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変身ヒーローと未知の国
女王と魔王
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例の扉の前まで来たところで、俺はマーシャに聞いた。
「そう言えば、この扉ってエルフの国のものを持っていないとは入れないんだろ? 俺はマーシャにもらった鍵があるから良いとしても、ヨミは入れないんじゃ……」
「そうでしたね。では、アキラさんに渡した鍵を魔王に渡してあげてください」
「……あの、出来れば私のことは名前で呼んでいただきたいんですけど……」
「拒否します。私にとってあなたは敵ですから。馴れ合うつもりはありません」
はっきりとそう言われてしまっては、ヨミも苦笑いを返すしかなかった。
俺は言われた通りにヨミに家の鍵を渡す。
「こうなると、今度は俺が入れない気がするけど」
「それは問題ありません。私と手を繋いでいれば結界を通れます」
そう言って差し出した手を掴んだのは、ヨミだった。
「……何のつもりですか?」
「手を掴めば結界を通れるなら、私があなたと手を繋げばいいじゃありませんか。アキラの手を取る必要はありません」
マーシャはヨミの手を思いきり振り払いながらも微笑みは絶やさなかった。
「なぜ私が魔王と手を繋がなければならないのですか? ここで私たちが無駄に争えば、困るのはアキラさんですよ」
「…………」
冷静な物言いに、ヨミは返す言葉を失っていた。
「ア、アキラ~」
泣きつくかのように体を寄せる。
魔王として覚醒しても、性格までは変わらないようだ。
「もう面倒だからこのまま行くぞ」
そう言うと、マーシャが俺の手を握って、ヨミは残った腕に絡みつきながら扉の中に入った。
「マーシャ、ずいぶん早かったわね。やっぱりアキラの――」
出迎えたと言うよりは、俺を送ったときのままそこにいただけのフィリーがマーシャと俺を順番に見て、ヨミを見たところで目を丸くさせた。
「そいつまさか――」
「スリープアンジェラス」
いつのまにか呪文を唱え終えていたマーシャがフィリーに魔法を放った。
すると、フィリーは目を閉じて車に寄りかかるようにして寝てしまった。
「おいおい、何とかするって言ったけど、有無を言わさず魔法で眠らせるってことだったのか?」
「説明してもきっと言い争いにしかなりません。そんなくだらないことに使う時間があったら、こうした方が早いですし」
そう言うとマーシャは眠っているフィリーを助手席に乗せていた。
「アキラさんと魔王は後ろの座席に乗ってください。車は私が運転します」
マーシャは運転席に乗ってそそくさとシートベルトも着用している。
「あの、これって一体……?」
ヨミは初めて見る車に困惑していた。
「馬車のようなものだ。俺の世界の乗り物で、車って言う」
「ですが、この乗り物を動かす馬はいないようですが……魔法道具だとしたら、魔力を感じないのはおかしいですし……」
「これは機械と電気で動かす乗り物だ。電力という燃料は必要だけど、動物も魔力も必要ない」
「そうなんですか? それであの、どうやって乗ったら……」
俺はまるで執事のごとくドアを開けて見せた。
「あ、そこが開くようになってるんですね」
「どうぞ。レディーファーストってヤツだな」
車の中に手を向けて乗るように促す。
ヨミはおっかなびっくりといった感じで体を車の中へ入れた。
ヨミがちゃんと座ったことを確認して、ドアを閉める。
俺は反対側に回って車に乗り込んだ。
「それでは、出発します」
マーシャの運転はフィリーと違って静かなものだった。
それなのに、女王の城に辿り着くまでにかかった時間はフィリーの時よりもほんの五分ほど遅いだけだった。
あれだけスピードを出して乱暴に運転しているフィリーと大きく時間に差がないと言うことは、マーシャの要領が良いんだろう。
地下駐車場に車を止め、フィリーを車に残したまま俺たちはエレベーターに乗った。
これにもヨミは驚いていたが、俺がまったく警戒していないからヨミも特に気にすることなく乗り込んだ。
俺たちは無言のまま謁見の間へ向かう。
マーシャが前に出て扉の横にあるインターホンを押すと、やはりスピーカーから「どうぞ、お入りになって」と声が聞こえてきた。
しかし、マーシャは扉の取っ手を握ったまま動きを止めた。
「どうしたんだ?」
「アキラさん。もし、女王様が魔王と戦うことになった場合、私は女王様の味方をします。出来れば、アキラさんには戦って欲しくありませんが……」
「俺も女王とは戦いたくない。ネムスギアに力を貸してくれたし、聞きたいこともある。だが、ヨミを傷つけることは許さない」
「……ですよね……」
「その場合はこの国から逃げるさ。話し合いが出来ないなら、留まる理由もない」
「わかりました」
マーシャは何か意を決したような瞳をさせて、扉を開けた。
女王はいつものように玉座に座って出迎えた。
俺たちは揃って女王の前に出る。
「ただいま戻りました」
マーシャが跪いてそう言った。
「ええ、よく戻りました。今回は近衛隊にもほとんど被害を出さなかったようですね」
「は、はい……それはその、アキラさんと……魔王が私たちに協力をしてくれたお陰で……」
ほとんど最後は消え入りそうな声だった。
「マーシャ。そこから先は俺から説明するから」
「そうですね。そうしていただきましょう」
女王がそう言うと、マーシャはいつもフィリーがしているように女王の側で仕えるようにして立った。
「何から説明すれば良い?」
「アキラさん。魔王とのことには決着を付けるという約束だったと思いましたが」
「決着は付いたさ。ヨミは俺の仲間だし、人間もエルフも襲わない。俺の個人的な話も受け入れてくれたし、これ以上にない決着だと思う」
「……フフッ……面白いことを言いますね。それで私たちが納得すると思っていますか?」
「ああ、納得してくれると信じてる」
「なぜそこまで言い切れるのですか。私たちエルフと魔族は対の存在。わかり合うことなど、ありえないはずです」
「それでも、女王は信じてくれる。俺のことを調べていたなら、ヨミの今までの行動だってわかってるはずだ。それを知っていても、ヨミがエルフにとって倒さなければならない存在だというのか?」
「……確かに、ヨミという名の上級冒険者の働きはアキラさんと同様に認められると思います」
「それだけじゃない。他のエルフたちの気持ちはわからないが、女王は魔王を討伐しろとは言わなかった。俺も話し合いで理解し合える者同士なら、殺し合いをする必要はないと思う」
真っ直ぐに女王を見つめる。
彼女の瞳はマーシャよりも何を考えているのかわからない。
表情も、微笑みを浮かべたまま変わらなかった。
そんな俺と女王を交互にヨミは見て、一歩前に出た。
少しだけ緊張感が走る。
マーシャはすぐにでも戦えるかのように構えていた。
ヨミは気をつけの姿勢のまま腰を九十度曲げて頭を下げた。
「……どういう、意味でしょうか?」
ヨミが頭を下げた理由は俺にもわからなかった。
女王の言葉を受けて、ヨミは真っ直ぐに立っていった。
「アキラを保護していただきありがとうございました」
「……保護? 私は、彼をマーシャに監視させていただけですよ」
「魔王との戦いで傷ついたアキラを助けていただいたことに変わりはありません。私にとって、アキラは自分の命よりも大切な人です。行方がわからなくなったときはこの身が引き裂かれたような気持ちを味わいました。本当に、無事でよかったです」
「あなたは本当に、アキラさんを愛しているのですね……」
「はい!」
「魔物であるあなたがなぜ、人間のアキラさんを大切に思えるのでしょうか?」
「わかりません。最初は、他の人間のようにわかり合えないと思っていました。ですが、彼は誤解していたことを謝り私の気持ちを理解して、命まで救ってくれた。そして、私の心はいつのまにかアキラさんを中心に考えるようになっていたのです」
「種族の違いは、考えなかったのですか?」
「アキラにも言いましたが、私は彼の心に惹かれました。それ以外のことは些細なことではありませんか」
「……それはとても自然なことで、とても難しいことです……」
謁見の間に漂う緊張感はいつしか消えていた。
マーシャは構えを解いたが、変わらず冷静な表情は保っている。
女王のヨミを見る瞳からは慈しむような優しささえ感じられた。
「アキラさんは良い方に恵まれたようですね」
「そう言われると照れるけど」
「ですが、こちらのマーシャもそういう意味では負けていませんよ。結論を出すのは、マーシャのことをもっと知ってからにできませんか?」
「いや、それはさすがに……」
俺はヨミが好きだとはっきりしたわけで、ヨミも俺が彰でなくても構わないと言ってくれた。
他の女が入り込む余地はない。
「別に、一番はヨミさんでも構いませんよ。二番でも一緒にいてあげられませんか?」
さらに食い下がって女王はとんでもないことを言う。
忘れていたが、エルフには人間の常識や価値観と大きく違っているところがあった。
特に、男女の付き合いは大雑把。人口が少ないという事情も絡んでいて、複数で子作りをすることが当たり前だとか。
無論、俺の心や倫理観では到底受け入れられるものじゃない。
「この前は有耶無耶になったけど、はっきり言って俺はヨミ以外と付き合う気も結婚する気もない」
「ではなぜ、私と同棲を続けることにしたのですか?」
それまで黙っていたマーシャが声を上げた。
「何度も言うけど、共同生活な。一つは、興味本位だよ。あの時の俺は監視されるような存在だと思っていなかった。自分では価値がないと思ってるのに、どうして監視するのか興味があった」
「……やはり、アキラさんはご自分のことを過小評価されているようですね」
自分を大地彰だと思い込んでいたときのような、根拠のない自信がないからだと思う。
だから、ヨミを探すことにも躊躇いがあった。
拒絶されるかも知れない恐怖に、俺の心が負けていたんだ。
「一つは、と言うことはそれ以外にも私と同棲する理由があったと言うことですか?」
「このことはマーシャにもヨミにも悪いが、この際だからはっきり言っておく。俺はもうこの世界と関わることから逃げるつもりだった。ここで穏やかな日常を送ってそれで終わっても良いかなと思っていたんだ」
「でも、私を助けに来てくれました」
「そういう意味ではマーシャたちのお陰だ。世界に諦めていても、大切な人のために戦うことは止めない。俺も自分が何者なのか、気にならないわけじゃない。だけど、それとは関係なく傷つけられようとしてる誰かや、苦しんでいる誰かを放っておくことは出来ない。その気持ちは俺のものだと気付いたんだ」
「私のために、とは言ってくれないんですね」
「マーシャじゃなくても助けに行ったと思う」
「……アキラさんの気持ちはわかりました。女王様、お話中に割り込んでしまって申し訳ありませんでした」
マーシャは女王に一礼し、再び元の位置に戻る。
すると、女王は玉座から立ち上がり、ヨミに近づいた。
「魔王――いえ、ヨミさん。私はエルフの女王としてあなたのことを認めます。今後はアキラさんと同じように、エルフの国へ自由に出入りしていただいて構いません」
そう言って手を差し出す。
ヨミは女王と固い握手を交わした。
あまり、その事の意味はよくわかっていないような様子だったが……。
エルフの女王と魔王が手を組むって、この世界の行く末にとってとても重要なことのような気がした。
「さて、それでは私がアキラさんとの約束を守る番ですね」
エルフの女王だけが知る全ての情報を明かす。
「まず、そうですね……。私がアキラさんに希望を見出した理由を教えましょう」
「そうだな、俺を調査したり監視させたりしていたってことは、最初は俺のことを疑っていたってことだよな。どうして、信じることにしたのか、気になるところだ」
「ええ、その通りです。私はあなたが、この世界を救うための存在だと思っていました」
微妙な空気が漂う。
このことはマーシャも知らされていなかったのか、女王を見ていた。
表情は冷静さを保てていても、さすがにその反応は抑えられなかったようだ。
もちろん、俺は女王の言っていることの意味がよくわからなかったし、ヨミだけが微笑んでいるがそれはヨミが話の内容をよくわかっていないだけだと思う。
「それが何か問題なのか? 女王の想像はあまり間違っていないと思うぞ。現に、俺は魔王の一人も倒したわけだし」
「世界の理を覚えていますよね」
今までのマーシャや女王の話を総合すると、
「人間が魔族との戦争に勝って世界が平和になると、世界は終焉を迎える」
「そして、世界は再び一定の時間を遡って再構築されます。つまり、世界が救われてしまうと今までと変わらないのです」
「それじゃ、俺はこの世界を救ってはいけないと言うことか?」
「いいえ、違います。そもそもその前提が間違っているのです。私はアキラさんが救世主だと思っていた、と言いました」
「そうか。女王はそれを否定したから俺を信じることにした」
「はい。あなたはこの世界の救世主ではなかった」
「魔王を倒したのにか?」
「ですが、魔王は減っていません。アキラさんが倒したことによって、別の魔王が覚醒した。その事もアキラさんが救世主ではないと言うことの裏付けにもなっているのです」
別の魔王というのがヨミであることは明白だ。
そして、エルフの女王はこの世界を救う者の存在を警戒している。
「救世主というのは何者なんだ?」
「……わかりません。いえ、他のことは覚えているのですが、それだけはどうしても思い出せないのです。誰が、人間と魔族の戦争を終結させたのかだけは……」
「他のことって言うのは?」
「そうですね。魔王という存在は、倒されても数を減らさない。伝説の武器に選ばれた勇者であっても、同じなのですが……救世主だけは、魔王という存在の数を減らすことが出来る」
「どうして!?」
「……私の推測は、全てを明かした後でお話しします。今は私が覚えていることをアキラさんに伝えたいと思っています。出来れば、アキラさんにも考えていただきたいのです。私の感想や推測がアキラさんの思考に方向性を与えたくありません」
俺は、再び妹の言葉を思い出した。
――この世界の理と真実を理解してください、か。
教えてもらった情報じゃダメなんだろうな。
「先ほど、伝説の武器を持つ勇者では魔王の数を減らせないと申し上げましたが、それがどういうことになるかわかりますか?」
「倒しても減らないってことは、戦い続けることになる」
「はい。つまり、勇者では決して魔王には勝てないと言うことです」
事実上、魔王を倒せるのは救世主だけだとしたら、
「それじゃまるで、救世主のためのかませ犬じゃないか」
「ええ、私もそう思います。勇者に選ばれるものは往々にして心に鬱屈を抱えた人間が多い。伝承に書かれているように、虐げられていたものや、見向きもされなかったもの、己の欲望にたいして実力が伴わないもの。勇者たちは選ばれたことに愉悦を感じ、嬉々として魔王たちと戦いを繰り広げます。そして、人々も彼らを賞賛しますが……やがて、気付くのです。倒しても新たに生まれ続ける魔王を滅ぼすことは出来ない、と」
「そこに、救世主とやらが現れて魔王を確実に減らす」
そして、救世主が人間を勝利に導き、そこでこの世界は終焉を迎える。
「私は永遠に平和の先へ向かうことの出来ないこの世界のことを調べるため、エルフの国を隔離して世界を調査しました。その調査の中で、異世界の存在に気がついたのです」
「救世主は、異世界の人間なのか? あ、いや。覚えていないんだったな」
「申し訳ありません。一つだけはっきりしていることは、この世界には明らかに文化や文明の違う国があります。この町はその国の町を参考にして造り上げたのです。ですから、異世界というものが存在するのだと確信しました」
「この世界に、ここと同じような文明や文化を持つ国がある?」
心当たりが一つあった。
それはもちろん、彰の妹がいる……。
「大陸の北西に位置する島国――ウォルカ王国です」
「そう言えば、この扉ってエルフの国のものを持っていないとは入れないんだろ? 俺はマーシャにもらった鍵があるから良いとしても、ヨミは入れないんじゃ……」
「そうでしたね。では、アキラさんに渡した鍵を魔王に渡してあげてください」
「……あの、出来れば私のことは名前で呼んでいただきたいんですけど……」
「拒否します。私にとってあなたは敵ですから。馴れ合うつもりはありません」
はっきりとそう言われてしまっては、ヨミも苦笑いを返すしかなかった。
俺は言われた通りにヨミに家の鍵を渡す。
「こうなると、今度は俺が入れない気がするけど」
「それは問題ありません。私と手を繋いでいれば結界を通れます」
そう言って差し出した手を掴んだのは、ヨミだった。
「……何のつもりですか?」
「手を掴めば結界を通れるなら、私があなたと手を繋げばいいじゃありませんか。アキラの手を取る必要はありません」
マーシャはヨミの手を思いきり振り払いながらも微笑みは絶やさなかった。
「なぜ私が魔王と手を繋がなければならないのですか? ここで私たちが無駄に争えば、困るのはアキラさんですよ」
「…………」
冷静な物言いに、ヨミは返す言葉を失っていた。
「ア、アキラ~」
泣きつくかのように体を寄せる。
魔王として覚醒しても、性格までは変わらないようだ。
「もう面倒だからこのまま行くぞ」
そう言うと、マーシャが俺の手を握って、ヨミは残った腕に絡みつきながら扉の中に入った。
「マーシャ、ずいぶん早かったわね。やっぱりアキラの――」
出迎えたと言うよりは、俺を送ったときのままそこにいただけのフィリーがマーシャと俺を順番に見て、ヨミを見たところで目を丸くさせた。
「そいつまさか――」
「スリープアンジェラス」
いつのまにか呪文を唱え終えていたマーシャがフィリーに魔法を放った。
すると、フィリーは目を閉じて車に寄りかかるようにして寝てしまった。
「おいおい、何とかするって言ったけど、有無を言わさず魔法で眠らせるってことだったのか?」
「説明してもきっと言い争いにしかなりません。そんなくだらないことに使う時間があったら、こうした方が早いですし」
そう言うとマーシャは眠っているフィリーを助手席に乗せていた。
「アキラさんと魔王は後ろの座席に乗ってください。車は私が運転します」
マーシャは運転席に乗ってそそくさとシートベルトも着用している。
「あの、これって一体……?」
ヨミは初めて見る車に困惑していた。
「馬車のようなものだ。俺の世界の乗り物で、車って言う」
「ですが、この乗り物を動かす馬はいないようですが……魔法道具だとしたら、魔力を感じないのはおかしいですし……」
「これは機械と電気で動かす乗り物だ。電力という燃料は必要だけど、動物も魔力も必要ない」
「そうなんですか? それであの、どうやって乗ったら……」
俺はまるで執事のごとくドアを開けて見せた。
「あ、そこが開くようになってるんですね」
「どうぞ。レディーファーストってヤツだな」
車の中に手を向けて乗るように促す。
ヨミはおっかなびっくりといった感じで体を車の中へ入れた。
ヨミがちゃんと座ったことを確認して、ドアを閉める。
俺は反対側に回って車に乗り込んだ。
「それでは、出発します」
マーシャの運転はフィリーと違って静かなものだった。
それなのに、女王の城に辿り着くまでにかかった時間はフィリーの時よりもほんの五分ほど遅いだけだった。
あれだけスピードを出して乱暴に運転しているフィリーと大きく時間に差がないと言うことは、マーシャの要領が良いんだろう。
地下駐車場に車を止め、フィリーを車に残したまま俺たちはエレベーターに乗った。
これにもヨミは驚いていたが、俺がまったく警戒していないからヨミも特に気にすることなく乗り込んだ。
俺たちは無言のまま謁見の間へ向かう。
マーシャが前に出て扉の横にあるインターホンを押すと、やはりスピーカーから「どうぞ、お入りになって」と声が聞こえてきた。
しかし、マーシャは扉の取っ手を握ったまま動きを止めた。
「どうしたんだ?」
「アキラさん。もし、女王様が魔王と戦うことになった場合、私は女王様の味方をします。出来れば、アキラさんには戦って欲しくありませんが……」
「俺も女王とは戦いたくない。ネムスギアに力を貸してくれたし、聞きたいこともある。だが、ヨミを傷つけることは許さない」
「……ですよね……」
「その場合はこの国から逃げるさ。話し合いが出来ないなら、留まる理由もない」
「わかりました」
マーシャは何か意を決したような瞳をさせて、扉を開けた。
女王はいつものように玉座に座って出迎えた。
俺たちは揃って女王の前に出る。
「ただいま戻りました」
マーシャが跪いてそう言った。
「ええ、よく戻りました。今回は近衛隊にもほとんど被害を出さなかったようですね」
「は、はい……それはその、アキラさんと……魔王が私たちに協力をしてくれたお陰で……」
ほとんど最後は消え入りそうな声だった。
「マーシャ。そこから先は俺から説明するから」
「そうですね。そうしていただきましょう」
女王がそう言うと、マーシャはいつもフィリーがしているように女王の側で仕えるようにして立った。
「何から説明すれば良い?」
「アキラさん。魔王とのことには決着を付けるという約束だったと思いましたが」
「決着は付いたさ。ヨミは俺の仲間だし、人間もエルフも襲わない。俺の個人的な話も受け入れてくれたし、これ以上にない決着だと思う」
「……フフッ……面白いことを言いますね。それで私たちが納得すると思っていますか?」
「ああ、納得してくれると信じてる」
「なぜそこまで言い切れるのですか。私たちエルフと魔族は対の存在。わかり合うことなど、ありえないはずです」
「それでも、女王は信じてくれる。俺のことを調べていたなら、ヨミの今までの行動だってわかってるはずだ。それを知っていても、ヨミがエルフにとって倒さなければならない存在だというのか?」
「……確かに、ヨミという名の上級冒険者の働きはアキラさんと同様に認められると思います」
「それだけじゃない。他のエルフたちの気持ちはわからないが、女王は魔王を討伐しろとは言わなかった。俺も話し合いで理解し合える者同士なら、殺し合いをする必要はないと思う」
真っ直ぐに女王を見つめる。
彼女の瞳はマーシャよりも何を考えているのかわからない。
表情も、微笑みを浮かべたまま変わらなかった。
そんな俺と女王を交互にヨミは見て、一歩前に出た。
少しだけ緊張感が走る。
マーシャはすぐにでも戦えるかのように構えていた。
ヨミは気をつけの姿勢のまま腰を九十度曲げて頭を下げた。
「……どういう、意味でしょうか?」
ヨミが頭を下げた理由は俺にもわからなかった。
女王の言葉を受けて、ヨミは真っ直ぐに立っていった。
「アキラを保護していただきありがとうございました」
「……保護? 私は、彼をマーシャに監視させていただけですよ」
「魔王との戦いで傷ついたアキラを助けていただいたことに変わりはありません。私にとって、アキラは自分の命よりも大切な人です。行方がわからなくなったときはこの身が引き裂かれたような気持ちを味わいました。本当に、無事でよかったです」
「あなたは本当に、アキラさんを愛しているのですね……」
「はい!」
「魔物であるあなたがなぜ、人間のアキラさんを大切に思えるのでしょうか?」
「わかりません。最初は、他の人間のようにわかり合えないと思っていました。ですが、彼は誤解していたことを謝り私の気持ちを理解して、命まで救ってくれた。そして、私の心はいつのまにかアキラさんを中心に考えるようになっていたのです」
「種族の違いは、考えなかったのですか?」
「アキラにも言いましたが、私は彼の心に惹かれました。それ以外のことは些細なことではありませんか」
「……それはとても自然なことで、とても難しいことです……」
謁見の間に漂う緊張感はいつしか消えていた。
マーシャは構えを解いたが、変わらず冷静な表情は保っている。
女王のヨミを見る瞳からは慈しむような優しささえ感じられた。
「アキラさんは良い方に恵まれたようですね」
「そう言われると照れるけど」
「ですが、こちらのマーシャもそういう意味では負けていませんよ。結論を出すのは、マーシャのことをもっと知ってからにできませんか?」
「いや、それはさすがに……」
俺はヨミが好きだとはっきりしたわけで、ヨミも俺が彰でなくても構わないと言ってくれた。
他の女が入り込む余地はない。
「別に、一番はヨミさんでも構いませんよ。二番でも一緒にいてあげられませんか?」
さらに食い下がって女王はとんでもないことを言う。
忘れていたが、エルフには人間の常識や価値観と大きく違っているところがあった。
特に、男女の付き合いは大雑把。人口が少ないという事情も絡んでいて、複数で子作りをすることが当たり前だとか。
無論、俺の心や倫理観では到底受け入れられるものじゃない。
「この前は有耶無耶になったけど、はっきり言って俺はヨミ以外と付き合う気も結婚する気もない」
「ではなぜ、私と同棲を続けることにしたのですか?」
それまで黙っていたマーシャが声を上げた。
「何度も言うけど、共同生活な。一つは、興味本位だよ。あの時の俺は監視されるような存在だと思っていなかった。自分では価値がないと思ってるのに、どうして監視するのか興味があった」
「……やはり、アキラさんはご自分のことを過小評価されているようですね」
自分を大地彰だと思い込んでいたときのような、根拠のない自信がないからだと思う。
だから、ヨミを探すことにも躊躇いがあった。
拒絶されるかも知れない恐怖に、俺の心が負けていたんだ。
「一つは、と言うことはそれ以外にも私と同棲する理由があったと言うことですか?」
「このことはマーシャにもヨミにも悪いが、この際だからはっきり言っておく。俺はもうこの世界と関わることから逃げるつもりだった。ここで穏やかな日常を送ってそれで終わっても良いかなと思っていたんだ」
「でも、私を助けに来てくれました」
「そういう意味ではマーシャたちのお陰だ。世界に諦めていても、大切な人のために戦うことは止めない。俺も自分が何者なのか、気にならないわけじゃない。だけど、それとは関係なく傷つけられようとしてる誰かや、苦しんでいる誰かを放っておくことは出来ない。その気持ちは俺のものだと気付いたんだ」
「私のために、とは言ってくれないんですね」
「マーシャじゃなくても助けに行ったと思う」
「……アキラさんの気持ちはわかりました。女王様、お話中に割り込んでしまって申し訳ありませんでした」
マーシャは女王に一礼し、再び元の位置に戻る。
すると、女王は玉座から立ち上がり、ヨミに近づいた。
「魔王――いえ、ヨミさん。私はエルフの女王としてあなたのことを認めます。今後はアキラさんと同じように、エルフの国へ自由に出入りしていただいて構いません」
そう言って手を差し出す。
ヨミは女王と固い握手を交わした。
あまり、その事の意味はよくわかっていないような様子だったが……。
エルフの女王と魔王が手を組むって、この世界の行く末にとってとても重要なことのような気がした。
「さて、それでは私がアキラさんとの約束を守る番ですね」
エルフの女王だけが知る全ての情報を明かす。
「まず、そうですね……。私がアキラさんに希望を見出した理由を教えましょう」
「そうだな、俺を調査したり監視させたりしていたってことは、最初は俺のことを疑っていたってことだよな。どうして、信じることにしたのか、気になるところだ」
「ええ、その通りです。私はあなたが、この世界を救うための存在だと思っていました」
微妙な空気が漂う。
このことはマーシャも知らされていなかったのか、女王を見ていた。
表情は冷静さを保てていても、さすがにその反応は抑えられなかったようだ。
もちろん、俺は女王の言っていることの意味がよくわからなかったし、ヨミだけが微笑んでいるがそれはヨミが話の内容をよくわかっていないだけだと思う。
「それが何か問題なのか? 女王の想像はあまり間違っていないと思うぞ。現に、俺は魔王の一人も倒したわけだし」
「世界の理を覚えていますよね」
今までのマーシャや女王の話を総合すると、
「人間が魔族との戦争に勝って世界が平和になると、世界は終焉を迎える」
「そして、世界は再び一定の時間を遡って再構築されます。つまり、世界が救われてしまうと今までと変わらないのです」
「それじゃ、俺はこの世界を救ってはいけないと言うことか?」
「いいえ、違います。そもそもその前提が間違っているのです。私はアキラさんが救世主だと思っていた、と言いました」
「そうか。女王はそれを否定したから俺を信じることにした」
「はい。あなたはこの世界の救世主ではなかった」
「魔王を倒したのにか?」
「ですが、魔王は減っていません。アキラさんが倒したことによって、別の魔王が覚醒した。その事もアキラさんが救世主ではないと言うことの裏付けにもなっているのです」
別の魔王というのがヨミであることは明白だ。
そして、エルフの女王はこの世界を救う者の存在を警戒している。
「救世主というのは何者なんだ?」
「……わかりません。いえ、他のことは覚えているのですが、それだけはどうしても思い出せないのです。誰が、人間と魔族の戦争を終結させたのかだけは……」
「他のことって言うのは?」
「そうですね。魔王という存在は、倒されても数を減らさない。伝説の武器に選ばれた勇者であっても、同じなのですが……救世主だけは、魔王という存在の数を減らすことが出来る」
「どうして!?」
「……私の推測は、全てを明かした後でお話しします。今は私が覚えていることをアキラさんに伝えたいと思っています。出来れば、アキラさんにも考えていただきたいのです。私の感想や推測がアキラさんの思考に方向性を与えたくありません」
俺は、再び妹の言葉を思い出した。
――この世界の理と真実を理解してください、か。
教えてもらった情報じゃダメなんだろうな。
「先ほど、伝説の武器を持つ勇者では魔王の数を減らせないと申し上げましたが、それがどういうことになるかわかりますか?」
「倒しても減らないってことは、戦い続けることになる」
「はい。つまり、勇者では決して魔王には勝てないと言うことです」
事実上、魔王を倒せるのは救世主だけだとしたら、
「それじゃまるで、救世主のためのかませ犬じゃないか」
「ええ、私もそう思います。勇者に選ばれるものは往々にして心に鬱屈を抱えた人間が多い。伝承に書かれているように、虐げられていたものや、見向きもされなかったもの、己の欲望にたいして実力が伴わないもの。勇者たちは選ばれたことに愉悦を感じ、嬉々として魔王たちと戦いを繰り広げます。そして、人々も彼らを賞賛しますが……やがて、気付くのです。倒しても新たに生まれ続ける魔王を滅ぼすことは出来ない、と」
「そこに、救世主とやらが現れて魔王を確実に減らす」
そして、救世主が人間を勝利に導き、そこでこの世界は終焉を迎える。
「私は永遠に平和の先へ向かうことの出来ないこの世界のことを調べるため、エルフの国を隔離して世界を調査しました。その調査の中で、異世界の存在に気がついたのです」
「救世主は、異世界の人間なのか? あ、いや。覚えていないんだったな」
「申し訳ありません。一つだけはっきりしていることは、この世界には明らかに文化や文明の違う国があります。この町はその国の町を参考にして造り上げたのです。ですから、異世界というものが存在するのだと確信しました」
「この世界に、ここと同じような文明や文化を持つ国がある?」
心当たりが一つあった。
それはもちろん、彰の妹がいる……。
「大陸の北西に位置する島国――ウォルカ王国です」
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