることもなくなり、俺は表向き父の優秀な操り人形で、父は俺が決意した日まで心の奥底で父に反発していることを悟っていたらしい。父を、いやこいつを利用すると思えばどんなことだって快く従えた。

 だが、それも今日までだ。

「おい、返事をしろ!」

「あんた本当にクズだよな」

 初めて俺が歯向かった瞬間だった。父がポカンとあほ面を晒し、すぐに激怒した。何様のつもりだ、といつものごとく怒鳴り散らし、近くにあった瓶を持ちながら近付いてくる。

 俺はこれのなにが怖かったのだろう。
 まともに話すことさえ出来ず、すぐに暴力に訴えかけるクズ。

 俺は酒瓶を振り上げる父を冷静に観察して避けた。瓶の重みに負けて、無様に背中を晒す父に一発蹴りでも入れようかと呑気に考えながらやめる。別にこいつがどうなっても構わないが、痛みでその分、効きが遅くなってしまうかもしれないからだ。

「なっ……」

 慌てて、体勢を戻そうとする父の身体がふらつく。なにも父の体力のせいではない。薬が効いてきたのだ。ふらふらと立ち尽くしながら父は自分の異変に気付いたのだろう。周りをみて、母と兄がとっくに倒れていることに気付いたらしい。

「お前っなにをした」

 必死な形相で狼狽する父を嘲笑してから、携帯を取り出し電話をかける。

「ああ。終わったよ」

 電話先の美しい声に夢中になっていれば、後ろで聞こえていた父の怒声は消え失せ、フローリングの上に倒れていた。父に盛った睡眠薬は短い効き目しか持たない。俺は名残惜しい気持ちを隠さず、泣く泣く電話を切って準備に取り掛かった。


 リビングで聞こえるのは、肌と肌がぶつかり合う音と女にしては低い喘ぎ声だけ。布一つ纏っていない由紀さんの身体は誰よりも美しく俺を興奮させ、男性にしては大きくぷっくりと膨らんだ乳首を指先で潰せば、びくんと体が跳ね、中が俺のペニスを締めた。

「本当に由紀は乳首好きだね」

「あっ……いくっ、いっちゃう!まさおみぃ」

「まだ駄目だよ」

 射精させないために由紀さんのペニスの根元をきゅっと握り、その状態で鬼頭を掌で擦る。由紀さんは俺のペニスを入れただけでところてんするような淫乱な身体になったためもう既に一回射精している。由紀さんの体力的に射精は3回まで。でも、中イキは回数制限なしのイキ放題だ。

 俺のペニスで由紀さんの前立腺を何度も何度も執拗に擦れば、由紀さんは泣きながら喘いだ。気持ち良すぎて、涙が出てくるらしい。

「まさおみ、だめ!だめだから、気持ち良すぎてしんじゃうから!」

「大丈夫。気持ち良いだけ」

「ああっ!あ、あ、あ、いくっ」

 瞬間、由紀さんの中が強く収縮を繰り返す。中イキをしているのだ。強すぎる快感に身を震わせる由紀さんに構わず、俺は腰を思いっきり突き続ける。由紀さんの可愛い笑顔も好きだが、いやらしく泣いて訳がわからなくなってしまう可愛い由紀さんも好きなのだ。早く堕ちてしまえとばかりに腰を振れば、そのうち由紀さんの目がとろんと焦点を失う。

「ん、ん、まさおみ、キス」

 堕ちてしまった由紀さんは、いつもと違うベクトルで可愛い。普段の大人っぽい印象からかけ離れ、俺がいないと死んでしまう生き物になる。俺はこんな由紀さんが可愛くて可愛くて堪らない。正常位のままキスをしようとすれば、結合部はもっと深まり、由紀さんは行きすぎた快感に大粒の涙を流したが、一回唇を合わせると夢中で俺の舌を吸った。可愛い可愛い由紀さん。俺が真っ新な由紀さんをこんなにいやらしくしたのだと思うと興奮が収まりきらない。

 俺もそろそろ一回だそうかとした時、近くでくぐもった声が聞こえた。

「起きたんだ」

 俺のクソみたいな家族が、縄で椅子に固定され座らされている。口は猿轡をしているため話すことは出来ないが、奴らは言葉にならない声をあげ抗議していることは分かった。

 俺は起き上がりつつ、家族を見て笑い言った。

「先に謝っておくよ。ごめん。こうでもしなきゃ話せないと思ってさ。……んで、本題。俺はこの家と縁を切るよ。もう2度と俺に関わらないでほしい」

 俺の手はまだ由紀さんのペニスの根元を握ったままで、ペニスも挿入したままだ。空いた手で由紀さんを乳首を擦れば、由紀さんは一段と大きく喘ぎ、その場の混沌さを極めさせる。

 母と兄は呆然としているが、父はそれでもまだ暴れ何かを叫んでいる。だが、そんなことを予想済みな俺はダイニングテーブルに手を伸ばし分厚い書類を父に投げつけた。

「それ、あんたの不正の数々。調べるの大変だったよ。……ああ、分かるかな?これは取引だよ。俺を解放する代わりに、これらを黙っておく。いいだろ。あんたはブタ箱入りをせずに済むし、俺は自由になれるんだ。それでも良ければ2回頷いて」

 真っ赤だったあいつの顔は、ばら撒かれた資料を見るうちに白くなっていった。恐怖を浮かべた目でこちらを見て、わなわなと身体を震わす。

 父が迷っているのが手に取るように分かった。だが、俺はそんなのお構いなしに由紀さんに向き直り、由紀さんの乳首にキスをした。由紀さんが一際大きく喘ぐ。話している間も俺はゆっくりと抽送を繰り返し、中イキしっぱなしだった由紀さんは涎を垂らして喘いでいる。

 緊迫した場面に似合わない由紀さんのいやらしい喘ぎがひたすら響いた。

「まだ?」

 時間としては3分も経ってないのだろう。父は観念したように、俺の取引を受け入れた。初めて見た父の不様な姿。いい気味だ。

「その資料のバックアップは取ってある。ああ、あとお見合い相手だっけ?分かったとは思うけど俺はこの人しか愛せないんだ。だから断っといて。……変な気は起こさないだろうけど、俺の恋人になにかしても許さないから」

 父がまた壊れたように頷く。

「将臣、帰ろ」

 セックスの快楽から戻ってきた由紀さんが、俺の肩を押して言う。やっと俺の帰る場所がここじゃなくなった。そんな実感がして、ほっとした。

 由紀さんを湿ったタオルで拭き、服を着せる。最後に縄を切れるように兄の手に果物ナイフを渡そうとして、気づいた。兄は勃起していた。

 こいつらの前でセックスをするのは、狂気性を見せる演出と一生忘れられない記憶を自分達に刻み込みたいと言う由紀さんの提案だった。誰であっても由紀さんのいやらしい姿なんて見せたくなかったが、こうすれば何かあっても一生僕のことを覚えててくれるでしょ、と可愛いことを言われたら断ることは出来ない。

 兄の膨らんだ股間を見て、やっぱりやめとけば良かったと思う。兄は俺の視線で勃起していることがバレたと分かったらしか、身体を前のめりにし股間を隠そうとしていた。

 まあ、こいつなら何もできないだろう。

「じゃあ、二度と会わないだろうけど」

 こうして俺は自由になったのだ。


 由紀さんと手を繋ぎ、二人で家に向かう。俺は大学で成績を維持することを条件にバイトをしていて、それを元手にある程度の資産を得ていた。その金と由紀さんの貯めていたお金を半分ずつ出し合って、借りた場所にこれから住むことになる。

 由紀さんは、家庭教師の傍ら探偵の助手をしているらしく、潜入のため由紀さんが煌びやかな格好をするときは注意した。由紀さんはモテないと言うが、その時はいつも女の香水が移っていて、その度に俺はお仕置きと称して由紀さんにエッチなことを要求する。由紀さんはなんでも受け入れてくれる。

 俺は大学を入学してからも自宅から通うこととなり、由紀さんと会いたい時は、アルバイトと偽って由紀さんの家でむつみあった。由紀さんに頼りっぱなしで悔しかった俺は、お金を折半し合うことでやっと由紀さんと肩を並べ合う関係になれたと思う。
 いや、もっと稼いで、由紀さんに専業主夫してもらうのも良い。由紀さんは仕事にこだわりはないと言っていたから、頼めばそうしてくれるはずだ。

「何ニヤニヤしてるんだ?」

 由紀さんが俺の顔を怪訝そうに見る。

「ちょっと先のことを考えていただけですよ。由紀さんとの未来のことです。由紀さんに出会う前は、未来を考えて笑顔になるなんて考えられなかったな」

「そう、だね。じゃあ、僕がもっと笑顔にしてあげる」

 由紀さんが好きだ。

 たとえ、








 会社を経営していた父さんが悪徳弁護士に騙され、借金を残して潰れた。父さんは絶望し自殺。父さんを愛していた母さんは父が居なくなった悲しみに耐えきれず、僕を残して自殺した。優しい父さんだった。おっとりして愛情深い母さんだった。
 借金返済のため、僕に残されたものは何もない。頼るあてもなかった。

 幸せだった日常を壊した奴が許せない。
 大好きだった両親を殺した奴が許せない。

 復讐してやる。

 何もかも失った僕はそう誓って、早15年。生きることに必死で、なんのために生きているか分からないなか、復讐だけが僕を突き動かした。あの悪徳弁護士は今や国会議員で、結婚して二人の息子がいるらしい。許せない。人を不幸に突き落として、自分だけ幸せだなんて許せない。

 日本最高峰と言われている探偵を雇えば、その男は優秀な次男を溺愛しているようで。
 それならば、奪ってやろうと思った。
 その最愛を奪って、俺の最愛両親を奪われた時の気持ちを味わえばいい。

「はじめまして。僕の名前は田中由紀。今日から君の家庭教師だよ」






 たとえ、由紀さんが何者であっても俺は由紀さんを愛している。








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