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変身ヒーローと魔界の覇権
逃れられない運命
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冷たいと感じたのは比喩ではなく、たぶんメリッサが魔法を使っている。
勇者たちの吐く息が白く、微かに震えているのが見て取れた。
「メリッサ! 下がれ! そいつらは俺が倒す」
「倒す? 何を言っているの? そいつらは殺さなければ争いは終わらない。アキラさん、いつまでそんな甘いことを言うつもり?」
「チッ!」
槍の勇者がメリッサに向かって行く。
「おい! 勝手に動くな!」
ガイハルトが呼びかけたが槍の勇者は止まらない。
「俺を殺せるならやってみろ!」
「氷の神の名において、我が命ずる。全てを閉じ込める氷の障壁。アイスブロックシールド」
メリッサの顔を狙った槍は、刃ごと氷の壁に包まれた。
「な……」
「氷の神の名において、我が命ずる。全てを貫く氷の針。アイスニードル」
針と呼ぶには大きすぎる、尖ったつららが空気中に現れた。
この辺りの空気が急激に寒くなったのは、氷の魔法を即座に発動させるためだとわかった。
空中に現れたつららは全ての勇者に狙いを定めている。
「アキラさん。邪魔をするならあなたにも向けますからね。そこで大人しくしていてください」
メリッサの口調はこの場の空気よりもさらに冷たかった。
「くっ」
未だに氷づけにされた伝説の槍を引き抜こうと槍の勇者がもがいている。
このままじゃあの魔法は防げない。
武器を手放して逃げる気はないのか。
「そのまま死になさい」
メリッサがそう言うと、つららはそれぞれの勇者に向かって行く。
ガイハルトと斧の勇者は武器でつららを防いでいるが、槍の勇者は無防備なまま。
つららの攻撃速度はファイトギアなら止まって見える。
不本意だが、槍の勇者は俺が助けることにした。
俺が動き出したことにメリッサが気付いた。
ファイトギアの動きが見きれるのか。
つららがこちらに向かってくる。
それを避けようとしたら、
「ヒートブラスト!」
突然焼けるように熱い風が吹き荒れた。
その熱風が一瞬だったのと、元々メリッサの魔法で寒くなっていたので、熱いと感じたのはその瞬間だけだった。
ただ、氷の壁もつららも全て溶けていた。
アルラウネを見る。
この場で魔法を使えるのは彼女だけだと思った。
しかし、かぶりを振って否定する。
「グロリアお姉さま。いつまで私の邪魔をするつもり?」
グロリア?
メリッサの視線の先を追う。
空に浮かんでメリッサを見下ろしていたのは、確かにグロリアだった。
「いつまで? メリッサが間違いを犯さなくなるまでに決まってるでしょ」
グロリアはメリッサの前に降りながらそう言った。
「間違い? お姉さま、間違っていたのは人間なんてものを少しでも信用しようとしたフェラルド様よ。私は魔族のために正しいことをしているのよ」
グロリアとメリッサのやりとりに、槍の勇者は困惑していた。
「何だ? 俺は魔王に助けられたのか?」
「魔王同士がケンカしてるなら丁度いい。どっちもぶっ殺す」
斧の勇者は事情をわかっていないようだが、考えることなく二人に向かって行った。
「氷の神の名において、我が命ずる。止まる時の命の灯火。ブリザードフィールド」
メリッサを中心にして大地が凍り、辺りの空気が一気に冷やされる。
氷はグロリアの足下にも広がり、グロリアに近づこうとした斧の勇者は氷に足を取られて尻餅をついた。
「ほらね、お姉さま。せっかくお姉さまが助けても勇者はお姉さまを殺そうとした。こんな奴らを生かしておく意味なんてないのよ」
「殺し合うことにだって意味はないわ。フェラルド様だって何度も言ってきたじゃない」
「だから殺されたのよ」
「どうして、わかってくれないの」
「お姉さま、それは私のセリフじゃない」
二人はあれからずっと、こうして禅問答のような問いかけを繰り返したのかも知れない。
俺には二人の間に口を挟むことは出来なかった。
魔族と人間の対立。争いの連鎖は俺にだってまだ止める方法が見つかっていない。
その答えがメリッサとグロリアの二人だけで出せるはずはなかった。
「アイスニードル」
「フレアショット!」
氷の魔法と炎の魔法がぶつかり合う。
二人の魔力はほとんど同じだったが、メリッサの魔法が押していた。
相殺仕切れなかったつららがグロリアを襲う。
「アイスブロックシールド」
動きの止まったグロリアの体を包み込むように氷の壁が現れた。
実の姉でも目的を果たすためなら全力で排除する。
メリッサの瞳にはその覚悟が見て取れた。
グロリアにはメリッサを完全に止めることができないはずだ。
グロリアが氷の中で歯がみする。
「アキラさん! お願いです! メリッサを止めてください! 倒してしまっても!」
「俺が、メリッサを……?」
殺してでも止めろというのか。
確かに、メリッサは説得に応じるとは思えない。
ある意味ではヴィルギールよりも頑なに人を殺すべきだと覚悟を決めていた。
しかし……。
「私では、殺せない……。だって、私はメリッサと平穏な生活を送るのが夢だから……」
その瞳には光るものが見えた。
グロリアはそのためにヴィルギールに従って人間を襲っていた。
その願いを知っているからこそ、メリッサには拳を向けることが躊躇われる。
メリッサは勇者たちに氷の魔法を浴びせていた。
剣も槍も斧も近距離攻撃が主体だから、遠距離からの魔法の連撃には防御するので手一杯の様子だった。
「お姉さま。自分で出来ないからってアキラさんに頼むのはずるいんじゃない? アキラさんも迷ってるわよ」
俺の心を見透かしたようにメリッサが言った。
凍るほどの空気と、氷の魔法。
勇者たちはメリッサに圧倒されていた。
あいつらにはあまりにも相性が悪すぎる。
メリッサは俺やヨミのように、手加減はしない。
このままじゃ勇者が殺される。
「……まったく、仕方がないわね。姉妹喧嘩に巻き込まれるなんて私らしくはないけど、あの子の邪魔をすれば良いのね」
アルラウネがそう言って前に出た。
「お前、本当に……」
俺たちに手を貸すつもりなのかと思ったが口には出さなかった。
「やだ、アキラ様たちに付くって言ったの、信じてなかったの?」
「あ、いや」
口ごもった時点で認めたようなものだが、アルラウネは気にするそぶりも見せずに微笑んだ。
「まあでも、信じてくれなくてもいいわよ。私は強い者の味方だから。アキラ様よりも強い者が現れたらあっさりとそっちに鞍替えするつもりよ」
悪びれもせずにそう言ってアルラウネがメリッサに向かって行く。
「覇王一閃――神輝斬!」
一条のきらめきが走った。
ファイトギアでなければ、何が起こったのかわからなかっただろう。
何者かが駆け抜けてアルラウネの体を真っ二つにした。
「え……?」
刀を鞘に収める音がして、アルラウネはその場に倒れた。
そして、傍らには黒髪の少年が立っていた。
年は高校生くらいに見える。
服装もブレザーにスラックスで、俺のよく知る学校の制服のようだった。
鞘に収まった刀を左手に持ち、周りを見渡す。
「何だかよくわからないけど、勇者のピンチなんだよな?」
少年の問いかけに答える者はいなかった。
この場にいる誰もが動きを止めて少年を見つめる。
「あれ? 違ったの? なんか調子狂うなー、今回は女の子の攻略にやたら時間かかっちゃったし」
少年の言葉の意味は俺にもよくわからなかった。
ただ、はっきりしていることはアルラウネが一撃で倒されてしまったことだけ。
俺はすぐに駆け寄った。
側に少年がいるが今はそれを気にしている状況ではない。
「え? なに……私……殺されたの……?」
すでに下半身は砂のように消えてしまっていた。
「魔力で再生できないのか!?」
アルラウネの上半身を抱き起こす。
「無駄だよ。俺の必殺技をまともに喰らって生き残れる魔王がいるわけないじゃん」
無邪気な少年の言葉に、殴りかかりたくなる衝動に駆られるが、アルラウネが消えかかった手で俺の手を握った。
「……ダメよ、冷静になりなさい」
「アルラウネ……?」
「今、わかったわ。こいつが、フェラルドの言っていた……」
魔王を倒せる人間がいるとしたら、それしか考えられない。
認めたくなかったが、実際に攻撃されたアルラウネが認めている以上、それから目を背けるわけにはいかなかった。
この少年こそが、魔族と人間の戦争を終わらせる救世主。
アルラウネは俺の耳に口元を近づけて囁いた。
「逃げなさい」
「どうして!?」
「あなたたちでも、勝てない……」
救世主の攻撃はファイトギアだったからこそ見ることができた。
キャノンギアだったら、センサーで補足することもできたかも知れない。
こんな形で乱入されると思っていなかったから止めることはできなかったが、わかっていれば対応できないほどの攻撃ではなかった。
「やってみなければわからないだろ」
「……あら、私のために泣いてくれてるの……?」
俺の表情はマスクの中に隠れている。
アルラウネには見えないはずなのに、俺はいつの間にか泣いていたらしい。
「……本当に優しすぎるわね。ヨミ様も苦労するわ」
「そんなことを言ってる場合か?」
「いい、よく聞きなさい。ヨミ様を大切に想っているならすぐに逃げるの。こいつは私たちとも天使とも違う」
「それじゃ、救世主は異世界の人間なのか?」
「……魔力は感じるわ。だからたぶん、この世界の人間ね……でも、違うのよ」
「何が違うんだよ」
「魂の次元」
「え? それって……」
「ごめんね。これ以上はもう……」
アルラウネの手が崩れ落ちて消滅した。
「あーあ、このことをフェラルドのように覚えていたら、ヨミ様より先にアキラ様に会いに行くんだけどな……でも、次が来ないように私も祈っているわ。だって、その時はもうアキラ様も……」
アルラウネはそれ以上言葉を発することは出来なかった。
綺麗に二つに割れたクリスタルだけがそこに残された。
「さ、残りは……一、二……三、四、五匹か」
少年が指折り魔王の数を数えた。
「ちょっと待て」
アルラウネには逃げろと言われたが、わけもわからず逃げることは出来なかった。
「え?」
少年とマスク越しに目が合う。
彼は大きく目を見開いていた。
「うわあ! え!? 嘘!? 何で!?」
急に狼狽えて俺を見る。
「え? 待って待って! 何で“ネムス”がここにいるの!?」
その言葉に俺の方が絶句させられた。
こいつは俺のことを知っている。
いや、正確には大地彰とネムスギアのこと、だ。
何がどうなってるのか俺の方が聞きたいくらいだったが、
「握手してもらってもいい?」
「は?」
少年が手を差し出してくる。
あまりに無邪気な表情に、戸惑うしかなかった。
「あ、今はそんな場合じゃなかったか。まあいいや、取り敢えず後で俺と握手してね」
「ちょっと待てって」
少年は俺が止めるのも聞かずに刀の柄に右手を添えるようにして氷漬けにされているグロリアに向かって行った。
「お姉さま!!」
メリッサが我に返って魔法を解除した。
そして、さらにつららの魔法を唱える。
「アイスニードル!」
「無駄だ!」
少年はつららを避けなかった。かといって刀で叩き落とすこともしない。
つららは少年の数センチ手前で砕ける。
「防御魔法!?」
声を上げて驚いたのはグロリアだった。
「覇王一閃――神輝斬!」
さすがに一度見た技をまともに喰らうことはなかった。
グロリアは飛び退って躱す。
「これならどうだ! 覇王一閃――神星斬!」
少年は腰を落として刀を鞘から一気に引き抜いて振り上げた。
斬撃の軌跡はそのまま光の刃となって飛んでいく。
「アイスブロックシールド!」
グロリアの前に氷の壁が現れた。
さっきまで殺伐とした雰囲気で戦っていたとは思えないほどメリッサの防御魔法のタイミングは完璧だった。
しかし、少年は余裕の笑みを浮かべている。
光の刃はまるで豆腐でも切るかのように氷の壁をスパッと斬ってしまった。
グロリアはそれを予測していたらしいが、ほんの少しだけ反応が遅れた。
メリッサの魔法がそんな簡単に破られることはないとも思っていたに違いない。
とっさに腕を出して光の刃から体を守る。
「お姉さま!!」
再びメリッサの叫び声がこだました。
今度のはさっきの呼びかけと違って、驚きや悲しみや怒り、いろんな感情が交ざったような声だった。
なぜなら、ガードしようとした右腕の肘から先があっさりと斬り飛ばされてしまったから。
「だ、大丈夫よ」
脂汗をかいているところを見るととてもそうは見えない。
それ以上に気になるのは、なぜすぐに魔力で再生させないのかと言うこと。
アルラウネは、体ごと真っ二つにされてしまったから仕方がないとは言え、グロリアは肘から先だけだ。
魔力を使えば再生できないはずはない。
「へ~、あれを躱すとはね。君たち俺のよく知らない魔王だし、簡単に果たせないみたいだね」
メリッサがグロリアに駆け寄り、肩を貸す。
「あ、あなたは何者なの?」
グロリアは肘に回復魔法をかけながら聞いていた。
「何者って言われてもな。ただの人間だよ」
「そんなはずはないわ。あなたは魔王でさえも倒せる力を持ってる。勇者でさえそんな力はないというのに」
「ああ、その事? それは言っても意味がわからないと思うな」
少年は楽しげに二人に近づく。
『彰、このままではあの二人は殺されます。黙って見ている場合ではありません』
AIの言葉に混乱しっぱなしの意識が引き戻された。
「君たち可愛いね。魔王じゃなかったら、俺の彼女たちに加えてやってもいいんだけどなー。残念ながら人外は俺の守備範囲外なんだ」
少年とグロリアを支えるメリッサとの間合いは二メートルもない。
もう一歩少年が踏み込めばあの刀が届く。
「メリッサ! 逃げなさい!」
グロリアがメリッサを突き飛ばした。
目を見開いてグロリアを見る。
グロリアは自ら少年に向かって行く。
「アキラさんも下がって!」
その言葉で俺の足が止められる。
「覇王一閃――神輝斬!」
少年はグロリアの体もアルラウネのように斬り裂いたが、上半身だけになったグロリアは片手で少年に抱きついた。
「――こいつ、まさか!?」
少年が初めて慌てたような声を上げた。
グロリアが微笑む。
「ソウルエクスプロード!」
爆炎が少年の体を包み込み、天まで届くほどの火柱が上がった。
勇者たちの吐く息が白く、微かに震えているのが見て取れた。
「メリッサ! 下がれ! そいつらは俺が倒す」
「倒す? 何を言っているの? そいつらは殺さなければ争いは終わらない。アキラさん、いつまでそんな甘いことを言うつもり?」
「チッ!」
槍の勇者がメリッサに向かって行く。
「おい! 勝手に動くな!」
ガイハルトが呼びかけたが槍の勇者は止まらない。
「俺を殺せるならやってみろ!」
「氷の神の名において、我が命ずる。全てを閉じ込める氷の障壁。アイスブロックシールド」
メリッサの顔を狙った槍は、刃ごと氷の壁に包まれた。
「な……」
「氷の神の名において、我が命ずる。全てを貫く氷の針。アイスニードル」
針と呼ぶには大きすぎる、尖ったつららが空気中に現れた。
この辺りの空気が急激に寒くなったのは、氷の魔法を即座に発動させるためだとわかった。
空中に現れたつららは全ての勇者に狙いを定めている。
「アキラさん。邪魔をするならあなたにも向けますからね。そこで大人しくしていてください」
メリッサの口調はこの場の空気よりもさらに冷たかった。
「くっ」
未だに氷づけにされた伝説の槍を引き抜こうと槍の勇者がもがいている。
このままじゃあの魔法は防げない。
武器を手放して逃げる気はないのか。
「そのまま死になさい」
メリッサがそう言うと、つららはそれぞれの勇者に向かって行く。
ガイハルトと斧の勇者は武器でつららを防いでいるが、槍の勇者は無防備なまま。
つららの攻撃速度はファイトギアなら止まって見える。
不本意だが、槍の勇者は俺が助けることにした。
俺が動き出したことにメリッサが気付いた。
ファイトギアの動きが見きれるのか。
つららがこちらに向かってくる。
それを避けようとしたら、
「ヒートブラスト!」
突然焼けるように熱い風が吹き荒れた。
その熱風が一瞬だったのと、元々メリッサの魔法で寒くなっていたので、熱いと感じたのはその瞬間だけだった。
ただ、氷の壁もつららも全て溶けていた。
アルラウネを見る。
この場で魔法を使えるのは彼女だけだと思った。
しかし、かぶりを振って否定する。
「グロリアお姉さま。いつまで私の邪魔をするつもり?」
グロリア?
メリッサの視線の先を追う。
空に浮かんでメリッサを見下ろしていたのは、確かにグロリアだった。
「いつまで? メリッサが間違いを犯さなくなるまでに決まってるでしょ」
グロリアはメリッサの前に降りながらそう言った。
「間違い? お姉さま、間違っていたのは人間なんてものを少しでも信用しようとしたフェラルド様よ。私は魔族のために正しいことをしているのよ」
グロリアとメリッサのやりとりに、槍の勇者は困惑していた。
「何だ? 俺は魔王に助けられたのか?」
「魔王同士がケンカしてるなら丁度いい。どっちもぶっ殺す」
斧の勇者は事情をわかっていないようだが、考えることなく二人に向かって行った。
「氷の神の名において、我が命ずる。止まる時の命の灯火。ブリザードフィールド」
メリッサを中心にして大地が凍り、辺りの空気が一気に冷やされる。
氷はグロリアの足下にも広がり、グロリアに近づこうとした斧の勇者は氷に足を取られて尻餅をついた。
「ほらね、お姉さま。せっかくお姉さまが助けても勇者はお姉さまを殺そうとした。こんな奴らを生かしておく意味なんてないのよ」
「殺し合うことにだって意味はないわ。フェラルド様だって何度も言ってきたじゃない」
「だから殺されたのよ」
「どうして、わかってくれないの」
「お姉さま、それは私のセリフじゃない」
二人はあれからずっと、こうして禅問答のような問いかけを繰り返したのかも知れない。
俺には二人の間に口を挟むことは出来なかった。
魔族と人間の対立。争いの連鎖は俺にだってまだ止める方法が見つかっていない。
その答えがメリッサとグロリアの二人だけで出せるはずはなかった。
「アイスニードル」
「フレアショット!」
氷の魔法と炎の魔法がぶつかり合う。
二人の魔力はほとんど同じだったが、メリッサの魔法が押していた。
相殺仕切れなかったつららがグロリアを襲う。
「アイスブロックシールド」
動きの止まったグロリアの体を包み込むように氷の壁が現れた。
実の姉でも目的を果たすためなら全力で排除する。
メリッサの瞳にはその覚悟が見て取れた。
グロリアにはメリッサを完全に止めることができないはずだ。
グロリアが氷の中で歯がみする。
「アキラさん! お願いです! メリッサを止めてください! 倒してしまっても!」
「俺が、メリッサを……?」
殺してでも止めろというのか。
確かに、メリッサは説得に応じるとは思えない。
ある意味ではヴィルギールよりも頑なに人を殺すべきだと覚悟を決めていた。
しかし……。
「私では、殺せない……。だって、私はメリッサと平穏な生活を送るのが夢だから……」
その瞳には光るものが見えた。
グロリアはそのためにヴィルギールに従って人間を襲っていた。
その願いを知っているからこそ、メリッサには拳を向けることが躊躇われる。
メリッサは勇者たちに氷の魔法を浴びせていた。
剣も槍も斧も近距離攻撃が主体だから、遠距離からの魔法の連撃には防御するので手一杯の様子だった。
「お姉さま。自分で出来ないからってアキラさんに頼むのはずるいんじゃない? アキラさんも迷ってるわよ」
俺の心を見透かしたようにメリッサが言った。
凍るほどの空気と、氷の魔法。
勇者たちはメリッサに圧倒されていた。
あいつらにはあまりにも相性が悪すぎる。
メリッサは俺やヨミのように、手加減はしない。
このままじゃ勇者が殺される。
「……まったく、仕方がないわね。姉妹喧嘩に巻き込まれるなんて私らしくはないけど、あの子の邪魔をすれば良いのね」
アルラウネがそう言って前に出た。
「お前、本当に……」
俺たちに手を貸すつもりなのかと思ったが口には出さなかった。
「やだ、アキラ様たちに付くって言ったの、信じてなかったの?」
「あ、いや」
口ごもった時点で認めたようなものだが、アルラウネは気にするそぶりも見せずに微笑んだ。
「まあでも、信じてくれなくてもいいわよ。私は強い者の味方だから。アキラ様よりも強い者が現れたらあっさりとそっちに鞍替えするつもりよ」
悪びれもせずにそう言ってアルラウネがメリッサに向かって行く。
「覇王一閃――神輝斬!」
一条のきらめきが走った。
ファイトギアでなければ、何が起こったのかわからなかっただろう。
何者かが駆け抜けてアルラウネの体を真っ二つにした。
「え……?」
刀を鞘に収める音がして、アルラウネはその場に倒れた。
そして、傍らには黒髪の少年が立っていた。
年は高校生くらいに見える。
服装もブレザーにスラックスで、俺のよく知る学校の制服のようだった。
鞘に収まった刀を左手に持ち、周りを見渡す。
「何だかよくわからないけど、勇者のピンチなんだよな?」
少年の問いかけに答える者はいなかった。
この場にいる誰もが動きを止めて少年を見つめる。
「あれ? 違ったの? なんか調子狂うなー、今回は女の子の攻略にやたら時間かかっちゃったし」
少年の言葉の意味は俺にもよくわからなかった。
ただ、はっきりしていることはアルラウネが一撃で倒されてしまったことだけ。
俺はすぐに駆け寄った。
側に少年がいるが今はそれを気にしている状況ではない。
「え? なに……私……殺されたの……?」
すでに下半身は砂のように消えてしまっていた。
「魔力で再生できないのか!?」
アルラウネの上半身を抱き起こす。
「無駄だよ。俺の必殺技をまともに喰らって生き残れる魔王がいるわけないじゃん」
無邪気な少年の言葉に、殴りかかりたくなる衝動に駆られるが、アルラウネが消えかかった手で俺の手を握った。
「……ダメよ、冷静になりなさい」
「アルラウネ……?」
「今、わかったわ。こいつが、フェラルドの言っていた……」
魔王を倒せる人間がいるとしたら、それしか考えられない。
認めたくなかったが、実際に攻撃されたアルラウネが認めている以上、それから目を背けるわけにはいかなかった。
この少年こそが、魔族と人間の戦争を終わらせる救世主。
アルラウネは俺の耳に口元を近づけて囁いた。
「逃げなさい」
「どうして!?」
「あなたたちでも、勝てない……」
救世主の攻撃はファイトギアだったからこそ見ることができた。
キャノンギアだったら、センサーで補足することもできたかも知れない。
こんな形で乱入されると思っていなかったから止めることはできなかったが、わかっていれば対応できないほどの攻撃ではなかった。
「やってみなければわからないだろ」
「……あら、私のために泣いてくれてるの……?」
俺の表情はマスクの中に隠れている。
アルラウネには見えないはずなのに、俺はいつの間にか泣いていたらしい。
「……本当に優しすぎるわね。ヨミ様も苦労するわ」
「そんなことを言ってる場合か?」
「いい、よく聞きなさい。ヨミ様を大切に想っているならすぐに逃げるの。こいつは私たちとも天使とも違う」
「それじゃ、救世主は異世界の人間なのか?」
「……魔力は感じるわ。だからたぶん、この世界の人間ね……でも、違うのよ」
「何が違うんだよ」
「魂の次元」
「え? それって……」
「ごめんね。これ以上はもう……」
アルラウネの手が崩れ落ちて消滅した。
「あーあ、このことをフェラルドのように覚えていたら、ヨミ様より先にアキラ様に会いに行くんだけどな……でも、次が来ないように私も祈っているわ。だって、その時はもうアキラ様も……」
アルラウネはそれ以上言葉を発することは出来なかった。
綺麗に二つに割れたクリスタルだけがそこに残された。
「さ、残りは……一、二……三、四、五匹か」
少年が指折り魔王の数を数えた。
「ちょっと待て」
アルラウネには逃げろと言われたが、わけもわからず逃げることは出来なかった。
「え?」
少年とマスク越しに目が合う。
彼は大きく目を見開いていた。
「うわあ! え!? 嘘!? 何で!?」
急に狼狽えて俺を見る。
「え? 待って待って! 何で“ネムス”がここにいるの!?」
その言葉に俺の方が絶句させられた。
こいつは俺のことを知っている。
いや、正確には大地彰とネムスギアのこと、だ。
何がどうなってるのか俺の方が聞きたいくらいだったが、
「握手してもらってもいい?」
「は?」
少年が手を差し出してくる。
あまりに無邪気な表情に、戸惑うしかなかった。
「あ、今はそんな場合じゃなかったか。まあいいや、取り敢えず後で俺と握手してね」
「ちょっと待てって」
少年は俺が止めるのも聞かずに刀の柄に右手を添えるようにして氷漬けにされているグロリアに向かって行った。
「お姉さま!!」
メリッサが我に返って魔法を解除した。
そして、さらにつららの魔法を唱える。
「アイスニードル!」
「無駄だ!」
少年はつららを避けなかった。かといって刀で叩き落とすこともしない。
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「防御魔法!?」
声を上げて驚いたのはグロリアだった。
「覇王一閃――神輝斬!」
さすがに一度見た技をまともに喰らうことはなかった。
グロリアは飛び退って躱す。
「これならどうだ! 覇王一閃――神星斬!」
少年は腰を落として刀を鞘から一気に引き抜いて振り上げた。
斬撃の軌跡はそのまま光の刃となって飛んでいく。
「アイスブロックシールド!」
グロリアの前に氷の壁が現れた。
さっきまで殺伐とした雰囲気で戦っていたとは思えないほどメリッサの防御魔法のタイミングは完璧だった。
しかし、少年は余裕の笑みを浮かべている。
光の刃はまるで豆腐でも切るかのように氷の壁をスパッと斬ってしまった。
グロリアはそれを予測していたらしいが、ほんの少しだけ反応が遅れた。
メリッサの魔法がそんな簡単に破られることはないとも思っていたに違いない。
とっさに腕を出して光の刃から体を守る。
「お姉さま!!」
再びメリッサの叫び声がこだました。
今度のはさっきの呼びかけと違って、驚きや悲しみや怒り、いろんな感情が交ざったような声だった。
なぜなら、ガードしようとした右腕の肘から先があっさりと斬り飛ばされてしまったから。
「だ、大丈夫よ」
脂汗をかいているところを見るととてもそうは見えない。
それ以上に気になるのは、なぜすぐに魔力で再生させないのかと言うこと。
アルラウネは、体ごと真っ二つにされてしまったから仕方がないとは言え、グロリアは肘から先だけだ。
魔力を使えば再生できないはずはない。
「へ~、あれを躱すとはね。君たち俺のよく知らない魔王だし、簡単に果たせないみたいだね」
メリッサがグロリアに駆け寄り、肩を貸す。
「あ、あなたは何者なの?」
グロリアは肘に回復魔法をかけながら聞いていた。
「何者って言われてもな。ただの人間だよ」
「そんなはずはないわ。あなたは魔王でさえも倒せる力を持ってる。勇者でさえそんな力はないというのに」
「ああ、その事? それは言っても意味がわからないと思うな」
少年は楽しげに二人に近づく。
『彰、このままではあの二人は殺されます。黙って見ている場合ではありません』
AIの言葉に混乱しっぱなしの意識が引き戻された。
「君たち可愛いね。魔王じゃなかったら、俺の彼女たちに加えてやってもいいんだけどなー。残念ながら人外は俺の守備範囲外なんだ」
少年とグロリアを支えるメリッサとの間合いは二メートルもない。
もう一歩少年が踏み込めばあの刀が届く。
「メリッサ! 逃げなさい!」
グロリアがメリッサを突き飛ばした。
目を見開いてグロリアを見る。
グロリアは自ら少年に向かって行く。
「アキラさんも下がって!」
その言葉で俺の足が止められる。
「覇王一閃――神輝斬!」
少年はグロリアの体もアルラウネのように斬り裂いたが、上半身だけになったグロリアは片手で少年に抱きついた。
「――こいつ、まさか!?」
少年が初めて慌てたような声を上げた。
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