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変身ヒーローと異世界の魔物
家族との再会
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「うん……いえ、はい」
「こんなにお召し物をボロボロに……一体なぜ、番犬の森になど入ったのですか? あそこは危険だとお父様がご注意なさっていたはずではありませんか?」
「理由は私が直接お父様に話します」
「畏まりました。それで、そこにいる得体の知れない男は一体?」
疑いの眼差しを俺に向けてきた。
その時にはすでに他の騎士たちも集まってきていて、俺を囲んでいる。
「ジュリエス、騎士団を下がらせなさい。こちらの方は森で魔物に襲われていた私を助けてくれたのです。そのような扱いをするのは無礼です」
「は、はい」
なんだか、森で見ていたときよりも大人びている。
貴族だというのは本当だったんだな。
立ち居振る舞いがしっかりしている。
「さ、参りましょう」
「え? あ、ああ……って、いや待てよ。ここまで来たらもう大丈夫だろう。これ以上一緒にいる必要はないだろ」
危うくエリーネに行動を合わせてしまうところだった。
エリーネに着いてきたのは無事に家へ送り届けるためであって、それが達成された以上俺がこの町に留まる理由はない。
情報を得るには、この小さな町では正直物足りないし、城下町へ行くことを考えた方が良い。
エリーネは俺にしゃがむように促して耳打ちしてきた。
「アキラ、お金は持ってるの?」
「あるわけないだろ。別の世界からこっちに来たばっかだってのに」
「だったら、私のお父様に会った方が良いんじゃない? 一応、アキラが助けてくれたことは間違いないし。それに、ちょっと話も合わせて欲しいし」
それは、森に入った理由のことだろうか。
むしろ、それが本心なんだろうな。
ここまで来たら、最後まで面倒見てやるか。
お礼に多少なりとも金がもらえれば、今後の行動が取りやすくなるか。
食事もまだだしな。
俺たちの話が終わると、騎士が恭しく頭を下げてから言う。
「お嬢様、あちらに馬車が用意してあります。お客様も、どうぞ」
騎士が用意していた馬車というのは、なんて言うか……実用的なものではなくて、飾り付けがやたら豪華な馬車だった。
スピードなど出せるようなものじゃない。
これで移動するなら、歩いた方がまだ速いんじゃないか。
「必要ありません。私は早くお父様に自分の無事を伝えたいのです」
「はっ! 失礼いたしました」
エリーネが断ってくれて正解だった。
あんなものに乗っていたら良い見世物だ。
それに、エリーネの家は町の中心部にあって、森の中を歩いてきたことに比べたらたいした距離じゃなかった。
町一番の大きな家。お屋敷と言っても遜色はない。
外からだと部屋がいくつあるのかわからない。
エリーネは両開きの扉を開けて入る。
「ただいま帰りました!」
バタバタと家の中を走る音が近づいてくる。
廊下の向こう側から、ひげが特徴的で精悍な顔つきの男と柔らかそうな巻き毛の女が現れた。
男は洋服にベスト。それも質が良さそうだと一目でわかるほど。
女は裾の長いドレスを着ていた。
身なりからして金持ちだとわかる。
「無事だったか、エリーネ!」
「はい。お父様」
「それで、お前は何者だ? 誰の許しを得て私の家に入ってきた」
「お父様、この方は森で魔物に襲われそうになっていた私を助けてくれたのです。ですから、十分にお礼をして差し上げてください」
エリーネの父親は娘に対する態度とは対照的な目で睨みつけてきたが、エリーネが間に入って諫めた。
「し、しかし……妙な格好をしているし、態度もあまり良さそうじゃない」
「お父様、私の言うことを信用してくださらないのですか?」
「いやいや、そうじゃないんだ。ただ私はエリーネが変な男と関わったりしたら心配なだけで……」
「あなた、詳しい話は後にしましょう。それよりも、娘がお世話になったようで、ありがとうございました」
ドレスを着た巻き毛の女――まあ、おそらくはエリーネの母だろう。
彼女は口喧嘩を続ける父と娘を後ろに追いやって俺にそう言った。
「あんな森の中で子供を見捨てるほど薄情じゃないんでね。それに、俺も助けられたからそんなに改まって言われるようなことはしていないさ」
「森……? やはり、番犬の森にいたのですか」
「お、お母様。それには理由があって……」
エリーネの母の表情が少しだけきつくなった。
これは、余計なことを言ってしまったかも知れない。
エリーネの言葉にも焦りの色が見られる。
「事情は後でよく聞かせてもらいます。ところで、失礼ですがお名前は? この辺りではあまり見ない格好をしていますが、ギルドに登録している冒険者の方ではありませんよね」
こうして詰問するところはエリーネにそっくりだな。
お礼を言ってはくれたが、エリーネの母は父よりも俺のことを信用していないようだ。
エリーネも自分からは名乗らなかったし、やっぱりこの辺りは貴族なんだろうな。
俺にはこれ以上関わる理由はないし、このままここで物別れになってもいいかなと思うが、エリーネの不安げな表情を見てると投げ捨てる気にはなれなかった。
根が甘いんだろうな。
「俺は大地彰。ちなみに、俺の国じゃ名前が後だから、彰と呼んでくれて構わない。それから、自慢じゃないが無職だからその……ギルド? に登録している冒険者? というやつでもない」
「アキラさん。私はレイナ=クリームヒルトと申します。冒険者ではないと言うことは、時間には余裕があると考えてよろしいのでしょうか?」
「今のところは」
「では、今日は当家にお泊まりください。客室へご案内いたします。その代わり、森でのこと、詳しくお聞かせくださいね」
有無を言わせぬ妙な迫力があった。
でも正直、ありがたい申し出だった。
異世界へ来てからまだ何も口にしていないし、森の中を駆けずり回ったり戦ったりしたせいで服も汚れている。
すぐにでも行動したい気持ちはあったが、疲労の回復も必要ではあった。
「イライザ!」
レイナがそう呼びながら、手に持ったベルを鳴らすと、黒髪を頭の後ろで一つに束ね、ソバカスの目立つ20代前半くらいのメイドが廊下の向こうから現れた。
「こちらの方を客室へご案内して。それから、お風呂の用意と服の洗濯をして差し上げなさい。乾くまでの間はうちの人のを貸してあげて。少し、大きすぎるかも知れませんが、我慢してくださいね」
「至れり尽くせりで、言うことはないな」
俺はイライザに連れられて浴場へ向かった。
そこは旅館のお風呂くらいの広さで、湯船は泳げるほど広くはないが、何人かがゆったりと浸かれるほど広かった。
中世ヨーロッパにこんな現代的な風呂場があったとは思えない。
ここが異世界だからと言ってしまったら身も蓋もないが、ありがたいことだけは確かだった。
俺が風呂を堪能している間に汚れた服はイライザが洗濯してくれていた。
自然に乾かなかったら魔法を使って乾かすらしく、明日には返してもらえる。
その間は、エリーネの父の服を代わりに用意されたのだが、シャツもスラックスもベストもどれも大きすぎた。
俺はそれほど小柄ではないが、エリーネの父は横にも縦にも大きいということが身をもってわかった。
この屋敷にはメイドが5人に執事が5人いるとイライザが教えてくれた。
その中に俺の体型に似ている人がいたら、代わりの服を貸してもらえるように頼めないか聞いたら、ご主人様のお客様に使用人の服を貸すなどできないと断られた。
「アキラ様、夕食のお時間まで、こちらの部屋でおくつろぎください」
イライザはそれだけ告げると、料理の手伝いをするといって出て行ってしまった。
家の中も町の中も探検したい気持ちはあった。
今はどんな些細な情報でもこの世界に関係することなら仕入れたい。
でも、彼女の意向はきっとこの家の主人の意向と同じ。
つまり、言葉は丁寧だが、夕食までここから出るなという意味で言ったんだろう。
おもてなしを受けている間は、大人しくしているべきか。
エリーネの立場もあるしな。
「おい、起きてるか?」
落ち着いたから、AIに呼びかけるが言葉は返ってこない。
スリープ時間はとっくに過ぎてるはずだがな。
でも、何となくまだ全快ではないような気がする。
今はきっと変身もできないだろうな。
それも大人しくしている理由の一つでもあった。
客間のベッドに横になってみるが、疲れている割に眠気はない。
それよりもお腹が減ってる。
何度かベッドで寝返りを打っていると、部屋の扉がノックされた。
「夕食の準備が整いました。入ってもよろしいですか?」
「ああ、どうぞ」
「食堂へご案内いたします」
イライザの後について廊下を進み階段を降り、奥の部屋へと向かう。
そこも家の入り口ほど豪華ではないが両開きの扉になっていた。
扉を開けると、すでにエリーネと両親が席に座って待っていた。
俺はイライザに案内されるまま、エリーネの父の対面に座る。
ちなみに、テーブルは端から端まで3メートルくらいある。
俺を含めて四人しか席に座っていないが、椅子を並べれば8人座っても余裕があるだろう。
イライザを含めてメイドが3人と執事が3人壁際に整列している。
何だか物々しい雰囲気でせっかくの食欲が台無しになりそうだった。
「まずは前菜からお運びいたします」
そう言って料理を運んできたのは残りの執事2人とメイド2人。
マンツーマンで対応するようだ。
料理自体は美味かった。
何かよくわからない食材のサラダとスープ。
パンはこっちでもあまり変わりはない。
メインディッシュの肉料理も料理名は知らなかったが、材料は牛肉だったから特に違和感はなかった。
食べ物の文化は都合が良いくらい俺たちの世界に似ている。
食事中は意外にも何も聞いてこなかった。
あるいは、貴族だからそういう作法には厳しいのかも知れないな。
ただ、食事が終わってすぐに解散というわけにはいかなかった。
食後のコーヒー。話を蒸し返すようだが、この世界にもコーヒー豆があるらしい。まだ生産する農家は少ないから気軽に飲めるのは金持ちだけだとエリーネの父が自慢していた。
そのコーヒーを飲んでくつろいでいると、レイナがさっそく聞いてきた。
「アキラさん。エリーネには先に話を聞かせてもらったのですが、確認しておきたいことがあるのです。いくつか質問させていただいてよろしいですか?」
これは、先手を打ってきたな。
エリーネとの話に齟齬があったら、エリーネが追究されるってことか。
随分と厳しい母だ。
「その前に、俺から聞いておきたいことがある」
「……なんでしょう」
わかっていながら相手のペースで話を進められるのは好きじゃない。
そっちがその気ならこっちも先手を打つだけだ。
「一日も娘が姿を見せていなかったのに、今日騎士たちをこの町から出発させようとしていたってのは遅すぎじゃないか?」
「それは、仕方ありませんわ。娘は友達と遊ぶと言って家を出て行ったのです。その友達と連絡が付いて娘とはぐれたと聞いたのは今朝ですもの」
「ってことは、そのエリーネの友達からはエリーネがどうしてはぐれたのか聞けたのか?」
「アキラ!?」
エリーネが首を振って俺の言葉を止めようとした。
これは、やっぱり真実は話していないな。
大切な人形を魔物がうろつく森に捨てられた。
そんなことをするような奴が友達なわけがあるか。
エリーネにはそれをはっきり言えない何かがある。
「ええ、かくれんぼをしていたらエリーネだけ見つからなかったと」
「それを信じてるわけじゃないよな」
「アキラ、良いから!」
「……エリーネは、友達を驚かそうと思って森の中へ入ったと……」
友達とやらの話に合わせたのか。
「エリーネには悪いが、はっきり言っておいた方が良い。そいつはエリーネの友達なんかじゃない。エリーネの大切にしていたものを奪って森の中へ隠したんだ。それを探すために危険な森の中に入った。俺のような男を警戒する気持ちもわからないわけじゃないが、もっと娘のことをよく見ていた方が良いんじゃないのか?」
「……エリーネ、彼の言っていることは本当なのか?」
それまでずっとレイラが主導的に話を進めてきたが、エリーネの父が言葉を挟んだ。
そういえば、この人は未だに俺に名前を教えていないな。
「ううん。違う。私が勝手に森に入ったの。だから、イザベラさんは悪くない」
「……フレードリヒ家の一人娘は自己中心的で自分勝手だと噂には聞いていたが……」
「お父様、私は気にしていないから。余計なことはしないで。あの家に逆らったら、お父様の名に傷が付く」
「私は、エリーネにも気を遣わせているのか」
「お父様! アキラも、どうしてそんなことを言うの!」
「エリーネ。俺は家族のためならどんな敵だろうと戦うと決めたんだ。エリーネの両親だって同じ気持ちだと思う。だから、戦う勇気を見せろ。エリーネはあのオークデーモンにだって立ち向かっただろ」
「へ? オークデーモン……?」
俺の言葉にエリーネの両親が固まった。
何か、まずいことでも言ったんだろうか。
「……オークデーモンってあの、イノシシの頭を持ち人間よりも身の丈が二倍ほどあるって言う凶暴な……」
「ああ、それであってると思う」
「あのオークデーモンに遭遇して、君は無事だったと言うことか?」
「まあ、見ての通り」
「どうやって逃げられたんだ。娘も一緒だったんだろう」
「いや、逃げてない。戦って、倒した」
「馬鹿な! 並の魔道士で倒せる相手ではない! おまけに武器も持っていない君に倒せるはずがない!」
「武器はあると言えばあるんだけど……」
今はまだ、変身できそうにない。
「本当に倒したというなら、証拠はあるのか? どの魔物にも人間に心臓があるように核となるクリスタルが存在する。魔物を倒すとそれだけ残して消滅するのだが、オークデーモンのクリスタルを持っているのか?」
それは知らなかった。
もしかしたら、クリスタルはあったのかも知れないが、必殺技の威力が強すぎて細胞の破片も残らなかった。
それどころか森の一部を消失させてしまったんだから。
探しても見つからなかっただろう。
「持っていないと言うことは、デタラメか。まったく、驚かせてくれる」
「本当だよ! お父様! 私はアキラがオークデーモンを倒したところを見たもん!」
「エ、エリーネ……?」
エリーネの両親は揃って狼狽えていた。
それだけエリーネの目は真剣だった。
「エリーネ、友達がエリーネのことをいじめたって認めるんだな」
俺がそう言うと、エリーネは口を尖らせた。
「ずるい」
「そう言うな。次にまたこういうことが起こったときに都合よく俺のような奴が現れるとは限らないんだぜ。死ぬかも知れない目に遭わされて、その原因を作った奴のことを庇うことなんかないんだよ。それが親にとって気を遣わなきゃならない人だとしても、な」
「…………」
エリーネはもう何も言い返しては来なかった。
そして、その様子を見ていたエリーネの両親は顔色を変えていた。
「レイナ、今回のことは他の子爵仲間とも情報を共有しておこうと思う。これ以上娘に何かあっては手遅れになる。それから、ギルドを通して番犬の森に住む魔物の退治を依頼しておくべきだな」
「え、ええ」
「アキラくんといったね。どうやら、娘の言っていることは本当のようだ。私からもお礼を言わせてもらうよ。本当に娘を助けてくれてありがとう」
エリーネの父は頭を下げて、改めて自己紹介した。
彼の名前はジョサイヤ=クリームヒルト。
子爵の位を与えられ、この町を任されている貴族。
これでやっと一件落着と言えるかな。
後の問題は俺がなにかすることでもないだろう。
親たちの問題だ。
その事に安心したのか、あるいはお腹いっぱい夕食を食べたからか、急に眠気に襲われた。
客室のベッドに倒れ込むと意識が一気に失われそうになる。
『これは、一体どうしてこのようなところにいるのですか?』
その時になって、急にAIが話しかけてきた。
「今さらなんの用事だ?」
『状況がいまいちわかりません。説明をお願いしたいのですが』
「今日は無理だ。いろいろあって眠い。起きたら説明する」
『約束ですよ』
「ああ、それから一応警戒モードで待機していてくれ。何か起こったらすぐに起こせよ」
デモンと戦っているときのクセか。
寝るときは、体の制御をナノマシンに任せて寝込みを襲われても対処できるようにするのが当たり前になってしまっていた。
その事を考えながら、今度こそ眠りに落ちた――。
……誰かが、呼んでいる。
誰だ?
聞き覚えのある声だ。
優しく、それでいて強い意志のある声。
『――兄様。聞こえて――か』
「未来か!」
聞き間違えるはずもない。
それは未来の声だった。
俺の頭の中へ直接語りかけてくる。
未来の超能力の一つ――テレパシーだ。
でも、いつもより声の質が悪い。
雑音がひどいし、途切れ途切れだ。
「未来。俺の声は聞こえているか?」
『――様? よ――た。やっと、私の――届い――――ね』
「未来! どこにいるんだ!?」
『私は――――国の、都市――――に。お兄――そど――に』
「俺は今、アイレーリス王国のクリームヒルトって町にいる。近くに番犬の森ってのがある!」
『申――あ――――ん。よく聞――――い』
何だかどんどん声が遠くなっていく。
「テレポートはできないのか!?」
『お――、私は大――です。ど――か、――様もご無理――――ないで――――い』
「未来! 待ってろ! テレポートできないなら必ず見つける! だから、お前も無理するな!」
『――約束――』
「ああ、約束だ!」
俺の意識はそこで一気に覚醒した。
『どうしたのですか? まだ朝ではありませんし、特に警戒するような事態にもなっていませんよ』
「お前には、聞こえなかったか?」
『何がですか?』
「未来が俺にテレパシーで言葉を送ってきた」
『それでは!』
「この世界に来てることは間違いなさそうだ。途切れ途切れで聞き取りにくかったが、声の感じだと無事のようだ。でも、上手く超能力が使えないみたいだ」
『それは、彰だって同じではありませんか。まだネムスギアの力を以前のように使いこなせているわけではありませんよ』
「それもそうだな」
『これで、この世界ですべきことがはっきりしてよかったですね』
「そうだな。金を稼ぎながら世界中を探して回る。明日から忙しくなるぞ」
『ええ』
俺は未来の無事が確認できた安心感からか、もう一眠りしてしまった。
「こんなにお召し物をボロボロに……一体なぜ、番犬の森になど入ったのですか? あそこは危険だとお父様がご注意なさっていたはずではありませんか?」
「理由は私が直接お父様に話します」
「畏まりました。それで、そこにいる得体の知れない男は一体?」
疑いの眼差しを俺に向けてきた。
その時にはすでに他の騎士たちも集まってきていて、俺を囲んでいる。
「ジュリエス、騎士団を下がらせなさい。こちらの方は森で魔物に襲われていた私を助けてくれたのです。そのような扱いをするのは無礼です」
「は、はい」
なんだか、森で見ていたときよりも大人びている。
貴族だというのは本当だったんだな。
立ち居振る舞いがしっかりしている。
「さ、参りましょう」
「え? あ、ああ……って、いや待てよ。ここまで来たらもう大丈夫だろう。これ以上一緒にいる必要はないだろ」
危うくエリーネに行動を合わせてしまうところだった。
エリーネに着いてきたのは無事に家へ送り届けるためであって、それが達成された以上俺がこの町に留まる理由はない。
情報を得るには、この小さな町では正直物足りないし、城下町へ行くことを考えた方が良い。
エリーネは俺にしゃがむように促して耳打ちしてきた。
「アキラ、お金は持ってるの?」
「あるわけないだろ。別の世界からこっちに来たばっかだってのに」
「だったら、私のお父様に会った方が良いんじゃない? 一応、アキラが助けてくれたことは間違いないし。それに、ちょっと話も合わせて欲しいし」
それは、森に入った理由のことだろうか。
むしろ、それが本心なんだろうな。
ここまで来たら、最後まで面倒見てやるか。
お礼に多少なりとも金がもらえれば、今後の行動が取りやすくなるか。
食事もまだだしな。
俺たちの話が終わると、騎士が恭しく頭を下げてから言う。
「お嬢様、あちらに馬車が用意してあります。お客様も、どうぞ」
騎士が用意していた馬車というのは、なんて言うか……実用的なものではなくて、飾り付けがやたら豪華な馬車だった。
スピードなど出せるようなものじゃない。
これで移動するなら、歩いた方がまだ速いんじゃないか。
「必要ありません。私は早くお父様に自分の無事を伝えたいのです」
「はっ! 失礼いたしました」
エリーネが断ってくれて正解だった。
あんなものに乗っていたら良い見世物だ。
それに、エリーネの家は町の中心部にあって、森の中を歩いてきたことに比べたらたいした距離じゃなかった。
町一番の大きな家。お屋敷と言っても遜色はない。
外からだと部屋がいくつあるのかわからない。
エリーネは両開きの扉を開けて入る。
「ただいま帰りました!」
バタバタと家の中を走る音が近づいてくる。
廊下の向こう側から、ひげが特徴的で精悍な顔つきの男と柔らかそうな巻き毛の女が現れた。
男は洋服にベスト。それも質が良さそうだと一目でわかるほど。
女は裾の長いドレスを着ていた。
身なりからして金持ちだとわかる。
「無事だったか、エリーネ!」
「はい。お父様」
「それで、お前は何者だ? 誰の許しを得て私の家に入ってきた」
「お父様、この方は森で魔物に襲われそうになっていた私を助けてくれたのです。ですから、十分にお礼をして差し上げてください」
エリーネの父親は娘に対する態度とは対照的な目で睨みつけてきたが、エリーネが間に入って諫めた。
「し、しかし……妙な格好をしているし、態度もあまり良さそうじゃない」
「お父様、私の言うことを信用してくださらないのですか?」
「いやいや、そうじゃないんだ。ただ私はエリーネが変な男と関わったりしたら心配なだけで……」
「あなた、詳しい話は後にしましょう。それよりも、娘がお世話になったようで、ありがとうございました」
ドレスを着た巻き毛の女――まあ、おそらくはエリーネの母だろう。
彼女は口喧嘩を続ける父と娘を後ろに追いやって俺にそう言った。
「あんな森の中で子供を見捨てるほど薄情じゃないんでね。それに、俺も助けられたからそんなに改まって言われるようなことはしていないさ」
「森……? やはり、番犬の森にいたのですか」
「お、お母様。それには理由があって……」
エリーネの母の表情が少しだけきつくなった。
これは、余計なことを言ってしまったかも知れない。
エリーネの言葉にも焦りの色が見られる。
「事情は後でよく聞かせてもらいます。ところで、失礼ですがお名前は? この辺りではあまり見ない格好をしていますが、ギルドに登録している冒険者の方ではありませんよね」
こうして詰問するところはエリーネにそっくりだな。
お礼を言ってはくれたが、エリーネの母は父よりも俺のことを信用していないようだ。
エリーネも自分からは名乗らなかったし、やっぱりこの辺りは貴族なんだろうな。
俺にはこれ以上関わる理由はないし、このままここで物別れになってもいいかなと思うが、エリーネの不安げな表情を見てると投げ捨てる気にはなれなかった。
根が甘いんだろうな。
「俺は大地彰。ちなみに、俺の国じゃ名前が後だから、彰と呼んでくれて構わない。それから、自慢じゃないが無職だからその……ギルド? に登録している冒険者? というやつでもない」
「アキラさん。私はレイナ=クリームヒルトと申します。冒険者ではないと言うことは、時間には余裕があると考えてよろしいのでしょうか?」
「今のところは」
「では、今日は当家にお泊まりください。客室へご案内いたします。その代わり、森でのこと、詳しくお聞かせくださいね」
有無を言わせぬ妙な迫力があった。
でも正直、ありがたい申し出だった。
異世界へ来てからまだ何も口にしていないし、森の中を駆けずり回ったり戦ったりしたせいで服も汚れている。
すぐにでも行動したい気持ちはあったが、疲労の回復も必要ではあった。
「イライザ!」
レイナがそう呼びながら、手に持ったベルを鳴らすと、黒髪を頭の後ろで一つに束ね、ソバカスの目立つ20代前半くらいのメイドが廊下の向こうから現れた。
「こちらの方を客室へご案内して。それから、お風呂の用意と服の洗濯をして差し上げなさい。乾くまでの間はうちの人のを貸してあげて。少し、大きすぎるかも知れませんが、我慢してくださいね」
「至れり尽くせりで、言うことはないな」
俺はイライザに連れられて浴場へ向かった。
そこは旅館のお風呂くらいの広さで、湯船は泳げるほど広くはないが、何人かがゆったりと浸かれるほど広かった。
中世ヨーロッパにこんな現代的な風呂場があったとは思えない。
ここが異世界だからと言ってしまったら身も蓋もないが、ありがたいことだけは確かだった。
俺が風呂を堪能している間に汚れた服はイライザが洗濯してくれていた。
自然に乾かなかったら魔法を使って乾かすらしく、明日には返してもらえる。
その間は、エリーネの父の服を代わりに用意されたのだが、シャツもスラックスもベストもどれも大きすぎた。
俺はそれほど小柄ではないが、エリーネの父は横にも縦にも大きいということが身をもってわかった。
この屋敷にはメイドが5人に執事が5人いるとイライザが教えてくれた。
その中に俺の体型に似ている人がいたら、代わりの服を貸してもらえるように頼めないか聞いたら、ご主人様のお客様に使用人の服を貸すなどできないと断られた。
「アキラ様、夕食のお時間まで、こちらの部屋でおくつろぎください」
イライザはそれだけ告げると、料理の手伝いをするといって出て行ってしまった。
家の中も町の中も探検したい気持ちはあった。
今はどんな些細な情報でもこの世界に関係することなら仕入れたい。
でも、彼女の意向はきっとこの家の主人の意向と同じ。
つまり、言葉は丁寧だが、夕食までここから出るなという意味で言ったんだろう。
おもてなしを受けている間は、大人しくしているべきか。
エリーネの立場もあるしな。
「おい、起きてるか?」
落ち着いたから、AIに呼びかけるが言葉は返ってこない。
スリープ時間はとっくに過ぎてるはずだがな。
でも、何となくまだ全快ではないような気がする。
今はきっと変身もできないだろうな。
それも大人しくしている理由の一つでもあった。
客間のベッドに横になってみるが、疲れている割に眠気はない。
それよりもお腹が減ってる。
何度かベッドで寝返りを打っていると、部屋の扉がノックされた。
「夕食の準備が整いました。入ってもよろしいですか?」
「ああ、どうぞ」
「食堂へご案内いたします」
イライザの後について廊下を進み階段を降り、奥の部屋へと向かう。
そこも家の入り口ほど豪華ではないが両開きの扉になっていた。
扉を開けると、すでにエリーネと両親が席に座って待っていた。
俺はイライザに案内されるまま、エリーネの父の対面に座る。
ちなみに、テーブルは端から端まで3メートルくらいある。
俺を含めて四人しか席に座っていないが、椅子を並べれば8人座っても余裕があるだろう。
イライザを含めてメイドが3人と執事が3人壁際に整列している。
何だか物々しい雰囲気でせっかくの食欲が台無しになりそうだった。
「まずは前菜からお運びいたします」
そう言って料理を運んできたのは残りの執事2人とメイド2人。
マンツーマンで対応するようだ。
料理自体は美味かった。
何かよくわからない食材のサラダとスープ。
パンはこっちでもあまり変わりはない。
メインディッシュの肉料理も料理名は知らなかったが、材料は牛肉だったから特に違和感はなかった。
食べ物の文化は都合が良いくらい俺たちの世界に似ている。
食事中は意外にも何も聞いてこなかった。
あるいは、貴族だからそういう作法には厳しいのかも知れないな。
ただ、食事が終わってすぐに解散というわけにはいかなかった。
食後のコーヒー。話を蒸し返すようだが、この世界にもコーヒー豆があるらしい。まだ生産する農家は少ないから気軽に飲めるのは金持ちだけだとエリーネの父が自慢していた。
そのコーヒーを飲んでくつろいでいると、レイナがさっそく聞いてきた。
「アキラさん。エリーネには先に話を聞かせてもらったのですが、確認しておきたいことがあるのです。いくつか質問させていただいてよろしいですか?」
これは、先手を打ってきたな。
エリーネとの話に齟齬があったら、エリーネが追究されるってことか。
随分と厳しい母だ。
「その前に、俺から聞いておきたいことがある」
「……なんでしょう」
わかっていながら相手のペースで話を進められるのは好きじゃない。
そっちがその気ならこっちも先手を打つだけだ。
「一日も娘が姿を見せていなかったのに、今日騎士たちをこの町から出発させようとしていたってのは遅すぎじゃないか?」
「それは、仕方ありませんわ。娘は友達と遊ぶと言って家を出て行ったのです。その友達と連絡が付いて娘とはぐれたと聞いたのは今朝ですもの」
「ってことは、そのエリーネの友達からはエリーネがどうしてはぐれたのか聞けたのか?」
「アキラ!?」
エリーネが首を振って俺の言葉を止めようとした。
これは、やっぱり真実は話していないな。
大切な人形を魔物がうろつく森に捨てられた。
そんなことをするような奴が友達なわけがあるか。
エリーネにはそれをはっきり言えない何かがある。
「ええ、かくれんぼをしていたらエリーネだけ見つからなかったと」
「それを信じてるわけじゃないよな」
「アキラ、良いから!」
「……エリーネは、友達を驚かそうと思って森の中へ入ったと……」
友達とやらの話に合わせたのか。
「エリーネには悪いが、はっきり言っておいた方が良い。そいつはエリーネの友達なんかじゃない。エリーネの大切にしていたものを奪って森の中へ隠したんだ。それを探すために危険な森の中に入った。俺のような男を警戒する気持ちもわからないわけじゃないが、もっと娘のことをよく見ていた方が良いんじゃないのか?」
「……エリーネ、彼の言っていることは本当なのか?」
それまでずっとレイラが主導的に話を進めてきたが、エリーネの父が言葉を挟んだ。
そういえば、この人は未だに俺に名前を教えていないな。
「ううん。違う。私が勝手に森に入ったの。だから、イザベラさんは悪くない」
「……フレードリヒ家の一人娘は自己中心的で自分勝手だと噂には聞いていたが……」
「お父様、私は気にしていないから。余計なことはしないで。あの家に逆らったら、お父様の名に傷が付く」
「私は、エリーネにも気を遣わせているのか」
「お父様! アキラも、どうしてそんなことを言うの!」
「エリーネ。俺は家族のためならどんな敵だろうと戦うと決めたんだ。エリーネの両親だって同じ気持ちだと思う。だから、戦う勇気を見せろ。エリーネはあのオークデーモンにだって立ち向かっただろ」
「へ? オークデーモン……?」
俺の言葉にエリーネの両親が固まった。
何か、まずいことでも言ったんだろうか。
「……オークデーモンってあの、イノシシの頭を持ち人間よりも身の丈が二倍ほどあるって言う凶暴な……」
「ああ、それであってると思う」
「あのオークデーモンに遭遇して、君は無事だったと言うことか?」
「まあ、見ての通り」
「どうやって逃げられたんだ。娘も一緒だったんだろう」
「いや、逃げてない。戦って、倒した」
「馬鹿な! 並の魔道士で倒せる相手ではない! おまけに武器も持っていない君に倒せるはずがない!」
「武器はあると言えばあるんだけど……」
今はまだ、変身できそうにない。
「本当に倒したというなら、証拠はあるのか? どの魔物にも人間に心臓があるように核となるクリスタルが存在する。魔物を倒すとそれだけ残して消滅するのだが、オークデーモンのクリスタルを持っているのか?」
それは知らなかった。
もしかしたら、クリスタルはあったのかも知れないが、必殺技の威力が強すぎて細胞の破片も残らなかった。
それどころか森の一部を消失させてしまったんだから。
探しても見つからなかっただろう。
「持っていないと言うことは、デタラメか。まったく、驚かせてくれる」
「本当だよ! お父様! 私はアキラがオークデーモンを倒したところを見たもん!」
「エ、エリーネ……?」
エリーネの両親は揃って狼狽えていた。
それだけエリーネの目は真剣だった。
「エリーネ、友達がエリーネのことをいじめたって認めるんだな」
俺がそう言うと、エリーネは口を尖らせた。
「ずるい」
「そう言うな。次にまたこういうことが起こったときに都合よく俺のような奴が現れるとは限らないんだぜ。死ぬかも知れない目に遭わされて、その原因を作った奴のことを庇うことなんかないんだよ。それが親にとって気を遣わなきゃならない人だとしても、な」
「…………」
エリーネはもう何も言い返しては来なかった。
そして、その様子を見ていたエリーネの両親は顔色を変えていた。
「レイナ、今回のことは他の子爵仲間とも情報を共有しておこうと思う。これ以上娘に何かあっては手遅れになる。それから、ギルドを通して番犬の森に住む魔物の退治を依頼しておくべきだな」
「え、ええ」
「アキラくんといったね。どうやら、娘の言っていることは本当のようだ。私からもお礼を言わせてもらうよ。本当に娘を助けてくれてありがとう」
エリーネの父は頭を下げて、改めて自己紹介した。
彼の名前はジョサイヤ=クリームヒルト。
子爵の位を与えられ、この町を任されている貴族。
これでやっと一件落着と言えるかな。
後の問題は俺がなにかすることでもないだろう。
親たちの問題だ。
その事に安心したのか、あるいはお腹いっぱい夕食を食べたからか、急に眠気に襲われた。
客室のベッドに倒れ込むと意識が一気に失われそうになる。
『これは、一体どうしてこのようなところにいるのですか?』
その時になって、急にAIが話しかけてきた。
「今さらなんの用事だ?」
『状況がいまいちわかりません。説明をお願いしたいのですが』
「今日は無理だ。いろいろあって眠い。起きたら説明する」
『約束ですよ』
「ああ、それから一応警戒モードで待機していてくれ。何か起こったらすぐに起こせよ」
デモンと戦っているときのクセか。
寝るときは、体の制御をナノマシンに任せて寝込みを襲われても対処できるようにするのが当たり前になってしまっていた。
その事を考えながら、今度こそ眠りに落ちた――。
……誰かが、呼んでいる。
誰だ?
聞き覚えのある声だ。
優しく、それでいて強い意志のある声。
『――兄様。聞こえて――か』
「未来か!」
聞き間違えるはずもない。
それは未来の声だった。
俺の頭の中へ直接語りかけてくる。
未来の超能力の一つ――テレパシーだ。
でも、いつもより声の質が悪い。
雑音がひどいし、途切れ途切れだ。
「未来。俺の声は聞こえているか?」
『――様? よ――た。やっと、私の――届い――――ね』
「未来! どこにいるんだ!?」
『私は――――国の、都市――――に。お兄――そど――に』
「俺は今、アイレーリス王国のクリームヒルトって町にいる。近くに番犬の森ってのがある!」
『申――あ――――ん。よく聞――――い』
何だかどんどん声が遠くなっていく。
「テレポートはできないのか!?」
『お――、私は大――です。ど――か、――様もご無理――――ないで――――い』
「未来! 待ってろ! テレポートできないなら必ず見つける! だから、お前も無理するな!」
『――約束――』
「ああ、約束だ!」
俺の意識はそこで一気に覚醒した。
『どうしたのですか? まだ朝ではありませんし、特に警戒するような事態にもなっていませんよ』
「お前には、聞こえなかったか?」
『何がですか?』
「未来が俺にテレパシーで言葉を送ってきた」
『それでは!』
「この世界に来てることは間違いなさそうだ。途切れ途切れで聞き取りにくかったが、声の感じだと無事のようだ。でも、上手く超能力が使えないみたいだ」
『それは、彰だって同じではありませんか。まだネムスギアの力を以前のように使いこなせているわけではありませんよ』
「それもそうだな」
『これで、この世界ですべきことがはっきりしてよかったですね』
「そうだな。金を稼ぎながら世界中を探して回る。明日から忙しくなるぞ」
『ええ』
俺は未来の無事が確認できた安心感からか、もう一眠りしてしまった。
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