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Chapter 3
招宴 ③
しおりを挟む「やっぱし、麻生ちゃん?……いやぁ、こんなとこで会うやなんて」
その人は大きな瞳をさらに見開いていた。
「お…岡嶋先輩っ⁉︎」
稍は素っ頓狂な声で叫んでいた。
高校および大学のときの先輩がそこにいた。地元では名の知れた私立の女子校だが、東京で同窓生に会うのはめずらしい。
関西人はオープンマインドのようでいて、実は意外と保守的で内弁慶だから、地元で自己完結する人が多いのだ。
稍は、前職のあさひ証券の入社試験でエントリーシートにマークするときに、初めは「大阪エリア限定の総合職」にしていた。
ところが、いざ送信する際になって、突然「東京エリア限定の総合職」へと変えたのだ。
大阪エリアの方が「学閥」に守られて安心できるというのは周知の事実だった。なのに稍は、同窓生のほとんどいない東京エリアでは入社試験で落とされるかもしれないというリスクすら顧みず、そうしたのだった。
そのとき、初めて「あの家」を出たかったのだ、ということに気づいた。
——母親代わりになって面倒をみてきた、たった一人の妹を残してまでも。
岡嶋 美咲は部活の先輩ではない。
彼女は当時、吹奏楽部に在籍してクラリネットを吹いていた。
同じ部活だった同級生が、
『どんな楽譜でも初見でほぼ吹けるほど上手で、ラからシへ移る音が流れるような指遣いやねん』
と言っていた。
彼女とは同じ「図書委員」として出会った。稍が高校一年生で、彼女が高校三年生のときだ。たまたま当番でペアを組むことになったのだ。
中学入試での入学がほとんどだった私学の女子校で、二人とも高校入試からの入学だった。
『入学したときは『転校生』みたいやったわぁ』と、彼女は言った。入学したばかりの稍の気持ちそのものだった。
長い昼休みを図書館で一緒に過ごすうちに、気がつけば同じバドミントン部の先輩たちよりもずっと打ち解けて話せるようになっていた。
だが、大学までは交流があったものの、稍が就職で東京に出てきてからは、すっかり疎遠になっていた。
今日の岡嶋 美咲は、ふんわりとアップにした髪に、パフスリーブの部分がシースルーのトップでボトムが膝丈のペプラムスカートになった、サーモンピンクのカクテルドレスを着ていた。ボートネックから見える華奢な鎖骨は、バスタブに浸かったら水が溜まる派だな、と稍は思った。
「岡嶋先輩、全然変わりませんやん。うらやましすぎます」
とても、稍より二歳上のそろそろアラフォーと言ってもいい年齢の人には見えない初々しさだ。
「麻生ちゃんこそ。すぐわかったけど……綺麗になったなぁ」
彼女は懐かしそうに、目を細めた。
「あたし、今は『岡嶋』やないんよー」
ふふっ、と笑う。
——あ、結婚しはったんや。
左手薬指にはエンゲージリングとマリッジリングと思しき「象徴」が、シャンデリアのまばゆい光に反射して、キラキラを通り越してギラギラと輝いていた。
エンゲージリングは、センターのダイヤモンドの脇に四つの小さなダイヤモンドが配されており、アームにもメレダイヤが施されている。さらに、マリッジリングにも、優美な曲線に沿ってメレダイヤが散りばめられていた。
彼女の夫となった人は、相当がんばったものと見受けられる。
「子どもも一人、産んだし」
しあわせそうな満面の笑みになる。
——ええっ、この風貌で、一児の母っ⁉︎
「あっ、『岡嶋』から『天野』に変わって、それから『岡嶋』に戻って、今は……」
「先輩、余計なことは説明しやんでよろし」
稍はぴしゃり、と制した。
ど天然ぶりは健在だ、と稍は思った。黙っていたら「処女か⁉︎」って見紛うほどあどけなさ全開の童顔なのに、だれが聞き耳を立てているか知れぬ公衆の面前で、バツイチを曝すとは……
でも、心に浮かんだことは言わずにはいられないのは、相変わらずだ。
だが、そんな「先輩」だからこそ、心を打ち解け合えたのだが……
「せやから『美咲』でええよー。『先輩』っていうのもやめて。恥ずかしわぁ。あたしも『ややちゃん』って呼ぶし」
「わかりました。了解です……『美咲さん』」
わたしたちは社会人になったのだな、と稍は改めて「大人」になったことを実感した。
「……おい、美咲」
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