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変身ヒーローと異世界の戦争 後編

敵か? 味方か?

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 ルトヴィナは大人の余裕なのか、キャリーとヨミの視線をものともせずに飛翔船に戻った。
 俺は魔族の少年を抱えて飛翔船に向かう。
「女王陛下! 御無事でしたか!」
 クラースが手厚い抱擁でキャリーを出迎えていた。
「まあ、見ての通りよ。それよりも、ルーザスの体と王国騎士団とシャリオットの兵隊を回収するわ」
「え……? あの者はまだ生きて……? いえ、生かしているのですか?」
「ほとんど虫の息だったけど、回復魔法で何とか命を繋がせたわ。私たちの法で裁くために」
「……そうですか。確かに……その方がよろしいのかも知れませんね。アキラ殿はあくまでも冒険者。我らの王国の不始末は我々が命の責任を負うべきだと」
「結果的に生きていたからそういうことにしただけよ。もしアキラがルーザスを殺していたとしても、それはやはり私たちが負うべき責任だわ」
 人間と戦い、命を奪うこと。
 俺はあの時、殺してしまう覚悟はしていた。
 そうでなければ複合戦略魔法を撃ち破るほどの出力では撃てなかった一撃だ。
 だから、二人ともそこまで気を遣う必要はなかったのに、俺の心の負担を減らそうとしているのがありありで、背中がむずかゆくなりそうだった。
 だからといって、それを否定するつもりはない。
 俺のためを思って考えている二人の気持ちは素直に嬉しかった。
「ところで、アキラ殿。そのお子さんは? まさか、フレードリヒの町の生き残りなのか?」
「うーん、まあそんなところだ」
「ほぅ! あのような魔法が町に落とされたのに生き残るとは、たいした子供だ」
 キャリーが俺の目をじっと見つめている。
 その意味くらいはわかる。
 この子供が魔族の……それも将来的に魔王になる力を持っていることは俺たちの間の秘密だ。
 ヨミのことはみんなキャリーと一緒に見てきただろうから正体を明かしたとしても受け入れてくれるかも知れないが、この魔王の器も同じように扱ってくれるとは楽観できない。
 そもそもが、俺だってまだ見極められていないのだから、身近な人にならその俺の微妙な感覚も理解してもらえるだろうが、大衆が同じように俺の判断を認めてくれるとは思えない。
「この子のことは、俺たちに任せてくれ。クラースはクラースの仕事を」
「すまないが、そうさせてもらおう。ここからは君たちよりも私の仕事の方が多いからな」
 子供の姿をしていたのが幸いした。
 特に気に留めることもなく、クラースは王国騎士団を連れてフレードリヒの回収に向かった。
「さすがに疲れたわね。悪いけど私も自分の部屋で休ませてもらうわ」
 飛翔船に乗り込んだところでキャリーが言って、重い足取りを引きずるようにして部屋に向かって行った。
 ルトヴィナもエリーネもヨミも俺も似たようなものだった。
 ただ、シャリオットだけは飛翔船の管理者として、まだ仕事を続けるみたいだった。
 ホルクレストの兵隊たちだったら、クラースに任せておけばいいと思うが、まあ直属の部下で自分の国の国民だから、そうもいかなかったのかも知れないが。
 俺は自分の船室のベッドに魔王の器を横にさせて、俺は床に布団を敷いて寝た。
 思っていた以上に緊張していたのか、体力的な疲れと精神的な疲れが一気に押し寄せてくる。
 その内に、まるでゆりかごにでも乗っているような感覚に陥って、俺の意識は深く沈み込んでいった。

 実験の器具が俺の体に取りつけられていた。
 それは、ネムスギアの開発が最終段階に入ったときの夢だった。
「彰、本当にいいのか?」
「構わない。俺はきっと、このために博士と出会ったんだと思う」
「……私は……彰を、戦闘用のマシンにしてしまうことが運命だったとは思いたくはないな」
「だけど、博士が次にネムスギアを使ったら……」
「恐らくはナノマシンの制御は出来ん。デモンは倒せてもナノマシンに全てが侵食されるだろう」
 それはすでに見た目からもはっきりしていた。
 娘の未来をデモンから助けるために、博士は開発途中だったネムスギアを使って変身した。
 それでデモンは倒せたが、ダメージを負った部分が完全にナノマシンに取り込まれてしまった。
 腕や足の一部分はもう完全に機械化している。
「今からお前の体には、ネムスギアを制御するためにユニットを取りつける。これは、いわばネムスギアの心臓だ。体内のナノマシンがこのユニットを循環することによってエネルギーの補充と増殖を抑える働きをする」
「それじゃあ、これが弱点にならないのか?」
「いや、これ自身がネムスギアで形成されているから、むしろこれを破壊するようなデモンが現れたとしたら、ネムスギアではデモンは倒せないと言うことになる」
「博士自身には、取りつけられないのか?」
「私の細胞はそもそもがネムスギアとの相性が悪かった。もし仮に私と同じレベルの科学者がいたところで、これを私に取りつけることは不可能だっただろう」
「そうか、わかった。もう聞きたいことはない。すぐに手術に取りかかってくれ」
「……彰。ネムスギアのシステムに弱点はない。だが……一つだけ伝えておかなければならないことがある」
 博士の顔から色が消えていた。
「なんだ?」
「ネムスギアは命と意志を持ったマシン。機械の細胞と言っても過言ではない。そして、実際に私が使ってわかったことだが、ネムスギアには生きようとする本能とそれを守るために恐怖心がある」
「それは、良いことなんじゃないか? それがなかったら本当の戦闘用マシンでしかないじゃないか」
「ああ。だが、自己防衛プログラムはユニットによる制御を越えるかも知れない」
「それって、どういう意味だ?」
「彰が危機的状況に陥り、ネムスギアが本能で恐怖心を感じたとき、人間が火事場で信じられないような力を発揮するように、ユニットの制御を越えてナノマシンが増殖する可能性が否定できない」
 ネムスギアと相性が良く、ユニットでの制御も可能な俺でも、博士のように体がネムスギアに奪われる可能性があると言うことか。
「……すまない。もう少し開発に猶予があったなら、彰までも危険な目に遭わせることなどなかったはずなのに」
「俺は、博士と一緒に作ったネムスギアを信じてる。だから、きっと大丈夫だ。博士も迷わないでくれ」
「ああ、私も迷っては――」
 麻酔の影響だろう。俺が博士の声を聞いたのは、それが最期だった。

 その後のことは今でも良く覚えている。
 博士の手術は成功した。
 だが、彼の姿は俺の前から消えてしまったんだ。
 研究所をくまなく探す俺の前に、妹が飛び込んできた。
「お兄様!! お父様が!!」
 研究所の前で倒れていた二つの人影。
 一つはデモン。
 そして、もう一人は博士だった。
 機械化した体の大部分が大破していた。
 制御ユニットのないナノマシンは再生できない。
 使い捨ての電池と同じだから、破損してしまったらもう助からない。
 博士は俺と娘の未来を助けるために、犠牲になった。
 俺はすぐに研究所で培養中だったネムスギアを体内に取り込んで、細胞の半分が人間ではなくなった。
 その直後に妹の超能力が目覚め――俺たちとデモンの戦いは始まったんだ。

「兄ちゃん、兄ちゃん! おーきーろーよー」
「こら! アスラフェルくん! 静かにしてください!」
「何でだよ! つまんねーじゃん。姉ちゃんだって、起きて欲しいって思ってるだろ」
「そ、それは……いえ、私はアキラにはゆっくり休んで欲しいと……って、何をしてるんですか!?」
「起きないなら、顔にいたずらしちゃうぜ」
「やめなさい!」
 ドタバタと、俺の横で転がるような音が聞こえる。
 せっかくよく寝ていたのに、気分が台無しだ。
 かといって無視して寝られるほど図太い神経はしていない。
「ダーククロースアーマー!」
 おいおい、ヨミが魔法を使ったぞ。俺の寝ている横で何をするつもりなのか。
「うおっ! 姉ちゃん、それはずるいぞ」
 すさまじいまでの魔力とプレッシャーを感じた。
「だったら、大人しくしてなさい!」
「……チェッ」
「何ですかその舌打ちは? そんなに体力が余っているなら、また相手になりましょうか?」
「……わかったよ。静かにしてればいいんだろ」
 その言葉を聞いてやっと、ヨミの魔法によるプレッシャーが消えた。
 俺が目を開けると、ベッドの横の椅子に、ヨミと少年の魔族――魔王の器が行儀良く座っていた。
「あ! アキラ! よく眠れましたか?」
「兄ちゃん! 助けてくれてありがとう!!」
 俺とヨミの間に割り込んで、少年の魔族は顔を近づけて満面の笑みを向けてきた。
 背の高さはエリーネより低い、体つきも似たようなものだった。
 人間なら十歳くらいだろうか。
 魔族が人間と同じように年を数えるのかどうかはわからないが。
 そして、あの戦いの後に保護したときは顔は汚れていて髪も体もボロボロだったから気がつかなかったが、その類い希なる容姿が特徴的だった。
 少年の姿なのに、可愛らしいと言うよりは美しさという言葉の全てを表現しているような顔。見るもの全ての視線を引き付けるだろう。
 髪は銀色で絹糸のように輝いている。頭の後ろで少しだけ結んでいた。
「えーと、お前がフレードリヒが使っていた力の源。魔王の器って奴でいいのか?」
「はあ? 何だそれ? オレはアスラフェルって言うんだ。父さんは俺のことをアスルって呼んでたから、兄ちゃんもアスルって呼んでくれよ」
 こっちが面食らうほど人懐っこい。
 どう見ても人間に危害を加えそうには見えないが、それを判断するには確認しておくべきことがあった。
「ヨミ、ここはどこだ?」
「え? えーと、王宮の客室です」
 ヨミの目が泳いでいる。俺が何を聞きたいのかよくわかっているのだろう。
「……ベッドの天蓋部分が半分壊れてるのは、まだガーゴイルの襲撃から城の修復が終わっていないってことでいいのか?」
「え、ええ。そうですね。まだ城のあちこちで修復作業をしています」
「それじゃあ、壁に大穴が空いているのも、窓ガラスって言うか……窓そのものがないのも、タンスがぶっ壊れてるのも、本棚から本が散乱しているのも、全部そう言うことだと思っていいんだな?」
「それは、その……」
「アハハッ! 兄ちゃん、それはちげーよ」
「こ、こら!」
 ヨミが慌ててアスルを叱るが、お構い無しに本当のことを話した。
「オレが兄ちゃんを無理矢理起こそうとしたら、姉ちゃんが怒って……」
「アスラフェルくん?」
 闇の魔法こそ纏っていないものの、凄まじいまでのプレッシャーでアスルを睨みつける。
「……ごめんなさい。兄ちゃん、オレが暴れたのを姉ちゃんが止めただけなんだ」
「だったら、最初からそう言えよ」
「は、はい。ですが、その……アスラフェルくんのことはアキラに任せるはずだったのに、勝手に戦ってしまったので……」
「……ここで?」
「いえ、さすがに外へぶっ飛ばしました」
 俺はもう一度窓の方を見る。
 よく見れば、枠ごとなくなっていた。
「俺が寝ている間に、どれだけの戦いをしたんだ?」
「兄ちゃんも強かったけどさ、姉ちゃんもすげえ強いのな。こんな強い魔物に出会ったの初めてだぜ」
 そう話したアスルの瞳がキラキラ輝いていた。
 フレードリヒとの戦いを通して、ヨミもまた一つ魔物としての力を付けたってことか。
 しかし、少年とはいえ魔王の器とか呼ばれてる奴に強いと評価されるヨミって、もう魔族の領域すら超えているのでは……。
「ヨミ。あれから何日経った?」
「三日ですね。私やキャロラインさんたちは翌日に目が覚めて、そのさらに翌日……つまりは昨日このアスラフェルくんが目覚めました」
「それでもうこんなに元気なのか? フレードリヒに奪われた左腕ももう再生してるし」
「ああ、あれな。すげー痛かったんだぜ」
 ダメージと言葉の割にケロッとしている。
 魔族の体を人間の物差しで考えるのはよくないか。
「アスルは魔族でいいんだよな」
「ああ、そうだよ。父さんはフェラルドっていう魔王だ」
「ま、魔王……? ほ、本当に?」
 さすがにヨミも声を震わせた。
「あ、嘘だと思ってるのか? オレは別に、魔王の名を使って脅すようなちんけな魔族じゃないぜ」
 親の威を借りて自分を大きく見せるような子供は人間の世界にもいる。
 フレードリヒの娘なんかその典型だった。
 だけど、アスルの物言いは確かに自慢するような口ぶりではなかった。
 どちらかというと、思春期の子供が親の存在を煙たがっている雰囲気に近い。
 嫌いじゃないけど、素直になれない、みたいな。
「フレードリヒを通してとはいえ、アスルの力は十分見せてもらったからな。それを否定するつもりはない。だが、そうなるとはっきりさせておかなければならないことがある」
「な、なんだよ」
「この世界の人間は魔族と戦争をした伝承がある。そして、最近魔族を封印してきた結界が不安定になっていて、いずれ再び人間と魔族の間で戦争になるかも知れないと言われているんだ」
「……それは、オレの父さんも心配していた」
「心配?」
「ああ、オレの父さんは人間との戦争に意味なんてないっていってた。だから、戦争をして無駄にお互いの命を減らすようなことはするべきじゃないって、他の魔王たちも説得しようとしてたんだけど……」
 俺はヨミと顔を見合わせる。
 お互いに目を丸くしていた。
 今までの前提が覆るじゃないか。
 魔王の中にも、人間との戦争をするべきじゃないと思ってる奴がいるなら、本当に争いが回避できるんじゃないか。
「それで? どうなった?」
「……ごめん。父さんが他の魔王と話し合いに行く前の日に、オレはメチャクチャ強いヤツに見たことのない魔法で封印されたみたいなんだ」
「随分曖昧だな」
「うん。その時のこと、よく覚えていないんだ。気がついたら人間の右手に魂ごと繋がってた」
 フレードリヒの話が真実だったなら、アスルを封印したのは天使だ。
 一体、何のために?
「だからさ、兄ちゃんにはすげー感謝してるんだぜ」
「その事だけどな。たぶん、アスルを助けられたのは偶然だ。俺はフレードリヒを倒すことしか考えていなかった」
「それでも、あの魔法じゃない力だったから、オレの封印が破壊できたんだと思う」
「魔法じゃない力だったから?」
「オレだって大人しくしてたわけじゃないぜ。何とか自由になろうと魔法で封印を破ろうとしたけど出来なかったんだ」
 ……俺は辺りを見回す。
 部屋の中を荒れさせるほどやんちゃな子供が、人間の掌で大人しくできるはずはないよな。
「……オレの魔力をあの人間が使ったせいで、いろんな人間や魔物が殺された。そんなの、ムカつくじゃん」
「アスルも父親と同じ考えなのか?」
「当たり前じゃん。戦争なんか何が楽しいんだよ。殺し合って憎しみ合うだけじゃん。戦いってのはこう、正々堂々お互いの力をぶつけ合って勝負を決めるのが楽しいんだぜ」
「……ああ、そうだな」
 その言葉は、フレードリヒと金華国の王ウェンリーに聞かせたい言葉だった。
「だからさ、兄ちゃんも元気になったらオレと戦ってくれない?」
「どうして?」
「兄ちゃんがオレを使ってた人間と戦うところもずっと見てたんだ。兄ちゃんの姿が変わる鎧? 強くて格好良かったからちゃんとオレの体で戦ってみたかったんだ!」
 魔族としての闘争本能はある。
 きっと、魔王の器としての実力も申し分ないのだろう。
 だが、俺はアスルが人間の敵ではないという確信を得たような気がした。
「言っておくが、俺はヨミより強いからな」
「わかってるよ。でも、強いからって勝負はわからないぜ」
「それもそうだな」
 俺はアスルと真剣勝負の約束をした。
「場所は考えた方が良いと思いますよ」
 少しヨミが呆れている。
「いやさすがにこんなところでは戦わないぞ」
「私だって好きでそうしたわけじゃありません!」
 プイと横を向いて頬を膨らませた。
「わかってるって、俺の邪魔をさせたくなかっただけだろ」
「……わかってるなら、いいんですよ」
「兄ちゃん。本当に姉ちゃんより強いのか?」
 ヨミをなだめる俺の姿は、アスルにはカッコ悪く見えたのかも知れない。
「……しかし、取り敢えずはキャリーに謝りに行くか。客間を貸してくれたのに、こんなにボロボロにしちまったんだし」
「そうですね」
 俺はベッドから起き上がって伸びをした。
『おはようございます、彰。体調は万全のようです。ネムスギアのエネルギーもすでに復活していますよ。いつでも戦える準備は出来ています』
 AIにもう当面戦う必要はないだろ、と軽くツッコミを入れたくなるほど穏やかで爽やかな一日の始まりだった。
 部屋の中は乱雑だったけど。
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