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これから

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「あの、私はこれからどうなるのでしょうか」
「どうとは?」
「失礼ながら、龍神様の妻になるというのが、どういうことなのか、何をすべきなのかを知らされておりません」
「ああ、そういうことか」

 龍は表情を変えずに言った。このときだけでなく、龍はあまり表情を変えることがない。

「人の結婚とさほど変わらない」
「そうなのですか?」
「とって食われると思っていたか?」
「……そういうこともあるかと思っておりました」
「まあ、過去にそうした時代もあった」
「龍は人を食べるのですか?」
「人はごちそうだ」
「ごちそう……」
「特に若い女はな。贄として捧げられ、食ったことはある。おまえのことも、食おうかと思っていたがやめた」
「……それは、どうして?」
「……さあね」

 龍はこれまで聞かれたことには淡々と答えていたというのに、フェイのその問いには初めてはぐらかすようなことを言ったきり、答えてはくれなかった。

「フェイは食べられたいのか?」
「いいえ」
「ならば食わない。ごちそうだと言っただろう、贅沢品だということだ。嫌がるものを無理やりにしてまで食う必要はないものだ」
「そういうものですか」
「そういうものだ」
 フェイはてっきりここで死ぬものだと思っていたから、思わず拍子抜けした。

「ここは私と夫婦となった者が住むための場所で、大昔に人の手で作られた。ここで暮らした人間もいくらか居る」

 龍の言う通り、この部屋にも人の生活が見える。かまどに鍋や食器があったり、水を貯めておく瓶があったり、奥の部屋が幕で仕切られていたり、休むための長椅子があったりする。

「こんな場所があったなんて、今も驚いています」
「人間はもう来なくなった。知らぬのも無理はない」

「私は『つのつき』と呼ばれて、離れから出てはならないとされて生きてきました。この世界はまだ知らぬことばかりです」
「外に出たことはなかったのか? 一度も?」
「弟が連れ出してくれたことは何度かありました」
「弟がいるのか」
「はい。弟は私に、一緒に外に出て普通に暮らしてほしかったようです」

 ジンユェは何度も父や他の高官たちにフェイを閉じ込めることに抗議していたようだったが、父たちが首を縦に振ることはなかった。

「フェイは出たいとは思わなかったのか」
「出たい気持ちはありましたが、それよりも恐ろしかったのです。私を見慣れているはずの王宮の使用人でさえ、私を見るたびに顔を顰めました。私のような異形の子が市井に産まれたときには、赤子のうちに殺されていたといいます。外に出て私の姿が明るみになればどういう扱いを受けるのか、王族に私のような者が居るとわかれば国がどうなってしまうのか、それを思えばとても恐ろしかった」
「…………ふむ、そうだね」

 フェイが何よりも恐れたのは、平和な国の王家にいらぬ波風を立ててしまうことだった。自分が後ろ指をさされて石を投げられることよりも、きっと父の後を継ぐであろうジンユェの未来に影を落とすようなことはしたくなかった。

「フェイ、おまえは優しいのだね」
「私が? そうでしょうか」
「ああ。ここらは人が寄りつかない。だからこのあたりでは自由に出歩いてもいい。何かあれば私が守るよ」
「あ、ありがとうございます」
「街とは違って何もないが」
「いいえ、じゅうぶんすぎるほどです」

 フェイが暮らしてきた、がらんとした広い部屋には何もなかった。それに比べたらここには何でもあると言っていいほどだった。

「外に出てもいい、なんて、まだ実感が湧きません」
「それにも少しずつ慣れていけばいい。強制はしない」
「はい、わかりました」

 フェイはてっきり自分のことを今日終える命と思っていた。けれど食われるということはなく、それどころか自由に過ごしてもいいなどと言う。
 王宮にある庭にさえあまり出たことがないフェイにとって実感が湧かないのも無理はなかった。
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