命姫~影の帝の最愛妻~

一ノ瀬千景

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追憶 2

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 うっすらとしか陽光のささない埃っぽい蔵のなか。

 壁一面が書庫になっており、そこから雪為は何冊もの書物を取り出しては、読みあさっている。

「命姫を得た当主は栄華を極める。その記録は多く残るが、命姫本人のことには不自然なほど触れられていない」

 なにも不自然ではない。

 命姫は短命なのだ。嫁いできて、ひとりかふたり子を成したあとは、すぐに死んでしまう。

 語られるべき人生がないのだから、記録が残らないのも当然のこと。

 それに、語り部にとって都合の悪い歴史は抹消される。洋の東西を問わず、人間とはそういう生き物だ。

 理不尽なのは、命姫を失ったあとも、残された男のほうは長生きをすることだろう。

 もう異形を包んでもらうことはできなくなったはずなのに、異形たちは男から命を奪えなくなるのだ。

 それもまた、命姫の不思議な力のひとつなのか。

「初音の前の命姫はエド中期か。裕福な商家の娘、残した子は男がひとり。その前はセンゴク。その前は……」

 ブツブツとつぶやきながら、雪為は思考を巡らせている。

 初音は今日は寝台から起きあがれぬほどに体調が優れないようだ。

 ようやく、彼はひとつの事実に行きついた。

「命姫の産んだ子は妖力が強いと聞くが、その数は極端に少ないのだな」

 子は宝だ、貴重な労働力でもある。

 ひとりの女が七人も八人も産むというのも、珍しい時代ではない。

 だが、ひとりの命姫の産む子は多くてもふたりほど。

 雪為は顎のあたりにこぶしを当てて、考え込む。

「孕みづらい体質か、産後の肥立ちが悪いのか、そもそも……短命か」

 短命。

 その単語を発した瞬間にピンとくるものがあったようだ。

 雪為の表情が凍りつく。

 もっとも、私からすれば「なにを今さら」という言葉しか出てこない。

 異形を包む行為はとてつもない生命力を消耗する。

 意識せずに異形を包んでしまう命姫は、たとえ東見の男と出会わなくても、あまり長生きはできない。

 だが、この屋敷に集まってくる異形は数も力も桁違いだ。消耗スピードは異次元に速く、もともと長くない寿命はあっという間に尽きてしまう。

 当主が彼らに捧げていた命を、代わりに差し出す存在。それが命姫の正体だ。

 最愛の花嫁だなんて綺麗な言葉で装飾しても、実態はただの生贄でしかない。

 雪為もようやく気がついたようだ。

「初音が弱っているのは……俺のせいか」

 否定する材料を探したいはずの彼をあざ笑うように、私は「ニャオン」と鳴いた。

 そうよ、そのとおり。初音を殺すのは、異形たちではなくお前よ。

 
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