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その日、商社で営業マンを務める彼――吉村慎吾は猛烈な息苦しさと体の疼きに襲われた。営業担当区域内で外回りをしていた時の事だった。
乗っていた営業車を道路脇に停車し、大きく舌打ちしながら助手席に置かれたカバンの中からピルケースを取り出すとドアを開けた。
街の中心部を流れる大きな川に沿って整備された道路沿いで、幸い車の通りも少なく人通りもなかった。
周囲を見回して、そこが自分が幼い頃から遊び慣れた場所だと気付く。
(確かこの辺に……)
ふらつきながらではあったが記憶を辿り、大きな松の木が茂る場所を見つけると、土手に作られた石の階段を駆け上がった。
小高い土手の上にあったのは寂れた公園だった。
慎吾の記憶では赤い滑り台とシーソー、そして数脚のベンチがあったはずのその場所には、今にも崩れ落ちそうなベンチが一つだけ残っていた。
それだけが、ここが公園であったことを物語る唯一のものだった。
無情な時間の流れにため息をつきながら、そのベンチに座れることを確認してそっと腰を下ろした。
ピルケースから錠剤を二つ掌に載せ、それを口に放り込むと奥歯でカリッと音を立てて噛んだ。
一瞬の苦みに顔を顰めるが、徐々に治まってくる体の様子にほうっと長い息を吐いた。
「――間に合った」
額にびっしりと掻いた汗を拭いながら、遠くに見える川から吹き上げる風に目を細めた。
男女という性別の他に、もっと細分化された性別の存在が明らかになったのは今から五十年ほど前の事だったと聞く。
獣の血を引き、あらゆる能力に優れた稀少種α、周期的に発情期を迎え、男女問わず子を成すことが出来るΩ、そして世界人口のほどんどを占めるβ。
当時は有能で世界を牽引する存在であったα、下層種族と蔑まれてきたΩという身分差別も頻繁に見られていたようだったが、近年ではそういった偏見は少なくなり、同性婚も認められるようになった。
しかし、今でも家柄や家系に拘る一部の者たちは偏見を持っているらしい。
慎吾は生まれながらのΩだ。発情期を迎え始めたのは思春期に当たる高校生の頃だった。
最初は戸惑い、不安ばかりの自分の性を呪ったこともあったが、今では次々とその症状を緩和する抑制剤が開発され、レイプなどによる不慮の妊娠を防ぐための避妊薬もその効果を上げている。
Ωは発情期に発する自分のフェロモンによって“運命の番”を引き寄せると聞いていたが、慎吾は二年前までそれは単なる迷信だと思っていた。
そう――会社の上司であり、恋人である細野雅己に出会うまでは。
現在三十四歳、営業部の係長である彼は狼の血を引く名家の出身で、一流大学を卒業後に有名商社に勤務したものの体質に合わず、今の会社に落ち着いたらしい。
長身で端正な顔立ち。緩く後ろに流したこげ茶色の髪は年を重ねるごとに男の色気を増していく。
彼は有能なαだ。それなのに、目を血走らせての昇格争いにも興味がなく、驕ることも人を見下すこともしない。男女からも人気で、彼の番になりたいという者の誘いは後を絶たなかったが、そのすべてを断り続けていた。
だからこの年齢になってもまだ独身で、上昇志向のない係長でいる。周囲からしてみれば、密かに“変わり者”と噂されている理由も分からなくない。
慎吾は、雅己に同行していた出張先で予定外の発情期を迎えてしまった時、互いが“運命の番”であることを知った。
通常であれば、体を繋げ、αがΩに対して首筋に噛み痕を残すことで婚姻が交わされる。運命的に出会った者同士であれば、そうなるまでに時間はかからない。
しかし、雅己と慎吾は少し違っていた。暴走する想いと体を押し留めるかのように、彼は慎吾の体を労わり続けている。それでも体を繋げていないわけではない。
発情期になった慎吾は自らの欲望を満たすために雅己を欲する。それに応える彼は決まって、コンドームの着用を心掛けていた。
αは自分の血を残すために、Ωは子を成すために生きる種族だ。それなのに彼はあえて、慎吾に自分の精を注ぐことを拒んでいる。いや――嫌でそうしているわけではないし、生殖能力がないということはまず考えられない。それでも彼の中で慎吾には言えない何かしらの理由があるように思えた。
それを問いただしたのは昨夜。二年もの間、慎吾との婚姻を先延ばしにしている理由が知りたかった。
でも、雅己は黙って首を横に振り「すまない」と謝るばかりだった。
「埒が明かない!」と一方的に見切りをつけて部屋を飛び出し、今日は会社で顔を合わせても一言も口をきいていない。
こういう時に限って、精神バランスの崩れから周期が乱れ、発情期が訪れる。
「何なんだよ……。俺の何が不満だっていうんだ?」
慎吾は、避妊薬の入ったピルケースをギュッと握りしめて苛立ちを隠すことなく呟いた。
完全な発情期になれば、抑制剤は一時的な効果しか得られない。
薬が切れれば、また体が疼き出し、雅己を求めて止まなくなる。その香りは彼がどこにいても分かるほど強力で、抗うことなど出来ないはずなのに……。
二十六歳で見た目だってそう悪くはない。心身共に全くの健康体である慎吾としては、彼の子を身籠れないことに納得がいかないのは事実だった。
二人の関係は至極良好で雅己は慎吾を溺愛している。慎吾もまた、彼なしでは生きられないと思うほど彼を愛していた。
それなのに――。
「――おっと、先客?しかも発情期のΩ……」
不意に耳に届いた低い声にハッと息を呑んだ慎吾は、勢いよく声のした方を振り返った。
そこには、ここが公園だったことさえも分からないほど寂れた場所には到底不似合いな、真っ白いスーツを着た長身の男が立っていた。
年は三十代半ばだろうか。日常であまりお目にかかることのない、まるで結婚式場から抜け出した新郎のようなそのいで立ちに慎吾は目を見開いた。
「何だよ……。そんなに驚く事ないだろ?」
彼は胸元から煙草の箱を取り出すと、慣れた手つきで一本引き出して唇に挟んだ。
ゆっくりと煙をくゆらせてから吐き出した彼はすっと目を細めて慎吾を見つめた。
緩く後ろに流したごげ茶色の髪に、端正ではあるがスッキリとした顔立ち、奥二重が縁取る瞳は澄み切った空のように青い。
流暢な日本語といい、顔の造りといい、どう見ても自身と同じ日本人にしか見えない。
驚いた理由はもう一つある。初対面である彼に既視感を覚えたのは、恋人である雅己に似ていたからだ。
「あのさ、そこ。俺の場所なんだけど……」
「は?」
「ベンチ……。そこは俺の縄張り」
「え?あ……。すみませんっ」
呆気にとられながらも慌てて立ち上った慎吾は、煙草をふかしている彼に場所を譲った。
しかし、彼は片手をヒラヒラと揺らして「別にいいよ」と投げやりに言った。
「いいって……?」
慎吾はどちらの指示に従えばいいのか分からず、困惑したまま立ちつくしていると、彼は苦笑いを浮かべた。
「――体調、悪いんだろ?座ってろよ……。薬だって早々効くもんじゃない。それにお前、その甘い匂いをプンプンさせて帰る気か?その辺の奴らに襲われるのが関の山だぞ」
「甘い……匂い?」
慎吾は自身のスーツの腕を鼻に近づけてみたが、甘い匂いなど全く感じられなかった。
かろうじて、車で使用している芳香剤の匂いが微かにする程度だ。
「だーっ。そんなので分かるわけないだろ。発情寸前のお前の匂いはαにしか分からない」
「じゃあ、あなたはα……」
慎吾の中で警笛が鳴る。もしも、ここで雅己以外のαに種付けされて妊娠してしまったら、二人の関係は絶望的なものになる。その上、首筋を噛まれでもされたら――慎吾は無意識に後退った。
「――そうだ。だがな、安心しろ。俺はお前をどうこうするつもりはない」
「そんなの……。信じられるわけがないっ」
彼は煙草を指先で摘まんで眉を顰めると、わずかに首を傾けた。
「信じる信じないはお前次第だけど、俺はお前の事知ってるから」
「え……?」
「恋人――細野雅己の事で悩んでる。互いに運命の相手だと分かっているのに、なぜ婚姻を結ばず、子を成すことを拒むのか……。自身に何か問題でもあるんじゃないか――って、そんなところか?」
「え、ちょ……っ。ちょっと、なぜそんなことが分かるんですか?」
一度は落ちつけた腰を浮かして、慎吾は彼の方に詰め寄った。
慎吾の勢いに圧されるように仰け反った彼は、腰に手を当てて「やれやれ」と呟いた。
「俺、天使だから……」
「は?はぁぁぁ?」
「だから言っただろ?信じる信じないはお前次第だって」
「またぁ。冗談はやめてくださいよ。――って、まさかストーカー?」
疑う事ばかりの慎吾に、彼は面倒くさそうに背中を向けた。
不思議に思う慎吾の目に映ったのは、彼の肩甲骨のあたりに浮かぶ小さな二つの白い翼だった。
それをピクピクと動かしながら肩越しに振り返った彼は、煙草を咥えたままニヤリと笑って見せた。
「――嘘、だろ。オッサン天使とか……」
「オッサン言うな。お前の彼氏だってオッサンだろうがっ」
機嫌を損ねたのか、彼は指でつまんだ煙草をポイっと宙に放り投げた。
それが白い羽となってゆっくりと目の前に落ちてくるのを、慎吾は口を開けたまま見入っていた。
「天使をバカにするとロクな目に遭わないぞ。ここで逢ったのも何かの縁だ。それに……俺の姿が見える人間なんてそういないからな」
再び胸元から取り出した煙草の箱を指先でポンポンと叩きながら、彼は唇の端を片方だけ上げた。
間髪入れずに煙草を吸うところを見ると、相当なヘビースモーカーのようだ。禁煙が叫ばれているこのご時世、天使までもがその害を受けていると思うと何とも複雑な気持ちになってくる。
「煙草、お好きなんですか?」
「あぁ……。いろいろストレス溜まるんだわ。人を助けるのも楽じゃない。望んで天使になったわけじゃない。気が付いたらこの仕事してた」
「はぁ。人助け……ですか?」
「そう。あ、名前言ってなかったな。俺はダイキ」
「慎吾……。吉村慎吾です」
「知ってるよ。この目で見た相手の事はすべて分かるっていう能力持ってるから。でもまあ――ぶっちゃけると、それは永遠じゃないってこと。そろそろ俺も転生しなきゃいけない時期に来てるらしくてさ。天使もいろいろ面倒でノルマ達成しないと転生出来ないんだよ。――で、お前で仕事納め。天使、最後のお仕事ってわけ」
どこかの営業マンのような事をいう天使――ダイキのお気楽な口調に呆れながらも、天国でも業績によって転生する時期が決まっている事に驚いた。
その最後の仕事に自身を選んでくれたという事に、超がつくリアリストであるはずの慎吾は奇跡を信じてもいいかなと思えた。
「願いを叶えてくれる……とか?」
「まぁ、そんなもんだな。でも、俺が出来るのはあくまで“助ける”ことだ」
自信ありげな顔で煙を吐き出すダイキの横顔は、やはり恋人である雅己に似ている。
しかし、何かが違う。その違いを見つけようと慎吾はまじまじと彼を見つめた。
「――で、お前には幸せになってもらわなきゃいけない。だから、恋人である細野雅己との間に子を成してもらう」
「ちょっと待ってください!それが出来てたら今頃悩んでない!彼は……俺との婚姻を拒んでいる」
「拒むわけないだろ?あいつはお前の運命の相手だ。運命っていうのはな、天使である俺でも狂わせることは出来ないんだよ。まあ、ごくごく稀ではあるが自分の意志でそうさせる奴も中にはいる」
「意志で?」
「そう……。運命を変えたいっていうのは基本的には無理。でも、貶めることなら負の力が作用して稀に変わることがある。だが、絶対に幸せにはならない。その時点でそいつは何の自覚もなく悪魔に魂を売ってるからな。運命ってのは酷い目に遭っても必ず上向くように出来てる。それをひっくり返そうとするから、悪魔に魅入られる。――だから、お前はお前の運命を受け入れろ」
「でもっ!」
「でも……じゃない。何の為に俺がいると思ってるんだよ。――安心しろ。この発情期にお前たちは結ばれる。そして子を成す。半分しかなかったモノが一つになり、それが力を与える。いいか?彼への不信感は捨てろ。素直になれ。そして求めろ……」
煙草を咥えたままダイキはそう言った。
川から吹き上げた風に煙が煽られ、長くたなびいていく。
白いスーツの上着の襟元をキュッと正し、ダイキは自信ありげに微笑んだ。その口元がやけに色っぽくて、慎吾はごくりと唾を呑み込んだ。
「俺を信じろ……」
その表情は雅己に酷似しており、彼にそう言われているように錯覚する。
そう言えば声もどこか似ている。ただ彼は、こんなチャラい喋り方はしない。
いつでも穏やかで、そして争い事を嫌う心優しい男だ。
「オッサン天使……」
「オッサン言うなって言ってるだろ!ったく……アイツはコイツのどこに惚れてるんだ?」
「え?何か言いました?」
「何でもないよっ!今、言った事忘れるなよ。じゃあなっ」
煙を吐き出しながら背を向けた彼は、その景色の中に自然に溶け込んでいくように姿を消した。
「あっ!ちょ、ちょっと!」
手を伸ばしてみたが、そこにはもう彼の姿はなかった。
ただ漠然と幸せにさせるだの、雅己との婚姻を結ばせるだのと言われても、いまひとつピンと来ない。
そうするために慎吾が何かを講じなければならないこともあるはずだ。
しかし、それを指示するわけでもなく姿を消したダイキに、慎吾は茫然とするしか出来なかった。
(夢だったのか?)
頬を指でつねり、その痛みに顔を顰める。
発情期を前に、精神状態がおかしくなって見てしまった幻覚とは違うようだ。
慎吾は上着のポケットの上からピルケースをそっと押さえ込む。
微かにカラリと錠剤が転がる音に深いため息をついた。
「何なんだよ……あの人」
その時、慎吾は知らずのうちに心の中にわだかまっていた雅己への不安や不信感が消えている事にまだ気づいてはいなかった。
* * * * *
「ん……はぁ……雅己っ」
その夜、慎吾は雅己のマンションで発情期を迎えた。ダイキに言われた通りに雅己を信じ、素直な気持ちで話し合おうと部屋に訪れた直後、抑制剤が完全に効力を失った。
その場に崩れ落ち、自分ではコントロール出来なくなった慎吾を寝室へと運び、雅己もまた彼が発する香りに抗う事も出来ずに早急に洋服を脱ぎ捨てた。
αを狂わせる慎吾の甘い香りが部屋中に充満し、白く細い腰をくねらせて強請る煽情的な姿は、雅己の理性を突き崩すまでそう時間はかからなかった。
狼の血を引く雅己は本能のままに鋭い牙を剥き出して、慎吾の体に貪るように口づけた。
普段は大人しく冷静な彼がここまで豹変することなど今までなかった。
慎吾もまたいつになく体が疼き、最愛の者の種を求める子宮がキュッと収縮を繰り返していた。
その甘い痛みに声をあげ、雅己の背中に幾筋もの爪痕を残していた。
α特有の長大なペニスが膨張し、いつ暴発してもおかしくないというタイミングで、雅己はベッドサイドに置かれたナイトテーブルの抽斗を開けてコンドームの箱を取り出した。
「いや……っ!雅己……の精子、欲しい。奥に……出して」
何かを恐れるように薄い唇を戦慄かせて声をあげる慎吾を上から見下ろす。
彼の求めているものは重々承知の上だ。しかし、雅己にはその望みを叶えてやることが出来ない。
強気な瞳を潤ませ、今にも泣き出し出しそうな慎吾に、雅己は何も言えなくなった。
「慎吾……」
何かに囚われるように、牙をギリリと鳴らしながら躊躇う雅己の手から、不意にその箱を細く長い指先が奪った。
驚きに雅己が顔をあげると、目の前には薄闇に輝くような白いスーツを着た男が立っていた。
歳は自分とそう変わらない。しかし、何より驚いたのはその相貌だった。
まるで鏡で自身を見ているかと思うほど、その男は雅己に似ていた。
「あなたは……っ」
セキュリティも万全であるこのマンションの部屋に、他人が住人の許可なく入る事は出来ない。
まして雅己の部屋は高層階であり、窓やベランダから忍び込むことは不可能だ。
普段、取り乱すことのない雅己の声は慎吾の耳に届いていた。息を呑み、慎吾の腰を掴んだ手に力が入ったのが分かる。
「――もう、必要ない。俺がいるから」
静かにそう言った男の声に、雅己は大きく目を見開いた。
「に……兄さんっ!?」
そこにいるはずのない者――いや、この世にはもう存在していない者の姿に息を呑んだまま動けなくなった。
そう、白いスーツに身を包んだ男――ダイキは雅己の双子の兄であり、二十二年前に川で溺れた雅己を助けるために川に飛び込み、そのまま帰らぬ人となってしまった。
その彼が今、雅己の目の前に姿を現したのだ。
「ホントに……ダイキ、なのか?」
「――ったく、なんてザマだ。俺が継ぐはずだった土地も財産も、全部お前にくれてやったと思ってたのに。それなのに、一番大事なものが足りないなんて……。その挙句に、可愛い恋人を不安がらせるとか……あり得ねぇ」
ダイキは乱れた前髪の隙間から雅己を睨みつけた。
雅己がセックスの度にコンドームをしていた理由――それは、自身のαとしての生殖能力が一般的なαの半分しかなかった事。
それが分かったのは精子検査を受けた時だった。精子の数も勢いも問題はなかったのに、一番肝心な性質に問題があったのだ。
考えられる理由はたった一つだけ。それは雅己には双子の兄がいたことだった。一卵性だった二人はその能力を二分してしまう形で生まれた。αとしての能力を完全な形で発揮するには二人一緒でなければならない。
実に特殊で、今までに事例がなかったことから、精子検査を依頼した機関にも興味を持たれ、危うく検査対象者として実験室に監禁されそうになった。
慎吾と付き合い始めて間もなくだったこともあり、言い出せずに二年という月日が経ってしまっていた。
互いが“運命の番”であるというということは間違いはない。
しかし、ダイキがいなければ生殖能力は完全なものにはならない。
この世にいない男の精子をどうやって手に入れろと言うのか……。
それ故に、彼を幸せに出来る自信がなかった。
婚姻し、子を望む慎吾……。それも満足に果たせない自身に劣等感を感じたまま、彼との関係を続けてきていたのだ。
ある時などは別れることも真剣に考えたくらいだ。
でも、慎吾はそんな雅己を愛してくれた。不信感を抱いている事は薄々感じてはいたが、それを口に出すことは今までになかった。
その不安が、昨夜ついに爆発した。
ハッキリと答えを出せない雅己に苛立ちを隠すことなく、声を荒らげて部屋を出て行った慎吾の背中がやけに遠くに見えたことを覚えている。
(もう……本当に終わりなのかもしれない)
今朝も目を合わせることなく、言葉も交わすこともなかった。
それなのに、慎吾はこの部屋を訪れた。
「ちゃんと話そう」
そう言ってくれた彼の優しさに涙が出そうになった。そして……突然、慎吾は発情した。
彼のスーツの上着のポケットから落ちたピルケースの中身を見て雅己は愕然とした。
抑制剤を服用してまで、自分の発情を抑え込んでいた事を知ったのだ。
艶めかしく誘う慎吾の香りに、雅己の中の箍が外れるのにそう時間はかからなかった。
でも――。
雅己はわずかに目を伏せ、体の下で苦しそうに喘ぐ慎吾を見つめた。
「――慎吾はお前との幸せを望んでいる。俺は……その手助けをするだけだ」
「ダイキ……」
「ノルマ達成しないと転生出来ないんだよ……。いつまでも天使でいられるわけじゃない。このままだと、俺……消滅しちまう。――なあ、雅己。俺を……助けてくれ」
「え……?天使……?」
「これが最後の仕事なんだよ……。人助け……させてくれ」
幼い頃から常に自信に溢れ、怖いものなどないと言っていたダイキが初めて見せた弱さに、雅己は胸の奥がギュッと掴まれるような痛みを感じた。
もとは一つだった魂が二つに分かれただけ。それぞれに体を持ち、意志を持って生まれた二人。
だが、その本質は繋がったままなのだ。だから、苦しみ、悲しみ、そして悩む……。
ダイキの苦しみは雅己の痛み、雅己の痛みはダイキの傷になる。
「昼間、慎吾と話した……。俺の姿を見える人間ってそういない。でも……こいつは見えた。それって、俺の分身である雅己と繋がってるって証拠だろ?だから、決めた……。俺の種を慎吾に託すことをな」
ダイキは身につけていたネクタイを勢いよく引き抜き、その場で素早くスーツを脱ぎ捨てると、すでに力を持ち始めている長大なペニスに手を添えた。
「――準備は整ってる。あとはお前の承認だけだ。俺と……契約するか?」
真っすぐに雅己を見つめたダイキの空色の瞳が強い光を湛えて輝いた。
その眩さに目を細め、雅己はゆっくりではあったが力強く頷いた。
「ダイキ……。俺たちの子種を慎吾に託そう」
「ああ……。慎吾なら大丈夫だ。お前が選んだ“運命の番”だからな。――契約成立だ」
低い声で呟いた瞬間、ダイキの背に大きな翼が広がった。
純白の羽を散らし、眩いまでに輝くその翼を一度だけ動かすと光の粒子と共に闇に消えた。
しなやかな筋肉を纏い、無駄なものなど何もない白い体を晒し、雅己に微笑んだダイキは手を添えたペニスを慎吾の口元に運んだ。
「――慎吾、舐めて……。聞こえてただろ?俺は雅己、雅己は俺……。出来るな?」
顔を横に向け、ぼんやりとベッドサイドを見ていた慎吾だったが、目の前に差し出された雄々しいモノにうっとりと蕩けた表情を浮かべ、そのペニスに手を伸ばし躊躇なく赤い舌先をそっと伸ばして大きく張り出したカリの部分を下から舐め上げた。
「おい、雅己!ボーっとしてんなよっ。慎吾が欲しがってる……っ」
「え……?あぁ……」
慎吾の膝裏に手をかけて大きく開かせると、ピンク色の蕾はヒクヒクと収縮し雅己を待ち焦がれていた。
「――雅己、ちょうだい。早く……欲しいっ」
自身の指で硬く尖った乳首を弄びながら欲する慎吾の声にハッと我に返る。
すぐ近くには死んだはずのダイキがいる。彼のペニスに躊躇なく舌を這わす慎吾と交互に見つめる。
「おいっ!何を戸惑っている?何の為に俺がここに来たか分かってるだろ?もう彼を苦しめるな……。お前を愛してるからこそ、子を成したいと望んでいるんだぞっ」
「ダイキ……。だって……。俺は……あなたをっ」
「――お前のせいで死んだんじゃない。俺はお前が助かればって自ら望んだことだ。お前は生きて、コイツと……幸せになる。運命は……変えられない」
「ダイキ……」
「黙って、さっさとイカせてやれ!そして……番の証をつけろっ」
ダイキは吐き捨てるように言うと、ベッドに片膝を乗せて慎吾の顔を引き寄せ、自身のペニスを彼の喉奥に突き込んで腰を前後に揺らした。
シーツを掴むために手放した慎吾の胸の突起を指先で捏ねてやることを忘れない。
「ぐぁ……が……あぁ……っ」
「ほら、ちゃんと咥えろよ。約束通り、お前を孕ませてやるからな」
ダイキの背中から、見えない翼から零れ落ちた純白の羽が散らかる。
汗で濡れた慎吾の肌に張り付いては、シーツに落ちていく。
「おいっ!雅己っ」
乱れた髪の隙間から睨んだダイキの苛立った声に弾かれるように、雅己はビクンと大きく跳ねた自身のペニスに手を添えると、慎ましく待ち受ける慎吾の蕾に先端を一気に突き込んだ。
「んあぁ……はぁ、はぁ……っ!」
衝撃に腰を浮かせた慎吾はダイキのペニスを口に含みながらも、最愛の恋人の名を呼んでいた。
「雅己……きも、ち……いいっ」
ググッと腰をせり出し、灼熱の楔を奥へと沈めていくと慎吾の中が蠢動し、さらに奥へ奥へと誘う。
薄いゴム一枚隔てていないだけでこれほど違うのかと瞠目したまま、雅己は慎吾の艶めかしい体を愛撫しながら長大な楔を根元まで打ち込んだ。
「あ……イク……イッちゃうっ!」
ビクビクと体を痙攣させて、普段の彼からは想像出来ない程、甘い嬌声をあげながら白濁を吐き出す。
最愛のαに与えられる快感は何物にも代えられない。
「おいおい……。まだ突っ込んだだけだろ?」
ダイキは慎吾の唾液で濡れたペニスを口から引き抜くと、快感に荒ぶる呼吸を落ち着かせようと、牙を剥き出しフーフーと息を吐き出している雅己を見た。
(そうだ……。本能を呼び覚ませ)
一卵性の双子としてこの世に生を受けたことは罪ではない。むしろ自身の分身とも言える兄弟が存在することを誇りに思えばいい。
もう、何も怖いものはない。ダイキは優し気な笑みを浮かべながら雅己の頬に手を伸ばし、そっと包み込んだ。
「――大丈夫。お前は一人でも大丈夫だ。俺の力、全部お前のモノになるから」
「ダイキ……」
「慎吾は俺たち二人の花嫁だ。だから……いつも一緒にいる」
ふっと表情を和らげた雅己を見つめ安堵の笑みを浮かべると、ダイキはその体をベッドに乗り上げ、身を屈めて精液で濡れた慎吾のペニスを口に含んだ。
「いやぁ……あぁ……あ、あっ……!気持ちいい……変に、なるぅ~」
前後から与えられる快感に、頭を激しく左右に振りながら声を上げる慎吾の体からより一層濃い香りが放たれる。番を縛り付け、絶対に離れさせない魅惑のフェロモン。
その香りは雅己だけでなく、同じ体質を持つダイキの理性をも狂わせる。
「お前を壊すのも、幸せにするのも俺たちしかいない。全部、委ねろ……」
「ダイキ……さんっ。んはぁ……あぁ……また、イッちゃう……んあぁぁ!」
ビクビクと体を跳ねさせた慎吾が中にある雅己の楔をキュッと締め付け、腰を振っていた彼はグッと眉を顰めた。込み上げる射精感を必死に抑え込みながら、慎吾のいい場所を何度も擦りあげる。
ダイキの口内に吐き出された大量の白濁は彼の唇の端を伝う。舌の上にある粘度のあるそれをゴクリと呑み込んで、手の甲で口元を乱暴に拭った。
何度イっても萎えることを知らない慎吾のペニスの先端からは次々と透明な蜜が溢れてくる。
それを舌先で掬うように舐めながら、ダイキは汗を滴らせながら腰を振り続ける雅己をチラリと見上げた。
彼の様子からして絶頂は近いようだ。
「――そろそろ、イクぞ。慎吾……っ」
案の定、低く掠れた声で呻くように呟いた雅己に、慎吾は唇を震わせて声をあげた。
「来て……。雅己の……いっぱいちょうだい!」
誘うように目を潤ませた慎吾に、ダイキはその言葉を封じるように唇を塞いだ。口内に残る彼の蜜と唾液が混じり合ったものを口移しに彼の中に流し込む。それをゴクリと音を立てて呑み込む慎吾の色気に眩暈がした。
(雅己が惚れた理由……分かる気がする)
発情期のΩは普段の姿からは想像出来ないほど淫らに変貌を遂げる。
その相手が最愛の者であれば尚更、その色香は増しαを自分に縛り付ける。
慎吾もまた例外ではなく、雅己を――そしてダイキを虜にしていく。
「あぁ……。イク……ッ。イクよ……。――う、ぐあぁぁっ!」
雅己が咆哮にも似た声をあげて腰を一際奥に突き込んだ瞬間、慎吾の中で灼熱が弾けた。
最奥を濡らす奔流を受け止めて、シーツから背中を浮かせて慎吾は甘い声をあげた。
α特有の長い射精を終え、まだたっぷりとした質量を保ったままのペニスを引き抜いた雅己は息を弾ませながらすぐそばにいるダイキを見つめて微笑んだ。
「――兄さん。お願い……します」
「出来ることなら一緒に突っ込みたいほどエロい体だな……」
「それは慎吾に負担になるでしょう……。でも、慎吾は俺たち二人に愛されることを望んでいる」
「ちょっと特殊ではあるが……。俺たちは二人で一つだ。だから慎吾もまた俺たちの花嫁って事でいいんだろ?」
ダイキの言葉に雅己はフッと喉の奥で笑うと、彼の頭を引き寄せて舌を絡めた。
何年ぶりのキスだろう……。双子である兄弟が互いに愛し合っていたことは、ダイキが亡くなってからも雅己の胸の中に厳重に仕舞い込まれていた秘密だ。
ピチャピチャと水音を立ててキスを繰り返し、銀色の糸を引きながらゆっくりと唇を離す。
意識が朦朧とし、焦点も合わない慎吾の体をうつ伏せにし腰だけを高く持ち上げると、雅己の楔の太さを物語るようにぽっかりと開いたままの蕾からトプリと精液が溢れた。それを指先で掬いあげたダイキは蕾の中に押し込んで、蓋をするかのように自身の楔を突き込んだ。
「ひぃっ!ひゃぁぁぁぁ!」
「――くっ!ヤバいな、これ……。持っていかれるっ」
グッと歯を食いしばったダイキに、まるで自慢するかのように目を細めた雅己は、愛液に濡れたペニスを慎吾の口元に近づけた。
「慎吾……。ダイキのチンコに感じたら怒るよ?」
「い……やぁ、雅己……それ、無理……っ」
悪戯に嫉妬心を見せつける弟に苦笑いしながら、ダイキは根元まで一気に突き込んだ。
ビクンッと体を跳ねさせて射精することなく絶頂を迎えた慎吾に、雅己はムッとしてわずかに開かれた唇にペニスを捻じ込んだ。
おずおずと顔を上げて雅己のペニスに舌先を伸ばす慎吾の乳首もまた、シーツに擦れることでより感度を高めていく。
「お仕置き……。ちゃんと舐めて」
「雅己、お前って意外と鬼畜っ」
「ダイキがいけないんだろ?」
「どっちに嫉妬してるんだよ……お前」
「ん……あぁ……。両方に決まってる」
上下の口を双子の兄弟に犯された慎吾の昂ぶりは尋常ではなかった。
ジュルジュルと音を立てて雅己のモノをしゃぶり、下後ろから激しく最奥を突き上げるダイキの楔に翻弄される。
今までにこれほどの快感があっただろうか。体がバラバラになりそうなほど辛いのに気持ちがいい。
ダイキの激しい突き込みに互いの肌がぶつかる音が部屋中に響いた。
その音を聞きながら程よくしなった背中を撫でた雅己は、汗に濡れた慎吾の襟足の髪を指先で払いのけた。
そして、露わになった慎吾の白い首筋に顔を寄せると狼の鋭い牙を突き立てた。
「あぁぁっ!」
薄い皮膚に牙が食い込み血が滲んでいく。その血を舌先で舐めながら、腰を振るダイキを見上げた。
「俺の伴侶だからね……」
狼の血を引く金色に光る眼をすっと細める。その表情に嫉妬心を覗かせたダイキは、汗を滴らせてより激しく腰を突き込んだ。
ダイキの空色の澄んだ瞳が金色に輝き始める。天使になり、もう本来の血は二度と目覚めることはないと思っていた。
しかし、愛する弟と共に極上のΩである慎吾と繋がった事で、再び本能が動き始めたようだ。
歯茎が疼き、象牙色の鋭い狼の牙が伸び始める。
「ダイキ……。我が同胞……」
慎吾の血で濡れた唇を舐めながらうっとりと見つめる雅己に、ダイキは綺麗な弧を描いた唇で微笑み返す。
慎吾の細い腰をさらに強く押さえ込み、汗を滴らせて突き込むと、悲鳴のような嬌声が放たれる。
「ひぃぃ……やぁぁん!」
「オッサン天使をナメるなよっ。おらぁ……っ」
「やらぁ……らめぇ!壊れちゃう……っ、あ、あ、イク……イクッ」
栗色の髪を乱した慎吾は顎を仰け反らせて、シーツを掴み寄せた。
「――そろそろイっとくか。これでαの力は一つになる……」
兄弟共に薄い筋肉を纏った体は年相応には見えない。激しい息遣いと蕩ける様な大人の色香、そして何よりも慎吾を翻弄させる激しいまでの快楽への誘い。
「出すぞ……。天使の精液……たっぷりこの腹に注いでやる」
「あ、あぁ……気持ち、いいっ!ダイキさん……あ、あっ!ひゃぁぁぁぁ!」
「ぐあぁぁっ」
ダイキが叫びながら慎吾の首筋に牙を立てる。皮膚を破り赤い血を溢れさせたまま、激しく痙攣を繰り返す。
内壁を叩く奔流もまた、慎吾の最奥をしとどに濡らした。慎吾の中で、今までなかったはずの器官がゆっくりと目を覚ますのを感じた。
二人の精液を湛えたその泉に新たな命が芽生え始める。
胸を喘がせたまま気を失った慎吾の蕾からペニスを引き抜いたダイキは、雅己の顔を引き寄せてその唇に自身の血で濡れた唇を重ねた。
クチュリと音を立てて唇を触れ合わせたまま、呼吸を整えるダイキはゆっくりと言葉を紡いだ。
「――発情期間は一週間ある。二人でゆっくりと慎吾を愛そう」
「ああ……。俺たちの三人の愛の結晶を作ろう」
唇を離したダイキと雅己はぐったりとシーツに沈んだ慎吾を挟むようにベッドに横たわると、意識のない彼の上気した肌に何度も口づけた。
「番の証は絶対。俺たちの花嫁だ……」
汗ばんだ慎吾の肌はしっとりと濡れていた。
それを舌先で味わうように貪るのは、金色の瞳を持つ双子の狼だった。
* * * * *
慎吾の発情期もそろそろ終わりに近づいた夜。
二人の伴侶にたっぷりと愛情を注がれた慎吾は、さらりとしたシーツに身を預けていた。
気怠げに瞼を持ち上げると、すぐそばに最愛の男の顔があり、安堵すると共に自然と笑みが零れる。
「――雅己……。ダイキ……」
濡れた唇で二人の名を呼ぶと、同じ顔が更に近づいた。
「――慎吾、大丈夫か?」
「うん……。ちょっとお腹が重い……」
下腹部に違和感を感じてそっと手で触れると、慎吾の白い腹はぷっくりと膨らんでいた。
それを愛おしそうに撫でながら笑って見せる。
「いっぱい注いでくれたね……。嬉しい」
「当たり前だ。俺がいなくなってから“妊娠しませんでした”なんて言われても困るからな」
ダイキが慎吾の額にキスを落とす。
それを見つめていた雅己は、わずかに目を伏せた。
彼の憂いを含んだ眼差しは、ダイキとの別れが近いことを意味していた。
「ダイキ……。これで終わりなんだろ?」
まるで独り言のように呟く雅己に、ダイキは長い睫毛を瞬かせた。
「――天使としての最後の仕事。これが俺の望みだった」
「ダイキ……」
「これでやっと転生出来る……。オッサンがいつまでも天使なんてやってられないからな」
慎吾の首筋に残された自分の噛み痕にそっと唇を寄せて笑った。
「――そっか。いつかまた会えるかな?」
ダイキのこげ茶色の髪をかき抱くように、慎吾はそう言って声を詰まらせた。
泣いてはいけない。そう思えば思うほど涙腺が緩んでいく。
「さあな……。転生先を選べるわけじゃないからな。それは神のみぞ知るってやつだ」
慎吾の涙を掬うように唇を寄せてから、ダイキは静かにベッドを下りた。
ハンガーにかけられた白いスーツを纏う彼の男らしい体がだんだんと透けていく。
雅己は急いでベッドを下りると、ダイキの体を抱き寄せた。
ダイキはネクタイを締めながら、そんな雅己のこげ茶色の髪をグシャリと撫でた。
「も……。誰かのために死ぬとか……、絶対にするなよ」
「そんなの、俺には決められない。だって運命ってヤツだからな」
激しいセックスの後で体が痛むのか、一瞬顔を歪ませて上体を起こした慎吾が叫んだ。
「ダイキ、また会えるって約束して!」
困ったように眉をハの字に曲げ、上着の内ポケットから煙草を取り出して唇に挟んだダイキは、ため息交じりに雅己に答えを求めた。
そんな事は無理だと分かっている。でも今は、雅己自身もその約束を果たして欲しいと願っていた。
ダイキと共に過ごした一週間は、失った二十二年間よりも濃密で充実したものだった。
それに加えて、二人の間には伴侶となった慎吾がいるのだ。
これほど幸せな時間はなかった。そして、永遠にこの時間が続けばいいと思っていた。
「――おいおい。まさか雅己までワガママを言い出すんじゃないだろうなぁ」
彼の輪郭がぼやけ、背後にある風景が透けて見える。
唇を噛んだまま黙っていた雅己が思い立ったように顔を上げた時、ダイキの姿はほとんど見えなくなっていた。
「言うよ!俺だって言う!――会えるって約束してくれ!もう一度一緒に……生きたいっ!」
光の粒子が散り散りになっていくダイキの体を包み込み、最後の一粒が指先から消えた時、部屋にはダイキの声が残響のように微かに聞こえただけだった。
「――分かったよ。二人とも、愛してる……から」
眩い光の粒子が消え、そこには静寂と闇と白い羽だけが残っていた。
「ありがとう……。ダイキ」
雅己は口元を綻ばせてそっと呟きながらベッドの端に腰掛けると、ただ涙を流す慎吾を優しく抱きしめた。
「大丈夫……。彼は帰ってくるから」
果たされるはずのない約束。何の確証もないひと時の幻……。
それなのに雅己の声は力強く、抱きしめる腕は優しかった。
慎吾はダイキが注いだモノが入った白い腹を愛おしそうに何度も撫でた。
(俺たちの子供……)
まだ形を成すはずのない物が子宮の奥で動いたような気がして、ゆっくりと顔を上げて慎吾は雅己を見つめた。
「――きっと帰ってくるよ。“運命の番”を放っておくわけないだろ?」
「慎吾……」
「雅己とダイキは二人で一人なんだよ?俺の伴侶だって二人揃わなきゃ意味がない」
根拠のない自信。慎吾の中に浮かんだダイキとの再会を願う想い。
雅己もまた、慎吾の腹を大きな手でそっと撫でると、そこに唇を寄せた。
「――兄さん、待っているからね」
二人で見つめ合うと、自然と笑みが零れた。
どちらからともなく重なった唇は、その夜離れることはなかった。
* * * * *
奇跡のような夜から十五年の歳月が経とうとしていた。
あの日以来、慎吾と雅己の生活は激変した。
それまで出世を望むことなく、ぬるま湯のような平穏なポジションを保守していた雅己は、何の予兆もないまま外資系商社にヘッドハンティングされた。
“能ある鷹は爪を隠す”と言わんばかりに、その企業にそれまで自分でも気づかなかったビジネスの才能を見出され、異例と言える速さで出世し、今では専務取締役兼マーケティング経営部の部長として、その手腕を存分に発揮している。
そして慎吾もまた、一年後に純血のα種である男の子を出産し育児の傍ら商社勤務を続けていたが、雅己たっての願いで商社を辞め、今は妊活に励んでいた。
急激に進んだ少子化により、低年齢での出産・育児が合法化し、高齢出産も医学の進歩によって安全かつ問題なく行われるようになった今、二人目を望む雅己と息子の期待は大きい。
名家の出身で今の仕事に就いている雅己にとって金銭的な問題はもはや眼中にはない。
慎吾の為であれば周産期医療で有名な病院を探し、担当するスタッフも精鋭を揃えることが出来る。
何より、純血のαは数が非常に少なく、それを生むことが出来るΩは国を挙げて保護されているのだ。
「――っあ、そんなところ……ダメ……いやぁっ」
シーツが擦れる音と、吐息が混じった甘い嬌声が寝室に響いた。
以前住んでいたマンションを引き払い、郊外に立てられた豪邸の二階に慎吾と雅己の寝室はあった。
まだ陽も沈み切らない時間、慎吾は年を重ねたとは思えない滑らかな白い肌を艶めかしくくねらせた。
「もうすぐ発情期だろ?タイミング法ってヤツ……担当医から聞いてきたから」
大きく広げられた股の間から嬉しそうに顔を覗かせたのは、二人の息子である大輝だった。
天使とこの世での再会を願って、死んだ雅己の兄と同じ名を最愛の息子に付けた。
父親譲りのこげ茶色の髪と、慎吾に似て繊細な顔立ちは紛れもなく二人の子供だ。
二重瞼の奥の黒い瞳は光の加減によって青緑に見える。その瞳に見つめられると、なぜか慎吾は抗うことが出来なくなる。
だから今もこうして、膝裏を膝裏を押さえられたまま双丘の奥の蕾に舌を這わすことを許している。
「はぁ……大輝っ。雅己が……帰って来ちゃうっ」
「父さんだけに任せておけないからね。それに父さんだけじゃ母さんを妊娠させられない。俺がいなくちゃダメなんだから……」
意味深に笑う大輝は赤い舌先で蕾を抉った。
「ひぁぁぁっ」
ビクンと体を跳ねさせた慎吾は羽枕に頬を埋めた。乱れた髪が白い首にはりつき、そこには雅己のものではないもう一つの“噛み痕”があった。
「――あぁ。ホントにキレイだよ……母さん」
大輝は体を起こすと、着ていた制服のワイシャツとスラックスを脱ぎ捨てると、筋肉質の若い体を惜しげもなく晒した。
十五歳とは思えない長身と出来上がった体は慎吾の目を釘付けにさせた。
一般的な種族であるβとは比べ物にならないほど、純血のαの成長は著しい。
この年齢で、体だけでなく精神や、すでに生殖機能までもが完成されている。
引き締まった下肢に凶暴とも言える長大なペニス。下生えも雅己のそれと大差ない。
それを片手で扱き上げながらベッドに両膝をついた大輝は、慎吾の腿の内側にキスを繰り返した。
「――俺は母さんを愛している。もちろん父さんもね。“運命の番”は絶対なんだよ……」
「あぁ……“ダイキ”来て……っ。あなたが欲しい……っ」
「ホント、オネダリ上手だよね……。あの時と全く変わらないよ――」
透明な蜜を纏ったペニスをヒクつく蕾に押し当てて、グッと先端を打ち込む。
その衝撃に逃げる腰を掴み寄せて、大輝は慎吾に体を重ねると、首筋に残された噛み痕に唇を押し当てた。
同時に躊躇なく最奥へと楔を打ち付けると、顎を仰け反らせて慎吾が達した。
「あぁ、は……っん!」
「――慎吾。愛しい我が伴侶……」
それまでの明るく溌溂とした声とはまるで違う――そう、天使であり雅己の兄である“ダイキ”の声だった。
あの夜、天使としての職務を全うしたダイキは、二人の強い願いと自らの子種によって二人の子供として転生した。
噛み痕を残した伴侶であるはずの慎吾に手も出せないもどかしい幼少期を経て、精通を迎えると同時に慎吾の体を求めるようになった。最初のうちは戸惑いを見せていた慎吾だったが、最愛の伴侶であると納得すると息子であるという概念は彼の中から消えた。
もちろん、父親であり弟である雅己は承知の上だ。
ゆるゆると腰を動かす彼の背に手を回した慎吾は、気を失いそうな快感に何度も爪を立てる。
大輝はその痛みも悦びに思えるほど、実の母である慎吾を愛していた。
弟が欲しい――それは世間的には喜ばしいことであり、決して嘘ではない。
だが、大輝の真意は少し違っていた。伴侶との間に自分の子を成したいと思うのはα種として至極当たり前の事だった。
しかし、神様はそう易々とダイキの望みを全部叶えてはくれなかった。
「あぁ……ダメ……も、イッ……イッちゃう!」
何度目の射精だろう。慎吾は全身を小刻みに痙攣させ絶頂を迎える。
激しく擦っていた内壁がキュッと締まり、大輝もまた低く呻きながら眉を顰めた。
「やば……出るっ――んあぁぁ!」
短い狼の牙を剥き出し、慎吾の中に自身の分身を大量に吐き出す。
その熱さに、慎吾は小さく身を跳ねさせてから、ぐったりとシーツに身を沈めた。
意識を失った慎吾にキスを繰り返し、大輝は未だに貪欲に求める蕾から楔を引き抜くとベッドから下りた。
そして、床に散らかっている自らの制服を集めて寝室を出るとバスルームに向かった。
* * * * *
バスローブに着替えた大輝が帰宅した雅己を出迎えたのはそれから二時間後の事だった。
ツイードのオーダースーツが似合う年齢になった雅己は、大輝の髪がまだ濡れていることに気付き問うた。
「――慎吾は?」
「おかえり。早くシャワー浴びておいでよ。母さんなら寝室で待ってるよ」
上着を脱ぎ、ネクタイを外しながらポンと肩を叩く大輝を軽く睨んだ。
「――お前、もうヤッたのか?」
「当たり前じゃん。病院の先生に言われてただろ?発情期寸前が一番確率高いって……。だから“俺の分”は子宮の中にある」
息子の勝手な言い分に呆れながらも、雅己はカフスボタンに手をかけた。
すぐそばに自分の身長とそう変わらない大輝が立ち、耳元に顔を寄せた。
「神様はどこまでも意地悪だ。お前たちの息子として純血のα種で生まれて来たのに……」
「願ったものはすべて与えられるわけじゃない」
「身を以って知ったよ。――まさか、また生殖能力が半分とか……。あり得ないだろ」
大輝は雅己の腰を抱き寄せると耳朶に舌を這わせた。
ねっとりと動く舌先に、堪えていた吐息が漏れる。しかも、それをしているのは十五歳の中学生だ。
「――弟が欲しいよ、父さん」
くすっと息を吹きかけながら強請る大輝にチラリと視線を向け、雅己がふっと口元を緩めた。
「――子供の間違いじゃないのか?」
「そうとも言う……。父さんと俺とで一人前。そこまで神様に忌み嫌われる双子っているのか?」
「ここにいる……だろ」
わずかに顔を傾けて、まるで誘うかのように唇を舐めた雅己に、大輝は薄い唇に綺麗な弧を描いた。
一卵性であってそうでない実の兄の手が、そっとスラックス越しに尻を撫でた。
時々ギュッと尻たぶを掴んでは、その弾力を確かめている。
「――早く、シャワー浴びておいでよ。母さんが待ってる」
「あぁ……」
「俺も待ってるから……」
「大輝?」
大輝の長い指が雅己の双丘の割れ目に沿って下りていく。
スラックスの生地をぐっと押し込んで、その奥に眠る蕾に触れた。
「はぁ……」
それを合図に舌を伸ばした雅己に、大輝は自身の唇を重ねた。
クチュクチュと激しい水音がリビングに響いた。
互いが獣の血を引くαだけに、求める時は妥協しない。
「――お前が慎吾を抱いて、俺はお前を抱く」
「元天使とは思えないな……」
「イヤか?」
雅己は唇に纏ったダイキの滴を舌先で舐めとりながら不敵に笑った。
「まさか……。また兄さんと愛し合えるって考えただけで勃って来た」
「バカだな……。俺たちが愛し合うんじゃない。慎吾を愛して、俺たちは繋がるんだ」
「転生しても子種は大輝のものだろう?近親婚は許されていない……」
すっかり勃起した雅己のそれをスラックスの上から優しく撫でながら、大輝は青緑色の瞳を妖しく輝かせた。
あの時の澄んだ空色はそこにはもうない。
誰をも魅了する悪魔の瞳に似ていた。
「――安心しろ。俺たち一族は血が濃ければ濃いほど有能になる。俺の力を信じろ……」
「大輝の力……?んあぁ……っ」
自身をギュッと強く握られ、あられのない声を上げる。
大輝の肩に顔を押し付けて、荒い息を繰り返す雅己の耳元で低い声が鼓膜を震わせた。
妖しく艶のある美しい声……。
その声に雅己は全身が総毛立ち、小刻みに体を震わせて射精した。
天使の声か――。それとも……。
「三人で深い闇に堕ちよう……。そして――ひとつになる」
乗っていた営業車を道路脇に停車し、大きく舌打ちしながら助手席に置かれたカバンの中からピルケースを取り出すとドアを開けた。
街の中心部を流れる大きな川に沿って整備された道路沿いで、幸い車の通りも少なく人通りもなかった。
周囲を見回して、そこが自分が幼い頃から遊び慣れた場所だと気付く。
(確かこの辺に……)
ふらつきながらではあったが記憶を辿り、大きな松の木が茂る場所を見つけると、土手に作られた石の階段を駆け上がった。
小高い土手の上にあったのは寂れた公園だった。
慎吾の記憶では赤い滑り台とシーソー、そして数脚のベンチがあったはずのその場所には、今にも崩れ落ちそうなベンチが一つだけ残っていた。
それだけが、ここが公園であったことを物語る唯一のものだった。
無情な時間の流れにため息をつきながら、そのベンチに座れることを確認してそっと腰を下ろした。
ピルケースから錠剤を二つ掌に載せ、それを口に放り込むと奥歯でカリッと音を立てて噛んだ。
一瞬の苦みに顔を顰めるが、徐々に治まってくる体の様子にほうっと長い息を吐いた。
「――間に合った」
額にびっしりと掻いた汗を拭いながら、遠くに見える川から吹き上げる風に目を細めた。
男女という性別の他に、もっと細分化された性別の存在が明らかになったのは今から五十年ほど前の事だったと聞く。
獣の血を引き、あらゆる能力に優れた稀少種α、周期的に発情期を迎え、男女問わず子を成すことが出来るΩ、そして世界人口のほどんどを占めるβ。
当時は有能で世界を牽引する存在であったα、下層種族と蔑まれてきたΩという身分差別も頻繁に見られていたようだったが、近年ではそういった偏見は少なくなり、同性婚も認められるようになった。
しかし、今でも家柄や家系に拘る一部の者たちは偏見を持っているらしい。
慎吾は生まれながらのΩだ。発情期を迎え始めたのは思春期に当たる高校生の頃だった。
最初は戸惑い、不安ばかりの自分の性を呪ったこともあったが、今では次々とその症状を緩和する抑制剤が開発され、レイプなどによる不慮の妊娠を防ぐための避妊薬もその効果を上げている。
Ωは発情期に発する自分のフェロモンによって“運命の番”を引き寄せると聞いていたが、慎吾は二年前までそれは単なる迷信だと思っていた。
そう――会社の上司であり、恋人である細野雅己に出会うまでは。
現在三十四歳、営業部の係長である彼は狼の血を引く名家の出身で、一流大学を卒業後に有名商社に勤務したものの体質に合わず、今の会社に落ち着いたらしい。
長身で端正な顔立ち。緩く後ろに流したこげ茶色の髪は年を重ねるごとに男の色気を増していく。
彼は有能なαだ。それなのに、目を血走らせての昇格争いにも興味がなく、驕ることも人を見下すこともしない。男女からも人気で、彼の番になりたいという者の誘いは後を絶たなかったが、そのすべてを断り続けていた。
だからこの年齢になってもまだ独身で、上昇志向のない係長でいる。周囲からしてみれば、密かに“変わり者”と噂されている理由も分からなくない。
慎吾は、雅己に同行していた出張先で予定外の発情期を迎えてしまった時、互いが“運命の番”であることを知った。
通常であれば、体を繋げ、αがΩに対して首筋に噛み痕を残すことで婚姻が交わされる。運命的に出会った者同士であれば、そうなるまでに時間はかからない。
しかし、雅己と慎吾は少し違っていた。暴走する想いと体を押し留めるかのように、彼は慎吾の体を労わり続けている。それでも体を繋げていないわけではない。
発情期になった慎吾は自らの欲望を満たすために雅己を欲する。それに応える彼は決まって、コンドームの着用を心掛けていた。
αは自分の血を残すために、Ωは子を成すために生きる種族だ。それなのに彼はあえて、慎吾に自分の精を注ぐことを拒んでいる。いや――嫌でそうしているわけではないし、生殖能力がないということはまず考えられない。それでも彼の中で慎吾には言えない何かしらの理由があるように思えた。
それを問いただしたのは昨夜。二年もの間、慎吾との婚姻を先延ばしにしている理由が知りたかった。
でも、雅己は黙って首を横に振り「すまない」と謝るばかりだった。
「埒が明かない!」と一方的に見切りをつけて部屋を飛び出し、今日は会社で顔を合わせても一言も口をきいていない。
こういう時に限って、精神バランスの崩れから周期が乱れ、発情期が訪れる。
「何なんだよ……。俺の何が不満だっていうんだ?」
慎吾は、避妊薬の入ったピルケースをギュッと握りしめて苛立ちを隠すことなく呟いた。
完全な発情期になれば、抑制剤は一時的な効果しか得られない。
薬が切れれば、また体が疼き出し、雅己を求めて止まなくなる。その香りは彼がどこにいても分かるほど強力で、抗うことなど出来ないはずなのに……。
二十六歳で見た目だってそう悪くはない。心身共に全くの健康体である慎吾としては、彼の子を身籠れないことに納得がいかないのは事実だった。
二人の関係は至極良好で雅己は慎吾を溺愛している。慎吾もまた、彼なしでは生きられないと思うほど彼を愛していた。
それなのに――。
「――おっと、先客?しかも発情期のΩ……」
不意に耳に届いた低い声にハッと息を呑んだ慎吾は、勢いよく声のした方を振り返った。
そこには、ここが公園だったことさえも分からないほど寂れた場所には到底不似合いな、真っ白いスーツを着た長身の男が立っていた。
年は三十代半ばだろうか。日常であまりお目にかかることのない、まるで結婚式場から抜け出した新郎のようなそのいで立ちに慎吾は目を見開いた。
「何だよ……。そんなに驚く事ないだろ?」
彼は胸元から煙草の箱を取り出すと、慣れた手つきで一本引き出して唇に挟んだ。
ゆっくりと煙をくゆらせてから吐き出した彼はすっと目を細めて慎吾を見つめた。
緩く後ろに流したごげ茶色の髪に、端正ではあるがスッキリとした顔立ち、奥二重が縁取る瞳は澄み切った空のように青い。
流暢な日本語といい、顔の造りといい、どう見ても自身と同じ日本人にしか見えない。
驚いた理由はもう一つある。初対面である彼に既視感を覚えたのは、恋人である雅己に似ていたからだ。
「あのさ、そこ。俺の場所なんだけど……」
「は?」
「ベンチ……。そこは俺の縄張り」
「え?あ……。すみませんっ」
呆気にとられながらも慌てて立ち上った慎吾は、煙草をふかしている彼に場所を譲った。
しかし、彼は片手をヒラヒラと揺らして「別にいいよ」と投げやりに言った。
「いいって……?」
慎吾はどちらの指示に従えばいいのか分からず、困惑したまま立ちつくしていると、彼は苦笑いを浮かべた。
「――体調、悪いんだろ?座ってろよ……。薬だって早々効くもんじゃない。それにお前、その甘い匂いをプンプンさせて帰る気か?その辺の奴らに襲われるのが関の山だぞ」
「甘い……匂い?」
慎吾は自身のスーツの腕を鼻に近づけてみたが、甘い匂いなど全く感じられなかった。
かろうじて、車で使用している芳香剤の匂いが微かにする程度だ。
「だーっ。そんなので分かるわけないだろ。発情寸前のお前の匂いはαにしか分からない」
「じゃあ、あなたはα……」
慎吾の中で警笛が鳴る。もしも、ここで雅己以外のαに種付けされて妊娠してしまったら、二人の関係は絶望的なものになる。その上、首筋を噛まれでもされたら――慎吾は無意識に後退った。
「――そうだ。だがな、安心しろ。俺はお前をどうこうするつもりはない」
「そんなの……。信じられるわけがないっ」
彼は煙草を指先で摘まんで眉を顰めると、わずかに首を傾けた。
「信じる信じないはお前次第だけど、俺はお前の事知ってるから」
「え……?」
「恋人――細野雅己の事で悩んでる。互いに運命の相手だと分かっているのに、なぜ婚姻を結ばず、子を成すことを拒むのか……。自身に何か問題でもあるんじゃないか――って、そんなところか?」
「え、ちょ……っ。ちょっと、なぜそんなことが分かるんですか?」
一度は落ちつけた腰を浮かして、慎吾は彼の方に詰め寄った。
慎吾の勢いに圧されるように仰け反った彼は、腰に手を当てて「やれやれ」と呟いた。
「俺、天使だから……」
「は?はぁぁぁ?」
「だから言っただろ?信じる信じないはお前次第だって」
「またぁ。冗談はやめてくださいよ。――って、まさかストーカー?」
疑う事ばかりの慎吾に、彼は面倒くさそうに背中を向けた。
不思議に思う慎吾の目に映ったのは、彼の肩甲骨のあたりに浮かぶ小さな二つの白い翼だった。
それをピクピクと動かしながら肩越しに振り返った彼は、煙草を咥えたままニヤリと笑って見せた。
「――嘘、だろ。オッサン天使とか……」
「オッサン言うな。お前の彼氏だってオッサンだろうがっ」
機嫌を損ねたのか、彼は指でつまんだ煙草をポイっと宙に放り投げた。
それが白い羽となってゆっくりと目の前に落ちてくるのを、慎吾は口を開けたまま見入っていた。
「天使をバカにするとロクな目に遭わないぞ。ここで逢ったのも何かの縁だ。それに……俺の姿が見える人間なんてそういないからな」
再び胸元から取り出した煙草の箱を指先でポンポンと叩きながら、彼は唇の端を片方だけ上げた。
間髪入れずに煙草を吸うところを見ると、相当なヘビースモーカーのようだ。禁煙が叫ばれているこのご時世、天使までもがその害を受けていると思うと何とも複雑な気持ちになってくる。
「煙草、お好きなんですか?」
「あぁ……。いろいろストレス溜まるんだわ。人を助けるのも楽じゃない。望んで天使になったわけじゃない。気が付いたらこの仕事してた」
「はぁ。人助け……ですか?」
「そう。あ、名前言ってなかったな。俺はダイキ」
「慎吾……。吉村慎吾です」
「知ってるよ。この目で見た相手の事はすべて分かるっていう能力持ってるから。でもまあ――ぶっちゃけると、それは永遠じゃないってこと。そろそろ俺も転生しなきゃいけない時期に来てるらしくてさ。天使もいろいろ面倒でノルマ達成しないと転生出来ないんだよ。――で、お前で仕事納め。天使、最後のお仕事ってわけ」
どこかの営業マンのような事をいう天使――ダイキのお気楽な口調に呆れながらも、天国でも業績によって転生する時期が決まっている事に驚いた。
その最後の仕事に自身を選んでくれたという事に、超がつくリアリストであるはずの慎吾は奇跡を信じてもいいかなと思えた。
「願いを叶えてくれる……とか?」
「まぁ、そんなもんだな。でも、俺が出来るのはあくまで“助ける”ことだ」
自信ありげな顔で煙を吐き出すダイキの横顔は、やはり恋人である雅己に似ている。
しかし、何かが違う。その違いを見つけようと慎吾はまじまじと彼を見つめた。
「――で、お前には幸せになってもらわなきゃいけない。だから、恋人である細野雅己との間に子を成してもらう」
「ちょっと待ってください!それが出来てたら今頃悩んでない!彼は……俺との婚姻を拒んでいる」
「拒むわけないだろ?あいつはお前の運命の相手だ。運命っていうのはな、天使である俺でも狂わせることは出来ないんだよ。まあ、ごくごく稀ではあるが自分の意志でそうさせる奴も中にはいる」
「意志で?」
「そう……。運命を変えたいっていうのは基本的には無理。でも、貶めることなら負の力が作用して稀に変わることがある。だが、絶対に幸せにはならない。その時点でそいつは何の自覚もなく悪魔に魂を売ってるからな。運命ってのは酷い目に遭っても必ず上向くように出来てる。それをひっくり返そうとするから、悪魔に魅入られる。――だから、お前はお前の運命を受け入れろ」
「でもっ!」
「でも……じゃない。何の為に俺がいると思ってるんだよ。――安心しろ。この発情期にお前たちは結ばれる。そして子を成す。半分しかなかったモノが一つになり、それが力を与える。いいか?彼への不信感は捨てろ。素直になれ。そして求めろ……」
煙草を咥えたままダイキはそう言った。
川から吹き上げた風に煙が煽られ、長くたなびいていく。
白いスーツの上着の襟元をキュッと正し、ダイキは自信ありげに微笑んだ。その口元がやけに色っぽくて、慎吾はごくりと唾を呑み込んだ。
「俺を信じろ……」
その表情は雅己に酷似しており、彼にそう言われているように錯覚する。
そう言えば声もどこか似ている。ただ彼は、こんなチャラい喋り方はしない。
いつでも穏やかで、そして争い事を嫌う心優しい男だ。
「オッサン天使……」
「オッサン言うなって言ってるだろ!ったく……アイツはコイツのどこに惚れてるんだ?」
「え?何か言いました?」
「何でもないよっ!今、言った事忘れるなよ。じゃあなっ」
煙を吐き出しながら背を向けた彼は、その景色の中に自然に溶け込んでいくように姿を消した。
「あっ!ちょ、ちょっと!」
手を伸ばしてみたが、そこにはもう彼の姿はなかった。
ただ漠然と幸せにさせるだの、雅己との婚姻を結ばせるだのと言われても、いまひとつピンと来ない。
そうするために慎吾が何かを講じなければならないこともあるはずだ。
しかし、それを指示するわけでもなく姿を消したダイキに、慎吾は茫然とするしか出来なかった。
(夢だったのか?)
頬を指でつねり、その痛みに顔を顰める。
発情期を前に、精神状態がおかしくなって見てしまった幻覚とは違うようだ。
慎吾は上着のポケットの上からピルケースをそっと押さえ込む。
微かにカラリと錠剤が転がる音に深いため息をついた。
「何なんだよ……あの人」
その時、慎吾は知らずのうちに心の中にわだかまっていた雅己への不安や不信感が消えている事にまだ気づいてはいなかった。
* * * * *
「ん……はぁ……雅己っ」
その夜、慎吾は雅己のマンションで発情期を迎えた。ダイキに言われた通りに雅己を信じ、素直な気持ちで話し合おうと部屋に訪れた直後、抑制剤が完全に効力を失った。
その場に崩れ落ち、自分ではコントロール出来なくなった慎吾を寝室へと運び、雅己もまた彼が発する香りに抗う事も出来ずに早急に洋服を脱ぎ捨てた。
αを狂わせる慎吾の甘い香りが部屋中に充満し、白く細い腰をくねらせて強請る煽情的な姿は、雅己の理性を突き崩すまでそう時間はかからなかった。
狼の血を引く雅己は本能のままに鋭い牙を剥き出して、慎吾の体に貪るように口づけた。
普段は大人しく冷静な彼がここまで豹変することなど今までなかった。
慎吾もまたいつになく体が疼き、最愛の者の種を求める子宮がキュッと収縮を繰り返していた。
その甘い痛みに声をあげ、雅己の背中に幾筋もの爪痕を残していた。
α特有の長大なペニスが膨張し、いつ暴発してもおかしくないというタイミングで、雅己はベッドサイドに置かれたナイトテーブルの抽斗を開けてコンドームの箱を取り出した。
「いや……っ!雅己……の精子、欲しい。奥に……出して」
何かを恐れるように薄い唇を戦慄かせて声をあげる慎吾を上から見下ろす。
彼の求めているものは重々承知の上だ。しかし、雅己にはその望みを叶えてやることが出来ない。
強気な瞳を潤ませ、今にも泣き出し出しそうな慎吾に、雅己は何も言えなくなった。
「慎吾……」
何かに囚われるように、牙をギリリと鳴らしながら躊躇う雅己の手から、不意にその箱を細く長い指先が奪った。
驚きに雅己が顔をあげると、目の前には薄闇に輝くような白いスーツを着た男が立っていた。
歳は自分とそう変わらない。しかし、何より驚いたのはその相貌だった。
まるで鏡で自身を見ているかと思うほど、その男は雅己に似ていた。
「あなたは……っ」
セキュリティも万全であるこのマンションの部屋に、他人が住人の許可なく入る事は出来ない。
まして雅己の部屋は高層階であり、窓やベランダから忍び込むことは不可能だ。
普段、取り乱すことのない雅己の声は慎吾の耳に届いていた。息を呑み、慎吾の腰を掴んだ手に力が入ったのが分かる。
「――もう、必要ない。俺がいるから」
静かにそう言った男の声に、雅己は大きく目を見開いた。
「に……兄さんっ!?」
そこにいるはずのない者――いや、この世にはもう存在していない者の姿に息を呑んだまま動けなくなった。
そう、白いスーツに身を包んだ男――ダイキは雅己の双子の兄であり、二十二年前に川で溺れた雅己を助けるために川に飛び込み、そのまま帰らぬ人となってしまった。
その彼が今、雅己の目の前に姿を現したのだ。
「ホントに……ダイキ、なのか?」
「――ったく、なんてザマだ。俺が継ぐはずだった土地も財産も、全部お前にくれてやったと思ってたのに。それなのに、一番大事なものが足りないなんて……。その挙句に、可愛い恋人を不安がらせるとか……あり得ねぇ」
ダイキは乱れた前髪の隙間から雅己を睨みつけた。
雅己がセックスの度にコンドームをしていた理由――それは、自身のαとしての生殖能力が一般的なαの半分しかなかった事。
それが分かったのは精子検査を受けた時だった。精子の数も勢いも問題はなかったのに、一番肝心な性質に問題があったのだ。
考えられる理由はたった一つだけ。それは雅己には双子の兄がいたことだった。一卵性だった二人はその能力を二分してしまう形で生まれた。αとしての能力を完全な形で発揮するには二人一緒でなければならない。
実に特殊で、今までに事例がなかったことから、精子検査を依頼した機関にも興味を持たれ、危うく検査対象者として実験室に監禁されそうになった。
慎吾と付き合い始めて間もなくだったこともあり、言い出せずに二年という月日が経ってしまっていた。
互いが“運命の番”であるというということは間違いはない。
しかし、ダイキがいなければ生殖能力は完全なものにはならない。
この世にいない男の精子をどうやって手に入れろと言うのか……。
それ故に、彼を幸せに出来る自信がなかった。
婚姻し、子を望む慎吾……。それも満足に果たせない自身に劣等感を感じたまま、彼との関係を続けてきていたのだ。
ある時などは別れることも真剣に考えたくらいだ。
でも、慎吾はそんな雅己を愛してくれた。不信感を抱いている事は薄々感じてはいたが、それを口に出すことは今までになかった。
その不安が、昨夜ついに爆発した。
ハッキリと答えを出せない雅己に苛立ちを隠すことなく、声を荒らげて部屋を出て行った慎吾の背中がやけに遠くに見えたことを覚えている。
(もう……本当に終わりなのかもしれない)
今朝も目を合わせることなく、言葉も交わすこともなかった。
それなのに、慎吾はこの部屋を訪れた。
「ちゃんと話そう」
そう言ってくれた彼の優しさに涙が出そうになった。そして……突然、慎吾は発情した。
彼のスーツの上着のポケットから落ちたピルケースの中身を見て雅己は愕然とした。
抑制剤を服用してまで、自分の発情を抑え込んでいた事を知ったのだ。
艶めかしく誘う慎吾の香りに、雅己の中の箍が外れるのにそう時間はかからなかった。
でも――。
雅己はわずかに目を伏せ、体の下で苦しそうに喘ぐ慎吾を見つめた。
「――慎吾はお前との幸せを望んでいる。俺は……その手助けをするだけだ」
「ダイキ……」
「ノルマ達成しないと転生出来ないんだよ……。いつまでも天使でいられるわけじゃない。このままだと、俺……消滅しちまう。――なあ、雅己。俺を……助けてくれ」
「え……?天使……?」
「これが最後の仕事なんだよ……。人助け……させてくれ」
幼い頃から常に自信に溢れ、怖いものなどないと言っていたダイキが初めて見せた弱さに、雅己は胸の奥がギュッと掴まれるような痛みを感じた。
もとは一つだった魂が二つに分かれただけ。それぞれに体を持ち、意志を持って生まれた二人。
だが、その本質は繋がったままなのだ。だから、苦しみ、悲しみ、そして悩む……。
ダイキの苦しみは雅己の痛み、雅己の痛みはダイキの傷になる。
「昼間、慎吾と話した……。俺の姿を見える人間ってそういない。でも……こいつは見えた。それって、俺の分身である雅己と繋がってるって証拠だろ?だから、決めた……。俺の種を慎吾に託すことをな」
ダイキは身につけていたネクタイを勢いよく引き抜き、その場で素早くスーツを脱ぎ捨てると、すでに力を持ち始めている長大なペニスに手を添えた。
「――準備は整ってる。あとはお前の承認だけだ。俺と……契約するか?」
真っすぐに雅己を見つめたダイキの空色の瞳が強い光を湛えて輝いた。
その眩さに目を細め、雅己はゆっくりではあったが力強く頷いた。
「ダイキ……。俺たちの子種を慎吾に託そう」
「ああ……。慎吾なら大丈夫だ。お前が選んだ“運命の番”だからな。――契約成立だ」
低い声で呟いた瞬間、ダイキの背に大きな翼が広がった。
純白の羽を散らし、眩いまでに輝くその翼を一度だけ動かすと光の粒子と共に闇に消えた。
しなやかな筋肉を纏い、無駄なものなど何もない白い体を晒し、雅己に微笑んだダイキは手を添えたペニスを慎吾の口元に運んだ。
「――慎吾、舐めて……。聞こえてただろ?俺は雅己、雅己は俺……。出来るな?」
顔を横に向け、ぼんやりとベッドサイドを見ていた慎吾だったが、目の前に差し出された雄々しいモノにうっとりと蕩けた表情を浮かべ、そのペニスに手を伸ばし躊躇なく赤い舌先をそっと伸ばして大きく張り出したカリの部分を下から舐め上げた。
「おい、雅己!ボーっとしてんなよっ。慎吾が欲しがってる……っ」
「え……?あぁ……」
慎吾の膝裏に手をかけて大きく開かせると、ピンク色の蕾はヒクヒクと収縮し雅己を待ち焦がれていた。
「――雅己、ちょうだい。早く……欲しいっ」
自身の指で硬く尖った乳首を弄びながら欲する慎吾の声にハッと我に返る。
すぐ近くには死んだはずのダイキがいる。彼のペニスに躊躇なく舌を這わす慎吾と交互に見つめる。
「おいっ!何を戸惑っている?何の為に俺がここに来たか分かってるだろ?もう彼を苦しめるな……。お前を愛してるからこそ、子を成したいと望んでいるんだぞっ」
「ダイキ……。だって……。俺は……あなたをっ」
「――お前のせいで死んだんじゃない。俺はお前が助かればって自ら望んだことだ。お前は生きて、コイツと……幸せになる。運命は……変えられない」
「ダイキ……」
「黙って、さっさとイカせてやれ!そして……番の証をつけろっ」
ダイキは吐き捨てるように言うと、ベッドに片膝を乗せて慎吾の顔を引き寄せ、自身のペニスを彼の喉奥に突き込んで腰を前後に揺らした。
シーツを掴むために手放した慎吾の胸の突起を指先で捏ねてやることを忘れない。
「ぐぁ……が……あぁ……っ」
「ほら、ちゃんと咥えろよ。約束通り、お前を孕ませてやるからな」
ダイキの背中から、見えない翼から零れ落ちた純白の羽が散らかる。
汗で濡れた慎吾の肌に張り付いては、シーツに落ちていく。
「おいっ!雅己っ」
乱れた髪の隙間から睨んだダイキの苛立った声に弾かれるように、雅己はビクンと大きく跳ねた自身のペニスに手を添えると、慎ましく待ち受ける慎吾の蕾に先端を一気に突き込んだ。
「んあぁ……はぁ、はぁ……っ!」
衝撃に腰を浮かせた慎吾はダイキのペニスを口に含みながらも、最愛の恋人の名を呼んでいた。
「雅己……きも、ち……いいっ」
ググッと腰をせり出し、灼熱の楔を奥へと沈めていくと慎吾の中が蠢動し、さらに奥へ奥へと誘う。
薄いゴム一枚隔てていないだけでこれほど違うのかと瞠目したまま、雅己は慎吾の艶めかしい体を愛撫しながら長大な楔を根元まで打ち込んだ。
「あ……イク……イッちゃうっ!」
ビクビクと体を痙攣させて、普段の彼からは想像出来ない程、甘い嬌声をあげながら白濁を吐き出す。
最愛のαに与えられる快感は何物にも代えられない。
「おいおい……。まだ突っ込んだだけだろ?」
ダイキは慎吾の唾液で濡れたペニスを口から引き抜くと、快感に荒ぶる呼吸を落ち着かせようと、牙を剥き出しフーフーと息を吐き出している雅己を見た。
(そうだ……。本能を呼び覚ませ)
一卵性の双子としてこの世に生を受けたことは罪ではない。むしろ自身の分身とも言える兄弟が存在することを誇りに思えばいい。
もう、何も怖いものはない。ダイキは優し気な笑みを浮かべながら雅己の頬に手を伸ばし、そっと包み込んだ。
「――大丈夫。お前は一人でも大丈夫だ。俺の力、全部お前のモノになるから」
「ダイキ……」
「慎吾は俺たち二人の花嫁だ。だから……いつも一緒にいる」
ふっと表情を和らげた雅己を見つめ安堵の笑みを浮かべると、ダイキはその体をベッドに乗り上げ、身を屈めて精液で濡れた慎吾のペニスを口に含んだ。
「いやぁ……あぁ……あ、あっ……!気持ちいい……変に、なるぅ~」
前後から与えられる快感に、頭を激しく左右に振りながら声を上げる慎吾の体からより一層濃い香りが放たれる。番を縛り付け、絶対に離れさせない魅惑のフェロモン。
その香りは雅己だけでなく、同じ体質を持つダイキの理性をも狂わせる。
「お前を壊すのも、幸せにするのも俺たちしかいない。全部、委ねろ……」
「ダイキ……さんっ。んはぁ……あぁ……また、イッちゃう……んあぁぁ!」
ビクビクと体を跳ねさせた慎吾が中にある雅己の楔をキュッと締め付け、腰を振っていた彼はグッと眉を顰めた。込み上げる射精感を必死に抑え込みながら、慎吾のいい場所を何度も擦りあげる。
ダイキの口内に吐き出された大量の白濁は彼の唇の端を伝う。舌の上にある粘度のあるそれをゴクリと呑み込んで、手の甲で口元を乱暴に拭った。
何度イっても萎えることを知らない慎吾のペニスの先端からは次々と透明な蜜が溢れてくる。
それを舌先で掬うように舐めながら、ダイキは汗を滴らせながら腰を振り続ける雅己をチラリと見上げた。
彼の様子からして絶頂は近いようだ。
「――そろそろ、イクぞ。慎吾……っ」
案の定、低く掠れた声で呻くように呟いた雅己に、慎吾は唇を震わせて声をあげた。
「来て……。雅己の……いっぱいちょうだい!」
誘うように目を潤ませた慎吾に、ダイキはその言葉を封じるように唇を塞いだ。口内に残る彼の蜜と唾液が混じり合ったものを口移しに彼の中に流し込む。それをゴクリと音を立てて呑み込む慎吾の色気に眩暈がした。
(雅己が惚れた理由……分かる気がする)
発情期のΩは普段の姿からは想像出来ないほど淫らに変貌を遂げる。
その相手が最愛の者であれば尚更、その色香は増しαを自分に縛り付ける。
慎吾もまた例外ではなく、雅己を――そしてダイキを虜にしていく。
「あぁ……。イク……ッ。イクよ……。――う、ぐあぁぁっ!」
雅己が咆哮にも似た声をあげて腰を一際奥に突き込んだ瞬間、慎吾の中で灼熱が弾けた。
最奥を濡らす奔流を受け止めて、シーツから背中を浮かせて慎吾は甘い声をあげた。
α特有の長い射精を終え、まだたっぷりとした質量を保ったままのペニスを引き抜いた雅己は息を弾ませながらすぐそばにいるダイキを見つめて微笑んだ。
「――兄さん。お願い……します」
「出来ることなら一緒に突っ込みたいほどエロい体だな……」
「それは慎吾に負担になるでしょう……。でも、慎吾は俺たち二人に愛されることを望んでいる」
「ちょっと特殊ではあるが……。俺たちは二人で一つだ。だから慎吾もまた俺たちの花嫁って事でいいんだろ?」
ダイキの言葉に雅己はフッと喉の奥で笑うと、彼の頭を引き寄せて舌を絡めた。
何年ぶりのキスだろう……。双子である兄弟が互いに愛し合っていたことは、ダイキが亡くなってからも雅己の胸の中に厳重に仕舞い込まれていた秘密だ。
ピチャピチャと水音を立ててキスを繰り返し、銀色の糸を引きながらゆっくりと唇を離す。
意識が朦朧とし、焦点も合わない慎吾の体をうつ伏せにし腰だけを高く持ち上げると、雅己の楔の太さを物語るようにぽっかりと開いたままの蕾からトプリと精液が溢れた。それを指先で掬いあげたダイキは蕾の中に押し込んで、蓋をするかのように自身の楔を突き込んだ。
「ひぃっ!ひゃぁぁぁぁ!」
「――くっ!ヤバいな、これ……。持っていかれるっ」
グッと歯を食いしばったダイキに、まるで自慢するかのように目を細めた雅己は、愛液に濡れたペニスを慎吾の口元に近づけた。
「慎吾……。ダイキのチンコに感じたら怒るよ?」
「い……やぁ、雅己……それ、無理……っ」
悪戯に嫉妬心を見せつける弟に苦笑いしながら、ダイキは根元まで一気に突き込んだ。
ビクンッと体を跳ねさせて射精することなく絶頂を迎えた慎吾に、雅己はムッとしてわずかに開かれた唇にペニスを捻じ込んだ。
おずおずと顔を上げて雅己のペニスに舌先を伸ばす慎吾の乳首もまた、シーツに擦れることでより感度を高めていく。
「お仕置き……。ちゃんと舐めて」
「雅己、お前って意外と鬼畜っ」
「ダイキがいけないんだろ?」
「どっちに嫉妬してるんだよ……お前」
「ん……あぁ……。両方に決まってる」
上下の口を双子の兄弟に犯された慎吾の昂ぶりは尋常ではなかった。
ジュルジュルと音を立てて雅己のモノをしゃぶり、下後ろから激しく最奥を突き上げるダイキの楔に翻弄される。
今までにこれほどの快感があっただろうか。体がバラバラになりそうなほど辛いのに気持ちがいい。
ダイキの激しい突き込みに互いの肌がぶつかる音が部屋中に響いた。
その音を聞きながら程よくしなった背中を撫でた雅己は、汗に濡れた慎吾の襟足の髪を指先で払いのけた。
そして、露わになった慎吾の白い首筋に顔を寄せると狼の鋭い牙を突き立てた。
「あぁぁっ!」
薄い皮膚に牙が食い込み血が滲んでいく。その血を舌先で舐めながら、腰を振るダイキを見上げた。
「俺の伴侶だからね……」
狼の血を引く金色に光る眼をすっと細める。その表情に嫉妬心を覗かせたダイキは、汗を滴らせてより激しく腰を突き込んだ。
ダイキの空色の澄んだ瞳が金色に輝き始める。天使になり、もう本来の血は二度と目覚めることはないと思っていた。
しかし、愛する弟と共に極上のΩである慎吾と繋がった事で、再び本能が動き始めたようだ。
歯茎が疼き、象牙色の鋭い狼の牙が伸び始める。
「ダイキ……。我が同胞……」
慎吾の血で濡れた唇を舐めながらうっとりと見つめる雅己に、ダイキは綺麗な弧を描いた唇で微笑み返す。
慎吾の細い腰をさらに強く押さえ込み、汗を滴らせて突き込むと、悲鳴のような嬌声が放たれる。
「ひぃぃ……やぁぁん!」
「オッサン天使をナメるなよっ。おらぁ……っ」
「やらぁ……らめぇ!壊れちゃう……っ、あ、あ、イク……イクッ」
栗色の髪を乱した慎吾は顎を仰け反らせて、シーツを掴み寄せた。
「――そろそろイっとくか。これでαの力は一つになる……」
兄弟共に薄い筋肉を纏った体は年相応には見えない。激しい息遣いと蕩ける様な大人の色香、そして何よりも慎吾を翻弄させる激しいまでの快楽への誘い。
「出すぞ……。天使の精液……たっぷりこの腹に注いでやる」
「あ、あぁ……気持ち、いいっ!ダイキさん……あ、あっ!ひゃぁぁぁぁ!」
「ぐあぁぁっ」
ダイキが叫びながら慎吾の首筋に牙を立てる。皮膚を破り赤い血を溢れさせたまま、激しく痙攣を繰り返す。
内壁を叩く奔流もまた、慎吾の最奥をしとどに濡らした。慎吾の中で、今までなかったはずの器官がゆっくりと目を覚ますのを感じた。
二人の精液を湛えたその泉に新たな命が芽生え始める。
胸を喘がせたまま気を失った慎吾の蕾からペニスを引き抜いたダイキは、雅己の顔を引き寄せてその唇に自身の血で濡れた唇を重ねた。
クチュリと音を立てて唇を触れ合わせたまま、呼吸を整えるダイキはゆっくりと言葉を紡いだ。
「――発情期間は一週間ある。二人でゆっくりと慎吾を愛そう」
「ああ……。俺たちの三人の愛の結晶を作ろう」
唇を離したダイキと雅己はぐったりとシーツに沈んだ慎吾を挟むようにベッドに横たわると、意識のない彼の上気した肌に何度も口づけた。
「番の証は絶対。俺たちの花嫁だ……」
汗ばんだ慎吾の肌はしっとりと濡れていた。
それを舌先で味わうように貪るのは、金色の瞳を持つ双子の狼だった。
* * * * *
慎吾の発情期もそろそろ終わりに近づいた夜。
二人の伴侶にたっぷりと愛情を注がれた慎吾は、さらりとしたシーツに身を預けていた。
気怠げに瞼を持ち上げると、すぐそばに最愛の男の顔があり、安堵すると共に自然と笑みが零れる。
「――雅己……。ダイキ……」
濡れた唇で二人の名を呼ぶと、同じ顔が更に近づいた。
「――慎吾、大丈夫か?」
「うん……。ちょっとお腹が重い……」
下腹部に違和感を感じてそっと手で触れると、慎吾の白い腹はぷっくりと膨らんでいた。
それを愛おしそうに撫でながら笑って見せる。
「いっぱい注いでくれたね……。嬉しい」
「当たり前だ。俺がいなくなってから“妊娠しませんでした”なんて言われても困るからな」
ダイキが慎吾の額にキスを落とす。
それを見つめていた雅己は、わずかに目を伏せた。
彼の憂いを含んだ眼差しは、ダイキとの別れが近いことを意味していた。
「ダイキ……。これで終わりなんだろ?」
まるで独り言のように呟く雅己に、ダイキは長い睫毛を瞬かせた。
「――天使としての最後の仕事。これが俺の望みだった」
「ダイキ……」
「これでやっと転生出来る……。オッサンがいつまでも天使なんてやってられないからな」
慎吾の首筋に残された自分の噛み痕にそっと唇を寄せて笑った。
「――そっか。いつかまた会えるかな?」
ダイキのこげ茶色の髪をかき抱くように、慎吾はそう言って声を詰まらせた。
泣いてはいけない。そう思えば思うほど涙腺が緩んでいく。
「さあな……。転生先を選べるわけじゃないからな。それは神のみぞ知るってやつだ」
慎吾の涙を掬うように唇を寄せてから、ダイキは静かにベッドを下りた。
ハンガーにかけられた白いスーツを纏う彼の男らしい体がだんだんと透けていく。
雅己は急いでベッドを下りると、ダイキの体を抱き寄せた。
ダイキはネクタイを締めながら、そんな雅己のこげ茶色の髪をグシャリと撫でた。
「も……。誰かのために死ぬとか……、絶対にするなよ」
「そんなの、俺には決められない。だって運命ってヤツだからな」
激しいセックスの後で体が痛むのか、一瞬顔を歪ませて上体を起こした慎吾が叫んだ。
「ダイキ、また会えるって約束して!」
困ったように眉をハの字に曲げ、上着の内ポケットから煙草を取り出して唇に挟んだダイキは、ため息交じりに雅己に答えを求めた。
そんな事は無理だと分かっている。でも今は、雅己自身もその約束を果たして欲しいと願っていた。
ダイキと共に過ごした一週間は、失った二十二年間よりも濃密で充実したものだった。
それに加えて、二人の間には伴侶となった慎吾がいるのだ。
これほど幸せな時間はなかった。そして、永遠にこの時間が続けばいいと思っていた。
「――おいおい。まさか雅己までワガママを言い出すんじゃないだろうなぁ」
彼の輪郭がぼやけ、背後にある風景が透けて見える。
唇を噛んだまま黙っていた雅己が思い立ったように顔を上げた時、ダイキの姿はほとんど見えなくなっていた。
「言うよ!俺だって言う!――会えるって約束してくれ!もう一度一緒に……生きたいっ!」
光の粒子が散り散りになっていくダイキの体を包み込み、最後の一粒が指先から消えた時、部屋にはダイキの声が残響のように微かに聞こえただけだった。
「――分かったよ。二人とも、愛してる……から」
眩い光の粒子が消え、そこには静寂と闇と白い羽だけが残っていた。
「ありがとう……。ダイキ」
雅己は口元を綻ばせてそっと呟きながらベッドの端に腰掛けると、ただ涙を流す慎吾を優しく抱きしめた。
「大丈夫……。彼は帰ってくるから」
果たされるはずのない約束。何の確証もないひと時の幻……。
それなのに雅己の声は力強く、抱きしめる腕は優しかった。
慎吾はダイキが注いだモノが入った白い腹を愛おしそうに何度も撫でた。
(俺たちの子供……)
まだ形を成すはずのない物が子宮の奥で動いたような気がして、ゆっくりと顔を上げて慎吾は雅己を見つめた。
「――きっと帰ってくるよ。“運命の番”を放っておくわけないだろ?」
「慎吾……」
「雅己とダイキは二人で一人なんだよ?俺の伴侶だって二人揃わなきゃ意味がない」
根拠のない自信。慎吾の中に浮かんだダイキとの再会を願う想い。
雅己もまた、慎吾の腹を大きな手でそっと撫でると、そこに唇を寄せた。
「――兄さん、待っているからね」
二人で見つめ合うと、自然と笑みが零れた。
どちらからともなく重なった唇は、その夜離れることはなかった。
* * * * *
奇跡のような夜から十五年の歳月が経とうとしていた。
あの日以来、慎吾と雅己の生活は激変した。
それまで出世を望むことなく、ぬるま湯のような平穏なポジションを保守していた雅己は、何の予兆もないまま外資系商社にヘッドハンティングされた。
“能ある鷹は爪を隠す”と言わんばかりに、その企業にそれまで自分でも気づかなかったビジネスの才能を見出され、異例と言える速さで出世し、今では専務取締役兼マーケティング経営部の部長として、その手腕を存分に発揮している。
そして慎吾もまた、一年後に純血のα種である男の子を出産し育児の傍ら商社勤務を続けていたが、雅己たっての願いで商社を辞め、今は妊活に励んでいた。
急激に進んだ少子化により、低年齢での出産・育児が合法化し、高齢出産も医学の進歩によって安全かつ問題なく行われるようになった今、二人目を望む雅己と息子の期待は大きい。
名家の出身で今の仕事に就いている雅己にとって金銭的な問題はもはや眼中にはない。
慎吾の為であれば周産期医療で有名な病院を探し、担当するスタッフも精鋭を揃えることが出来る。
何より、純血のαは数が非常に少なく、それを生むことが出来るΩは国を挙げて保護されているのだ。
「――っあ、そんなところ……ダメ……いやぁっ」
シーツが擦れる音と、吐息が混じった甘い嬌声が寝室に響いた。
以前住んでいたマンションを引き払い、郊外に立てられた豪邸の二階に慎吾と雅己の寝室はあった。
まだ陽も沈み切らない時間、慎吾は年を重ねたとは思えない滑らかな白い肌を艶めかしくくねらせた。
「もうすぐ発情期だろ?タイミング法ってヤツ……担当医から聞いてきたから」
大きく広げられた股の間から嬉しそうに顔を覗かせたのは、二人の息子である大輝だった。
天使とこの世での再会を願って、死んだ雅己の兄と同じ名を最愛の息子に付けた。
父親譲りのこげ茶色の髪と、慎吾に似て繊細な顔立ちは紛れもなく二人の子供だ。
二重瞼の奥の黒い瞳は光の加減によって青緑に見える。その瞳に見つめられると、なぜか慎吾は抗うことが出来なくなる。
だから今もこうして、膝裏を膝裏を押さえられたまま双丘の奥の蕾に舌を這わすことを許している。
「はぁ……大輝っ。雅己が……帰って来ちゃうっ」
「父さんだけに任せておけないからね。それに父さんだけじゃ母さんを妊娠させられない。俺がいなくちゃダメなんだから……」
意味深に笑う大輝は赤い舌先で蕾を抉った。
「ひぁぁぁっ」
ビクンと体を跳ねさせた慎吾は羽枕に頬を埋めた。乱れた髪が白い首にはりつき、そこには雅己のものではないもう一つの“噛み痕”があった。
「――あぁ。ホントにキレイだよ……母さん」
大輝は体を起こすと、着ていた制服のワイシャツとスラックスを脱ぎ捨てると、筋肉質の若い体を惜しげもなく晒した。
十五歳とは思えない長身と出来上がった体は慎吾の目を釘付けにさせた。
一般的な種族であるβとは比べ物にならないほど、純血のαの成長は著しい。
この年齢で、体だけでなく精神や、すでに生殖機能までもが完成されている。
引き締まった下肢に凶暴とも言える長大なペニス。下生えも雅己のそれと大差ない。
それを片手で扱き上げながらベッドに両膝をついた大輝は、慎吾の腿の内側にキスを繰り返した。
「――俺は母さんを愛している。もちろん父さんもね。“運命の番”は絶対なんだよ……」
「あぁ……“ダイキ”来て……っ。あなたが欲しい……っ」
「ホント、オネダリ上手だよね……。あの時と全く変わらないよ――」
透明な蜜を纏ったペニスをヒクつく蕾に押し当てて、グッと先端を打ち込む。
その衝撃に逃げる腰を掴み寄せて、大輝は慎吾に体を重ねると、首筋に残された噛み痕に唇を押し当てた。
同時に躊躇なく最奥へと楔を打ち付けると、顎を仰け反らせて慎吾が達した。
「あぁ、は……っん!」
「――慎吾。愛しい我が伴侶……」
それまでの明るく溌溂とした声とはまるで違う――そう、天使であり雅己の兄である“ダイキ”の声だった。
あの夜、天使としての職務を全うしたダイキは、二人の強い願いと自らの子種によって二人の子供として転生した。
噛み痕を残した伴侶であるはずの慎吾に手も出せないもどかしい幼少期を経て、精通を迎えると同時に慎吾の体を求めるようになった。最初のうちは戸惑いを見せていた慎吾だったが、最愛の伴侶であると納得すると息子であるという概念は彼の中から消えた。
もちろん、父親であり弟である雅己は承知の上だ。
ゆるゆると腰を動かす彼の背に手を回した慎吾は、気を失いそうな快感に何度も爪を立てる。
大輝はその痛みも悦びに思えるほど、実の母である慎吾を愛していた。
弟が欲しい――それは世間的には喜ばしいことであり、決して嘘ではない。
だが、大輝の真意は少し違っていた。伴侶との間に自分の子を成したいと思うのはα種として至極当たり前の事だった。
しかし、神様はそう易々とダイキの望みを全部叶えてはくれなかった。
「あぁ……ダメ……も、イッ……イッちゃう!」
何度目の射精だろう。慎吾は全身を小刻みに痙攣させ絶頂を迎える。
激しく擦っていた内壁がキュッと締まり、大輝もまた低く呻きながら眉を顰めた。
「やば……出るっ――んあぁぁ!」
短い狼の牙を剥き出し、慎吾の中に自身の分身を大量に吐き出す。
その熱さに、慎吾は小さく身を跳ねさせてから、ぐったりとシーツに身を沈めた。
意識を失った慎吾にキスを繰り返し、大輝は未だに貪欲に求める蕾から楔を引き抜くとベッドから下りた。
そして、床に散らかっている自らの制服を集めて寝室を出るとバスルームに向かった。
* * * * *
バスローブに着替えた大輝が帰宅した雅己を出迎えたのはそれから二時間後の事だった。
ツイードのオーダースーツが似合う年齢になった雅己は、大輝の髪がまだ濡れていることに気付き問うた。
「――慎吾は?」
「おかえり。早くシャワー浴びておいでよ。母さんなら寝室で待ってるよ」
上着を脱ぎ、ネクタイを外しながらポンと肩を叩く大輝を軽く睨んだ。
「――お前、もうヤッたのか?」
「当たり前じゃん。病院の先生に言われてただろ?発情期寸前が一番確率高いって……。だから“俺の分”は子宮の中にある」
息子の勝手な言い分に呆れながらも、雅己はカフスボタンに手をかけた。
すぐそばに自分の身長とそう変わらない大輝が立ち、耳元に顔を寄せた。
「神様はどこまでも意地悪だ。お前たちの息子として純血のα種で生まれて来たのに……」
「願ったものはすべて与えられるわけじゃない」
「身を以って知ったよ。――まさか、また生殖能力が半分とか……。あり得ないだろ」
大輝は雅己の腰を抱き寄せると耳朶に舌を這わせた。
ねっとりと動く舌先に、堪えていた吐息が漏れる。しかも、それをしているのは十五歳の中学生だ。
「――弟が欲しいよ、父さん」
くすっと息を吹きかけながら強請る大輝にチラリと視線を向け、雅己がふっと口元を緩めた。
「――子供の間違いじゃないのか?」
「そうとも言う……。父さんと俺とで一人前。そこまで神様に忌み嫌われる双子っているのか?」
「ここにいる……だろ」
わずかに顔を傾けて、まるで誘うかのように唇を舐めた雅己に、大輝は薄い唇に綺麗な弧を描いた。
一卵性であってそうでない実の兄の手が、そっとスラックス越しに尻を撫でた。
時々ギュッと尻たぶを掴んでは、その弾力を確かめている。
「――早く、シャワー浴びておいでよ。母さんが待ってる」
「あぁ……」
「俺も待ってるから……」
「大輝?」
大輝の長い指が雅己の双丘の割れ目に沿って下りていく。
スラックスの生地をぐっと押し込んで、その奥に眠る蕾に触れた。
「はぁ……」
それを合図に舌を伸ばした雅己に、大輝は自身の唇を重ねた。
クチュクチュと激しい水音がリビングに響いた。
互いが獣の血を引くαだけに、求める時は妥協しない。
「――お前が慎吾を抱いて、俺はお前を抱く」
「元天使とは思えないな……」
「イヤか?」
雅己は唇に纏ったダイキの滴を舌先で舐めとりながら不敵に笑った。
「まさか……。また兄さんと愛し合えるって考えただけで勃って来た」
「バカだな……。俺たちが愛し合うんじゃない。慎吾を愛して、俺たちは繋がるんだ」
「転生しても子種は大輝のものだろう?近親婚は許されていない……」
すっかり勃起した雅己のそれをスラックスの上から優しく撫でながら、大輝は青緑色の瞳を妖しく輝かせた。
あの時の澄んだ空色はそこにはもうない。
誰をも魅了する悪魔の瞳に似ていた。
「――安心しろ。俺たち一族は血が濃ければ濃いほど有能になる。俺の力を信じろ……」
「大輝の力……?んあぁ……っ」
自身をギュッと強く握られ、あられのない声を上げる。
大輝の肩に顔を押し付けて、荒い息を繰り返す雅己の耳元で低い声が鼓膜を震わせた。
妖しく艶のある美しい声……。
その声に雅己は全身が総毛立ち、小刻みに体を震わせて射精した。
天使の声か――。それとも……。
「三人で深い闇に堕ちよう……。そして――ひとつになる」
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めちゃくちゃ良い~o(`ω´*)o
ちょっと変則的なのも、またオイシイです!!
是非是非、大輝クン(笑)に弟を誕生させてあげて下さい♪(´ε` )
この後…2、3人くらい子どもが誕生しても…( ´艸`)
続編…待機しております(*´ω`pq゛
コメント、ありがとうございます♪ヽ(´▽`)/
半分だけど性欲旺盛な大輝に何かと振り回されそうな感じですね?天使→悪魔へと変わった彼の世界は想像するとちょっとアブナイ(笑)
続編の希望はホントに嬉しく思いますが、(これを書いて)燃え尽きている状況なので、また機会がありましたら執筆したいと思います!
拙作を読んでいただき、ありがとうございました!(〃∇〃)