つのつきの子は龍神の妻となる

白湯すい

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『つのつき』の子

 とある東の小国に、ふたりの男児が産まれた。子はその国の皇子となる子どもだった。
 その時代、双子が産まれることは縁起の悪いこととされていた。そのため妊娠中の王妃すらも城の中の隠された部屋で過ごし、ごく少数の使用人と産婆の手で赤子は取り出されたのだった。
 王妃はそのことを嘆いていたが、産んだ我が子の姿を見て、この出産が隠されたものであって本当に良かったと心から思った。

「……大変です、奥方様。この子、この子は……」
「……なんて、ことなの」

 先に産まれた兄の額には、小さな白い角がひとつだけ生えていた。右側の髪の生え際にだけぽつりと出っ張っているそれは明らかにこぶとも違い、皮膚ではないさらさらとした塊である。

 精霊や獣人、妖などの神秘は人の世から失われ、既に恐れられるようになってしまった時代。遡ればかつては龍神の力を宿している存在として祀られた『つのつき』の子は、今や不吉なものとして扱われている。
 王妃はショックのあまり気を失い、小さな王室は騒然とした。

「この子のことを、他の者らには絶対に漏らすな」

 国の王である父親はその場に居合わせた者らにそう言い伝える。
 双子の兄は、産まれた瞬間からその存在を隠されることとなったのだった。



 双子の片割れ、弟のジンユェはある晴れた日に、王宮の別棟へと向かい歩いていた。
 その国は小さな国ながら豊かであり他国との関係は良好であるため平和なものだった。ここも王宮というほどには大きくはないが、王族のみが住まい選ばれた使用人たちしか立ち入ることのできない守られた場所である。そういう場所が確保できていることは、双子の兄にとっては幸いだったと言える。

 しかしジンユェはそうは思っていなかった。
「ただでさえ閉鎖的な王宮のさらに隅っこに兄様を追い遣ってしまうなんてあんまりだ。父様は保守的すぎる」
 弟のジンユェは兄を世に出さず隠し通すことには納得できていなかったのだ。


「あの、ジンユェ様」
「どうした?」
 歩いていると、ひとりの使用人が声をかけてきた。王宮の管理や細かなことをしてくれている、ジンユェとは仲の良い女性だった。
「フェイ様のところへ行かれるのですか?」
「ああ、そうだよ」
「陛下からこれを渡すように言いつけられたのですが、この後の仕事が立て込んでおりまして……」
「なんだ、そんなこと。いいよ、俺が渡しておくから」
「申し訳ありません、ありがとうございます」
 使用人からひとつの書簡を受け取ると、彼女はそそくさとその場を後にした。

「……ふう。ああは言ってるけれど、おおかた兄様に会うのが怖いのだろう」
 異形の兄は使用人の一部からは恐れられている。王宮勤めの使用人たちはほとんどふたりが産まれた頃から共に過ごしているというのにこれなのだから、両親が兄を隠匿しようとしたのも無理はないのかもしれないと、ジンユェは思わず溜め息が出る。


「兄様、入るよ」
「ああ、ジン。入っておいで」
 家族が暮らす場所からも少し離れた別棟に入ると、いつもゆったりと穏やかな気分になる。そこに住む兄、フェイロンがそういう人だからだとジンユェは思う。

 フェイロンは、人からはフェイと呼ばれている。父は何を思ったのかふたりは知らないが、龍のツノを思わせるそれが生えた兄に対して、龍の文字を与えた。今は亡き母がそうしていたし、使用人たちもその字を避けてフェイとだけ呼んだのだ。

 フェイの部屋には、ミンシャという側仕えの女官も居た。どうやらフェイの髪を切っていたらしい。
「ありがとうミンシャ。おかげですっきりした」
「どういたしまして。また一層素敵になられましたよ」
 髪型が大きく変わったわけではないが、長い髪の量を梳いて毛先を整え、少しだけ前髪を変えたようだった。
「よく似合ってる、兄様」
「でしょう? また今度ジン様も切ってあげます」
「お、そりゃあいい。ちょうど伸びてきたなと思ってたんだ」
 ミンシャは歴代王家に仕える使用人の娘で、双子とは幼い頃から一緒に育った。人懐っこく明るい娘で、彼女が笑うとあたりに花が咲くようだった。他の使用人たちよりもくだけた口調で話すが、ふたりはそれが嬉しかった。先程ジンユェが話した女官のように、フェイのことを怖がり避ける者たちも多いなかで、ミンシャのように何も気にすることなく接してくれる存在は貴重だった。

 ミンシャは部屋を手早く片付けると、次の仕事があるようで部屋を出ていった。


「兄様、これを渡すようにって父様が」
「ありがとう」
 フェイはそれが渡されることを知っていたようにゆったりとした動作で受け取り、ぱらりと開いて読み始めた。
「これを渡しに来たのか?」
「いや、普通に会いに来るつもりだったんだ。少し会えてなかっただろ」
「ああ、確かに。寂しかったのかい」
 寂しいのはそっちじゃないのかとジンユェは言いたかったが、実際フェイはこの離れの別棟でひとり、穏やかに過ごしているようだった。
「最近は俺も少し忙しくしてて……ああ、寂しがっていたのは俺だけかもね」
「おや、拗ねるのでないよ。私も寂しかった」
「……本当かな」

 フェイは産まれてからずっと、フェイを隠し育てるために建てられたこの別棟で生きてきた。小さな頃はまだ角もただのこぶのようで、頭巾を巻けば隠すことができた。だから時々ふたりで抜け出して外で遊んだりもしたけれど、本当にただの数回だった。
 ある程度角が伸びてきてからも、文官がしているような帽子を被ればなんとか隠せたから、変装してこっそり外へ出たことがある。
「楽しかったが、あれは心臓に悪いな」
 フェイがそう言うので、二度目はなかった。フェイがここから出たことは、それだけだった。

 それなのにフェイはいつも優しく穏やかだった。外に出たがらないのは臆病だからではない。まるでフェイはここでの暮らしで満たされているようにさえ見えた。
 双子で産まれたジンユェは自由に外で遊び、学び、色々なものを見てきた。だからジンユェはそれがもどかしいのだった。

「本当だよ。けれどジン、そろそろ私が居ないことには慣れていかなきゃならないよ」
「どうして?」

 いつも一緒だったフェイが突然そう言った。ジンユェは訳がわからない。

「私は、ここを出て龍神様のもとへ嫁ぐことになった」

 ジンユェは、言葉が出なかった。
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