つのつきの子は龍神の妻となる

白湯すい

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くるみの乾煎り

 フェイとルイが釣りをしながら話している頃、王宮ではジンユェがくしゃみをしていた。

「……っくしゅん!」
「あらジン様、お風邪ですか?」
「いや、元気だ……っくしゅ! むう、どうしたものか」
「もしかしたら誰か、ジン様の噂話でもしているのかもしれませんね」
「噂話? なんだいそれは」
「風邪でもないのにくしゃみが出るのは、誰かが自分のことを噂しているって、そんな迷信が市井にはあるそうですよ」

 ジンユェとミンシャは王宮の別棟、かつてフェイロンが暮らしていた離れの整理をしていた。

「俺の噂話で今盛り上がる者たちは、今はたくさん居るだろうね」
「ふふ。そうかもしれませんね」

 ジンユェは龍の屋敷から戻るとすぐにミンシャへフェイロンの無事を伝えた。ずっとフェイのことを心配して落ち込んでいたミンシャは涙を流して喜んでいた。
 周りの目を気にする余裕もなく泣きじゃくるミンシャに、ジンユェは慌てたものだった。泣き顔など見られたくはないだろうし、ジンユェが使用人の娘を泣かせたなどと噂を立てられるのも良くないので咄嗟に腕の中に抱き寄せて人目から隠したが、それはそれでジンユェ様がミンシャを白昼堂々熱烈に抱き締めていたと話題になってしまっていた。

「すまないなミンシャ……おかしなことになってしまって」
「いえ、いいんです。元はと言えば私が泣いてしまったのが悪いんですし」

 密かにミンシャに想いを寄せているジンユェにしてみれば、その噂は複雑なものだった。こうして噂をたてられていても一緒に過ごしてくれるミンシャがやっぱり好きだと思うし、けれど普段決して弱いところを見せないミンシャがあんなにも泣いたのはフェイロンのことでだ。
 ミンシャが兄フェイロンのことを好きだと、ジンユェは知っている。けれどジンユェは、兄は龍神ルイと恋に落ちて互いに想い合っているのも知っている。ふたりの想いが通じ合うのは時間の問題だろう。
 ……きっと兄はもう王宮には戻らない。それはミンシャもわかっているだろう。

(俺自身の恋としては、出来すぎた好機だ……。でも、さすがにこの機会に乗じるのは、なんだかずるい気もする。ミンシャの弱っているところにつけ込んでいるようだ。しかも別に、兄様が居なくなったからといって俺を好きになってくれるなんてことはないのだし)

 そんなときに自分とミンシャができているのではないかと噂されるなど、ジンユェは気が気でないのだ。

「……ジン様、ありがとうございます」
「えっ、な、なにが?」
「フェイロン様のもとへ飛び出して、無事を私にも教えてくれて……私には、できなかったから」
「そんな……俺が無鉄砲だから。本当は危険なことだったのだし、ミンシャはそんなことをしてはだめだよ」
「ふふ。本当はジン様だってだめなんですよ。……でもジン様にはできちゃうんですよね。すごいです。私は臆病で……きっと私が男でも、言いつけを破って会いに行くこともできなかったし、本当のことを知るのが怖くて動けなかったです」
「……ミンシャのその気持ちを臆病と言える人はいないよ。兄様の現状は、たまたま考え得る一番よいほうの場合だった。もちろん……最悪のことも可能性としてはじゅうぶん考えられた状況だった。誰だって怖いさ」

「……龍神様は、素敵な方なのですね。フェイロン様が心穏やかに過ごせているのならば、私はそれで幸せです」
「……兄様も、ミンシャにとても感謝していた。共に過ごした時間が支えだったと。側仕えとなってからは、俺よりも長く過ごしていたもんな」
「私にとっては、恵まれ過ぎたお務めでした。それでも、フェイ様がそう言ってくださっていたのなら、少しはお役に立てていたのだと思えます」
「うん、それでいいと思う」

 やはり今はミンシャに何も言えまいとジンユェは思った。今はただ、兄の無事を喜び安心したままでいてほしかった。


 *


「それにしても弟のジンユェは本当に兄想いなんだね」
「この前、何か二人で話されたのですか?」
「いや、そこは私とジンユェの秘密だ」

 本当はもうあのとき話したことはフェイには伝えたことだが、改めて言うのは照れ臭かったのでルイは誤魔化した。

「ずっと閉じ込められていたと聞いたのにフェイがあまりにも捻くれていないものだから、出会ったときは実は驚いていたんだが。あの弟がそばに居てくれたのならば納得だな」
「ふふ、そうでしょう。ジンは自慢の弟です」

 ふたりはルイの好物であるくるみを取ってきたので、それを洗ったり殻を割ったりしながら話していた。

「確かに、こうして外を出歩いて普通に生活をしていると、あの生活の客観視して異様さを思い知ることがあります。そのたびに時折やるせない気持ちになったりもしますが……同時に、ジンユェが居てくれてよかったなと思うのです。産まれたときからずっと一緒ですから、どこかそばに居てくれることが当たり前のように思っていたような気がしますけれど、もしも私がひとりきりで産まれてきていたのならどうなっていただろうと考えると、少し怖くなりますね」
「私に兄弟は居ないが、双子というのはまた特別なのだろうね。おまえたちは少しちぐはぐだが、心根は似ている」
「双子なのにまったく似ていないとよく言われました。内向的でおとなしすぎる私と活発でいたずら者の弟でしたし、容姿もあまり似ていません。私の性格は何も幽閉生活が長くなってこうなったわけではなく、赤子の頃からそうなのだからおかしいですよね。自分が何者なのか、どういう扱いをされているのかよくわかっていなかった頃から私たちはそういう感じでした」
「ふふふ、フェイらしいな」
「私のことで誰よりも一番に怒ったり喜んだりしてくれたのはジンユェでした。いつも私の心を半分持っていてくれるみたいで、だからこそ私は穏やかでいられました」
「……フェイは、自分につらく当たる者らを憎く思ったことはないのかい」
「憎く思ったことはありません。そのときの私は仕方がないなと、それだけ思っていました。それに、私にいくらひどいことを言われようとも、私の存在を無視されようとも、その者たちがジンユェには優しいことを知っていました」

 フェイはからからと鍋の中でくるみを乾煎りしながら、くすりと笑った。

「おかしいことに聞こえるかもしれませんが、双子というのは不思議なものでして。ジンユェが優しくしてもらっているのを見れば自分のことのように嬉しいのです。ジンユェがあの人は悪い人ではないんだと言うのなら、私も自然とそう思えるのです。けれどジンユェが私のことで怒ってくれたなら、それは私の中から出て行って消えていくようでした。そしてそう思えることが、私たち双子がどこか知れぬところで繋がっている証拠のように思えた。とても幸福なことです」
「……心が共鳴し合うということなのか、不思議だね」
「ええ」

 ゆったりと話している間に、くるみが香ばしく仕上がる。少し塩味をつけただけのそれをひとくち食べると、ルイは嬉しそうにしていた。

「おいしいですか?」
「うん、うまい。ありがとうフェイ」
「私もひとついただきます」
「うん、うん。ひとつと言わず一緒に食べよう」
「本当に好きなんですね」
「木の実は好きだね。その中でもくるみは大好物だ。食感も香りもいいし、食べ応えがあるし」
「うん、おいしいです」
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