3 / 214
変身ヒーローと異世界の魔物
謎の森と小さな出会い
しおりを挟む
初めは、小さな光だった。
瞳の中心に見えるその光は徐々に大きく広がっていく。
生まれるときの記憶なんて誰も覚えているはずはないが、きっとこういうことなのだろうと、直感的に俺は思った。
意識が目覚めると、風に乗って鼻先を土と草の匂いが掠める。
「あ……う……」
口を開き手の感覚を確かめる。
違和感はない。
目を開くと飛び込んできたのは空に輝く太陽の光。
木々の間から差し込んだ光がちょうど俺の顔を照らしていた。
「眩し……」
手で遮りながら体を起こす。
ようやく自分の置かれてる状況がわかってきた。
空に比べると辺りは暗かった。
いや、この辺りで明るいのは俺が倒れていたところだけだった。
周囲は深い森に囲まれていた。
一体どれほどの森なのか。
「ここは、一体……」
どこなのか?
……というより、俺は……誰なんだ?
『よかった、意識が回復したのですね』
――!?
不意に声が聞こえてきた。
慌てて辺りを見回す。
もちろん、誰もいない。
「なんだ? 誰の声? ――幻聴?」
記憶はいまいちはっきりしないが、言葉は失っていなかったようだ。
『何を言っているのですか?』
「また聞こえた。誰だ! 俺に話しかけているのは!?」
『彰、冗談だとしたらあまり面白くはありませんよ』
彰……俺のことをそう呼んだのか……?
なぜだろう。その名前には思い当たるような気がする。
俺は、彰という名前なのか。
『まさか、異次元砲の直撃を受けたショックで記憶が失われてしまったのですか?』
「異次元砲……その言葉にも聞き覚えはある」
『よかった。全てを失ったわけではなさそうですね』
「いや、勝手に安心されても困るんだが。それよりも、そろそろ姿を現してくれても良いんじゃないか?」
『……良いでしょう。まずはお互いのことを整理するべきだと思います』
「それは同意見だが、姿を見せる気はないんだな」
『まず、あなたの名前は?』
「彰、と呼んだな? あきら……大地、彰。そうだ。その名前はよく覚えている」
『年齢は?』
「20……いや、確か21歳だったはずだ」
『職業は?』
「職業? ……印刷関係? いや、違う。っていうか、就職してたっけ?」
『では、家族構成は?』
「今は、義理の妹の未来と二人暮らし――」
未来。
その名を思い出したとき、どうしてここへ来たのかも思い出した。
「そうだ! 俺は国連の連中が開発したとか言う新兵器で――」
重要なことはそこじゃない。
俺は思い出そうとする思考を振り切って立ち上がった。
「未来ー!!」
森の奥へ向かって叫ぶ。
しかし、声は森の作り出す闇に吸い込まれるばかりで、返っては来ない。
「未来は、どこにいるんだ!?」
『落ち着いてください。すでに私が周囲の索敵を終えています。しかし、センサーによる反応は皆無です。ここが地球上であればGPSを使って未来様の反応を探すことも可能ですが……』
「できないのか?」
『はい、ここは本当に異世界のようです。電波の一つも受信できません』
落ち込むような感情がダイレクトに伝わってくる。
さっきから俺に話しかける声の正体もはっきりしていた。
俺の体は半分以上がナノマシンで構成されている。
そして、そのナノマシンの一つ一つにはAIが組み込まれている。
そのAIが俺の意識に直接話しかけているのだ。
だから、誰かと言えば俺自身であり、そして俺自身ではない。
ネムスギアというナノマシンのシステムであり、同時に俺自身もそのシステムの一部だった。
「どうする? ここで待っていた方が良いと思うか?」
『それは、あまりお勧めしたくありません。すでに索敵を終えていると伝えましたが、この森には野生の動物の反応がいくつもあります。どのような世界でどのような生物が存在するのかわからない以上、まずはこの世界のことを知る必要があると思います』
ネムスギアのシステムにはもちろん地球上のあらゆるデータがプログラムされているが、異世界じゃそれは役には立たないか。
「……未来は、無事だろうか?」
『保証はできませんが、未来様には私たちでさえ解明することのできなかった超能力がありますから。いずれ未来様の方からテレポートしてくるかも知れませんよ』
確かに、それはそうだと言える。
あの、デモンとの最終決戦も未来がデモンのボスの居場所と基地を見つけてくれたのだ。
未来が俺を見失うことはない。
AIに言われたことできっとこの世界にいるような確信が持てた。
ただの勘でしかないが。
今はただできることをやるべきだろう。
「――で、俺はどっちへ行けばいいと思う?」
辺りを見回しても同じような景色が広がるだけ。
どっちがどっちやら。
『そうですね。それでは西の方へ向かいましょう。そちらの方が生物の反応が少ないので』
「いや、だからどっちが西なんだよ」
太陽の動きと木々の生長の様子からAIには方角が計算できるらしい。
俺はAIの指示に従って森の中を分け入ることにした。
森の中は迷路のようだった。
時折空の太陽を見てその動きからAIが現在地と過去のデータを照合してだいたいの場所を把握していく。
つまり、俺が歩いた分だけはAIがマッピングしていると言うことだった。
しかし、景色がまったく変わらないから俺の感覚的にはさっきから一歩も動いていないんじゃないかと錯覚を覚えるほどだった。
普通の人間だったら、疲労とか以前の問題で心が折れて歩けなくなっているところだろうな。
それからさらに一時間ほど歩き続ける。
特に急いではいないが、かといってゆっくり歩いているわけでもない。
木々を避けたり退かしながら進んでいるから速くはないだろうが、それでも最初にいたところから10キロは進んだんじゃないだろうか。
未だに森を抜ける様子はない。
『周囲を警戒してください。生物の反応が一つ近づいてきます』
AIが不意に警告してくる。
「野生動物か何かか?」
『答えかねます。ここがどのような世界かわからないので、この世界の生物に関するデータがありません』
「こういうところは妙に機械的だな。せめてどれくらいの大きさでどれくらいの速度で動いているとかくらいはセンサーでわかるだろう?」
『なら始めからそう聞いてください。大きさは人間の子供くらいです。速度は……動物だとすると少し遅いですね。どうやらあちらも周囲を警戒しているようです。辺りを見回しながら動いているから遅いようです』
「そうか。俺からの距離は?」
『二十メートル弱です』
警戒していると言うことは、俺のことに気がついていない?
「今の風向きは?」
『風速はほとんどありませんよ。木々が多すぎてあまり風が抜けないような地形のようです』
「いや、微量でも吹いているなら教えてくれ」
『人間の感覚では難しいですが、私のセンサーでは向かい風を測定しています』
ということは、こちらが風下だ。
先に仕掛けるか。
どんな生物でも、不意を突ければ何とかなるだろう。
ま、やばい相手だったら変身すればいい。
俺は背の低い木の陰に隠れながら、AIのセンサーに従って動物に近づく。
後数メートルというところまで迫ると、ガサガサと木をかき分けるような音が聞こえてきた。
これが本当に野生動物だとしたらあまりにお粗末じゃないか。
こんなわかりやすく音を立てて歩いていたら外敵に簡単に見つかると思う。
あるいは、森の中を堂々と歩けるほど強い生き物か、だ。
左前方にちょうど良い大きさの幹がある。
俺は音を立てないように素早く回り込み、音のある方を覗くと……。
「ヒック……ヒック……グス……」
小さな女の子が服の袖で目の辺りを擦りながら歩いていた。
「おかあさーん。おとうさーん」
『……人間の女の子ですね』
「確認しなくても見ればわかる!」
「ヒッ! だ、誰!?」
AIがあまりにも間の抜けたことをいうものだからつい声を張ってしまった。
女の子は俺の方を見ながら木の枝を剣のように構えていた。
ちょっと震えている。
何者かよくわからないが、小さな女の子が泣いているんだ。これ以上警戒する必要はないだろう。
無駄に怖がらせる意味もないし、かといって放っておくわけにもいかない。
俺は木の幹からゆっくりと出て行った。
「あ、えーと。っていうか、今さらだけど声がわかる! 君も日本語わかるの?」
「え? にほんご? って何?」
言葉が通じたことに気がついて、俺は思わず挨拶も自己紹介もすっ飛ばして思ったことを口にしていた。
「いや、俺の言葉はわかるよね? この言葉は俺の世界じゃ日本語って言うんだ。だから君も日本語を知っているのかなって」
「俺の世界? なんかよくわからないけど、世界に言葉は一つしかないでしょ。お兄さんそんなことも知らないの?」
女の子からはすでに警戒心は感じられなかった。
というよりも、何か残念なものでも見るような目を向けられている。
「取り敢えず。言葉がわかるなら自己紹介をしようか。俺は大地彰。年は21歳。君は?」
「……お兄さん。私のことも知らないの?」
「それって、どういう意味?」
女の子とはじっと俺の目を見つめた。
外見は小学四年生くらい。金髪のくせ毛を頭の後ろで一つの三つ編みにしている。
服装は水色のワンピース。裾の辺りには細かい刺繍が縫われていて、肩の辺りが少しだけ膨らんでいてそこから白い袖があり、袖口の辺りにはレースがあしらってあった。
よく見ればどこかのお嬢様のようだ。
しかし、俺と同じように森をかき分けて歩いてきたのだろう。
せっかくの服もあちこちが破れたりすり切れたりしていた。
小さな足を覆う革のブーツも磨けば輝くようだが、今は泥にまみれてみる影もなかった。
「お兄さん。仕事は?」
「え? 仕事?」
『彰、世界を救うヒーローと言うのはやめた方が良いですよ。そもそもそれは職業ではありませんから』
わかっているよ、と思ったが口にはしなかった。なぜか、負けた気がするから。
「えーと、今は無職、かな……」
「無職の人がどうしてこんなところにいるの?」
……あれ? なんだろう。
少女のことを知るはずが、いつの間にか俺が詰問されている。
ここは一度年上としてガツンと言うべきだろう。
「あのね。俺はもう自己紹介したんだから、話を進めるならまず君も名前を教えてくれても良いんじゃないか?」
「……よく知らない人に名前を言ったり付いていったらいけませんってお母さんが教えてくれたの。だから、教えたくない」
さっき泣いていたのが嘘のようにキッと睨んできた。
確かに、少女の言うことももっともだ。
俺たちの世界だって、同じことを教えている。
いや、妹にはもっときつく教えていたかも知れない。義理の妹である未来は兄というひいき目を差し引いても美少女だと思う。
だから、未来には近づく男全てが敵だと教えていたような……。
『思考が脱線しています。協力が得られないのであれば、放っておけばいいのではありませんか? この子もそれを望んでいるようですし』
実に冷静で合理的な判断だ。
だが、そこがAIらしい。
俺の体も半分は機械のようだが、望んでいなくても困ってる小さな子を見捨ててはいけない。
人類全てを救う気はなくても、目の前の命が脅かされたら守ろうとする。
それが、ネムスギアを使う戦士としての俺の矜持だ。
「俺のことを信用できないならそれでもいい。俺も君が何者であるかわからないから信用はできない。だけど、俺はこの森から出られなくて困ってる。君は、一人でこの森から出られるのかな?」
「……それは……」
少女は目を逸らして俯いた。
「森を抜けるまで、俺を助けてくれないか? 見返りに、野生動物から君を守ってあげられる」
「野生動物? じゃあ、魔物からも私を守って!」
「ま、魔物?」
一瞬だけ見せた哀願するような表情は、俺の言葉を聞いてすぐに曇ってしまった。
「魔物も知らないの? お兄さん、本当に大丈夫? そんなんで私を守ってくれるの?」
「魔物ってのがなんなのか知らないけど、それだけは約束する。俺は絶対に君を守る」
「……わかった。私の名前はエリーネ=クリームヒルト。このアイレーリス王国に土地を持つ貴族の娘だからね。よく覚えておいて。私に何かあったらお父さんとお母さんが許さないんだから。きっと、女王様が騎士を使って懲らしめちゃうんだからね」
聞いたことのない国。
そして、女王に騎士。
これはいよいよもって現実として受け入れなければならない。
ここは、間違いなく異世界だ。
瞳の中心に見えるその光は徐々に大きく広がっていく。
生まれるときの記憶なんて誰も覚えているはずはないが、きっとこういうことなのだろうと、直感的に俺は思った。
意識が目覚めると、風に乗って鼻先を土と草の匂いが掠める。
「あ……う……」
口を開き手の感覚を確かめる。
違和感はない。
目を開くと飛び込んできたのは空に輝く太陽の光。
木々の間から差し込んだ光がちょうど俺の顔を照らしていた。
「眩し……」
手で遮りながら体を起こす。
ようやく自分の置かれてる状況がわかってきた。
空に比べると辺りは暗かった。
いや、この辺りで明るいのは俺が倒れていたところだけだった。
周囲は深い森に囲まれていた。
一体どれほどの森なのか。
「ここは、一体……」
どこなのか?
……というより、俺は……誰なんだ?
『よかった、意識が回復したのですね』
――!?
不意に声が聞こえてきた。
慌てて辺りを見回す。
もちろん、誰もいない。
「なんだ? 誰の声? ――幻聴?」
記憶はいまいちはっきりしないが、言葉は失っていなかったようだ。
『何を言っているのですか?』
「また聞こえた。誰だ! 俺に話しかけているのは!?」
『彰、冗談だとしたらあまり面白くはありませんよ』
彰……俺のことをそう呼んだのか……?
なぜだろう。その名前には思い当たるような気がする。
俺は、彰という名前なのか。
『まさか、異次元砲の直撃を受けたショックで記憶が失われてしまったのですか?』
「異次元砲……その言葉にも聞き覚えはある」
『よかった。全てを失ったわけではなさそうですね』
「いや、勝手に安心されても困るんだが。それよりも、そろそろ姿を現してくれても良いんじゃないか?」
『……良いでしょう。まずはお互いのことを整理するべきだと思います』
「それは同意見だが、姿を見せる気はないんだな」
『まず、あなたの名前は?』
「彰、と呼んだな? あきら……大地、彰。そうだ。その名前はよく覚えている」
『年齢は?』
「20……いや、確か21歳だったはずだ」
『職業は?』
「職業? ……印刷関係? いや、違う。っていうか、就職してたっけ?」
『では、家族構成は?』
「今は、義理の妹の未来と二人暮らし――」
未来。
その名を思い出したとき、どうしてここへ来たのかも思い出した。
「そうだ! 俺は国連の連中が開発したとか言う新兵器で――」
重要なことはそこじゃない。
俺は思い出そうとする思考を振り切って立ち上がった。
「未来ー!!」
森の奥へ向かって叫ぶ。
しかし、声は森の作り出す闇に吸い込まれるばかりで、返っては来ない。
「未来は、どこにいるんだ!?」
『落ち着いてください。すでに私が周囲の索敵を終えています。しかし、センサーによる反応は皆無です。ここが地球上であればGPSを使って未来様の反応を探すことも可能ですが……』
「できないのか?」
『はい、ここは本当に異世界のようです。電波の一つも受信できません』
落ち込むような感情がダイレクトに伝わってくる。
さっきから俺に話しかける声の正体もはっきりしていた。
俺の体は半分以上がナノマシンで構成されている。
そして、そのナノマシンの一つ一つにはAIが組み込まれている。
そのAIが俺の意識に直接話しかけているのだ。
だから、誰かと言えば俺自身であり、そして俺自身ではない。
ネムスギアというナノマシンのシステムであり、同時に俺自身もそのシステムの一部だった。
「どうする? ここで待っていた方が良いと思うか?」
『それは、あまりお勧めしたくありません。すでに索敵を終えていると伝えましたが、この森には野生の動物の反応がいくつもあります。どのような世界でどのような生物が存在するのかわからない以上、まずはこの世界のことを知る必要があると思います』
ネムスギアのシステムにはもちろん地球上のあらゆるデータがプログラムされているが、異世界じゃそれは役には立たないか。
「……未来は、無事だろうか?」
『保証はできませんが、未来様には私たちでさえ解明することのできなかった超能力がありますから。いずれ未来様の方からテレポートしてくるかも知れませんよ』
確かに、それはそうだと言える。
あの、デモンとの最終決戦も未来がデモンのボスの居場所と基地を見つけてくれたのだ。
未来が俺を見失うことはない。
AIに言われたことできっとこの世界にいるような確信が持てた。
ただの勘でしかないが。
今はただできることをやるべきだろう。
「――で、俺はどっちへ行けばいいと思う?」
辺りを見回しても同じような景色が広がるだけ。
どっちがどっちやら。
『そうですね。それでは西の方へ向かいましょう。そちらの方が生物の反応が少ないので』
「いや、だからどっちが西なんだよ」
太陽の動きと木々の生長の様子からAIには方角が計算できるらしい。
俺はAIの指示に従って森の中を分け入ることにした。
森の中は迷路のようだった。
時折空の太陽を見てその動きからAIが現在地と過去のデータを照合してだいたいの場所を把握していく。
つまり、俺が歩いた分だけはAIがマッピングしていると言うことだった。
しかし、景色がまったく変わらないから俺の感覚的にはさっきから一歩も動いていないんじゃないかと錯覚を覚えるほどだった。
普通の人間だったら、疲労とか以前の問題で心が折れて歩けなくなっているところだろうな。
それからさらに一時間ほど歩き続ける。
特に急いではいないが、かといってゆっくり歩いているわけでもない。
木々を避けたり退かしながら進んでいるから速くはないだろうが、それでも最初にいたところから10キロは進んだんじゃないだろうか。
未だに森を抜ける様子はない。
『周囲を警戒してください。生物の反応が一つ近づいてきます』
AIが不意に警告してくる。
「野生動物か何かか?」
『答えかねます。ここがどのような世界かわからないので、この世界の生物に関するデータがありません』
「こういうところは妙に機械的だな。せめてどれくらいの大きさでどれくらいの速度で動いているとかくらいはセンサーでわかるだろう?」
『なら始めからそう聞いてください。大きさは人間の子供くらいです。速度は……動物だとすると少し遅いですね。どうやらあちらも周囲を警戒しているようです。辺りを見回しながら動いているから遅いようです』
「そうか。俺からの距離は?」
『二十メートル弱です』
警戒していると言うことは、俺のことに気がついていない?
「今の風向きは?」
『風速はほとんどありませんよ。木々が多すぎてあまり風が抜けないような地形のようです』
「いや、微量でも吹いているなら教えてくれ」
『人間の感覚では難しいですが、私のセンサーでは向かい風を測定しています』
ということは、こちらが風下だ。
先に仕掛けるか。
どんな生物でも、不意を突ければ何とかなるだろう。
ま、やばい相手だったら変身すればいい。
俺は背の低い木の陰に隠れながら、AIのセンサーに従って動物に近づく。
後数メートルというところまで迫ると、ガサガサと木をかき分けるような音が聞こえてきた。
これが本当に野生動物だとしたらあまりにお粗末じゃないか。
こんなわかりやすく音を立てて歩いていたら外敵に簡単に見つかると思う。
あるいは、森の中を堂々と歩けるほど強い生き物か、だ。
左前方にちょうど良い大きさの幹がある。
俺は音を立てないように素早く回り込み、音のある方を覗くと……。
「ヒック……ヒック……グス……」
小さな女の子が服の袖で目の辺りを擦りながら歩いていた。
「おかあさーん。おとうさーん」
『……人間の女の子ですね』
「確認しなくても見ればわかる!」
「ヒッ! だ、誰!?」
AIがあまりにも間の抜けたことをいうものだからつい声を張ってしまった。
女の子は俺の方を見ながら木の枝を剣のように構えていた。
ちょっと震えている。
何者かよくわからないが、小さな女の子が泣いているんだ。これ以上警戒する必要はないだろう。
無駄に怖がらせる意味もないし、かといって放っておくわけにもいかない。
俺は木の幹からゆっくりと出て行った。
「あ、えーと。っていうか、今さらだけど声がわかる! 君も日本語わかるの?」
「え? にほんご? って何?」
言葉が通じたことに気がついて、俺は思わず挨拶も自己紹介もすっ飛ばして思ったことを口にしていた。
「いや、俺の言葉はわかるよね? この言葉は俺の世界じゃ日本語って言うんだ。だから君も日本語を知っているのかなって」
「俺の世界? なんかよくわからないけど、世界に言葉は一つしかないでしょ。お兄さんそんなことも知らないの?」
女の子からはすでに警戒心は感じられなかった。
というよりも、何か残念なものでも見るような目を向けられている。
「取り敢えず。言葉がわかるなら自己紹介をしようか。俺は大地彰。年は21歳。君は?」
「……お兄さん。私のことも知らないの?」
「それって、どういう意味?」
女の子とはじっと俺の目を見つめた。
外見は小学四年生くらい。金髪のくせ毛を頭の後ろで一つの三つ編みにしている。
服装は水色のワンピース。裾の辺りには細かい刺繍が縫われていて、肩の辺りが少しだけ膨らんでいてそこから白い袖があり、袖口の辺りにはレースがあしらってあった。
よく見ればどこかのお嬢様のようだ。
しかし、俺と同じように森をかき分けて歩いてきたのだろう。
せっかくの服もあちこちが破れたりすり切れたりしていた。
小さな足を覆う革のブーツも磨けば輝くようだが、今は泥にまみれてみる影もなかった。
「お兄さん。仕事は?」
「え? 仕事?」
『彰、世界を救うヒーローと言うのはやめた方が良いですよ。そもそもそれは職業ではありませんから』
わかっているよ、と思ったが口にはしなかった。なぜか、負けた気がするから。
「えーと、今は無職、かな……」
「無職の人がどうしてこんなところにいるの?」
……あれ? なんだろう。
少女のことを知るはずが、いつの間にか俺が詰問されている。
ここは一度年上としてガツンと言うべきだろう。
「あのね。俺はもう自己紹介したんだから、話を進めるならまず君も名前を教えてくれても良いんじゃないか?」
「……よく知らない人に名前を言ったり付いていったらいけませんってお母さんが教えてくれたの。だから、教えたくない」
さっき泣いていたのが嘘のようにキッと睨んできた。
確かに、少女の言うことももっともだ。
俺たちの世界だって、同じことを教えている。
いや、妹にはもっときつく教えていたかも知れない。義理の妹である未来は兄というひいき目を差し引いても美少女だと思う。
だから、未来には近づく男全てが敵だと教えていたような……。
『思考が脱線しています。協力が得られないのであれば、放っておけばいいのではありませんか? この子もそれを望んでいるようですし』
実に冷静で合理的な判断だ。
だが、そこがAIらしい。
俺の体も半分は機械のようだが、望んでいなくても困ってる小さな子を見捨ててはいけない。
人類全てを救う気はなくても、目の前の命が脅かされたら守ろうとする。
それが、ネムスギアを使う戦士としての俺の矜持だ。
「俺のことを信用できないならそれでもいい。俺も君が何者であるかわからないから信用はできない。だけど、俺はこの森から出られなくて困ってる。君は、一人でこの森から出られるのかな?」
「……それは……」
少女は目を逸らして俯いた。
「森を抜けるまで、俺を助けてくれないか? 見返りに、野生動物から君を守ってあげられる」
「野生動物? じゃあ、魔物からも私を守って!」
「ま、魔物?」
一瞬だけ見せた哀願するような表情は、俺の言葉を聞いてすぐに曇ってしまった。
「魔物も知らないの? お兄さん、本当に大丈夫? そんなんで私を守ってくれるの?」
「魔物ってのがなんなのか知らないけど、それだけは約束する。俺は絶対に君を守る」
「……わかった。私の名前はエリーネ=クリームヒルト。このアイレーリス王国に土地を持つ貴族の娘だからね。よく覚えておいて。私に何かあったらお父さんとお母さんが許さないんだから。きっと、女王様が騎士を使って懲らしめちゃうんだからね」
聞いたことのない国。
そして、女王に騎士。
これはいよいよもって現実として受け入れなければならない。
ここは、間違いなく異世界だ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
追放された無能鑑定士、実は世界最強の万物解析スキル持ち。パーティーと国が泣きついてももう遅い。辺境で美少女とスローライフ(?)を送る
夏見ナイ
ファンタジー
貴族の三男に転生したカイトは、【鑑定】スキルしか持てず家からも勇者パーティーからも無能扱いされ、ついには追放されてしまう。全てを失い辺境に流れ着いた彼だが、そこで自身のスキルが万物の情報を読み解く最強スキル【万物解析】だと覚醒する! 隠された才能を見抜いて助けた美少女エルフや獣人と共に、カイトは辺境の村を豊かにし、古代遺跡の謎を解き明かし、強力な魔物を従え、着実に力をつけていく。一方、カイトを切り捨てた元パーティーと王国は凋落の一途を辿り、彼の築いた豊かさに気づくが……もう遅い! 不遇から成り上がる、痛快な逆転劇と辺境スローライフ(?)が今、始まる!
「クビにされた俺、幸運スキルでスローライフ満喫中」
チャチャ
ファンタジー
突然、蒼牙の刃から追放された冒険者・ハルト。
だが、彼にはS級スキル【幸運】があった――。
魔物がレアアイテムを落とすのも、偶然宝箱が見つかるのも、すべて彼のスキルのおかげ。
だが、仲間は誰一人そのことに気づかず、無能呼ばわりしていた。
追放されたハルトは、肩の荷が下りたとばかりに、自分のためだけの旅を始める。
訪れる村で出会う人々。偶然拾う伝説級の装備。
そして助けた少女は、実は王国の姫!?
「もう面倒ごとはごめんだ」
そう思っていたハルトだったが、幸運のスキルが運命を引き寄せていく――。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる