27 / 28
古き友との夜
「少し歩かないか」
宴の後、龍たちはそれぞれの住処に帰り、フェイとジンユェ、ミンシャは屋敷の中で共に眠った後。身軽な平服に着替えたルイはユンロンにそう声をかけられた。
「ルイとこうして歩くのなんて久しぶりすぎて、なんだか変な感じだ」
「そうだな。私にとってはそう長い時間でもないけれど……それでも不思議と、懐かしく感じるものだ」
二人はあてもなく、けれどなんとなく、川のある方向へとゆったりと歩いた。
「そうか、龍にとってはほんの少しの時間か……俺はすっかり大人になってしまったというのに」
「……いや、短くはなかったよ。お前が会いに来なくなってからの日々は……長く感じた」
「…………すまなかった」
「もう怒ってはいないと言っただろう。まあ当時は、かなり怒っていたがな」
「……ふふっ、怖いことだ」
怒っていたことも笑って話せるようになったのは、時間が解決したことでもあり、フェイロンのおかげでもあると二人は言葉にせずともわかっている。
今は二人を繋ぐのが互いにとっての大切なひとであることが、二人をこんなにも穏やかにさせた。
「王としてあるには、もう離れなければならないと思ったんだ。だって……あの頃のルイは、俺を好きでいてくれていただろう?」
「……よくもまあぬけぬけと。安心しろ。お前のことなんか全然好きじゃない。フェイへの気持ちを知った今ならわかる。あれはまがい物だ」
ルイはそう言い放った。もちろん、本心ではまがい物などではなかったと思っているが、それを伝える必要はないと思うので言わなかった。そんなルイの言葉に、ユンロンは苦笑する。
「じゃあ、会いに来なくなったことはもういいとして。それでもやっぱりルイには……何かこう、都合のよいときばかり頼ってしまっている」
「……ばかめ、フェイの言葉を聞いていなかったのか。あれは私の言葉でもあるのだ」
「同じ気持ちでいてくれているということか」
「そうだよ。そりゃあいきなりお前の子を妻にしてくれと言われたときは何を言い出すんだと思ったものだが……今では、私にとっても大事な子だ。フェイと同じように……いや、フェイよりもきっとずっと強く、愛している」
「……はは、愛か。似合わないな」
「似合わぬことをさせるのさ、あの子がね。そしてそうしたのはお前だ」
ルイも同じようにユンロンの行いに感謝しているというのだから、ユンロンはここへ来る前に決めてきた覚悟など必要なかったのだと少しおかしく思った。
「……私は父としても王としても半端者だ。これまでずっとそう思い知らされながら生きてきた。もっとフェイロン……あの子のために何かしてやれることはなかったのかと、もっと良い未来を見せてやれないものかと思い悩んできた……けれど、二人がそう言うのならば、最後に唯一、私が良い選択をできたことだと思ってもいいのだろうか」
そう話すユンロンの姿は、ルイが覚えている奔放な青年の姿とはもうかけ離れている、ひとりの父親の顔をしていた。ルイはつい、人の成長とは早いものだなとしみじみ思ってしまう。
「フェイは、ひとり閉じ込められて存在を隠されていたことを、守られていたのだと言っていた。狭い王宮の中でさえフェイの片角を嫌いひどい言葉を投げかけられたり、無視されたりしたという。フェイは外に出ればもっともっとひどいことになると理解していた。お前が考えるようにね。……フェイは賢い、いい子だよ。悲しさや寂しさばかりを知りながら生きてきたというのに、思慮深くて優しくて、まっすぐな子だ」
「……もっと私に恨みつらみでも言ってくれればと思うこともあったのだが……あれは私にも妻にも似ていない。ただあの子の優れたところだ」
「フェイは、細かな変化や自然の景色が見せる機微に敏感だ。幽閉生活でも、いつも庭を眺めるのが楽しみだったと言っていたよ。水面が揺れる輝きにも、風で木々の葉が擦れる音にも、空から注ぐ雨にも雪にも、じっと見つめてその美しさを語って聞かせてくれる。それしか楽しみがなかったと言えばそれはそうかもしれないが、フェイはそれを不幸には思っていない。フェイにとって父が用意し整備させていた庭を眺めることは、事実楽しみだったのだろうよ」
「驚いた。庭の管理を仕切っていたことまで知っていたのか」
「あのミンシャという子が偶然知ったのを、こっそりとフェイに教えていたそうだよ。子どもたちは意外と何でも知っているものだね」
フェイは幼少期から、動植物や自然について書かれた本を読むのが好きだった。子どもが読めるそういった書籍は少なく、ユンロンは交流のある国々からかき集めるようにしてフェイが好みそうな本を揃えていっていた。離れの窓から見える庭は一流の庭師に依頼し、年中退屈しないように変化に富んだ美しい庭を造った。
フェイロンにしてやれた父親らしいことはそれくらいしかないと、ユンロンは思っていた。もちろんフェイが一部の使用人たちからつらく当たられていることも知っていて、行き過ぎた言動をした者には罰を与えたが、不信感を持たれフェイの存在を隠蔽している事実を告発でもされたらと思うと重い罰は与えられなかった。差別を拭うための努力もしたが、人々の異形の者を恐れる想いは根深いらしく、フェイが成人するまでの間にもどうにかすることはできなかった。
「……きっと、全部知られているのだろうな。息子たちには」
「いいじゃないか。お前は大事なことばかり誤魔化して抱え込もうとするのだから。もう少し息子たちを信じてやれ。私のこともな」
「うん、そうする」
こうして二人きりで森で話していると、まるで出会った頃に戻ったような気分だった。けれど違う。もうあの日には戻れないと二人は知っている。
「…………本当に、遅くなったが……フェイロンのことを、よろしく頼む。ルイ、きみは言われずともそうするつもりだとは思うが」
「当たり前だ、ばかもの。ずっと離すつもりはないぞ、お前のもとになど頼まれても返してやらん」
「ははっ、そうか。…………なあ、フェイは龍のように長く生きることになるのかな」
「……このまま過ごせば、おそらくは」
「そうか……うん。いや、何も言うまい」
ユンロンの言わんとしていることはわかったが、ルイも何も言わなかった。見えやしない未来の話は、しても仕方のないことだ。ずっと離すつもりはない。その約束だけでじゅうぶんだと思った。
宴の後、龍たちはそれぞれの住処に帰り、フェイとジンユェ、ミンシャは屋敷の中で共に眠った後。身軽な平服に着替えたルイはユンロンにそう声をかけられた。
「ルイとこうして歩くのなんて久しぶりすぎて、なんだか変な感じだ」
「そうだな。私にとってはそう長い時間でもないけれど……それでも不思議と、懐かしく感じるものだ」
二人はあてもなく、けれどなんとなく、川のある方向へとゆったりと歩いた。
「そうか、龍にとってはほんの少しの時間か……俺はすっかり大人になってしまったというのに」
「……いや、短くはなかったよ。お前が会いに来なくなってからの日々は……長く感じた」
「…………すまなかった」
「もう怒ってはいないと言っただろう。まあ当時は、かなり怒っていたがな」
「……ふふっ、怖いことだ」
怒っていたことも笑って話せるようになったのは、時間が解決したことでもあり、フェイロンのおかげでもあると二人は言葉にせずともわかっている。
今は二人を繋ぐのが互いにとっての大切なひとであることが、二人をこんなにも穏やかにさせた。
「王としてあるには、もう離れなければならないと思ったんだ。だって……あの頃のルイは、俺を好きでいてくれていただろう?」
「……よくもまあぬけぬけと。安心しろ。お前のことなんか全然好きじゃない。フェイへの気持ちを知った今ならわかる。あれはまがい物だ」
ルイはそう言い放った。もちろん、本心ではまがい物などではなかったと思っているが、それを伝える必要はないと思うので言わなかった。そんなルイの言葉に、ユンロンは苦笑する。
「じゃあ、会いに来なくなったことはもういいとして。それでもやっぱりルイには……何かこう、都合のよいときばかり頼ってしまっている」
「……ばかめ、フェイの言葉を聞いていなかったのか。あれは私の言葉でもあるのだ」
「同じ気持ちでいてくれているということか」
「そうだよ。そりゃあいきなりお前の子を妻にしてくれと言われたときは何を言い出すんだと思ったものだが……今では、私にとっても大事な子だ。フェイと同じように……いや、フェイよりもきっとずっと強く、愛している」
「……はは、愛か。似合わないな」
「似合わぬことをさせるのさ、あの子がね。そしてそうしたのはお前だ」
ルイも同じようにユンロンの行いに感謝しているというのだから、ユンロンはここへ来る前に決めてきた覚悟など必要なかったのだと少しおかしく思った。
「……私は父としても王としても半端者だ。これまでずっとそう思い知らされながら生きてきた。もっとフェイロン……あの子のために何かしてやれることはなかったのかと、もっと良い未来を見せてやれないものかと思い悩んできた……けれど、二人がそう言うのならば、最後に唯一、私が良い選択をできたことだと思ってもいいのだろうか」
そう話すユンロンの姿は、ルイが覚えている奔放な青年の姿とはもうかけ離れている、ひとりの父親の顔をしていた。ルイはつい、人の成長とは早いものだなとしみじみ思ってしまう。
「フェイは、ひとり閉じ込められて存在を隠されていたことを、守られていたのだと言っていた。狭い王宮の中でさえフェイの片角を嫌いひどい言葉を投げかけられたり、無視されたりしたという。フェイは外に出ればもっともっとひどいことになると理解していた。お前が考えるようにね。……フェイは賢い、いい子だよ。悲しさや寂しさばかりを知りながら生きてきたというのに、思慮深くて優しくて、まっすぐな子だ」
「……もっと私に恨みつらみでも言ってくれればと思うこともあったのだが……あれは私にも妻にも似ていない。ただあの子の優れたところだ」
「フェイは、細かな変化や自然の景色が見せる機微に敏感だ。幽閉生活でも、いつも庭を眺めるのが楽しみだったと言っていたよ。水面が揺れる輝きにも、風で木々の葉が擦れる音にも、空から注ぐ雨にも雪にも、じっと見つめてその美しさを語って聞かせてくれる。それしか楽しみがなかったと言えばそれはそうかもしれないが、フェイはそれを不幸には思っていない。フェイにとって父が用意し整備させていた庭を眺めることは、事実楽しみだったのだろうよ」
「驚いた。庭の管理を仕切っていたことまで知っていたのか」
「あのミンシャという子が偶然知ったのを、こっそりとフェイに教えていたそうだよ。子どもたちは意外と何でも知っているものだね」
フェイは幼少期から、動植物や自然について書かれた本を読むのが好きだった。子どもが読めるそういった書籍は少なく、ユンロンは交流のある国々からかき集めるようにしてフェイが好みそうな本を揃えていっていた。離れの窓から見える庭は一流の庭師に依頼し、年中退屈しないように変化に富んだ美しい庭を造った。
フェイロンにしてやれた父親らしいことはそれくらいしかないと、ユンロンは思っていた。もちろんフェイが一部の使用人たちからつらく当たられていることも知っていて、行き過ぎた言動をした者には罰を与えたが、不信感を持たれフェイの存在を隠蔽している事実を告発でもされたらと思うと重い罰は与えられなかった。差別を拭うための努力もしたが、人々の異形の者を恐れる想いは根深いらしく、フェイが成人するまでの間にもどうにかすることはできなかった。
「……きっと、全部知られているのだろうな。息子たちには」
「いいじゃないか。お前は大事なことばかり誤魔化して抱え込もうとするのだから。もう少し息子たちを信じてやれ。私のこともな」
「うん、そうする」
こうして二人きりで森で話していると、まるで出会った頃に戻ったような気分だった。けれど違う。もうあの日には戻れないと二人は知っている。
「…………本当に、遅くなったが……フェイロンのことを、よろしく頼む。ルイ、きみは言われずともそうするつもりだとは思うが」
「当たり前だ、ばかもの。ずっと離すつもりはないぞ、お前のもとになど頼まれても返してやらん」
「ははっ、そうか。…………なあ、フェイは龍のように長く生きることになるのかな」
「……このまま過ごせば、おそらくは」
「そうか……うん。いや、何も言うまい」
ユンロンの言わんとしていることはわかったが、ルイも何も言わなかった。見えやしない未来の話は、しても仕方のないことだ。ずっと離すつもりはない。その約束だけでじゅうぶんだと思った。
あなたにおすすめの小説
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
繋ぎの婚約を契約通り解消しようとしたら、王宮に溺愛軟禁されました
こたま
BL
エレンは子爵家のオメガ令息として産まれた。年上のアルファの王子殿下と年齢が釣り合うオメガ令息が少なく、他国との縁組も纏まらないため家格は低いが繋ぎとして一応婚約をしている。王子のことは兄のように慕っており、初恋の人ではあるけれど、契約終了時期か王子に想い人が現れた時には解消されるものと考えていた。ところが婚約解消時期の直前に王子宮に軟禁された。結婚を承諾するまでここから出さないと王子から溢れるほどの愛を与えられる。ハッピーエンドオメガバースBLです。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。