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変身ヒーローと異世界の国々

事件の解決

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 一進一退の攻防が続く。
 すでに二分は経過していた。
 フォルスの攻撃は俺には当たらない。
 俺の攻撃は当たりはするが上手くダメージを抑えられていた。
 勝負を仕掛けるにしては隙がない。
 無駄にエネルギーを消費することもできないし、硬直状態のままただ時間だけが過ぎていく。
 これは、ヨミとアスルでも苦労するわけだ。
 フォルスが右に左に飛び上がり、さらに地面を蹴って速度を増して向かってくる。
 フェイントを挟みながら爪で引っ掻こうとするが、見切れないほどのスピードではなかった。
 カウンターで殴りつけるが、
「チッ!」
 と言う捨て台詞だけを残してすぐに逃げてしまう。
『ヨミとアスルくんの治療が終わったようですが、介入することに戸惑っているようです』
 この高速戦闘じゃ、そう簡単に手出しできないだろう。
 だけど、このままじゃ俺もじり貧だ。
 何か手を考えないと。
 そう思っていたら、フォルスが俺の周りを走り始めた。
 俺を中心に風が渦を巻く。
 これが、町を襲った竜巻の正体か。
「これなら避けられまい!」
 竜巻の中からフォルスが飛び出してくる。
 その一連の動きはしっかりと見えていた。
 体を横にして躱しつつも殴りつける。
 すると、また竜巻の中に戻ったかと思ったらさらに反動を付けて突っ込んできた。
 右から左から、そして上から。
 全て躱しながらカウンターを喰らわせる。
 これなら、タイミングを合わせられるかも知れない。
 腰を落として構えたところで、不意に竜巻が消えた。
 フォルスは走るのを止めていた。
「……まさか、お前のような人間がいたとはな」
 じりっと一歩足を後ろに下げたのが見えた。
 こいつ、まさか!?
 そう思ったときには背を向けていた。
 こいつのスピードじゃ、ここで逃がしたら厄介なことになる。
『彰! 下がって!』
 追いかけようとしたらAIが警告をした。
 誰かが俺の手を掴む。
 振り返るとヨミがいた。
 そして、俺たちの横を高い魔力を放出しながら丸いクリスタルが通り過ぎていく。
 ヨミと目が合い小さく頷いた後は、俺もフォルスに背を向けて走った。
 目もくらむような光が背後から襲う。
 次に破裂するような音と体に響くような重低音が重なり、熱と共に爆風が吹き抜ける。
 発射させた本人であるギデオルトが防御魔法の内側から放心していた。
 俺とヨミはレスコバーの防御魔法の範囲に入ったところでようやく後ろを見る。
 小さなキノコ雲が太陽に手を伸ばそうとしていた。
「やったのか?」
「わかりません。一度は避けられてしまいましたが……今のは奇襲だったはずです」
 ルトヴィナが冷静に答えた。
「それにしても、あれだけ巻き込むなと言ったのに、かなりきわどいタイミングだったじゃないか」
 無事だったからよかったものの、ギデオルトには文句の一つも言わないと気が済まなかった。
「それは私が許可をしました」
 未だ放心状態のギデオルトに代わってヨミが言う。
「ヨミが? どうして?」
「ユッカさんに治療していただき、アスルくんの魔力も借りたので私ならアキラを連れ戻せると確信したからです」
「たいした自信だ」
「当然です。私がアキラを危険な目に遭わせるはずありませんから」
「お陰で、オレはほとんど戦えないけど……」
 アスルは大の字になって疲れ果てていた。
「ル、ルトヴィナ女王陛下! これは、この魔法道具の破壊力は何なのですか!?」
 やっと正気を取り戻したのか、ギデオルトがルトヴィナに詰め寄っている。
「驚くようなことですか? 複合戦略魔法というのはそれだけの威力を誇るのですよ。しかもキャロラインさん本人が全力で使えば、この魔法道具の比ではありません」
「これが、複合戦略魔法……。この魔法道具を量産できれば、例え相手が魔王であろうとも戦えるのでは……?」
「そう思いたいですわね。ただ、先に説明した通りまだ試作段階です。しかも、量産以前に構造的に一度撃ってしまったら二度目は撃てないわけで……実用化までにどれだけかかることか……」
「でしたら、我がグライオフと是非協力しましょう。我々の技術とメリディアの技術を組み合わせれば――」
 少し前まで、魔法技術は他国に教えたくないとか言っていなかったか?
 まあ、あれはあの無能な側近たちの入れ知恵だったのかも知れないが。
 ルトヴィナもギデオルトの変わりぶりに驚いて、目を丸くさせている。
「そ、そんな……まさか……」
 唇を震わせ、ルトヴィナが言葉を零した。
 ……その瞳は遠くを見ている。ギデオルトに驚いていたわけではなかったのか?
「アキラ! あれを!」
 ヨミも同じように叫んだ。
 辺りに視線を送ると、キノコ雲が消え失せている。
 そこには小さな竜巻が巻き起こっていた。
 しかも、どんどん遠ざかっていく。
「生きていたようです!」
 まずい! このままじゃ逃げられる。
 ファイトギアで走って――。
 俺の目の端に飛行艇が映る。
「ヨミ! 来い!」
「はい!」
 ヨミが飛行艇の操縦桿を握る。
 俺は隣の座席に立った。
「要領は飛翔船と同じだ。ただし、スピードが違う。後はヨミの感覚に任せる!」
 そう言ったときには、すでに飛行艇は防御魔法で包まれて空に浮いていた。
「行きます!」
 爆発するように発進した。
 そのスピードはギデオルトが操縦したときよりもさらに速かった。
 魔族のクリスタルを組み込んだだけでろくに調整していなかったことが逆によかったのかも知れないな。
「アキラ、このまま魔法が使えるかも知れません」
「何? どういう……」
「アキラはあの魔族を倒すことに集中してください! 闇の神の名において、我が命ずる! 闇の力をその身に纏い、破壊する力を与えよ! ダーククロースアーマー!」
 闇がヨミを包み込む。そして、操縦桿から飛行艇全体をも飲み込んでいた。
 すると、さらにもう一段加速する。
 竜巻から飛び出す影が見える。
 フォルスは竜巻の中から反動を利用してここから離脱するつもりだったらしい。
 凄まじい勢いで駆けていくのが見えるが、その姿さえも徐々に大きく見えてきた。
 ヨミの魔法に呼応するかのように飛行艇が空を翔る。
「このまま突っ込みます!」
 フォルスが首だけ後ろを向いた。
 俺たちは目を剥くのがわかる距離にまで迫っていた。
「馬鹿な!?」
 ダーククロースアーマーを纏った飛行艇ごとフォルスに突進した。
「ぐあっ!」
 さすがのフォルスも走っている後ろから自分よりも速いものに突っ込まれたことなどなかったのだろう。
 正面からの攻撃だったなら避けられたかも知れないが、珍しくガードしていた。
 ぶつかった衝撃で飛行艇が止まる。
 そして、フォルスは吹き飛ばされて空を舞っていた。
『スペシャルチャージアタック、スターライトストライク!』
 飛行艇を飛び出し、一直線にフォルスに向かって行く。
「くそがあああああああ!!」
 全身から血を噴き出していたフォルスの体を貫く。
 薄れゆく狼の体を確認しながら、俺は一足先に地上へ降り立った。
 すると、太陽の光に反射しながら魔族のクリスタルが落ちてきた。
 それを掴みながら、ヨミと飛行艇の所へ戻った。
「……あの、これは怒られちゃいますかね」
 ヨミは飛行艇から降りて、顔を引きつらせていた。
 無茶な使い方をしたからか、船体はボロボロだった。
 特攻が原因か、あるいは魔法で覆ったのが原因か。
「使おうと思ったのは俺だからな。まあ、俺から謝るか」
「いえ、ダーククロースアーマーがこの船全体を包み込めると思って使ったのは私ですし……」
 その後はどちらが責任を負うかでやりとりが続いたが、そうこうしている間にみんなが集まってきた。
「アキラくん、魔族は倒したのですか?」
「あ、まあ。この通り」
 少し興奮気味のルトヴィナに迫られたので、証拠のクリスタルを差し出した。
「それは、よかった。あのまま逃がしてしまったら厄介なことになったはずです」
 ギデオルトが喜んでいる。
 これはこのタイミングで言ってしまうのがいいだろう。
「あの、ギデオルト。聞いて欲しいことが――」
「申し訳ありません。この船、壊しちゃいました!」
 俺より先にヨミが頭を下げてしまった。
「いや、そうじゃない。飛行艇を使ってフォルスを追いかけようと考えたのは俺だし、ヨミはそれを有効に活用してくれただけで……」
「……アキラ殿、わかっています。あなたは魔族を倒すために最善手を尽くした。壊れてしまったのならまた作り直せばよいのです」
「そうですわね。一番重要なクリスタルに傷は入っていないようですし、これなら直せますわ」
 ルトヴィナが飛行艇を触りながら確かめていた。
「それに、改良の余地もまだまだありそうです。見たところ、飛行艇はスピードには優れているけれど船体強度が低く、防御魔法の使い方にも無駄が見られます。魔族のクリスタルを機関部分ではなく制御に使っている点は面白いですけど。飛翔船の改修にもその辺りの技術を使わせていただきますわ」
 女王と言うより、一人の魔道士としての顔を覗かせていた。
「ルトヴィナ女王陛下。飛行艇の改良作業には是非とも飛翔船の技術を参考にさせていただきます」
「ええ。馴れ合いは嫌いですけど、魔法技術は競い合ってお互いに高めて参りましょう」
「はい」
 そう言ってギデオルトとルトヴィナは握手を交わしていた。
 この様子なら、アイレーリスと同盟を結ぶことになるのも時間の問題だろう。
 ギデオルトにとってこれから大変なことは側近たちの扱いと、危機感の抜けきっている王国軍の再編だろうな。
 ま、レスコバーという有能な宰相もいるし、ユッカのように国を好きだという国民もいるんだから何とかやっていけるだろう。
「なあ、兄ちゃん。いつまで変身してるんだ? 魔族はもう倒したんだろ?」
 疲れ切った顔でアスルが聞いてきた。
「……わかってるんだよ、問題の先送りでしかないってことはな」
 しかし……すでにファイトギアで戦って五分は過ぎていた。
『覚悟を決めてください。このままエネルギーがなくなるまで変身し続けているとどういうことになるのか説明しましょうか?』
 そんな残酷な話は聞きたくもない。
「ヨミ、頼む」
「はい、わかりました」
 俺は変身を解除させた。
 声も出せないというレベルは通り越していた。
 風が触れるだけでも痛みを感じる。
 意識を失いかけたとき、優しい温もりに抱かれたような気がした。

 目覚めたとき、俺は見知らぬ部屋のベッドに寝かされていた。
 天蓋付きで、いかにも豪華なベッド。
 俺とヨミとアスルの三人で寝てもまだスペースに余裕があるように思えた。
 あれからどれくらい寝ていたのだろう。
 上半身を起こして辺りを見てみる。
 体の節々がまだきしむような痛みを感じさせたが、動けないほどではない。
 部屋の中はこれだけ大きなベッドが丁度いいといえるくらい広かった。
 壁際にタンスが並べられ、部屋の真ん中には丸いテーブルが置かれていた。
 装飾の施された椅子が四脚テーブルを囲んでいる。その装飾はよく見るとベッドに似ていた。家具を作った職人が同じなんだろう。
 その奥には両開きのガラス戸があって、ベランダが見える。
 日の光が入り込んできていて、少し眩しかった。
 ヨミやアスルの姿はない。
 ここは、一体……。
 グライオフの城ではないと思った。
 あの城の部屋はそれほどたくさん見たわけではないけど、ここにあるような家具は見なかった。
 凝った作りの家具と部屋のレイアウトから、伝わる雰囲気が今まで見てきたどの部屋とも違う。
 一つだけはっきりしていることは、ここがごく普通の家でも貴族の屋敷でもなく城であると言うこと。
 そうでなければこれだけの部屋は作れない。
 ベッドの横に靴が並べられていたので、それを履いて確認することにした。
 さて、扉から廊下へ出るか、それともベランダから外へ出るか。
「うあああああああぁぁぁぁ! た、助けてくれっ」
 廊下から聞き慣れた声が聞こえてきた。
 俺は扉を開けて顔を出す。
「アスルか? どうした!?」
 叫ぶと廊下の曲がり角からアスルが走ってこっちに向かってくるのが見えた。
「兄ちゃん! 起きたのか!」
 ……何か、妙だ。
 声はアスルだけど、服のシルエットが……。
 ふわりとしたスカートを穿いていないか?
 近づいてきてよくわかった。
 アスルはドレスを着ていた。
 それも貴族や王族が着るような華やかなドレス。
 おまけに、ちょっと化粧もしている。
 元々顔の作りがいいから似合ってはいる。
 この姿でアスルと出会っていたら、男だとは思わないだろう。
「アスル、そんな趣味を持っていたとは知らなかった……」
「ちげーよ! これはオレじゃなくて……」
「あら、アスラフェルくん。そんなところに隠れていたんですか? ダメですよ。まだアクセサリーを身につけていただくのですから」
 満面笑みのルトヴィナが優しい声で言うが、
「ヒィ」
 アスルは情けない声を上げて俺の後ろに隠れてしまった。
「……何がどうなって、こういうことになってるんだ?」
「へ? あ、アキラくん。おはようございます。お加減はいかがですか?」
 話しかけるまで俺のことに気付いてすらいなかったのか。
 それでも何事もなかったかのようにルトヴィナが挨拶してきた。
「まだ痛みは残ってるけど、もう大丈夫だ。普通の筋肉痛のレベルだから」
「それはよかったですわ。一応我が国の魔法医に治療させたのですが、まさか三日も起きないとは思いませんでした」
「……いろいろ世話をしてくれたんだな。ありがとう」
「いいえ、当然のことをしたまでですわ」
 ホホホ、と朗らかに笑っていた。
 ここだけ見ればごく普通の会話なんだが、アスルの様子が気になって仕方がない。
「それはそれとして、アスルが怖がってるんだが」
「まあ、そうなんですの?」
 アスルはルトヴィナと目を合わせないように俺を盾にしたまま小刻みに震えている。
 うーむ。魔王の息子たる魔族にここまで恐れられるとは。
「一体、何をしたんだ?」
「魔族との戦いで服がボロボロになっていたので、私が替えの服を用意しただけですわ。そうしましたら思っていた以上に似合っていたので、この前のお礼もかねてより美しい存在へ導こうと――」
「兄ちゃん、騙されるな。オレの服は魔力が回復すれば自分で直せるって言ったのに、そのお姉さんが無理矢理変な服を着せたんだ」
「あらあらまあまあ。アスラフェルさん、もう一度呼んでくださるかしら? そうですわね、今度は“お姉さま”とでも」
 これは重傷だ。あまり関わりたくはないが、放ってもおけない。
 俺は一応アスルの保護者だからな。
 変な趣味に目覚めたりしたら、本当の両親に申し訳ない。
「ルトヴィナ、さすがにその辺にしておいてくれ。アスルが可哀想だ」
「……そうですわね。少し調子に乗りすぎたようですね」
「わかってくれればいいが、アスルの服は魔法の生地を使った特注品だから、返してくれよ」
「ええ、すでに洗濯をして乾かしていますから、いつでもお返しできます」
「アスル、服を綺麗にして返してくれるってよ」
「フンッ、お礼なんて言わないからな」
 まだ俺を盾にしながらそう言った。
「ところで、ここはルトヴィナの、つまりはメリディアの城なのか?」
「ええ、そうです。倒れてしまったアキラくんの保護をヨミさんが求められたので、是非とも私の城へとお連れしましたわ」
「……そのヨミはどこに?」
「あ、アキラ。もう起きても大丈夫なんですか?」
 声のする方に顔を向けると、そこには体にぴったりとしたミニスカートのワンピースを着たヨミがいた。
「なんて格好してるんだ?」
「買っていただいた服がボロボロになってしまったので、ルトヴィナさんが用意してくれたんです」
「……ルトヴィナ……」
「この服、アイレーリスの服屋がデザインした最新の服なんですよ。でも、私には似合わなかったので、ヨミさんに着ていただいたらこの通り」
 ……あの服屋か。確かに似合ってはいる。
 だが、やはり目のやり場に困るっての。
「元の服はどうした?」
「ありますけど、あれは魔法の生地を使った特注品ですから、直すのにも相応の腕を持つ服屋でなければならないと言われてしまいました」
 アスルの服と違って、魔力による修復機能はなかったっけ。
 単に魔物の姿になっても破れないだけだったのか。
 今度はアスルの服と同じ素材で作り直そう。
「それじゃあ、世話になったな。取り敢えず俺たちは一度アイレーリスに戻るよ」
 そう告げると、ルトヴィナは眉根を寄せた。
 そして、俺の腕を掴む。
 ……まだちょっと痛いんだけど。
「あの、何か?」
「アキラくん。まさか、また私との約束を忘れてしまったと言うつもりですか?」
 ……冷や汗が背中を伝う。
 ルトヴィナの瞳は、あのフォルスって魔族が獲物を狙うときに似ていた。
 逃れられないだろうという諦めに襲われる。

 俺はそれから丸三日、ルトヴィナの質問攻めに遭った。
 俺が異世界の人間であることからネムスギアのことまで、詳細にわたってルトヴィナに教えたことは言うまでもない。
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