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小さき飛龍

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 想いが通じ合ってからの夫婦はこれまで以上に穏やかでのんびりとした暮らしを送っている。一緒に自然を散策したり、食べるものを採りにいったり。
 祠を通じて王宮との物のやりとりが活発になり、先日ジンユェとミンシャからフェイが離れで好んで読んでいた本などが届いた。それをふたりで読んだりもしている。

「ところで、弟の話になったのでついでに聞いておきたいのだが」
「はい、なんでしょうか」
「おまえは、フェイロンというのかい」
「あっ……ああ、はい。そうなのです。名前は略さずに言うとフェイロンです」
「そうだったのか。人の子にしては変わった名づけだと思っていたが、事情が事情だからそういうこともあるのかと思っていたのだ」
「いえ、失礼いたしました。きちんと正式に名乗るべきでした」
「いや、失礼だとは思っていないよ」
「……フェイロンという名は、飛龍を意味します。父ユンロンがくださった名前です。母や王宮の者は、その名にも反対したそうです。私のこの角は龍を思わせるもので皆が恐れているのに、龍の名をつけるなんて、と……」
「それで皆フェイとだけ呼ぶのか」
「はい。父が何を思ってそう名付けられたのかはわからないのですが、あまりフェイロンと正式に呼ぶ方はいらっしゃいません。国にはもともと親しい者の間では少し名前を崩して呼ぶ習わしがあるので、さほど気にしたことはありませんでした。確かに私の場合は少し事情が複雑ですし……私も、本物の龍であるルイにそう呼ばせるのに少し……なんというか」
「まあ気持ちもわからなくはない。ジンユェがふとそう呼んでいたのを聞いたし、手紙の宛名がそうなっていたので気になったのだ」
「気が引けたというのもありますが……。そもそも長い付き合いになるわけでもなし、と正式に名乗る必要性を感じていなかったのです。その後にすぐ腹に入るものの名前など、どうでもいいではありませんか」
「む……確かにそうだ。本当にやけを起こさずにいてよかったよ」
「本当ですね。考えていたようにならなくてよかった」

 そう言ってニコニコとフェイは笑っている。こうして仲睦まじく夫婦で過ごしていると忘れかけてしまいそうになるが、そもそも嫁入りのときのフェイはすっかりルイに食われるのだと思っていたし、ルイもフェイのことを食ってやろうと思っていたのだ。

 本当の名前など知る必要さえなかったかもしれない二人が、今こうして寄り添い幸せな夫婦となっているのだから、生きていれば何が起きるかはわからないものだとふたりは思った。

「しかし、いい名前ではないか。たおやかなおまえによく似合っている」
「ありがとうございます。……しかし、ルイと父の話を聞いてから考えたのですが、フェイロンというのはきっと父がルイのことを思い名付けたのではないかと思うのです。私も、ルイが空を飛ぶ姿を本当に美しいと感じましたから……私の角を見て、あなたを思い出したのではないかと」
「……ふ、ユンロンの考えそうなことだね」
「そうなのですか?」
「あいつは存外純真な空想家なのだ」
「…そう言われてみれば、双子の名が静かな月に飛ぶ龍ですから……なんだか、そういう一面もわかる気がしますね」
「あの弟が静かな月か。夜更けにずかずかと騒がしくやってきたというのに」
「それは王宮でもよく言われていました。美しい名に恥じぬ振る舞いをしなさいと、教育係の者によく叱られていました」
「目に浮かぶようだ」

 弟が屋敷へ来てくれたことによって、ルイに弟のことを知ってもらえたのは純粋に嬉しいなとフェイは思った。
 しかし今はそれよりも、名づけの話題で父ユンロンのことを思い出しているであろうルイの表情で、胸がちくりちくりと痛んだ。

「そうか……あいつは父になっても何も変わっておらぬか」
「…………なんだか、私の恋敵はいつでも父のようですね」
「……なんだい、やきもちかい?」
「……どうして嬉しそうなのですか」
「いや、嬉しいじゃないか。かわいい妻がやきもちなどと。さて、どうしたものかね」
「ルイ、面白がっています」
「そんなことは……あるかもしれない。もう私はユンロンへの気持ちなどとうに忘れてしまっていたのに、息子に嫉妬されているその父なんていうのはいったいどういう気分なのかってね」
「言葉にされると、奇妙な関係ですね」
「そうとも。実におかしい。けれどもそうなっている。人と龍の暮らしというのは面白いね」
「……本当は、いつももやもやとしているんです。父のことを話すルイの目はとても優しいから……ルイの目に私は映っているのかな、と」
「私の妻は心配性だね。それとも案外欲張りなのかな」
「……両方かもしれません」
「ふふ。かわいい。私のフェイロン。小さな私だけの龍……そんなことを言われると、抑えがきかなくなるね」
「抑えていたのですか?」
「…………あのとき、無理をさせてしまったと反省しているのだ」

 ルイはいまだに、フェイの体の心配をしていた。ルイが思っているよりもずっと人は脆い。ただでさえフェイは幽閉生活から抜け出したばかりで体力がないから、自分がしたいように触れていればいつか辛く、疎ましく思われるのではないかと思っていたのだ。
 実のところルイも、無理もないことではあるが、フェイのことは言えないくらいには心配性だった。

「そうだったのですね……私は、ずっと待っておりましたのに」
「待っていた? 本当に?」
「あ、ああ、いや、そういうことではなく……その、心の準備などもございますし」

 これでははやく抱いてほしかったと言っているようなものだと気づいたフェイは真っ赤になって狼狽える。それをルイはにこにこと笑って見つめている。
 からかってくれるなと怒りたくなったが、その目の色があまりにも愛おしさに満ちていたから、フェイは何も言えなかった。

 それからルイはフェイの頬に手を伸ばし、さらさらと手のひらで撫でる。

「フェイ、好きだよ。私はおまえがかわいくて仕方がないんだ」
「んっ……ルイ……」

 ルイはそう囁きながらフェイに優しくくちづけて、そしてそのくちづけはだんだんと首へ、胸へとさがっていく。ルイがくちづけたところから、少しずつ身体が熱くなっていくような気分だった。

「あ、あ……ルイ……ルイ……」
「大丈夫、怖くないよ。私はここにいるよ」
「ルイ……すき……だいすきです」
「私も、フェイが大好きだよ」
「ほんとうに? こんなわたしを、好きでいてくれるのですか? 後悔はしていませんか?」

 フェイはルイへと愛しさと不安とやきもちで感情がぐるぐると渦巻き、思わずぽろぽろと涙がこぼれた。どんなにつらい気持ちになったときも泣いたことなどなかったのに、どうしてこんなときに涙が出てくるのか、自身でさえわからなかった。

「……後悔はしてるよ。こんなにも好きになってしまうのなら、初めて肌を重ねたとき、もっとやさしく、もっと大切にしてやりたかった」
「ルイ……ん、ん……あっ……」
「あのときは、怖かっただろう? 今度はめいっぱい優しくする。フェイも、気持ちよくなって……」

 確かに前に初めてしたときは、フェイはあまり感じることはできていなかった。ただ妻としての務めを果たそうと必死だっただけで、愛し合えてはいなかった。

「フェイ。フェイロン……愛しているよ」
「は、あ……っ。私も……愛しています、ルイ……」

 互いに想いを寄せ合い、重ね会えた今だからこそできる愛し方がある。感じられるものがある。ふたりはそれを疑うことなく、抱き合ったのだった。
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