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番外編 故郷へ3
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誰かの話す声が聞こえたような気がして、エイミはふと目を覚ました。ジークとお喋りをしていたはずなのに、
自分だけ先に眠ってしまったようだ。隣を見ると、そこにいたはずの彼の姿はない。
ジークがどこへ行ったのかはすぐにわかった。部屋の隅で、エイミの母親となにやら話をしているようだ。
(お母さん? 起きてたの?)
盗み聞きをする気はなくとも、狭い家だ。じっと耳をすましていれば、ふたりの話はすべて丸聞こえだ。
「断る」
短く言い切ったジークの声には、怒りが滲んでいた。
「そんなこと言わずに、よく考えてみてくださいよ。だって、あの子よりずっと」
「考えるも考えないもない。俺の妻はエイミだけだ」
ジークは少し声を荒げた。それでも母親は諦めなかった。媚を含んだような声で、彼をさとそうとする。
「約束します。エイミより妹達のほうがずっと領主様のお役に立てますわ。エイミよりずっと綺麗だし、賢いし。
ほら、あの子は暗くて気味が悪いでしょう? 黒髪のせいだけじゃないんですよ、性格も昔からああなんです」
そこまで聞けば、嫌でもわかってしまう。母親はエイミの代わりにミアとアイリーンをジークの妻にとすすめて
いるのだ。
妹達はエイミよりずっと美人だ。性格も素直でかわいらしい。母親がエイミより妹達を大切に思っているのは、わかっていたことだ。彼女にとって、本当に自慢の娘なのはエイミではなく妹達なのだ。
(わかってた。さっき抱きしめてくれたのだって、私がかわいいからじゃない。公爵夫人になったからだ)
その証拠に、抱きしめたその瞬間すら、彼女はエイミの顔を見ようとはしなかった。気味の悪い黒髪と黒い瞳からは目を背けたままだったのだ。
エイミが公爵夫人になれるのなら、妹達だってなれるはず。彼女はそう考えたのだろう。
娘の欠点を嬉々としてあげつらう母親に、とうとうジークがきれた。
「黙れ。それ以上喋るつもりなら、舌を切り落とすぞ」
凍りつくような冷たい眼差しと、地底から響くような低い声。残虐公爵の呼び名にふさわしい彼の姿を、エイミは初めて見た。
母親はひぃっと小さな悲鳴をあげて、しりもちをついた。どうやら、腰を抜かしたようだ。
それでも、ジークは容赦なく続けた。
「領主の妻を侮辱するのが、どういうことかわからぬなら教えてやろう。首を斬られても当然の愚行だ。その舌ひとつですむなら、むしろ喜ぶべきことだ」
「あ……あぁ……」
ジークの冷ややかな笑みを前に、母親はがくがくと震えている。
ジークは小さく息を吐いた。
「……エイミを産み育ててくれたこと、それに妹達ではなくエイミを俺の元によこしてくれたこと。それには、心から感謝している。その礼として、今夜のことは聞かなかったことする。だが、二度は許さない。頼むから……あんな言葉をエイミに聞かせるな」
切実な思いを絞り出すように、ジークは訴えた。
(ジーク様……)
自分を思ってくれる彼の気持ちが痛いほどに伝わってくる。
母親に愛されていないことなんて、なんでもないことのように思えた。
(私にはジーク様がいるじゃない。それだけで十分すぎるほどに幸せだわ)
ジークの思いを無下にせぬよう、エイミも今夜のことは忘れてしまおうと決めた。なにも聞かなかったことにするのだ。が、その瞬間、ついうっかりくしゃみをしてしまった。
「くしゅ」
そんなに大きな声は出していないが、ふたりには気づかれてしまった。
「エイミ!?」
ジークは心配そうにエイミを見やる。母親は気まずそうにエイミから視線をそらした。
「ごめんなさい、ジーク様。その……聞いてしまいました」
「エイミ……」
ジークは苦しげに顔を歪めた。エイミはそんな彼ににっこりと微笑んでみせる。
「大丈夫です、心配しないでください! 自分でもびっくりするくらい傷ついてなんていないんです」
エイミは今度は母親に向き直った。
「お母さん。産んで育ててくれたこと、私もとっても感謝してる。それに、ジーク様と出会えたのもお母さんに嫌われてたからこそだもの。本当に本当にありがとう!」
さきほどのジークの言葉で気がついたのだ。エイミがこんな黒髪で、暗い性格で、両親からも愛されない嫌われ者
だったからこそ、ジークと出会うことができたのだ。
この村で過ごした過去は、エイミにとって必要なものだった。
「エ、エイミ?」
「おかげで、私とっても幸せになれました。愛する旦那様に悲しい顔をさせたくないから、もう里帰りはしないつもりだけど、いつまでも元気で長生きしてね!」
この村にいた頃は、この女性に愛されたいと、抱きしめて欲しいと渇望していた。だけど、そんな偽りの愛はもう必要なかった。
ジークが溢れるほどの愛で包んでくれるから。新しい家族が、ハットオル家のみんながいてくれるから。
(過去があったから、今こうして幸せになれた。なにも悩むことなんてない。私って本当に幸せ者だわ!)
心の奥深くに刺さっていた小さな棘が、するりと抜けていくのを感じた。
自分だけ先に眠ってしまったようだ。隣を見ると、そこにいたはずの彼の姿はない。
ジークがどこへ行ったのかはすぐにわかった。部屋の隅で、エイミの母親となにやら話をしているようだ。
(お母さん? 起きてたの?)
盗み聞きをする気はなくとも、狭い家だ。じっと耳をすましていれば、ふたりの話はすべて丸聞こえだ。
「断る」
短く言い切ったジークの声には、怒りが滲んでいた。
「そんなこと言わずに、よく考えてみてくださいよ。だって、あの子よりずっと」
「考えるも考えないもない。俺の妻はエイミだけだ」
ジークは少し声を荒げた。それでも母親は諦めなかった。媚を含んだような声で、彼をさとそうとする。
「約束します。エイミより妹達のほうがずっと領主様のお役に立てますわ。エイミよりずっと綺麗だし、賢いし。
ほら、あの子は暗くて気味が悪いでしょう? 黒髪のせいだけじゃないんですよ、性格も昔からああなんです」
そこまで聞けば、嫌でもわかってしまう。母親はエイミの代わりにミアとアイリーンをジークの妻にとすすめて
いるのだ。
妹達はエイミよりずっと美人だ。性格も素直でかわいらしい。母親がエイミより妹達を大切に思っているのは、わかっていたことだ。彼女にとって、本当に自慢の娘なのはエイミではなく妹達なのだ。
(わかってた。さっき抱きしめてくれたのだって、私がかわいいからじゃない。公爵夫人になったからだ)
その証拠に、抱きしめたその瞬間すら、彼女はエイミの顔を見ようとはしなかった。気味の悪い黒髪と黒い瞳からは目を背けたままだったのだ。
エイミが公爵夫人になれるのなら、妹達だってなれるはず。彼女はそう考えたのだろう。
娘の欠点を嬉々としてあげつらう母親に、とうとうジークがきれた。
「黙れ。それ以上喋るつもりなら、舌を切り落とすぞ」
凍りつくような冷たい眼差しと、地底から響くような低い声。残虐公爵の呼び名にふさわしい彼の姿を、エイミは初めて見た。
母親はひぃっと小さな悲鳴をあげて、しりもちをついた。どうやら、腰を抜かしたようだ。
それでも、ジークは容赦なく続けた。
「領主の妻を侮辱するのが、どういうことかわからぬなら教えてやろう。首を斬られても当然の愚行だ。その舌ひとつですむなら、むしろ喜ぶべきことだ」
「あ……あぁ……」
ジークの冷ややかな笑みを前に、母親はがくがくと震えている。
ジークは小さく息を吐いた。
「……エイミを産み育ててくれたこと、それに妹達ではなくエイミを俺の元によこしてくれたこと。それには、心から感謝している。その礼として、今夜のことは聞かなかったことする。だが、二度は許さない。頼むから……あんな言葉をエイミに聞かせるな」
切実な思いを絞り出すように、ジークは訴えた。
(ジーク様……)
自分を思ってくれる彼の気持ちが痛いほどに伝わってくる。
母親に愛されていないことなんて、なんでもないことのように思えた。
(私にはジーク様がいるじゃない。それだけで十分すぎるほどに幸せだわ)
ジークの思いを無下にせぬよう、エイミも今夜のことは忘れてしまおうと決めた。なにも聞かなかったことにするのだ。が、その瞬間、ついうっかりくしゃみをしてしまった。
「くしゅ」
そんなに大きな声は出していないが、ふたりには気づかれてしまった。
「エイミ!?」
ジークは心配そうにエイミを見やる。母親は気まずそうにエイミから視線をそらした。
「ごめんなさい、ジーク様。その……聞いてしまいました」
「エイミ……」
ジークは苦しげに顔を歪めた。エイミはそんな彼ににっこりと微笑んでみせる。
「大丈夫です、心配しないでください! 自分でもびっくりするくらい傷ついてなんていないんです」
エイミは今度は母親に向き直った。
「お母さん。産んで育ててくれたこと、私もとっても感謝してる。それに、ジーク様と出会えたのもお母さんに嫌われてたからこそだもの。本当に本当にありがとう!」
さきほどのジークの言葉で気がついたのだ。エイミがこんな黒髪で、暗い性格で、両親からも愛されない嫌われ者
だったからこそ、ジークと出会うことができたのだ。
この村で過ごした過去は、エイミにとって必要なものだった。
「エ、エイミ?」
「おかげで、私とっても幸せになれました。愛する旦那様に悲しい顔をさせたくないから、もう里帰りはしないつもりだけど、いつまでも元気で長生きしてね!」
この村にいた頃は、この女性に愛されたいと、抱きしめて欲しいと渇望していた。だけど、そんな偽りの愛はもう必要なかった。
ジークが溢れるほどの愛で包んでくれるから。新しい家族が、ハットオル家のみんながいてくれるから。
(過去があったから、今こうして幸せになれた。なにも悩むことなんてない。私って本当に幸せ者だわ!)
心の奥深くに刺さっていた小さな棘が、するりと抜けていくのを感じた。
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