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変身ヒーローと魔王の息子

伯爵の騎士団と迷子の行方

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 ジェシカが具体的に俺たちに求めたことは、情報を拡散させないこと。
 それだけだった。
 血判状でも用意しなければならないのかと思ったが、ジェシカは俺を信用すると言った。
 その時の表情がいつものジェシカだったから、俺もようやく安心した。
 エリーネがキャリーに報告することについては、特に口止めはしなかった。
 キャリーが伝説の武器を求めて冒険者を集めて試練を受けさせたりしたらどうするのか聞いたら、ギルドが裏取りをしない情報を信用する冒険者はいないと一笑に付された。
 しかも、それは俺のお陰だとつけ加えて。
「でもね、アキラくん。本当にそう思ってるんだとしたら、ちょっとキャロライン女王陛下のことを馬鹿にしてると思うわよ」
 鉱山の中盤くらいまで戻ったところでジェシカが言った。
「キャリーが伝説の武器を求めるってことがか?」
「だって、魔王も封印されてるのよ。そんなものをおいそれと世の中に発表できるわけないじゃない。国がひっくり返りかねないわ。クーデターどころのパニックじゃ済まされないわよ」
「……そうかな。キャリーってケルベロスのクリスタルだって興味津々だったし、伝説の武器ともなれば放ってはおけないんじゃ……」
「エリーネ伯爵はどう思いますか?」
 あえてなのか、ジェシカはそう呼んでエリーネに聞いた。
「……ジェシカさんの思ってる通りだと思います。私も、キャロライン女王陛下には報告するけど、復興の進んでる町の人たちにそんな情報は明かせません」
 地方を任せられた一伯爵としての顔を覗かせる。
「アキラくんの判断力って個人志向が強いわよね。やっぱり、そういう戦い方をしてきたからかな」
 こんな時でも、ジェシカは隠すことなく俺の分析を続けていた。
 このまま遣り込められっぱなしってのも性に合わない。
 せっかくだから一泡吹かせたくなった。
「そうだ。協力する見返りにギルドの情報を見せてもらえないか? 俺の知らない伝承もたくさん集められてるって言ってたろ」
「え……」
 ジェシカが面食らっていた。
 こう切り返されるとは思っていなかったのか。
 こっちだってただで協力する必要はないんだ。
「……それは、ギルドの世界本部に連れて行けと言うこと?」
「そこに情報が集められてるなら、そう言うことになるのかな」
「歓迎するわよ。ギルドとしては理念を理解してくれる上級冒険者の存在は心強いもの。でも、いいの? アキラくんが冒険者になったのは妹さんの捜索のためでしょ?」
 意外にもジェシカは喜んでいた。おまけに俺の心配までしてくれる。
 こういうところが、どうにも憎めないというか。
 殺伐とした雰囲気を見せられた後でも、ジェシカは信用してしまう。
 どれだけ見せてもらえるのかはわからないが、これで少しでもギルドの把握している情報が手に入るなら、悪い取り引きではないはずだ。
「そろそろ採掘場ですよ」
 終始ニコニコしながら話を聞いているだけだったヨミがそう言って足を速めた。
 ヨミは俺たちが神経戦を繰り広げていたなんてつゆほども思っていないんだろうな。
 中間地点の採掘場に入るとゴブリンたちが俺たちを出迎え、ゴブリンのリーダー夫婦が抱き合って喜んでいた。
「人間様、私の夫を無事送り届けてくださってありがとうございます」
 そう言ってリーダーの妻が深々と頭を下げた。
 俺は取り敢えずもうこの鉱山に魔物が現れることはないとだけ告げた。
 だが、ゴブリンたちはこの鉱山を出ると言う。
 鉱石ではゴブリンのエサにはならない。
 俺が残した魔物のクリスタルも一ヶ月分のエサにしかならないらしい。
 本来、ゴブリンは洞窟を好み、そこに現れる魔物や植物に宿る魔力をエサにして生きていると言うことだった。
 この鉱山から出て行くつもりなら、結局出口まで俺たちが案内する必要があった。
 なぜなら、この鉱山から出てくる魔物が町に行かないようにエリーネの雇った騎士団が出入り口を警戒している。
 俺とエリーネが鉱山の出入り口から外に出ると、まるで待っていたかのように騎士団が取り囲む。
「お帰りなさいませ、エリーネ卿」
「ただいま、コラード」
「エリーネ卿。鉱山の中はどうなっていたのですか? 魔物たちが現れる原因は?」
「そうね。今は問題は解決したとだけ伝えておきます。いずれ、詳細を明かさなければならないときもあるでしょうが、それで納得してください」
「はい! 畏まりました」
 コラードと呼ばれた男は敬礼をした。
「……エリーネ、ずいぶん聞き分けがいいけど、彼は?」
「紹介がまだだったわね。コラード、騎士団を整列させてください」
「はい!」
 コラードが再びビシッと効果音が聞こえてきそうな程の敬礼を見せ、騎士団を整列させた。
「彼らはこのクリームヒルト地方を守る騎士団です。そして、コラードはその団長なの」
「エリーネ卿のお仲間であるアキラ殿とヨミ殿のことは把握しております! よろしくお願いします!」
 がっちりとした体型に動きやすさを重視したような軽装の鎧を身につけている。
 髪は短く、キリッとした眉が印象的でどことなくスポーツマンのようなイメージを抱かせる。
 見た目に違わぬ暑苦しい雰囲気で力強く挨拶してきた。
「こ、こちらこそよろしく」
 ちょっと引き気味に言葉を返して一応挨拶代わりに握手を求めた。
「そ、そんな恐れ多い! アイレーリスの英雄に手を触れるなど、私には過ぎたことです!」
「そんなこと言わずに、仲良くしましょう。エリーネさんのお友達なら私たちともお友達です」
 やっぱり、ヨミは微妙な人間関係がわかっていない。
 騎士団ってことはエリーネが雇っているだけで友達ではないだろう。
 まあ、仲良くするってことには反対じゃないけど。
「え、エリーネ卿~」
 ヨミに詰め寄られて情けない声を出しながらコラードはエリーネに助けを求めていた。
「ヨミさん。コラードはと言うか……この騎士団は私たちのことをちょっと特別視してるからそれくらいにしてあげて」
「特別視?」
 気になったので口を挟んだ。
 すると、ちょっとため息をついてから目尻を下げてエリーネは話した。
「……なんて言うか、彼らは金華国の人なんだけど……魔族を倒してこの町を救った私たちをちょっと神格化してるというか……」
 嬉しいのか困ってるのかよくわからないような表情だった。
 しかし、それなら今は好都合だろう。
 エリーネに任せておけば騎士団をこの場から遠ざけることは簡単なはずだ。
 その間にゴブリンたちを町の外へ案内しよう。
 そのつもりで俺はエリーネと視線を交わしてうなずきあった。
「みんなにお願いがあるの」
 そうそうその調子。
「これからここにゴブリンの集団が出てくるけど、彼らは人間を襲ったりしないことを約束してくれているから、町の外まで案内して欲しいのよ」
「って、おい! 全部話す必要があるか!?」
 さすがに声を大きくしてツッコミを入れた。
 この世界の人間は取り敢えず魔物に対して倒すべきものだという認識だ。
 理解してくれる人間は多くない。
 いきなりそんなことを言えばどういうことになるか、想像すらしたくなかった。
「……ゴブリンの集団、ですか?」
 ほら、言わんこっちゃない。
 騎士たちは武器を握る手に力を込めたような気がした。
 ここからあいつらがまったく無害な存在であるとどうやってわかってもらう。
「ええ、そうよ。鉱山の探索でも役に立ってくれたし、町の外まで案内して欲しいのよ。適当な洞窟を探したいといってるわ」
「わかりました! 洞窟ですね? この辺りにゴブリンが住み着けそうな洞窟ってあったか?」
 コラードが元気よく返事をしたかと思ったら騎士団で相談し始めた。
 驚きのあまり声を出すことさえ忘れてしまった。
「みんな、出てきても大丈夫よ」
 エリーネがそう言うと、ゴブリンたちは恐る恐ると言った様子で一人ずつ鉱山の出入り口から出てきた。
 騎士団はその様子をほほ笑ましそうに見るだけで攻撃をするそぶりも見せない、と言うか敵意の欠片もない。
「どうなってるんだ?」
「だから、言ったじゃない。彼らは私たちのことを神格化してるって」
 騎士団の心中はわからない。ただ、エリーネの言うことには疑うこともなく完璧なまでに忠実に従うと言った。
「彼らだけじゃないわ。町の人も少なからず私のことを……ううん、たぶん……私たちのことを信用している」
 金華国の人々は良くも悪くも信じやすいってことだろうか。
 それって、危ういと思うけど。それに、問題の本質は解決していないような……。
「もっと自分の考えを持って主体的に行動するように教えてはいるわよ。でも、彼らのように洗脳教育を受けてきた人たちを根本から変えるのって難しいのよ。あまり、変革を与えるとそれはそれで自我を崩壊させてしまいかねないし」
「……その年でそこまで考えてるのか。伯爵ってのもやっぱり楽じゃないな」
「だからって放っては置けないわ。私たちが彼らの価値観を壊したことは間違いないし。もちろん、それが過ちではないと確信しているからこそ、私は伯爵として彼らと共に歩みたいと考えてるのよ」
 エリーネって確か年齢的には小学生とか中学生くらいだったよな。
 それなのに、ここまで考えて行動するのか。
 なんだか、ずいぶん遠くに行ってしまったような気になってくる。
「……ちょっと、変な目で見ないでよ」
「いや、大人になったんだなと思って」
「馬鹿にしてるでしょ」
 本気で褒めたのに、エリーネはへそを曲げてしまった。
 こういう仕草を見てる方がちょっと安心する。
「エリーネ卿。団員の一人が北西に小さな洞窟があると言っているので、そちらまで案内しようと思います」
「ええ、それは任せます。それから、彼らを討伐しようとするものが現れたら私の名を使ってそれを阻止してください。その洞窟にはなるべく一般の方が近づかないようにしておきましょう」
 エリーネは後で地方の条例として制定しておいた方が良いかなとつぶやいていた。
 こうして、本当に騎士団に守られながらゴブリンたちは町を出た。
 俺たちはそれを町の外まで見届けた。
 クリームヒルト地方に住む人々は、エリーネが呼びかければそれだけで魔物とも共生できるんじゃないか。
 ま、世の中全部がそう簡単に変わるとは思ってないけどさ。
 ジェシカは最後まで彼らに厳しい視線を送っていた。
「……人間に害を及ぼさない魔物を討伐することは、ギルドの理念に叶っていると言えるか?」
「わかってるわよ。あのゴブリンたちは見逃してあげるわ。私だって、アキラくんたちと敵対したいわけじゃないって言ってるでしょ」
 俺の警告は正しく伝わっていた。
 いずれ、ジェシカにもヨミやアスルの正体を明かせるときが来ればいいんだけど……。
「そうだ! アスルのこと忘れてた! あいつ大人しく勉強してるかな」
「さあ? でも、私の書いた教科書を熱心に読んでいたから、少しは魔法も使えるようになってるかも知れないわよ」
 エリーネが挑戦的に笑う。
 ヨミに続いて二人目の生徒と言ったところか。
 しかし、アスルが読んでいたのはエリーネが書いた魔法の教科書だったのか。
 俺はエリーネの屋敷に置いてきたアスルのことを考えながら帰路についた。
 その途中で、
「それじゃ、悪いけど私は一旦クリームヒルトのギルド支部に行くわね。いろいろ報告しなければならないこともあるし」
 ジェシカはそう言って俺たちと別れた。
「エリーネもこの後が大変だな」
「言わないでくれる。どこからどう話そうか考えてるんだから」
 うんざりしたような顔をさせて深いため息をついた。
 屋敷に戻るや否や、俺とヨミはアスルの部屋に向かった。
「アスル、置いていって悪かったな。でも、気持ちよさそうに寝てたから……」
 引き戸を開けながらそう言うが、反応はない。
 と言うか、アスルの姿は部屋の中になかった。
 本は全て綺麗に並べて部屋の端に詰まれていた。
「アスラフェルくん? どこですか?」
 ヨミが廊下に向かって呼びかけるが、もちろん声は返ってこない。
「ったく、しょうがねえ。どっか町にでも行ったんだろ」
 ここで待っていても、帰ってくるとは思うが……。
 俺は捜しに行くことにした。
 ……一応、保護者だからな。
「ヨミはここで待ってろ。もし帰ってきたら一言怒ってやってくれ」
「アキラは?」
「町に行ってみる」
「私も、捜しに行きます!」
「いや、それだと行き違いになるかも知れないだろ」
「でしたら、アキラがこの屋敷で待っていてください。エリーネさんなら私の魔法水晶に呼びかけられますから、見つかったらすぐに連絡できます」
 ヨミの方が論理的で説得力があった。
 ……待つってのはどうも苦手だが、ヨミに任せた方が良いか。
「わかった。町の方は任せる。俺は屋敷の中でアスルを見なかったか聞き込みをしてみる」
「はい! お願いします!」
 言うが速いかヨミは駆けていった。
 取り敢えず屋敷の中を歩く、すると見知ったメイドを見つけた。
「あ、ちょっと。イザベラ!」
 呼びながら駆け寄る。
 イザベラはキョトンとして首をかしげた。
「何でしょうか? 御夕飯の用意でしたら、エリーネ伯爵様とご一緒できるように用意させていますが」
「そうじゃないんだ。俺たちと一緒にこの屋敷に来た男の子いたろ。アスラフェルって言うんだけど」
「エリーネ伯爵様と同じくらいの年頃のですか?」
「そうそう。さっき部屋を見たらいなかったんだ。どこかで見かけなかったか?」
「……見かけましたよ」
「本当か!? どこで!?」
 いきなり情報ゲット。
 これは、町に行ったヨミよりも俺の方が早く見つけられそうだ。
「三十分か一時間くらい前でしたか、魔法の勉強が終わって退屈だから兄ちゃんを捜しに行くとか……」
 それじゃ、まさか……鉱山に向かったのか?
 微妙な時間帯だ。
 ちょうどゴブリンのことも片づいて町の外まで見送りに行っていたくらいの時間だ。
 そうなると、行き違いに鉱山に入った可能性は否定できない。
 最深部まで、邪魔をするものはいない。
 アスル一人ならすぐにでも到達してしまうかも知れない。
 もし、アスルがゴーレムに出会ったら……。
 いや、それだけじゃない。
 伝説の剣とそれに封印されている魔王に気付いたら……。
 嫌な想像が頭を離れない。
「イザベラ、エリーネの部屋へ案内してくれ!」
「え? ですが今、お嬢様は女王陛下と大切なお話があると言って……」
「それどころじゃない! このことをエリーネに伝えないと、最悪この町がなくなるぞ!」
 それはほとんど誇張表現だったが、実際に魔王の封印が解かれたりしたら何が起こるのか、もはや俺の想像の及ばない事態になることは間違いない。
 俺の剣幕に押されるように、イザベラはすぐに俺をエリーネの部屋に案内した。
「エリーネ! 緊急事態だ!」
「ちょっと、アキラ!? 今、誰と話をしてると――」
 エリーネは魔法水晶に向かい合って正座していた。
 そこに誰が映し出されているのか一瞥しただけですぐにわかる。
 俺は魔法水晶の前に立ってキャリーに謝った。
「キャリー。本当に申し訳ない。エリーネの報告を聞くのは後にして欲しい。このことも俺がちゃんと報告する。だから今は何も聞かずに魔法水晶を切ることを許してくれ」
「わかったわ。アキラがそこまで言うなら相当のことなのね。でも、本当にちゃんと教えなさいよ」
 そこまで言うと魔法水晶の画面が真っ暗になった。
 キャリーの方から魔法水晶の魔力を送ることを停止したということだ。
「エリーネ、俺の魔法水晶を持ってるヨミを呼び出してくれ
「何なのよ、まったく……」
 そう言いながらもすぐにヨミを呼び出す。
「アキラ! アスラフェルくんが帰ってきたのですか?」
「そうじゃない。最悪の事態になりそうだ。アスルが、一人で鉱山に入った可能性が高い」
 俺の話を横で聞いていたエリーネも言葉を失っていた。
「ヨミ、すぐに鉱山へ向かってくれ。俺も行く。入り口で合流しよう」
「はい!」
 魔法水晶が切れると、エリーネはまた冒険するときの服装を準備していた。
「着替えるから廊下で待ってて。私も行くわ」

 俺たちは鉱山の入り口に再び集合した。
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